第73章:前世の謎
【SIDE:柊元雪】
「紫姫が知らずにいた真実。赤木影綱には紫姫と出会った当時、既に彼には“正室”がいたんだ。そう、結婚していたんだよ。そして、その妻の名前こそが椿姫。彼女は影綱の妻だった女性だよ――」
なんてこった。
俺の前世、影綱は紫姫と恋をしていい立場じゃなかった。
恋月桜花のラブストーリーを根底から揺るがす問題だ。
「それはマジか?だとしたら、影綱は浮気してたってこと?」
「そうなるな。だが、あえてフォローするのなら、当時の事を考えれば別に不思議な話ではないんだよ。あの頃は一夫多妻は当たり前で、大名や立場のある武将ならば、側室までいるのも普通だったんだから」
「そうだとしても、紫姫は知らなかったわけだろ?」
知らないからこそ、恋物語として伝承が残る。
彼女は来世に会いたいと望んでいたのを、俺もこの目で見た。
紫姫の気持ちを想うと、知らなかったではすませていいものではない。
「悪いのはいつの時代も男だということさ」
「グサッ」
「お前が傷つくこともあるまい。ヒメを裏切り、他の誰かを想えば同罪だが」
「そんなことなんてするか」
とにかく、椿姫にしてみれば、影綱に裏切られた形になるわけだ。
そりゃ、恨みもあるだろう。
「唯羽の前々世、椿姫か。どんな女性だったんだ?」
「彼女は影綱の仕えていた大名の娘だ」
「なるほど。紫姫と似た境遇ってことか」
「自国の姫と結婚しておきながら、敵国の姫を好きになるとは……」
呆れた目で俺を見るな、唯羽。
悪いのは俺の前世の影綱だろうが。
俺は何もしてません。
「影綱は妻がいる身分で紫姫に恋をしたんだ」
「今の世の中でも変わらない。浮気、不倫……男女問わずに恋をするだろ」
「唯羽の言う通りなんだろうけどさ。でも、恋月桜花はそういうドロドロした要素がない、悲恋だと思っていた」
「私は言ったはずだ。あれはただの恋物語じゃないって」
和歌には真実を告げるのはためらう内容だ。
「実際の所、椿姫との仲が冷え切っていたとか?」
「さぁ、そこまでは……。ただ、椿姫は生まれつき身体が病弱だったんだ。それゆえに、子供が産みにくい体質だった。椿姫と影綱の間には子供はいなかったのも事実だ。それだけで関係が冷えてるとは想像できないが」
「影綱と椿姫の歳の差は?恋月桜花の時代、影綱は25歳、紫姫は15歳だったって聞いてる。当時の椿姫は何歳だ?」
「3歳違いだ。椿姫は22歳くらいだな。影綱と結婚したのは彼女が16歳の頃だと言うのは判明している」
約6年間、それだけの結婚生活が続いていれば、夫婦仲が冷めていたわけでもなさそうだ。
まったく、なんにせよ、俺の前世はよくやる。
「問題は椿姫は10年前に俺の前に現れたんだよな?」
「……そうだ。子供だった私には彼女の行動を止める事なんてできなかった。お前を殺そうとする悪意。それは感じていたけどね。自分の心を封印することで、何とか椿姫も封じることができたようだ」
「その封印ってのは誰の教えなんだ?」
さすがに6歳、7歳の子供が知りえる情報でもあるまい。
だが、彼女は首を横に振って答えた。
「どうして、子供の私がそれを行えたのかは分からない。そこまでは私も記憶が戻っていない。私は感情のほとんどを失い、柊元雪は記憶を失った。それが10年前の事実である事に変わりはない」
「いろいろと悪かったな」
「お前に謝られることじゃないさ。あの当時、私は友達を守りたかった。それだけだと思う」
唯羽の表情からは後悔の様子は感じない。
それでも、俺のために感情を欠けさせた罪悪感はある。
「椿は唯羽のもう一人の自分だと言ったけども、すぐに会えるのか」
「以前までは会おうと思えば会えた。だが、今は会えない。理由も不明だ。会いたくもないけどね」
「そうか。……なんか、いろいろと驚く事が多すぎて、頭がややこしい」
俺はこれまでの話を整理してみることにした。
数日前に俺が出会った椿という少女は唯羽の分離した魂そのもの。
もうひとりの唯羽とも呼べる存在だった。
そして、10年前に現れた唯羽の前々世、椿姫。
かつて、俺の前世である影綱の妻だった女性。
妻がいる身ながらも恋月桜花で紫姫に恋をした影綱。
そのせいで、椿姫は怨霊となるほどに影綱を恨んでいるらしい。
前世のとばっちりを受けたのが俺と唯羽。
それこそが、10年前の真相ではないか。
「椿と椿姫。唯羽がそんな大変な事情があったなんてな」
「私の事は気にしなくても良い。どちらも、自分にとっていつかは乗り越えなくてはいけない存在なだけだ。私はそれに柊元雪を巻き込みたくはない」
「俺は唯羽に無理をさせてまで、助かるつもりはないぜ」
「命に関わることだ。そうも言っていられないよ。椿姫の怨念は本物だ。本当に危険な存在なんだ。もう二度と椿姫がよみがえるようなことにはさせない。影綱の魂を持つ、柊元雪……お前を本当に殺すかもしれない」
唯羽にそう言われてしまっては俺は何も言えなかった。
本当に俺の事を心配してくれるのが分かるから。
「そういや、唯羽。俺達って前世と前々世では夫婦だったんだよな?」
「……そうだけど?」
「いや、なんか照れくさくならないか?夫婦だぜ、夫婦」
「なっ!?やめろ、意識するな。変な空気になるじゃないか」
今まで意識をしないように心がけていたのだろうか。
意識した途端に顔を赤らめてしまう、唯羽。
「ぜ、前世の話だ。今は違う」
「だとしても、だよ。椿姫の問題は置いとくとしても、またこうして出会っちゃうってのも運命だったのかもしれないよな?」
「それを言うのなら、私とヒメの関係も運命だよ。言うならば宿敵同士が今世では従姉妹同士なのだから。まったく、世界って言うのは出会うべくして出会う、縁というのがあるのだと思い知らされる」
「そうだな」
世界は狭い、というべきか。
前世での繋がりが、今に続くのは不思議としか言いようがない。
俺達には解決するべき問題がいくつかある。
だけども、今の関係になれた事を悔やむことはない。
和歌とは恋人になり、唯羽とは友達だ。
前世とは違う形でも、繋がりを持ち続けている。
これを縁と呼ぶんだろう。
「……なぁ、唯羽。記憶が戻ったって言っていたけど、何がきっかけだったんだ」
「それは……」
「それは?」
俺が唯羽の顔を覗き込むと、照れくさそうにしながら、
「――ひ、柊元雪の前で言えるかぁ!」
「……いひゃい」
唯羽が俺の頬を引っ張る。
照れ隠しなのだろうか、可愛い所もある。
何かあったのは間違いないようだな。
とにかく、俺達は確実に10年前の真相に少しずつ近づけている気がする。
前世の謎、それが解明されれば、今の俺達を襲う危機も回避できるはずなんだ――。