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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~
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第7章:運命の出会い

【SIDE:椎名和歌】


 もしも、この世界に運命というものがあるのなら。

 私、椎名和歌はきっと、この瞬間に運命に出会ったのかもしれない。

 元雪様に出会えた、この時に――。

 休日に出かけた帰り、事故のせいで混雑する電車内。

 押しつぶされてしまうかもしれないという恐怖すら感じる。

 

「……ぁっ……!?」

 

 そんな私を助けてくれたのは、見も知らずの男の人だった。

 両手を電車の扉につけ、私の身体を背中から抱きしめるような形でかばってくれる。

 そのおかげで、私はこの状況で圧迫感を抱く事もなく、楽な姿勢でいられた。

 

「キミ、大丈夫?」

 

「は、はい……大丈夫です」

 

「女の子だと、満員電車でこれはキツイよね」

 

 人々のごった返す車内で、その男の人は私をかばうように守ってくれている。

 年齢は私と同じか、少し上くらいで、優しそうな顔立ちの爽やかさを感じる男の人。

 見も知らない相手に向けられる優しさは本物だと思う。

 私は若い男性が苦手な方で、こんな風に密着された事なんてない。

 それでも、それに嫌悪感を感じないのが自分でも不思議だった。

 

「……どうかした?俺、変な所にでも触っちゃった?」

 

「い、いいえ。そんなことはないです」

 

 間近で見る男の人の顔。

 彼はとても真っすぐな瞳をしていた。

 

『まもなく――駅です。お降りの際はお荷物のお忘れなきよう……』

 

 車内のアナウンスに私は小さく安堵のため息をつく。

 大勢の人が降りてくれたおかげでずいぶんと楽になる。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました。大変だったでしょう?ありがとうございます」

 

 満員電車の中をずっと私を守るようにしてくれていた彼にお礼を言う。

 彼は照れくさそうに「別に大したことじゃないから」と笑う。

 

「……っ……」

 

 改めて男の人を見て、私は胸がなぜか高鳴る感じを覚えた。

 今までそんなことはなかったのに……。

 男性を見て自分が何かしらの反応を示す事はなかった。

 彼が特別だってことなの……?

 

「あ、あの……うぅっ……」

 

 何か話かけようとしたけども気恥ずかしさから何も話せない。

 お互いに見つめ合う形で時間だけがゆっくりと流れる。

 やがて、私達は自分達の降りる駅につき、電車から降りた。

 彼との何だか名残惜しさすら感じながら別れ、私は帰路につく。

 

 

 

 

 自分の家までは駅から自転車で15分程度の距離にある。

 自転車に乗りながら私は彼のことを意識していた。

 

「男の人にもいろんな人がいるんですね。男性にあまり印象は持っていませんでしたけど、とても爽やかな男の人でした」

 

 独り言をつぶやきながら、彼の笑みを思い出し、何だか不思議な気持ちが胸に溢れる。

 この気持ち、未だに体験した事のない想い。

 

「……何なんでしょう、この気持ちは」

 

 私にはよく分からない。

 それが何の気持ちかも分からないけども、彼の優しい笑顔だけは忘れられずにいる。

 

 ――惹かれている。

 

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

「この私が……男の人に惹かれている?そんなことが……あるはずない、でしょう?」

 

 そんなことはない。

 思わず否定しても、否定しきれない自分がいる。

 

「こんなにも強く心に残るなんて……本当に不思議な気持ちです」

 

「和歌、何が不思議なの?」

 

「ふぇ?お、お母様?」

 

 気がつけば目の前には私のお母様が立っていた。

 私の実家は戦国時代から続くと言われる椎名神社という神社。

 表参道とは違う、裏の方には私達が住む家への道がある。

 お母様も同じく、自転車から荷物をおろしている最中だった。

 

「いつもみたいに、ぽや~ってしていると転ぶわよ?」

 

「お母様、私はそこまで子供ではありません」

 

「ホントかしら?和歌はドジっ娘な一面があるからね」

 

「もうっ、お母様ったら……私も今年で16歳、子供扱いしないでください」

 

 あと少しで私の誕生日、晴れて16歳になれる。

 一般的には女性が結婚できる年齢で、私にとっては意味のある年齢になる。

 

「子供扱いとドジを心配するのはまた違うわ。それより、何を悩んでいたの?」

 

「べ、別に悩んでいたわけではなく、先ほど、とても優しくしてくれた人がいて……その人の事を思いだしていただけです」

 

「へぇ……もしかして、男の人?」

 

 お母様に指摘され、再び彼の笑顔を思い出して私は顔を赤く染める。

 

「……そ、そうですけど。どうして分かったんですか」

 

「何となく、かしら。和歌がそんな風に反応するなんて初めてじゃない?相手はどんな人なの?カッコいい男の子だった?」

 

「や、やめてください。変な風にからかわないでください」

 

 私とお母様の関係は他人からよく姉妹みたいだと言われる。

 それだけ普段から仲はいいけれど、それゆえに、こうなると私はかなわない。

 お母様は「ふふっ」と悪戯っぽさを思わせる微笑をしていた。

 

「何ですか、お母様?」

 

「和歌も女の子なんだって思ったのよ。もちろん、和歌は可愛らしい自慢の娘で十分に女の子らしいけども。貴方、今まで異性に反応を示す事はなかったじゃない。だから、もしや、実は女の子が好きなんじゃないかって」

 

「ち、違いますっ!?私はノーマルな趣向ですから、そんな誤解はしないでください」

 

 確かに異性は苦手だけども、だからと言って同姓に好意を抱く趣味は持っていない。

 

「そんなに慌てて否定しなくても。ただの冗談よ」

 

「うぅ……お母様は時々、意地悪です」

 

「あら、可愛い娘をからかっただけなのに。でも、貴方から男性の話題を聞くのが少し嬉しくて、ついからかってしまったの」

 

 優しい微笑みを向けるお母様に私は先ほどの出来事を語る。

 短時間の出来事、特別と言えるほどの事かどうかはわからない。

 でも、私にとってはわずかな一瞬でも、初めて男性を意識した瞬間だった。

 話を聞いてくれたお母様はゆっくりと私の頭を撫でる。

 

「よく聞いて、和歌。きっと、それは“恋”よ」

 

「は、はい?恋?こ、恋って、そんなはずないじゃないですか」

 

「どうして?彼に惹かれている、と自覚しているのでしょう?」

 

「それは、そうですけど。たった一度、しかも、数十分の間の事なのに……だからって恋なんて結論は……少し唐突というか、安直というか、変だと思います」

 

 初夏の訪れを感じさせるような夕暮れの日差しを浴びる。

 家まで続く木漏れ日の道を2人で歩きながら、お母様は優しい声で言う。

 

「―― 一目惚れ、って言葉があるのを和歌は知っているかしら?」

 

「……言葉くらいは知ってますよ」

 

「人はね、たった一目でも人を好きになる事があるのよ。その人を一瞬で好きになって、胸に強い想いが生まれる事もある。和歌はきっとその男の子に恋をしたのよ」

 

「私が……恋を……?」

 

 忘れられない想いが生まれる……。

 目を閉じれたば、あの時の男の人の笑顔がすぐに思い浮かぶ。

 この私が一目惚れ……名前も知らないあの人を……好きになったの?

 

「まだ自覚が足りてないようね」

 

「こ、これがホントの恋かどうか、分からないですから」

 

「くすっ。それは違いないわ。だって……」

 

 お母様は私の頬をそっと指でつつく。

 

「だって、その男の子の話をしていた顔を和歌の顔は、恋をしている女の子の顔だったもの。今もいい顔をしてるわよ?」

 

「……なっ……あ、うぅ……」

 

 お母様に「和歌に好きな子ができるなんてねぇ」と家までの道、からかわれ続ける。

 私は一目惚れをしてしまった、らしい。

 その想いを抱いた相手に2度目の再会があるかどうか分からないのに。

 あの人の名前を知りたい、あの人にもう一度会いたい。

 そう、思ってしまう自分に気付いた時。

 私はその瞬間から、自分が恋をしてるのだと自覚したの――。

 

 

 

 

 家に帰るとお父様が私達を玄関で出迎えてくれる。

 どうやら、彼も今、帰ってきて来た所みたいだ。

 

「おかえり、和歌」

 

「ただいま。お父様も今、帰ってきた所ですか?」

 

「あぁ。今日は忙しくて。この時期に忙しいのは珍しいけどね」

 

 神主をしているお父様は今日は朝から忙しかったらしい。

 大安吉日には結婚式が何組か重なることもある。

 椎名神社でも月に何組かの結婚式が行われる。

 縁結びの神様として、この付近では知られる神社ゆえに人気もある。

 

「そうだ、和歌。例の件なんだが、本当に進めてもいいのかい?」

 

 例の件、と言われて心臓がドキッとしてしまう。

 それは私の宿命と言ってもいい事柄だった。

 私は早い時期に結婚相手を探さなければいけない。

 大好きなこの神社を存続させていくためにも……。

 一目惚れなんてしても、あまり意味はないのだと忘れていた。

 

「無理にしなくてもいいのだよ?何も私の代で終わると決まったわけでもない。急いで、後継者を決めなくても……」

 

「いいのです、お父様。これは私が決めたことなのですから」

 

 それは私が幼い頃から決めていた、ある意味、覚悟のようなもの。

 大好きな場所を守り続けていくために、自ら選んだ運命。

 

「――私は椎名神社を継いでくれる男性と結婚すると決めているのです」

 

 それこそが嘘偽りのない私の願い。

 だから、私は……誰かに一目惚れなんてするだけ、辛くなるだけなのに――。

 

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