第59章:柊と椿
【SIDE:柊元雪】
椎名神社に誘われて。
俺は再び、不思議な体験をしていた。
ご神木の桜の前にいたのは椿と名乗る美少女。
どことなく唯羽に雰囲気が似ているのは気のせいか。
「桜の木って、春以外に見ると寂しく想わない?」
「そうだな。緑の葉っぱだけだし」
「そう。寂しいのよ。見た目麗しい桜の花をつけない、桜の木は寂しい。それは花のすべてに言える事だけども。綺麗な花を咲かせている間にしか、誰も興味を示してくれない。その一瞬だけは誰もの視線をくぎ付けするわ」
椿は桜の木に触れて神妙な面持ちをこちらに見せた。
背筋がゾクッとするような、嫌な感覚。
綺麗だけど、どこか怖い。
それが俺の椿に抱いた印象だった。
「……人間は自分たちの望む“価値”以外には興味がないの」
「花の場合は美しさという価値?」
「そう。食べ物だったら美味しい味だったり、動物だったら可愛いだったり。人間に対してもそう。容姿が綺麗だ、とか自分たちの望む価値のないものは存在すら認めてもらえない。そう言う所が嫌いよ」
椿の呟きはどこか過去を思い出すような口調だった。
価値観か。
確かにそれは言えているかもしれない。
「ねぇ、唯羽を知っているでしょう」
「あぁ、よく知ってるよ」
「元雪は唯羽をどう思っているの?」
いきなり話が唯羽の話に変わったので、俺はホッとする。
でも、何で唯羽?
「どうって?」
「恋愛対象として見るのかってこと」
「え?い、いや、それは……俺には恋人がいるからな」
「知ってるよ、和歌と付き合っているんでしょう」
彼女は和歌を知っているのか。
和歌の名前を口にした椿の表情。
何とも冷めた瞳をしている。
「和歌と別れちゃえば?」
「……え?」
「絶対に唯羽の方がいいのに」
椿はなぜか唯羽を恋愛対象としてすすめてくる。
「唯羽が良い奴なのは知ってる。恋愛対象って言うのとはまた違うけどな」
「……元雪は現世でも“紫”を選ぶの?」
彼女が紫と敵意を持った声で呟く。
やばい、何かがやばい。
俺はここが普通の世界じゃない事を改めて思い出す。
ここで出会ったと言う事は、椿もただの少女じゃない――。
「現世でも、ってどういう意味だよ」
「前世がそうであったように現世でも彼女の魂を持つものを選ぶの?貴方の前世、影綱は間違いを犯した。現世の元雪は彼と違うと言うのなら、運命を変えて見せて」
「それは、どういう意味だ……くっ!?」
俺は突然の頭痛、頭を押さえながら彼女を見た。
「……そろそろ時間かな。また会おうね、元雪」
「椿!?キミは……」
彼女は最後に不敵な微笑みを浮かべて言うのだ。
「――唯羽は呪われているの。彼女を救いたいなら恋をしてあげることよ。それしかあの子を救えない」
唯羽が呪われてるって、どういう意味だ……?
そのまま、俺は目の前が真っ暗になっていった。
「……柊元雪、おい、しっかりしろ」
唯羽の声にハッとする。
気がつけば俺はご神木にもたれる形で座っていた。
「う、うぅ……あれ……唯羽?」
「そうだ、私だ。分かるか?」
「あ、あぁ……頭がガンガンするけど、大丈夫だ」
辺りを見渡すと、椿の姿はない。
雰囲気もいつもの椎名神社の鎮守の森のものだ。
参拝客の声が向こうの拝殿の方から賑やかに聞こえてくる。
俺は……戻ってこれたのか?
「唯羽。いつから俺はここに?」
「記憶がないのか?今、見つけたばかりだが……ずっとここにいたようだな」
「俺は変な夢を見ていた気がする」
「夢だと?どういう夢だ?」
俺は唯羽の顔をマジマジと見つめていた。
間近で見れば整った容姿に見惚れるくらいだ。
「……な、なんだ?私の顔を見て。恥ずかしいじゃないか」
照れる唯羽が何だか可愛く見える。
椿は俺に唯羽に恋をしろと言った。
俺には和歌が一番大事で好きだから、他人を好きになれって言われてもできない。
唯羽が女としても良い女だと知っていても、恋愛対象としては見れない。
「どんな夢を見たのか忘れた」
「はぁ。お前はいつもそれだな。次からは少しは覚えていてくれ。ヒントにもならない」
「努力はするよ。とにかく、心配をかけたようだ。どうして、俺がここにいると思った?」
「ヒメから連絡があったんだ。お前の自転車があるが姿がないってな」
時計を見ると約束の時間を30分以上も過ぎていた。
「うわっ。何でだ?余裕を持ってきていたのに。急いで行かないと」
「待て、柊元雪。何も影響がないとは言えないんだぞ」
「大丈夫だよ。今回は何もなかった」
椿に会っただけだ、それ以外に何もない。
あの椿という少女の正体は分からないけどな。
「そうか。身体に異変がないならいい。だが、これだけは聞かせてくれ」
「なんだ?」
「……“椿”という女とここで出会わなかったか?」
唯羽の口から出たその名に俺はドキッとする。
彼女は椿の事を知っているのか?
「いや、知らない。誰だ、椿って?」
唯羽に恋をしろ、と言われた事もあり、つい嘘をついてしまった。
椿の話はしない方が良いと思ったんだ。
「そうか。知らないのならいい。よかった……お前が椿と出会っていなくて」
明らかにホッとした表情を見せる唯羽。
「椿って誰なんだ?」
「気にしないでいい。会っていないのならそれでいいんだ。柊元雪、ここには近づくなよ」
「好きで来たわけじゃないだけどな」
和歌の事が解決してようやく平和な日常が来ると思っていたんだけどな。
また新しい何かが俺達に迫りつつあるのか。
「……唯羽、心配をかけたな。きてくれてありがとう」
「私はお前を守りたいだけだから。今日はヒメに会いに来たんだろう。彼女も心配をしてる。家で待っているよ」
唯羽と椿。
この2人に何か関係でもあるのだろうか。
俺はそんな事を考えながら和歌の家へと向かうことにしたんだ。
家では和歌が心配そうに涙目で俺を待っていた。
すぐさま俺に抱きついてくる可愛い恋人。
「元雪様っ!よかった。何もなくて……」
「心配かけてすまなかった。ちょっと変な体験をしてきただけだ」
「昨日言っていた事ですか?いざなわれてる、とか?」
「……分からん。ただ、気になることはあったけどな」
思い返してみると不思議な事だらけだ。
和歌と唯羽と出会った10年前に起きた火災、炎の記憶と女の人。
そして、椿と言う少女。
果たして、彼女は“現実”の少女なのか。
「……椿、か」
「お花の椿ですか?」
「え?あ、いや、それは……」
つい独り言で椿の名前が出てしまった。
俺は誤魔化すように、和歌に話をしてみる。
「和歌は椿ってどんな花か知っているか?」
「はい。椿は春の終わりに綺麗な花が咲くんですよ。でも、少しイメージは悪いかも」
「どういう意味だ?」
「花は綺麗なんですけど、死のイメージを持たれる事が多いんです」
唯羽の思わぬ言葉に俺は驚く。
「死のイメージ?」
「椿の花というのは、枯れると、花ごと落ちるんです。花びらが散ったりするわけじゃなく、そのまま落ちる所から昔の人は首が落ちるというイメージをして苦手とされたようです。今でも入院患者には持って行ってはいけない花ですね」
――死を連想させる花。
不吉を呼ぶなんて、椿の花にそんな意味があるなんて知らなかった。
彼女自身、言われてみれば不思議なほどに生気を感じなかったからな……。
「一般的に梅はこぼれる、桜は散る、牡丹はくずれる、椿は落ちる。そういう表現をされるくらいですからね。確か花言葉は『完璧な魅力』。昔から椿の花は縁起がよくないって言われますけど、私は綺麗で可愛い花だと思いますよ」
「……そうなんだ。椿にそんな意味があったなんて知らなかったな。さすが、生け花をしてるだけあって和歌は花に詳しいな。それはそれでおいといて。今日はデートだろ。時間ももったいないし、遊びに行こう」
「元雪様とのデート、すごく楽しいから好きですよ」
笑顔の和歌に俺はつられて笑みを見せる。
椿と唯羽、そして俺……。
俺の知らない所で何かが起きていた。
後に、俺は椿に出会う事を恐れていた唯羽の反応の意味を知ることになる――。
第2部、終了です。次回からは第3部に入ります。