第69章:心の鍵
【SIDE:篠原唯羽】
柊元雪の異変、それはヒメも感じていたようだ。
「お姉様。最近の元雪様は様子がおかしいと思いませんか?」
「そう思うわけは?」
「……よく分かりません。ただ、感覚的にいつもと違うように感じるんです」
ヒメの不安。
今の彼がどこか違うと思う理由。
「ヒメが気になるなら私からも彼を調べてみるよ」
「なんとなく、なんですけどね」
「私も今の柊元雪には疑問があるから」
……その疑問は私に向けられる好意だ。
明らかな態度の違い。
私はヒメを安心させて、彼女の部屋から出て呟いた。
「椿が絡んでいるのかもしれない」
こんな異変を引き起こしたきっかけ。
それはお祭りの日以来だった。
椿なら何かしていてもおかしくない。
「まったく、柊元雪はどうしてしまったんだ?」
私は彼の部屋を訪ねてみる事にした。
この時間なら、のんびりとしているはずだ。
「……柊元雪、部屋にいるか?」
ノックをすると「どうぞ」と声が返ってくる。
部屋で宿題をしていた彼はこちらに爽やかな笑みを見せた。
「やぁ、唯羽。どうした、俺に会いに来てくれたのか?」
「……気になる事があるのでな。柊元雪、最近のお前は少し変だ」
魂の色に変わりはなかった。
だが、おかしいのは明らかだ。
彼に直接問いただすと、微苦笑されてしまう。
「俺がおかしい?そんなことはないさ。俺は普通だよ。そうだ、唯羽。今日は暇なら一緒に出かけないか?」
「……別にかまわないが」
今の彼をひとりにしておくより、監視していた方がいい。
「だったら、すぐに準備してくれ」
気になること。
それは彼が私をすごく優しい目で見ることだ。
……やめてくれ、そんな目で見ないでほしい。
まるで私がヒメみたいに扱われてるような錯覚を起こすから。
私服に着替えて、繁華街の方に柊元雪に連れられた。
人の多い所は相変わらず苦手ではある。
「どこにいくつもりだ?」
「どこにしようか?唯羽は甘いものは好き?」
「好きだな。辛いものは苦手だし」
「だったら、ケーキでも食べに行こうか?」
彼が誘ったのは駅前にあるケーキが評判の喫茶店だった。
以前にこの店ができた時にヒメと来た事がある。
お店は平日のお昼と言う事あって、私たちのように夏休みの学生が目立つ。
テーブルに案内されると、メニューを開いて柊元雪は注文を決める。
「俺はケーキセットにコーヒー。唯羽はどうする?」
「私は……同じものでいい」
「唯羽はコーヒーが飲めるんだ?」
「無糖でなければな。深夜のネトゲをするときはコーヒーをよく飲む」
私は柊元雪の反応をみた。
彼はネトゲと言えば口うるさいほどの反応を見せる。
「……そっか。唯羽の趣味だもんな。ネトゲは楽しいんだろ」
だけど、彼は小言の一つも言わない。
そこを基準にするのはどうかと思うが……やはり、おかしい。
しばらくすると、ケーキセットが運ばれてくる。
頼んだのはチョコレートケーキ。
「ここのケーキは美味しいな。和歌からお店を聞いてたんだけど、噂どおりだよ」
私は甘い味が口に広がるケーキを食べはじめた。
「唯羽とこうしてふたりで出かけるのは久しぶりだな」
「出会ってからひと月も経っていないのに久しぶりと言う表現があうかは微妙だが」
「……10年前に出会ってから全く、会えなかったかな。唯羽、悪かったな。俺が全部忘れてしまったせいで、キミにも寂しい思いをさせた。辛かっただろう?本当にごめんな」
「柊元雪……?」
彼の優しさは本物で、私を見る視線も優しげなものだ。
本当に異変なのか?
ただ、私に優しくしてくれているだけじゃないか。
思わず、そんな錯覚をおこしそうになる。
「改めて、唯羽と落ち着いた時間をとりたかったんだ。それにしても、唯羽は髪色を染めてから、すごく雰囲気が変わったよね。本当にそう言うのも似合っているよ。出会った頃の黒髪も悪くはないけども、今の方が魅力的だ」
柊元雪に褒められると変な気持ちになる。
くすぐったいような、でも、嫌じゃなくて……心が温かくなる。
「べ、別に柊元雪のために髪を染めたわけじゃない。私自身、心機一転したかっただけだ」
マジマジとこちらを見つめられると照れる。
ダメだ。
私も何だか変になりそうだ。
私は誤魔化すようにコーヒーのカップに口をつける。
だが、口に広がる苦み……うぐっ、動揺して砂糖とミルクを入れ忘れていた。
すぐさま、砂糖を入れるてかき混ぜる。
「苦かった?ホントに無糖はダメなんだね」
そんな様子を微笑ましそうに柊元雪は見ていた。
視線を感じる事がこんなにも感情に溢れているなんて。
嬉しかったり、気恥ずかしかったり、照れくさかったり。
……私に欠けている感情。
普段なら感情が鈍い私も翻弄される。
『恋をすれば、貴方は本物になれる』
まただ、椿の言葉が脳裏から離れない。
「……唯羽、この後はどうしようか?」
「好きにするがいい。私はどこでもいいよ」
「それじゃ、映画でも行く?唯羽どういう映画が好きなんだ?女の子だから、恋愛かな。それとも、ホラーとか?」
「ホラーは遠慮するよ。恋愛も嫌いではないが、好きなのはアクションものだな」
いつしか私は柊元雪のペースにはまりつつあった。
「確か、ハリウッドのアクション大作が公開していたよな。それにしようか」
彼の異変を感じながらも、それを自然に受け入れようとする自分がいる。
いつもの私に対する態度とは違うから。
「今日は唯羽と楽しい時間を過ごしたいんだ」
ヒメの様に特別な相手にしか見せない、優しさを感じられる。
もしも、私たちが恋人ならこんな風に時間を過ごしていくのだろうか。
そんな事さえ感じてしまうほどに……。
恋人のような雰囲気にちょっとしたドキドキ感。
ふいに、油断した心に芽生え始めていた不思議な感情。
一度芽ばえてしまえば、それをどうにかするのは困難だというのに。
……。
同じ頃、椎名神社で桜のご神木を撫でる椿がいた。
彼女は穏やかな表情を見せていた。
「……感じるわ、唯羽。貴方は恋を始めている」
くすっと口元に笑みを浮かべた。
「封印していたはずの心の鍵を開けたわね、ようやく開いた。さぁ、あとは……今と言う時間を思う存分に楽しんで。楽しい思い出をたくさん作るの。ひと時とはいえ、楽しい記憶があれば、人はその記憶を忘れたりはしない」
それこそが椿の望み。
「その楽しい記憶はいずれ、唯羽を苦しめる。楽しい事があれば、あるほどに……。苦しみはやがて嫉妬に代わる。恋の苦しみ。そこまでくれば、唯羽はもう嫌でも私を受け入れるしかない。もうすぐよ、私は唯羽とひとつになれる」
椿は青空を仰ぎながら、呟いた。
「――唯羽、心を解き放てば本当の自分を取り戻せるよ」
それにどんな意味があるのかを、唯羽自身が知るまで残りわずか――。