第80章:恋の三角関係
【SIDE:柊元雪】
椿姫の呪い。
前世と現世、10年前の悲劇から長き時間が経ち、唯羽は本来の自分を取り戻した。
それは、長年、彼女がおさえこんでいたものからの解放があったんだろう。
「元雪っ。お部屋にいる?」
その夜、俺の部屋を訪れた唯羽は明るい声で俺の名を呼んだ。
「え、えっと、唯羽?」
「そうだよ。私だよ。部屋に入っても良い?」
「いいけど。どうぞ」
あまりにも今までと口調が違うので戸惑う。
部屋に入ってきた彼女と向き合う。
外見は変わりなくとも中身は全く違う、それが今の唯羽だ。
「改めて元雪とお話しておこうって思ったんだ」
今の今まで“柊元雪”とフルネームで呼んでいた唯羽に“元雪”と呼ばれるのはなんだか違和感があるぞ。
言い方が可愛いのも問題だ。
唯羽はちょこんっと床に座る。
「今日は大変だったけど、何だか世界が新しく見える気がする」
「よかったな。10年も苦しみ続けてきたんだ。本当に大変だっただろ」
「あははっ。元雪、それは違うよ。私は自分ですべての痛みを受け入れる事を選んだの。貴方のために。だから、苦しんでいたって表現は少し違うかな。それに、今がこうして幸せなら問題はないからね」
爽やかな微笑を俺に見せる彼女。
こんな風に唯羽が自然に笑みを浮かべる事ができるなんて……。
「問題はここからだもの。椿姫という怨霊を二度と蘇らせないようにするためにどうすればいいか」
「何とかする方法でもあるのか?」
「私自身、どうすればいいのか、分からない事も多い。でもね、分かっていることはひとつだけある」
唯羽が語る、椿姫を蘇らせない方法。
「単純な問題。椿姫は“嫉妬”という妬みなどの負の感情に反応するの。10年前の私は元雪が好きなのに、諦めちゃったから。できるわけがないのに。心の中に芽生えた嫉妬の気持ちが椿姫を蘇らせるきっかけになったんだ」
さらっと告白されておるんですが。
そういや、俺は唯羽から好きだと言われたんだよな。
あの唯羽が俺を好きだっていうのは……。
俺、何の返事もしてないわけだが、どうしよう?
「椿姫対策は唯羽に任せるよ。それはさておき、唯羽」
「なぁに?」
「今まで柊元雪って呼んでたのに、呼び名を変えたのは?」
「ある程度、距離を置いておかないと好きになりそうだったからフルネームで呼んでいただけ。でも、今はもう恋をしてもいいし、自由に呼んでもOKだよね?だから、元雪って呼ぶことにしたんだよ」
俺はこれだけは確認しておきたくて、尋ねてみることにした。
「唯羽は俺を好きって言っていたけど、今もそうだったりするのでしょうか?」
「――好きだよ。大好きっ」
にっこりと微笑みながら彼女がはっきりと言う。
……マジで?
あまりにも、あっさりと返答してきてびっくりだ。
「どれだけ愛してるかと言うと、元雪との間に子供が欲しいくらい」
「それは愛してるレベルが重すぎる!?」
「えーっ。いいじゃない。前世で繋がりあってるんだから」
俺の肩にすり寄ってくる唯羽。
前の彼女ならあり得ない光景だった。
「元雪が好きなんだよ。私の気持ち、分かってくれる?」
「お、俺には和歌と言う恋人がいます」
「……それが何か?」
「いやいや、そこは素で反応される所じゃないから!?」
小さな唇をとがらせながら唯羽は不満そうに、
「ヒメちゃんが恋人なのは分かってるよ。だから、なに?」
「……えー。恋人がいるのが分かっていて好きって言うのはどうかと」
「いいじゃない。好きな人に恋人がいたって問題ないよね?」
「問題が大ありだと言う事に気付いてくれ」
俺は頭を抱えたくなる。
なんだ、このNEW唯羽は……あまりにも以前と違いすぎる。
可愛らしい口調、ようやく美少女の外見に中身が追い付いた感じ。
それはいいとしても、俺への好意が半端なくてびっくりしすぎだ。
「それじゃ、質問。元雪は私の事が嫌いなワケ?」
「へ……?」
「ヒメちゃんよりも好きか、嫌いか。答えてみてよ」
唯羽の質問に俺は思わず固まってしまう。
顔を近づけてくる唯羽と見つめあう視線が交差する。
「それは……」
好きだった。
和歌と同じくらいに、俺は唯羽が好きなんだ。
自覚すると怖いくらいに、俺の中には彼女への気持ちがある。
そりゃ、だってそうだろう?
あまりにも長い10年と言う月日、呪いのために感情を封印してくれていた女の子。
俺のために自分を犠牲にしてくれていた一途な思いを知って、嫌いになるはずがない。
俺が和歌を好きな気持ちに負けないくらいに、俺の中にはもう一つの気持ちがある。
「元雪も私の事が好きだよね?」
「ち、違うというか、えっと……」
「ふふっ。私の能力を忘れてない?私には人の魂の色が見えるの。今の元雪はすごく心が揺れている。私とヒメちゃん、2人の想いがあるんでしょ?」
くっ、唯羽にはその能力があるのを忘れていた。
人の心の中を見透かす、その意味で唯羽には嘘をつけない。
だが、ここで認めてしまうわけにもいかずに俺は誤魔化そうとする。
「……唯羽の事はいい友達と思ってる」
「親友?つまり、今の私は親友以上恋人未満の関係ってこと?」
恋人未満がつく関係なのか?
そもそも、自分の気持ちが不安定な以上、唯羽を強く拒絶もできない。
待て、俺。
ここで変に流されると、とんでもない展開になるのではないか?
落ち着いて、ここは冷静に、相手を傷つける事のない選択肢を選ぶんだ。
「あのな、唯羽。俺は和歌が好きだ。和歌が一番に想ってる。お前には悪いが……」
「あー、私は二番でもいいよ?愛人でもOK」
「は、はい?」
「じゃ、元雪の二番目の恋人ってことでいいよね?私も元雪の恋人になりたい」
この子は何を言っておるのでしょうか。
俺の2人目の恋人って……1人で十分なんですけど。
前世の嫁はとんでもない発言がお好きなようだ。
「大体、世の中、ひとりとしか付き合えないなんて決まりはないでしょ?お互いに好きなら、2股だっていいと私は思うなぁ。もちろん、私だけを愛してくれるなら嬉しいけども、ヒメちゃんも好きって言うなら仕方ないよね?」
「……しょうがないで済む問題じゃないから」
あまりにも無垢な好意に俺はどう受け止めていいのやら分からない。
唯羽は俺に抱きついたまま、甘えてくる。
「元雪が本当に嫌なら、私を拒絶して。そうしたらきっと、椿姫の呪いが貴方を殺すわ。さくっとね」
「その脅しはリアルに怖いわ!?」
「それじゃ、頑張って私も愛して?私、こうみえても結構、尽くす方だよ?愛してくれたら、愛しつくすから心配しないで」
むぎゅって抱きつかれると心地よく感じてしまうのは男の性でして。
そう言う時に和室のふすまがノックされるのもお約束。
「――元雪様、いらっしゃいますか?」
ひっ!?
和歌の声にびくっと身体を震わせる。
今の俺の状況、唯羽に甘えられて抱きつかれてる。
何も知らない和歌が見れば浮気とも疑われる光景。
ていうか、これはまずい、本気でマズイ。
仕方ない、危機回避のために居留守を使うか。
「いるから入って来ていいよ、ヒメちゃん」
「って、えー!?何でお前が返事した!?」
「だって、元雪が居留守使おうとするんだもん。ダメだよ、逃げるのはダメ」
逃げたくもなる俺の気持ちを考えてくれ。
唯羽が返事をしたせいで、思わぬ大ピンチ到来。
「ひ、ヒメちゃん?そこにいるのは、唯羽お姉様ですよね?」
明るい声+ちゃん付け。
ふすまの向こうの和歌も、当然のことながら動揺してる様子。
そのまま、ふすまを開けようとする。
「ま、待て、待ってくれ」
「……元雪、男の子なら責任とらなきゃダメだよ?」
「何の責任だ!?」
「元雪様、責任ってなんですか?」
ふいに不機嫌な声になる和歌がふすまを開けてしまう。
「お姉様と何をして……え?え?」
完全アウトの状況。
俺達を直視する和歌は唖然とした表情で固まってしまう。
「え……あ、あの、その……?」
「ヒメちゃん。こんばんは~っ」
無表情オンリーな頃の唯羽はどこに消えたのか。
そう言いたくなる満面の可愛らしい微笑みを浮かべる彼女。
「こんばんは……って、お姉様、何をしてるんですか!?」
ハッとした和歌が驚きの声をあげる。
はぁ……何だか騒がしい長い夜になりそうだ。