第68章:恋の呪い
【SIDE:篠原唯羽】
お祭りから数日後、その異変は起きた。
いつもの朝、私は朝食作りをしていた。
「ナスの美味しい時期になってきたな」
私はナスを切りながらそう呟いた。
焼くもよし、煮るのもよし……揚げたナスをカレーに入れてみるのも面白い。
ナスは夏野菜の定番だから使いやすい。
小百合叔母さんの趣味は野菜を家庭菜園で育てることだ。
裏庭の方は日当たりもよく、場所も広いので、いろんな野菜を育てている。
ナスも育てているので、この時期は大量にナスが採れる。
「ん。良いナスだな。これはお味噌汁にでも使おうか」
収穫してきたばかりの野菜を使いながら私は料理する。
やがて、ヒメを起こしに行った柊元雪がキッチンの方に顔を出した。
ヒメは低血圧で朝には弱い、寝起きも悪い方だ。
巫女としての意識が高いので努力しているようだけども、夏休みになると気が緩む。
その点は恋人である柊元雪に起こすのを任せておけばいいだろう。
「……唯羽」
「なんだ、柊元雪か。ヒメは目を覚ましたのか?」
「今、シャワーを浴びているよ。それにしても、唯羽ってエプロンがよく似合うよな」
私はナスを切る手を止める。
「……あ、うん?」
「何て言うか、唯羽は料理している時はすごく魅力的だよ」
「……」
なんだ、これは?
あの彼が私をこんな風に褒めることに違和感がある。
「唯羽って改めて見ると、本当に美少女だよな」
「なっ……!?」
「いや、俺も先日まで勘違いしてたよ。でも、今なら唯羽の魅力が分かる。唯羽……本当にお前って良い女だよな」
「や、やめろ……私をからかっているのか!?」
普段の彼の言動ではない。
私との付き合い方の距離感が違いすぎる。
柊元雪にはヒメと言う恋人がいる。
それゆえに、彼も私との付き合い方はあくまでも友人としての距離感を守ってきた。
それがなんだ、今朝の柊元雪は何かおかしい。
「からかう?からかってなんていないさ。俺は自分の想っている本心を伝えただけだ」
「……ひ、柊元雪?」
彼はいきなり私との距離を詰めてくる。
私はびくっとするが彼は気にした様子もない。
「今日の朝食はナスか?」
「あぁ。いつもの家庭菜園のものだ。この時期はナスが美味しいからな」
本格的な旬は秋だけども、夏に食べるナスの方が私は好きだ。
「……唯羽の料理はどれも美味しいからな。料理が美味しい、これも唯羽の才能だよ。本当にすごいよな」
「こ、こそばゆくなるから、私を褒めるなぁ」
いつもの柊元雪ではない。
私に爽やかな微笑みを浮かべる彼。
その笑みは常にヒメだけに向けられていたものだった。
それを私に向けられるとどうしていいか分からなくなる。
「……とにかく、今の私は料理中だ。あっちに行って待っていろ」
「ここで見ていてもいいだろう?俺は唯羽が料理をする所を見ていたいんだ」
「柊元雪、今日のお前はどこかおかしいぞ?」
「おかしい?そんなことはない。さっきも言っただろ、改めて唯羽の魅力に気付いた。それだけさ。俺のことは気にしないで良いから、ほら、唯羽……料理の手が止まっているよ」
この違和感は何だ?
それが何か私には分からないけども、いつもの彼とは何かが違う。
それにしても、こうも彼に褒められると……変な気持ちになるな。
私は料理を再会させて、そちらに意識を集中させることにした。
朝食のメニューは煮物とナスのお味噌汁、卵焼き。
それを並べていくと、柊元雪が手伝いをしてくれる。
「美味しそうな料理だ。唯羽の手作りだもんな」
「褒めるな。褒めるの禁止」
「……褒められて照れるなんて可愛い所もあるんだな、唯羽」
にゃー!
頭をポンッと撫でる彼に私は悶える。
やめてくれ。
これは何かの罰ゲームなんだろうか?
「どうした、柊元雪。変な物でも食べたか?昨日の料理担当は私だったからな。不満があったのなら言ってくれ」
「ないよ?唯羽の料理に文句なんてあるはずがない。これだけ美味しい料理を夏休み中、ずっと食べていられるんだ」
「んなっ……!?」
こんな風に世辞を言われて、戸惑うしかない。
……柊元雪はこんなキャラじゃない。
私は好意を向けられることに慣れていない。
それに彼にはヒメがいる、こんな迂闊な事をする奴ではない。
いつもの彼とは違う……その理由は……。
「柊元雪」
「……なんだい、唯羽?」
私はマジマジと彼の魂の色の方に注目する。
魂の色は変わらずに灰色、それでも見え方によって相手の心情は少し分かる。
おかしい……何もいつもと変わらない。
それなのにこの変化はどういう事なんだ?
心変わり、私は理解できなかった。
「唯羽……心配しないでくれ。俺はいつもと変わらない」
……嘘だ、こんなのはいつもの柊元雪じゃない。
彼は優しいけども、私を気づかって、あまり深くには入りこんでこない。
「嘘じゃないさ。ただ、気づいただけなんだよ。唯羽がこんなにも可愛らしい女の子だったということに。唯羽はホントにすごいよな。絶対、将来はいいお嫁さんになれるよ」
「お、お嫁……さん……お嫁さん!?バカな事を言うなっ」
にこやかに言う彼に私は顔を赤くする。
自分がそんな風になる事に驚いた。
誰かに対して、胸が熱くなる事なんて今までなかった。
ドキドキとする胸の鼓動が高鳴る。
「……唯羽」
私の頬に触れる柊元雪に心を奪われかけていく。
「やめ……ろ……」
彼に優しくされるたびに。
「結構、唯羽も初心だよな。そういう所も可愛いけどさ」
私の心は乱される……惹かれてはいけないと警告するのに。
自分で自分の気持ちを制御できなくなる。
こんな気持ちになるなんて……変なのは私の方なのか。
トクンっと胸に響く、この気持ちは何?
柊元雪……優しくされるたびに彼の事を強く意識していく私がいたんだ。
これは呪いだった、私を破滅に落とすための“恋の呪い”――。




