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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花3 ~恋せよ乙女~
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第61章:祝詞(のりと)

【SIDE:柊元雪】


 朝、5時半の事である。

 

「起きろ、今すぐ起きなければ……言葉にできないひどい目にあわせるぞ」

 

 まだ皆が寝静まっている時間帯、俺はいきなり唯羽にたたき起こされた。

 ラジオ体操にもまだ早い時間なのに何で起こされたのだ。

 

「ふわぁ、朝の5時半だよ。早すぎないか?」

 

「神職の朝は早い。将来的にも、早起きに慣れておくにこしたことはないさ」

 

 そう言った唯羽は深夜までネトゲをしていたはずだ。

 ……朝というか、寝起きに強いタイプなのかもしれない。

 

「おはよう、唯羽。付き合わせて悪いな。御苦労さま」

 

「お前が気にする事ではない。居候にも、仕事があるのでな。お前を指導する役目を与えられた、それだけだ」

 

 顔を洗ってきた俺は唯羽の部屋にやってきた。

 彼女はテーブルに何かの紙を用意している。

 

「柊元雪、分かっているな。今日から宮司になるための訓練だ。私が教官だ。覚悟しろ」

 

「……おぅ」

 

「やる気がないな?」

 

「寝起きだとこんなものだ。続けてくれ……」

 

 唯羽指導教官は厳しいです。

 

「その紙には祝詞が書かれている。大祓詞(おおはらえのことば)が一般的ではあるが、覚えるのは大変だぞ」

 

「あのですね、唯羽さん。初心者としては祝詞の意味から説明してもらいたいんですが」

 

「そこからか?まぁ、いい。祝詞と言うのは神事の時に読み上げるものだ。仏教ならお経やらがあるだろう?祝詞奏上は宮司の仕事である。お経を唱えられない坊さんがいないように、神職者は祝詞を覚えるのが普通だ」

 

 祝詞って言われても、たくさんあるようだ。

 しかも、漢字ばかりのために読みにくい。

 

「これを全部、暗記しろと?」

 

「少しずつ覚えていけばいい。祝詞を声に出して読む事を奏上そうじょうと言う。祝詞の一語一句全てをこの夏に覚えろとは言わないが、祝詞奏上くらいできるようになってもらわなくては困る。さぁ、まずは覚えろ」

 

「……夏休みの宿題より大変そうだ」

 

 まずは簡単そうな祝詞を選んでみる。

 

「祝詞って言葉が決まってるんだな?」

 

「神事や祭事に用途によって違うが、大抵の文章は決まっている」

 

「……このひふみ祝詞ってのは覚えやすそうだ」

 

 いくつかある祝詞から何となく選んでみた。

 

「ほぅ、まずはそれを読むのか。覚えやすいけどな……うん、頑張れ」

 

 なぜか唯羽の反応が微妙な気がした。

 

「ちなみに、その祝詞はよく読まれているが、それっぽいせいか、詐欺とかにもよく使われていた祝詞でな。そもそも、一二三祝詞は招霊の祝詞だから、素人が読むと悪霊がやってくるものでもある。祝詞の使い方には気をつけろよ」

 

「悪霊!?祝詞って怖いよ!?」

 

「心配するな。祝詞は清める効果もある。お前がもしも悪霊に襲われた時は祝詞を唱えよ。そうすれば助かるかもしれない。お祓いの祝詞を覚えたら、悪霊も祓えるようになるよ。言葉の力は偉大なんだ」

 

 神道において言霊というのは、言葉に出したものは全て叶うと言う意味らしい。

 祝詞を唱える事が宮司の仕事の一つ。

 奥が深いと言うか……果たして俺に覚える事ができるのだろうか。

 俺は眠い目をこすりながら祝詞を覚えていく。

 その横でネトゲを始める唯羽。

 

「ふふっ。ドラゴン3体目、討伐終了。クラスメイトと最近はクエストをしているんだが、案外楽しいものだな。顔見知りゆえに、彼らをサポートするのも悪くない。少しばかり、レベルが低いのが問題だが。皆でプレイを楽しめる点では及第点だ」

 

 唯羽がチームプレイと言うのを覚え始めている。

 何だか楽しそうだ。

 こういう意味でも、唯羽は変わってきている気がする。

 ていうか、クラスメイトはこんな時間からゲームをやってるのか。

 ネトゲの魅力にはまると言う事は恐ろしいな。

 

「おい、唯羽。ネトゲはいいけど、俺の指導は?」

 

「用意した紙に書かれている祝詞を適当に覚えてくれ。以上だ」

 

「適当すぎるだろ」

 

「何事も、まずは覚えるのが最初だろう?言葉を覚えて、読み方を覚えていく。手順を踏まないとできないものだ」

 

 そう言われては仕方ない、今はただ覚えるだけか。

 ヘッドホンをつけてネトゲに集中する唯羽。

 

「……俺の指導よりもネトゲ優先っすか」

 

 祝詞を覚えると言う、基礎から始める。

 俺の夏は祝詞を覚えるだけで終わりそうな気がする。

 

 

 

 

 やがて、2時間が経過して唯羽はゲームをやめる。

 

「どうだ、少しは覚えられそうか?」

 

「この日本語訳を読んで、奥が深いんだって思った」

 

「そうか。覚え方には注意しろよ。間違えて覚えた場合、お前に災厄が訪れるかもしれない。神に捧げる言葉。祝詞は難しいゆえに、言葉の意味も重要だからな」

 

 怖いよ、祝詞。

 それが俺の第1印象だった。

 意味とか見てると結構、怖い意味もあったりして。

 祝詞ってその意味も言葉も重要だっていう理由が分かる気がする。

 

「祝詞は朝と夜に覚えれば良い。他は神社を散策するなりして、雰囲気に慣れろ」

 

「はい、教官。頑張ります」

 

「良い返事だ。私は朝食を作ってくる。柊元雪はヒメを起こしてあげてくれ」

 

「お、おぅ……」

 

 さり気に俺にも気を使ってくれる。

 何度も言うが、唯羽って良い奴だよな。

 ……たまに意地悪すぎるけど。

 ちなみに、今朝の俺の役得。

 

「――おはよーございます……元雪しゃま」

 

 起きたばかりの寝ぼけた和歌はとても可愛かった。

 


 

 

「あの、元雪様、朝から私を起こすのは大変でしたでしょう」

 

 はっきりと目覚めた和歌がものすごく恥ずかしそうな顔をして言う。

 起こすのに苦労したかと言えば、苦労しました。

 皆まで言わすな、あらゆる意味でだ。

 

「和歌って寝起きが悪い方なんだな」

 

「あはは……良い方ではありませんね。寝つきはいいんですけど、ぐっすりと寝ちゃう方なので。最近は紫姫様の夢も見なくなりましたから」

 

 いろいろとあったもんな。

 夏休みに入るまでの1ヶ月間。

 俺と和歌が出会い、過ごしてきたこの1ヵ月に色んな事がありすぎた。

 俺達は朝食後、和歌が生け花の練習をするというのでついてきた。

 邪魔しないように見ているだけだ。

 

「生け花か。こういうのって色んな流派があるんだろう?」

 

「華道に限らず、流派の違いと言うのは難しい問題でもあります。先生にもよりけりですから。相性の問題もありますし」

 

「唯羽も生け花をするけど、流派が違うんだっけ」

 

「はい、違います。お姉様の流派は有名どころですよ。腕前も評判がよくて羨ましいです。お姉様の感性は他人とはどこか違います。あれも才能ですね」

 

 将来的には和歌も先生になったりするんだろうか。

 彼女は並べられた花を剣山に次々と刺していく。

 

「生け花はたくさん花を飾れば見栄えがよくなるものでもありません。少ない本数でも向きや傾け方を変えるだけでもグッと違うから面白いんです」

 

「へぇ……」

 

 それにしても、和歌はホントに大和撫子だよな。

 古き良き時代の女性タイプ。

 いいねぇ、大和撫子&巫女属性の恋人がいるっていうのは……。

 

「完成したのか?」

 

「はい。今日はこんな感じですね」

 

 色鮮やかな花が綺麗に飾られている。

 素人目に見ても綺麗なものだ。

 

「単純な言葉でしか表現できないが、綺麗だな」

 

「ありがとうございます。私はまだまだですよ。努力しないとうまくなれません」

 

 これだけ上手に見えてもまだまだらしい。

 

「努力しなきゃうまくなれないか」

 

 俺も頑張ってこの夏で祝詞を覚えなくちゃいけない。

 神社を守るために必死だった和歌を思い出して俺はそう思った。

 生け花の練習を終えた和歌を俺は誘う。

 

「おいで、和歌」

 

「あっ……元雪様」

 

 俺達以外に誰もいない和室。

 俺は彼女を後ろからそっと抱きしめてみる。

 小柄な和歌は両手で包みこむとすっぽりと腕におさまってしまう。

 ここ最近はこんな風に落ち着いた時間もとれなかった。

 

「……元雪様」

 

「恋月桜花。影綱と紫姫は悲恋で終わったけど、俺達は幸せになりたい」

 

「私もそう思います。彼らの想いの分まで……」

 

 どちらからともなく、キスをしあう。

 

「んぅ……」

 

 俺達は互いの温もりを求めあうように抱きしめあう。

 和歌を想う愛しさ。

 人をこんなにも好きになれる自分に驚いたりしていた。

 幸せ。

 満たされていく心。

 今はただ、和歌が傍にいてくれるだけでいい。

 

「大好きですよ、元雪様……」

 

 恋人と過ごす時間。

 俺にとって幸せな時はゆっくりと流れていった。

 

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