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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花3 ~恋せよ乙女~
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第60章:夏の始まり

【SIDE:柊元雪】


 一学期最後の期末テストも無事に終了。

 俺達に待っているのは学生の特権とも言える40日間の夏休みである。

 忘れてはいけない事が俺にはある。

 それは和歌と結婚したら、俺が椎名神社を継ぐ宮司になると言う事だ。

 そのための最初の一歩。

 夏の始まりは俺にとって……思わぬ展開から始まった。

 

「……持ってきた荷物はそれだけか?」

 

「おー。悪いな、唯羽。荷物を運ぶのを手伝ってもらって」

 

「別に。柊元雪には私の部屋を定期的に掃除してもらっているからな」

 

「そちらはそろそろ自分でするようにしてくれ」

 

 俺は和歌の家の部屋を借りて夏休みはこちらで過ごす事になった。

 その理由はうちの親父が言いだしたある発言からだ。

 

『元雪よ、将来的に宮司になるのなら、これを機会に慣れておくのもいいだろう』

 

 親父と和歌のおじさんが話し合って、夏休み中は椎名家に預けられる事になったのだ。

 恋人の家にひと夏とはいえ、同居するとは……。

 

「目的は宮司の勉強と神社に慣れることか」

 

「いいじゃないか。大好きなヒメにいつでも会えるんだぞ」

 

「そりゃ、会いに来る手間も省けていいんだけどさ」

 

 何て言うか、現実にこうなると緊張するものがある。

 唯羽の隣の部屋なので、ネトゲをしていた彼女に手伝いを頼んのだ。

 と言っても、持ってきているのはスーツケース2つ分の荷物だけだ。

 何か用があれば家に戻ればいい。

 そうでなくとも母さんからは週に1度は顔を出すように言われている。

 

「それに私としても少し安心だ。目の届く範囲にお前がいるということはな」

 

「……ご面倒をおかけします」

 

「本当だ。さっさと記憶を思い出せ。解決策を見つけられたらいいんだが」

 

 唯羽が心配しているのは俺のもう一つの問題。

 いつも本当に彼女にはお世話になっている。

 口では色々と言いつも、面倒見のいい唯羽は優しい女の子だ。

 

「元雪様、こちらがお布団になります」

 

「あっ、持ってきてくれたのか、和歌。ありがとう、重かっただろう?」

 

「大丈夫ですよ。お布団くらいは持って来れます」

 

 和歌が持ってきてくれた布団を端の方に置く。

 

「本当にこちらの部屋でいいんですか?もう少し広い部屋もありますけど?」

 

「いいんだよ。これくらいで十分だ。あまり広い部屋ってのも落ち着かない」

 

 俺に与えられた部屋は和室で8畳程度の広さがある。

 小さなテーブルもあるので、夏休みの宿題やら勉強やらもできる。

 それにノートパソコン(唯羽から借りた)があれば適当に時間もつぶせるだろう。

 

「そうですか。今日からよろしくお願いしますね」

 

「あぁ。俺の方こそよろしくな」

 

「そんな柊元雪に最初のミッションだ」

 

 唯羽が俺に任務と言って、ある紙を手渡す。

 

「……椎名家で暮らすのだから、多少の手伝いはしてもらうぞ」

 

「いいけど、何で唯羽が仕切るんだよ。唯羽だって、居候じゃないか。夏休みくらい実家に戻る気はないのか」

 

「口うるさい妹達と過ごすのは疲れるからな。まぁ、お盆くらいには顔を出すつもりだが、それ以外に帰る気にもならないよ」

 

 唯羽は唯羽で事情があるらしい。

 

「元雪様。今回、いろいろと神社について指導してくれるのはお姉様なんです」

 

「……マジで?唯羽ってそんな事ができるのか?」

 

「一応、私も実家は神社だぞ。巫女ではないけども、事情はよく知っている」

 

 和歌は習い事やら、秋の神事のための巫女舞の練習でいない事もあるようだ。

 そういう事情があるならしょうがないか。

 

「というわけで、お前の指導係は私だ。心配せずとも、宮司になるための基礎を教えるだけだ。本格的に目指すのはこれからだからな。最初から無茶はしないさ」

 

 そんな事をいう唯羽は鬼指導教官並に怖そうなのだが。

 どうにも、今年の夏は大変そうだ。

 

 

 

 

 最初の任務は意外にも普通の事だった。

 買い出し。

 つまりは、食料品のお使いである。

 この時期は夏休みを利用した参拝客も多くなり、おじさんやおばさんも神社の仕事で忙しいらしい。

 そのために家の事は唯羽や和歌がしているようだ。

 食事当番もそうだ。

 だが、今日は和歌は書道の習い事があるらしくて、俺は唯羽と共に近所のスーパーにいた。

 

「……唯羽と買い物か。久しぶりだな」

 

「そう言えば前に一度あったな。そういうシチュエーションが」

 

 あれは懐かしいプロジェクトDを実行していた頃だな。

 

「唯羽は買い物にはよく来るのか?」

 

「あぁ、今では私がほとんどしている。買い出しは私の仕事と言ってもいい。居候の身としてはそれくらいするよ。ネトゲで引きこもっていた頃もこれくらいしか外に出る機会がなかったからな」

 

「……それはどうかと思う。まぁ、今は多少は改善されたわけか」

 

 唯羽はメモを見ながら次々と俺の持つカゴに商品を入れていく。

 俺も麻尋さんとの買い出しでよく荷物持ちをするので慣れた行為だ。

 

「何を買うんだ?」

 

「広告チラシを見た限りでは今日はカレーの材料がかなり安い。スーパーの策略に乗るのもアレだが、夏と言えばカレーだからな。柊元雪は辛いのはどれくらいが好きだ?」

 

 いくつかの商品の中からカレーのルーを選ぶ唯羽。

 俺の好みと言えば、辛すぎないカレーだ。

 

「中辛かな。味のバランス的に中辛が一番合う」

 

「なるほど。激辛のハバネロ入りカレーを所望する、と」

 

「一言も言ってないっての!しかも、普通の売り場にそんなものがあるのか!?」

 

「しかしながら、期待にそえなくて残念だ。私もヒメも辛いのが苦手でね。多数決で甘口にしよう」

 

 ……俺の意見は最初から無視か。

 ハバネロ入り激辛カレーにされるよりはマシだけどさ。

 

「そういや、唯羽は子供の頃から料理をしていたんだよな」

 

「あぁ。私の両親も神社の経営で共働きだからな。それに、うちには口にも味にも、うるさい妹達がいる。まるでピヨピヨと餌をねだるヒナのようなもので、私が料理を作ってあげないといけない状況だったわけだ」

 

 彼女も子供ながらに大変だったんだろうな。

 そのおかげで唯羽は今はかなりの料理の腕になっている。

 やはり、料理と言うのは経験なのだろう。

 

「柊元雪は何か料理はできるのか?」

 

「……男の手料理、ラーメンならできる!」

 

「ほぅ、自分でスープと麺を作る所からか。すごいこだわりだな」

 

「ごめん。ただのカップ麺と即席麺の話だ。そこまですごくないっす」

 

 スープ作りからこだわるほどに、俺は料理人ではありません。

 

「リンゴの皮を剥くくらいならできるんだけどな。家でもたまにしてる。俺の唯一できる家事の手伝いだ」

 

「ちなみに今はリンゴの皮を簡単に剥く道具を安価で売っている。我が家にもあるぞ」

 

「時代の進歩で俺の仕事がなくなった!?」

 

 何でも簡単にできる道具に頼るのはいけないと思うんだ。

 ナイフでリンゴの皮を剥くくらい、俺に仕事を残しておいてくれ。

 

「次は肉だな。これと、あっ……こっちの方がグラム数としては安いのか」

 

 意外と言っては失礼だろうが、唯羽はしっかりとした主婦みたいだ。

 

「どうした、柊元雪?安い肉は嫌いか?」

 

「そうじゃなくて、手慣れているなって思っただけだ」

 

「男の子はあまりスーパーには来ないからな。知らないだろうが、案外、スーパーは楽しいものだぞ。何の商品の値段があがっているとか、今は旬で何が安いとかがよく分かる」

 

 前言撤回、主婦みたいではなく既に主婦レベルでした。

 唯羽が肉をカゴに入れた頃にはカゴはいっぱいになりかけていた。

 

「荷物持ちがいると思い、つい買いすぎている。カゴは重くないか?」

 

「この程度なら大丈夫だ」

 

「ふふっ。それにしても、こんな風に柊元雪と買い物をしていると、まるで私たちは新婚夫婦みたいだと思わないか?他人からはそう見えるかもしれないぞ。仲よさそうに手でもつないでみるか?」

 

 思わぬ唯羽の物言いに俺は吹き出しかける。

 俺と唯羽が新婚夫婦だと?

 

「ちょ、おまっ!?」

 

「あははっ。冗談だよ、冗談。柊元雪、顔が赤いぞ。照れているのか?何を想像した?」

 

「くっ。唯羽にからかわれるとは……」

 

 だが、俺は彼女の笑みに見惚れかけていた。

 感情の起伏が少ない唯羽が笑うなんて珍しい。

 本当はこんな風に笑ったりする子なのか。

 最近の彼女は少しずつだが感情を表に出し始めている、良い傾向だ。

 無表情キャラなんて寂しいだけだもんな。

 

「まぁ、実際の私たちは親分と子分の関係で甘い関係ではないけどな」

 

「それも違う」

 

「おや、女王様と下僕だったか?」

 

「それは絶対に違うからっ!?」

 

 夏は唯羽を開放的にしているのか。

 彼女と会話をしていると俺も楽しくはある。

 

「柊元雪のために朝食の和食メニューに煮物を追加しなくてはな」

 

 唯羽は俺のために特別にメニューを考えてくれているようだ。

 

「……お前って、良い奴だよな」

 

「何を今更。私は天使のような優しさを持った女だ」

 

「平気で小悪魔みたいに見える時もあるけどな」

 

 唯羽の料理は好物なので、俺としては文句はない。

 

「――柊元雪は何でも美味しく食べてくれるから、作りがいがあるよ」

 

 楽しそうな唯羽に変化を俺は感じていた。

 何かが、少しずつ唯羽を変えている。

 良い傾向だが、何か気持ちの変化になるような事があったのか疑問に思った。

 

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