第56章:今を生きて
【SIDE:柊元雪】
紫姫の想い。
時を超える想いがこの世にはあるのかもしれない。
和歌は自分の中に紫姫を感じなくなったと言った。
望んでいた再会を果たして、眠りについたのか。
これで、和歌の問題はほぼ解決。
俺達の前世をめぐる一連の事件も終わったかに思えた。
「なぁ、唯羽?うちの兄貴と何を話していたんだ?」
「誠也さんとは世間話を少々してただけだ」
「嘘つけ。ホントは何を話してたんだよ?」
兄貴に夕食をおごってもらい、その帰りに俺達3人は椎名神社に戻ってきていた。
俺たちを送ってくれた兄貴はそのまま、同窓会帰りの麻尋さんを迎えに行ってしまった。
意外すぎる兄貴と唯羽の接点。
何かあったに違いないと問い詰めるもはぐらかされてしまう。
「……そんなに知りたいのか?」
「あぁ、知りたいね。教えてくれ。教えろ~」
俺は唯羽を揺さぶりながら尋ねると、嫌そうな顔をする。
「わ、分かった。揺さぶるな。気持ち悪くなるだろう。……内緒にすることもないか。仕方あるまい。正直に話そう。彼に聞かれたのは柊元雪についてだ」
「俺の事だと?どういうことだよ」
何で兄貴が俺の事で唯羽にあいに来るんだ?
唯羽は淡々とした口調で語る。
「主に聞かれたのは10年前の事だ。少し気になる事があって私に尋ねに来た。それだけさ」
「……例の神社の火災についてか?」
「あぁ。当時の事を聞かれたんだ。弟想いの良いお兄さんだな」
「そういや、兄貴はあの頃、高校生で郷土史研究会ってのに入っていたって聞いたな。……そうだ、思い出した。あの当時、恋の伝承がある神社に興味があるって……それがここか!?恋の伝承=恋月桜花?」
「恋月桜花なら調べれば面白いだろうな。私も昔に調べたものだ」
俺はまだ幼くて理解できなかったが、兄貴は高校時代、郷土史や古い伝承を調べるのが趣味だった。
あの10年前はちょうど、兄貴も高校生くらいか。
そういえば、何度かこの椎名神社の名を聞いた気がする。
「何か彼なりに思う所でもあるんじゃないか?」
「よく分からん。まぁ、ただの興味なら良いんだ。俺としては唯羽が口説かれたのではないかと。彼の兄嫁の嫉妬を心配していたんだ」
「何をバカな事を。そう言う話ではない。大体、私に興味を持つ男なんていないよ」
唯羽はしれっと言うが、見た目だけはかなりの美少女だ。
感情こそ表に出にくい表情だが、容姿も美人だ。
茶髪のツーテイルの髪型もよく似合っている。
「そんなことはないと思うぞ」
「……ほぅ。私に興味を持てるのか、柊元雪?」
「へ?あ、いや、俺には和歌がいるけど。もし、恋人がいなければ……という意味でなら恋愛対象としても、唯羽は良いと思うよ。可愛いし、料理も上手だからな。あとは、ネトゲをやめてくれれば最高だ」
「それなら無理だな。今の私にとってネトゲは必要不可欠な物。私から切り離す事などできない。恋愛とネトゲを天秤にかけるまでもない話だ。私は恋には向いていない」
「今時の女子高生なら恋愛を優先してくれ」
やっぱり、残念すぎる女の子です。
それが唯羽らしいと言えばそうなのかもしれない。
どこまでもマイペース、それが唯羽だ。
「でも、そうか。私も対象には入っているのか」
だが、珍しく唯羽に微笑が浮かぶ。
彼女は何だか嬉しそうにしている。
「……唯羽?」
「何でもないよ。それより、ヒメはまだ来ないのか?」
「おばさんのお手伝いがあるそうだ。すぐに来るって言っていたけども」
俺達が待っているのは夜の椎名神社の境内だ。
この時間帯になると参拝客もおらず、セミの鳴き声もやみ始めた。
「夕焼けが終わる、夜になる瞬間はどうにも落ち着かないな」
「そうか?俺は綺麗でいいと思うけど。夕日に青が混ざる感じの空の色は好きだな」
「空はいいんだが……この時間帯から、“彼ら”は活発になりだすんだよ」
「あ、あの、唯羽さん。何がですか?」
俺は唯羽の物言いに少しビビりながら尋ねる。
「何だと思う、柊元雪?」
雰囲気を出しながら、彼女は薄い桃色の唇からある名前を口にする。
「例えば……この時間帯には白い女の人が見える、とか」
「は、ははっ。何を言うんだ、唯羽?そんな幽霊とかいないし!」
「おや、柊元雪はその手の類は苦手か」
「ち、ちげぇよ。俺がびびるわけないじゃないか。幽霊?信じてないから大丈夫さ」
幽霊は苦手じゃないが、こんな他に誰もいない夜の神社はちょっと雰囲気があって怖いぜ。
「丑三つ時……五寸釘……呪い……白い女……」
「や、やめなさい。変なワードを並べるな!?」
「冗談はさておいて……先ほどからお前の後ろにいる、女の人は誰だ?」
「……へ?」
本気で誰か見えているのか、唯羽!?
俺はビクッとして振り向くと、後ろには女の子の顔が――!!?
「――う、うぎゃぁー!?」
思わず叫ぶと女の子も驚いた声を上げる。
「きゃ、きゃっ!?ど、どうしたんですか、元雪様!?」
後ろにいたのは和歌でした。
ちっ、恋人の前で情けない恰好をさらしたではないか。
「も、元雪様、大丈夫ですか?驚かせてしまいましたか?」
「何でもないです、こちらこそ驚かせてごめん」
俺は心臓がバクバクしながら、うなだれる。
そんな俺の様子を笑っている唯羽がいた。
「情けないな。柊元雪、男として恥ずかしい」
「うるせー。唯羽、いつか仕返しをしてやるから覚えておけ」
「覚えておこう。私にどんな事をし返すのか、楽しみだよ。一応、言っておくが、私はやられた事を倍にして返す主義だ」
「ごめんなさい、すみません。何もしません」
……やっぱり、怖いので、し返すのはやめておこう。
何をされるかわからない唯羽にはホントに敵わない。
さて、改めて和歌が戻ってきたので、今日の報告だ。
兄貴の前だと話もしづらかったので結局していなかったのだ。
「和歌も来た事だし、話を始めようか。ここなら誰にも聞かれないだろうし」
「唯羽お姉様。私は紫姫様の墓所で、何か特別な体験をした気がします。恋月桜花のお話にあるような光景を夢のような形で見ていました。紫姫様の想い、影綱様を慕い、恋をしていた気持ちも……」
「予想通りだったのか。それは前世の記憶だな。ヒメには紫姫の強い思いが流れ込んできたのだろう」
唯羽は「とはいえ、これでヒメが夢に悩まされることはない」と断言する。
「本当に彼女は会いたかっただけなのか、唯羽?」
「最初にもいったが、それだけなんだ。彼女にとって影綱との約束があったようだな。来世でそれを叶えたい、強い想いがお前達を結びつけたとも言える」
俺と和歌は顔を見合わせていた。
彼女と出会ってからの数週間、俺の日常は大きく変わった。
「運命的すぎると言うか、偶然の重なりすぎだと思っていたけど、違うのか?」
「どうかな。全てが何かの力に引かれて、とも言いにくいが。少なくとも、恋をするきっかけを作ったのは紫姫の想いだ。だが、もちろん。そこから恋愛に発展して行った今のお前たちの気持ちはお前たちのものだ。心配しなくていい」
「今回の事で、問題は解決したと考えていいのか?」
「恋月桜花。影綱と紫姫の2人に関する事はこれで終わりのはずだ。しかし、全てが終わったわけじゃない。特に柊元雪にはまだ危機が残っている」
「あぁ、10年前の火災のやつか。最近は何もないけどな」
「油断はするな。何が起こるか私にも分からない」
俺はこの際なので、和歌にもあの事件について話す事にした。
昔、10年前に俺達が一緒に遊んでいた。
その時に起きた社の火災に巻き込まれていた。
唯羽や和歌の事を記憶から消えてしまった。
そして、つい先日、炎の記憶と共にご神木に引かれ、唯羽に助けてもらった。
一つ一つを説明するが、当時の記憶がない和歌は不思議そうに聞いていた。
「元雪様に、そんな事があったんですね」
「柊元雪に何かおかしい事が起きているのは間違いないのだけども、その原因が分からない」
「俺の前世が絡んでいる、と言うのは?」
今でも当時の事はフィルターにかかったように思い出しにくい。
「例え、前世がどうであれ、今のお前が危機にあう理由が分からないな。何か違う理由があるのか」
「例えば……呪い、とか?」
和歌が何気なく言った一言に唯羽がビクッと身体を震わせる。
「ほ、ほら、祟りってあるじゃないですか。末代まで祟るぞ~っ、とか」
「……和歌の言い方が可愛くて萌えた」
「そこのバカ彼氏。心の声がだだ漏れだ。自重しろ」
「ごめんなさい」
こほんっ、和歌の可愛さはともかく、呪いか。
「俺、呪われている?」
「以前にお前の魂の色がどす黒い灰色だと言ったな。確かにお前は普通とは違う」
「え?マジで呪われているのか?」
「いや、違う。現実に呪われた人を見た事があるが、あれとは違う。お前がご神木の付近に引かれているのは前世絡みだと思っていたが、他にも何かあるのか」
唯羽にも分からないことはあるらしい。
当然なんだけどさ。
「ひとり、心当たりのある人物がいる。私の方でも調べておくよ」
俺と和歌の前世の問題が解決しても、謎は残るか。
「俺に何が起きてるんだ?」
「私に聞くな。私も未だに確証がない。前世絡みか、それ以外か。お前の10年前の記憶を思い出してもらわなければ正体が分からない。案外、本当にお前は呪われているのかもしれないな。その可能性で調べよう」
「唯羽さん。縁起でもない事をサラっと言うのはやめて!?」
今を生きてる俺達が前世に影響され続けているのも変な話だ。
人の想いってのは俺達の想像以上に強いものなのかもしれないな。