第6章:許される関係
【SIDE:柊元雪】
一目惚れから始まる俺と和歌の恋愛。
俺はついに親父たちに結婚宣言をする事にした。
頑張れよ、俺……覚悟を決めろ。
「親父、おじさん……俺は和歌と結婚を前提に付き合いたいと考えている」
俺の突然の発言に驚くふたり。
無理もない、だって俺たちも驚いてるんだから。
出会ってからまだ30分も経っていない。
それなのに、いきなりこんな話をされたら誰だって驚くよな。
「……元雪」
「親父、俺は本気だ。本気で、彼女と……」
「すまん。よく聞いてなかった、もう一度言ってくれ」
「聞いてんかったんかい!?」
そこでボケるな、本気で怒るぞ……こっちは本気なんだよーっ!
親父は大笑いをしながら、いつもの雰囲気で言う。
「冗談だ、冗談。なるほど。子は親の知らぬ間に成長するもの。ワシが知らぬうちに、生まれてからずっとヘタレの元雪も大人になったか」
「おい、待て、親父。誰が生まれついてのヘタレだ。親父、俺を過小評価しすぎ」
「……それにしても、元雪と和歌ちゃんがいきなり互いを受け入れるとはな」
「本題に入る前に俺がヘタレってところを、まず否定して!?俺はヘタレじゃないっ」
冗談なのか、本気なのか親父の態度に俺は脱力する。
くっ、いつものごとく遊ばれているのか、俺。
……いや、何だかんだで変な緊張感は抜けた。
どうせ、親父の事だから何も考えていないだろうけど、ここは感謝しておくか。
俺は気持ちを切り替えて、ふたりに話をする。
「親父、俺も本気で色々と考えた。和歌の気持ちとか、いろいろと考えた結果なんだよ」
「ふむ、結論をこんなにも早く出すのは想像外だったがな。ワシの予想だと、あと1度は顔を合わせる必要があると思っておった。和歌ちゃんは元雪でよいのか?」
「……はい。元雪様がいいんです。元雪様でなければ、ダメなんです」
「和歌……」
椎名のおじさんも俺たちの態度をジッと見つめる。
もちろん、今すぐにってわけじゃないけども、俺たちは結婚したい。
和歌の夢を叶える事が俺の夢だから。
「元雪君。僕としてはその結論は嬉しいが、本当にいいのかい?最初にも行ったが、和歌との結婚は神職を継いでもらうということだ。楽な仕事ではないし、それを引き継ぐという形で押しつけてしまうことも心苦しさもある。本来ならば、制約もなく純粋に和歌と付き合いたいんだろうけどね」
「分かっています。ですが、俺も本気なんです。俺は和歌が好きになりました。彼女が望む夢を叶えてあげたい」
きっかけは一目惚れで、互いの事はまだほんとど知らなくて。
でも、運命は俺たちの間にはあるんだと確信できる。
俺の目を見ていたおじさんは納得したような顔を見せる。
「……この数十分の時間の間に、2人の間には何か特別な事があったようだ。神主という職業柄、僕もいろんな人を見るけれど、偽りなき想い合うふたりに見える。まったく、和歌のそういう姿を見るとはね」
「お父様……私は元雪様を慕っているのです」
「そうか。和歌がそう感じるのならその気持ちに従いなさい」
和歌に対して笑顔を浮かべるおじさん。
良い人なんだろうな。
うちの親父は自慢の口髭を撫でながら、
「若さにまかせての勢いって言うのもありそうだがの。だが、それもまた良し!勢いとは若さの特権よぉ。勢いあまって出来ちゃった婚も若さゆえのことだ」
「それは昔の親父だ!」
俺の母さんは18歳の時に、できちゃった婚で兄貴を産んでいる。
ちなみに親父は当時、25歳だったらしいが、その当時には若さ抜群の女子高生だったはずの母さんと、どうして付き合っていたのかという、その事には我が親の事なので触れたくない。
親父が勝ち組だったとか認めたくないし、そりゃ、うちの亡き祖母さんとも嫁姑問題で揉めるわな。
「親父はまず自分の若さゆえの過ちを認めろ」
「はははっ、言うようになったな。若さゆえの過ちは年老いて悔いるものよ。まぁ、そのおかげで立派な跡取りである誠也が生まれたのだ。反省はせぬがな。それよりも、我が息子よ、ワシも子の成長、嬉しく思うぞ。若さとは無限の可能性を秘めておる。元雪、それでよいのだな?」
「……可能性?」
「そうだ。お前には今、選択肢がいくらでもある。自分の好き勝手に生きるフリーター、真面目に働いて社会の歯車となるサラリーマン。好きな夢を追い求めるのもいいだろう。元雪が選ぶのは、それらの選択肢ではなく、神主になるということか」
和歌と結婚するためにはその選択肢を選ぶ必要がある。
俺の将来をどうするのか、様々な未来の中で俺はこの生き方を選びたい。
「うん。俺は和歌と一緒に生きる事を選ぶ」
「好きになるのは2人には惹きつけるものがあったということかの。だが、結婚というのは、お前が思っているよりも難しいものだと分かっておるか?」
「それなりには分かっているつもりだ」
「焦る事もないんじゃないか。2人にはこれから時間もあるんだから。神社の事もおいおい、覚えてくれればいいし」
おじさんが俺に向き合い、静かな声で言った。
それを見た親父もお茶を飲みながら、
「ふむ。確かに。まだ始まったばかりの二人、結論を急くものでもないか。今は互いに想いを寄せあい、愛を育む時間か。元雪よ、お前の想いは本物か?本当にこの話を進めて良いのだな?」
「あぁ。いいよ、俺も本気だからさ」
「……元雪様。その気持ちが嬉しいです」
俺は和歌に笑いかけると彼女は静かにうなずいた。
「お父様、おじ様……私も本気なのです。元雪様を一目で好きになりました。一目惚れという言葉以上に、私達の間には何か特別な縁を感じています。ただの想いではないのです」
「俺もだよ。それに、これは自分で決めた事なんだ」
「運命を感じたというのなら、それを信じてみるのもいいだろう。元雪が決めたと言うのなら、ワシもとやかくは言わぬ」
親父はゆっくりと和歌さんとおじさんに頭をさげた。
「和歌ちゃん、椎名……ふがいないかもしれないが、元雪をよろしく頼む。これでもワシの大事な息子だからの」
「親父……」
この時、俺は初めて自分の父親の存在というのを強く感じた。
普段は酔っ払い、人を面白おかしくからかうだけの親父のイメージしかなかったが、こんな風に思ってくれていたとは……。
親であることの意味というか、親父を見直したっていうか、考え直させられた気がする。
「和歌もすっかり気に入ってるようだね。元雪君、こちらこそよろしく頼むよ」
「これにて無事に縁談成立、というわけで、これから酒で乾杯でもするかの」
「……待てい!?だから、車で来てるんだから酒は飲むなぁ!?」
「ちっ。ケチくさい息子だの。せっかくの祝い酒なのに。口うるさいのは母さんの悪い癖だ。それに似るとは嘆かわしい。元雪め、最近は本当に母さんに似てきおったわい。あれだぞ、息子ならば父親に似るべきだろうに」
こっちが心配してやってるのに、ケチくさいだと、舌打ちまでしやがった!?
くっ、親父を少しでも見なおした俺がバカだった。
親父はこういう適当な人だと言うのに……ホント、俺は母似でよかったと心の底から思う。
「ふんっ。親父にだけは絶対似たくねー」
「くすっ。元雪様とおじ様は仲がよろしいんですね」
「和歌?これのどこを見ればそう思うわけ?全然、仲よくないから……険悪でもないけど」
「そうですか?私から見れば、おふたりはとても仲がいいように見えますよ?」
「う、うーん……そうなのかな?」
うぅ、和歌に笑顔で言われた四角いモノも丸だと言ってしまいそうになる。
「元雪よ。和歌ちゃんに甘いのはよいが、尻に敷かれるとあとあと苦労するぞ」
「うぐっ。親父にだけは心配されたくない」
そんなこんなで、俺と和歌の関係は認めてもらえた。
これから、ゆっくりと時間をかけて関係をしっかりと築けていけたらいいな。
……と、話がまとまったと思いきや、この縁談に大反対をする人がひとりいた。
「――うぎゃぁ~っ!?」
その日の夜、親父の叫び声がリビングに響く。
「ひ、髭を引っ張るな。伸びる、ワシの自慢の髭が伸びる、ちぎれる!?母さん、何をするんじゃい!?」
「そっちが悪いんでしょ。何を勝手に息子の縁談を決めてるのよ!?」
1泊2日の温泉旅行から帰ってきた母さんに事情を説明したら、予想通りの襲撃を受けた親父。
帰ってきたら俺の結婚話が……そりゃ、びっくりするよなぁ。
一緒に行って来た兄嫁の麻尋さんから温泉土産のまんじゅうをもらったので、その光景を眺めながら食べる。
「これ、美味しいね。麻尋さん、お土産ありがとう。旅行は楽しかった?」
「温泉は楽しかったわよ。お肌もすべすべ。触ってみる?あと、私はおまんじゅうってあまり好きじゃないのよね」
「あずきが苦手なんだっけ。こっち、クリーム味らしいよ。これなら大丈夫なんじゃない?」
「あっ、ホントだ。これなら食べられるわ。甘さ控えめだけど美味しいね、ユキ君」
なんていう、ほのぼのとした会話を麻尋さんとしていると、母さんがいきなり俺に抱きついてくる。
「うぐぉ!?いきなり、何だよ、母さん?」
「元雪~、旅行から帰ってきたら突然に結婚するってどういうことなの?騙されているんでしょ?」
俺は親父の方を見ると自慢の長めの髭をぐしゃぐしゃにされて、ぐったりとしていた。
「わ、ワシは、元雪を騙してなどおらんのに……こいつは自分の意思で決めたのだぞ!?」
「貴方の言う事なんて信じられないもの。どうせ、元雪の意思なんて無視して、勝手に縁談を決めたんでしょ?」
親父、全く信頼されてねー……それって夫婦としてどうなんだろうなぁ。
「あのさ、親父を弁護するわけじゃないけど、俺も勝手に決められたわけじゃないから。母さん、俺、好きな子ができた。和歌って言う、とても可愛い子なんだ。俺は彼女に運命を感じてる。彼女の夢を叶えたいから、神社を継ぐって話になっただけ」
「……結婚とか神社を継ぐとか、そんなに簡単に決めていいわけないじゃない!運命なんてそんなのただの幻想よ。私もこの人と結婚した時は運命で結ばれてるのね~っとか本気で信じてたけど、それは悲しい幻想だったわ」
うわぁ、ばっさりと言っちゃったよ……。
でも、この両親はこう見えても、何だかんだんで仲が良いのでフォローはしなくて良いや。
それよりも大事なのは母さんを納得させることだ。
ここで反対されたら、せっかくの和歌との話がふいになってしまう危機が訪れる。
親父め、ちゃんと話を母さんにも通しておいてくれよ。
「母さん、今度、和歌を連れて来るからさ。和歌に会ってから判断してよ。とてもいい子なんだよ」
俺はちらっと麻尋さんを見て「援護よろしく」と目で合図する。
麻尋さんは母さんのお気に入りだ、フォローしてもらうと心強い。
彼女は頷いて俺の味方をしてくれる。
「ユキ君が好きになった相手なら、会ってみるのもいいんじゃないですか?実際に会えば気にいるかもしれませんし。会わずに反対するのはユキ君も可哀そうですよ」
「そう?麻尋がそう言うのなら会うだけでもいいかしら。いい、元雪。あまりよろしくない相手だったら、その縁談も破棄させるからね?私は貴方の心配をしているの。大切な息子の将来を心配しない母親なんていないのだから」
「うん、それは分かってるんだけどね。……あと、そこの親父。こっそりと逃げ出そうとするな!」
誰のせいで、こんな危機になっていると思ってるんだか。
物事は何でもスムーズに行くとも限らず、母さんという一抹の不安の火種は残ってしまった。
――始まったばかりの俺と和歌の関係、大丈夫だよなぁ?