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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花2 ~月と桜と花の記憶~
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第54章:消えない想い

【SIDE:椎名和歌】


 紫姫様、前世の記憶をたどるために。

 私たちは彼女の墓所を訪れていた。

 静かな木漏れ日のさす、森の中にそれはあった。

 定期的に訪れる人がいるのか、水や花もかえられている。

 

「……心地の良い場所ですね」

 

「そうだな。墓所っていうと、おどおどしい湿った場所ってイメージだけど、ここはどこか違う。さすがはお姫様のお墓、というところかな」

 

 ここに来れば何かが私たちに起きるはず。

 唯羽お姉様はそう言っていたけども、まだ半信半疑だったの。

 だって、本当に何かが起きるなんて思えなくて。

 お姉様と電話をしていた元雪様が私に携帯を差し出す。

 

「唯羽が代わってくれってさ」

 

「……私にですか?お姉様、私です」

 

『ヒメ、それ以上先に進む事は過去を知る事になる。それでもいいんだよね?』

 

「はい……。かまいません。あの夢が何の意味があるのか、私も知りたいんです」

 

 何度も、何度も繰り返して見る夢。

 まるで私にメッセージをおくるように。

 紫姫様が何かを私に告げているような気がして。

 

『分かった。ならば、対処法を教える。多分、これから前に進むと胸が苦しくなる。いいかい、楽になる方法は……柊元雪とキスをすることだ』

 

「……はい?え、えっと、お姉様?」

 

『冗談ではない。そうすれば分かる。ヒメの方からするんだよ』

 

「で、できませんよ!?だ、だってキスなんて……まだ数回しかしてませんし、自分からするなんて……そ、その、はしかたないっていうか」

 

 キスする事が嫌いなわけじゃない。

 すごく幸せな気持ちになれるし、私も好きだけど、ただ恥ずかしいだけ。

 

『……ヒメの中には紫姫の魂を受け継いでいる。彼女は影綱に会いたいだけなんだ。本当の意味で再会したがっている。それだけなんだよ。だから、あわせてあげてくれ。数百年、待ち望んでいた想いを成就させてあげて欲しい』

 

 お姉様の言葉が正しいのなら、紫姫様が望んでいる事は……。

 私は元雪様と共に墓所へと近付いて行く。

 すると、先程までの静寂が一転する。

 風……?

 大きな風が吹いて葉音がざわざわと音を立て始める。

 まるで、泣いている女の子の声ように。

 

「……ぐっ、ぁあっ……ぅっ!?」

 

 それと同時に胸が締め付けられるような痛みを伴なう。

 

「和歌!?どうしたんだ!?」

 

「ぅう……紫姫様……?」

 

 私は苦しみながらもお姉様の言葉を実行する。

 

「元雪様、はしたないとは思わないでくださいね」

 

 そして、次の瞬間、私は彼にキスをした。

 触れ合う唇同士。

 想いをこめてのキス。

 やがて、胸の痛みが薄らと消えていく。

 

『……会いたい、会いたいよ』

 

 女の子の声が耳に聞こえる。

 木々の葉がこすれあい、嘆き悲しむ少女の泣き声のように呼応する。

 

「私は会いたい。あの方にもう一度会いたい」

 

「和歌?」

 

「……影綱様……貴方様にお会いしたいのです」

 

 私の口を使い、誰かが言葉を発した。

 不思議な感覚。

 私は自分に何が起きているのかが分からない。

 ゆっくりと視界が暗転していった……。

 

 

 

 

 ……。

 綺麗な月の夜の空、桜が散りゆく様を2人で眺める。

 私の傍にいるのは影綱様。

 敵国の武将ながら、とてもお優しくて、凛々しい方。

 捕らわれている私にも優しくしてくれる。

 だけど、私たちは敵同士、結ばれるはずのない想い。

 影綱様……。

 影綱様、影綱様、影綱様……。

 私は彼の名を呼び、言葉をひとつ交わす度に想いを強くしていく。

 

『紫、そなたは本当に可愛いな』

 

 私と寄り添いながら、影綱様は褒めてくれる。

 嬉しさがこみ上げてきて、不安が薄れていくのを感じる。

 私はこの方に惹かれ、惚れているのだと思い知る。

 この愛は実らないと分かりつつも、彼を愛していた。

 ……やはり、想いは成就されなかった。

 影綱様の突然の死。

 私を置いて逝かないで――!

 貴方がどうして死ななくてはいけないの?

 誰よりも優しい人だった。

 本来ならば、私の命は捕らえた瞬間に失われてもおかしくなかった。

 それを生かしてくれたのは影綱様だ。

 あの方の優しさ、思いやりが私を生かしたの。

 影綱様を失うなんて……思いたくもない。

 彼の死は私に大きな喪失感だけを与えた。

 ……いつの日か、会える日が本当に来るの?

 戦のない平和な時の中で……。

 影綱様……最後の約束をいつか果たしたいと思います。

 来世では必ず結ばれたい、貴方の魂を持つ方と共に生きていきたい。

 私は、貴方に……会いたい……。

 

 

 

 

 ……。

 目を見開くと、私は大粒の涙をこぼしていた。

 

「わ、和歌?」

 

 横たわる私の顔を覗き込む男の顔。

 歳の若い見知らぬ男の人、最初は誰だか分からなかった。

 

「……影綱様?」

 

 それなのに、私の口からはその名前が自然と出てきたの。

 

「俺は元雪だよ、大丈夫か?和歌?」

 

 元雪様……?

 目の前の人は、誰?

 違う、彼は……そう、貴方こそが……。

 この優しい雰囲気、貴方は……影綱様なのですか?

 

「やっと、やっと会えたのですね」

 

「へ?あ、え?……わ、和歌?いや、違う……まさか、意識が混在してる?紫姫なのか?」

 

「はい。私です、影綱様……」

 

 私を抱きしめる彼の腕はとても温かくて。

 長年の想いが、ようやく通じた。

 

「貴方様にずっとお会いしとうございました。約束を果たすために」

 

「……ゆ、紫。俺も、あいたかったぞ?」

 

 本当に影綱様だ。

 容姿は変わっても、優しい雰囲気は変わらない。

 涙が、溢れて止まらない。

 この涙は温かく、嬉しい涙。

 あの約束をこうして果たす事が出来た。

 私は幸せな気持ちを感じながら彼の腕に抱きしめられる。

 

「ようやく会えたな、紫……」

 

「はい。もう、お別れするのは嫌です。貴方を愛しています、今もずっと」

 

 貴方との約束、私の想いは……果たされたのですね。

 よかった、本当に……よかった……――。

 


 

 

 ……。

 私に意識が戻ったのはそれからしばらく後の事だった。

 まるで夢でも見ていたような感じ。

 意識が目覚めた私は墓所で元雪様に抱きしめられる形で触れていた。

 彼は「和歌に戻ったんだな」とホッとした表情を見せる。

 私は抱きかかえられながら立ち上がる。

 辺りは何事もなかったような再び静寂を取り戻していた。

 

「元雪様、私に何が起きたんでしょう?自分が自分じゃなかったような」

 

「ホントに不思議だったな。いきなり、倒れたと思ったら、和歌が和歌じゃないんだよ。思わず、影綱っぽく演じてみたが……あれが紫姫って子だったのかな。前世の記憶ってホントにあるのかもしれない」

 

「前世……。紫姫様は、これでよかったのでしょうか」

 

 想いが流れ込んでくるような不思議な感覚。

 今はもう何も強い気持ちを感じない。

 

「私の中に、もう紫姫様を感じないんです」

 

「……感じない?」

 

「はい、ここに来るまでは何か不思議な想いがしたんですけど、今は何も。すっきりとした気持ちになっています」

 

 心はとても晴れやかで、満たされた心地よさを感じていた。

 

「唯羽が言っていただろう。あの紫姫は影綱の魂に会いたかっただけって。紫姫は影綱と出会えた、それを自分でも認めたんだと思う。だから、今世の和歌に想いを託して眠ったんじゃないかな。会いたい人に会えたんだって」

 

「そうかもしれません。でも、何だかさびしい気持ちもあります。私が憧れていた紫姫様、一言でも声をかけられたらよかったのに」

 

 私自身に声をかけるみたいで意味はないかもしれないけども。

 私は墓石に手を合わせて祈りながら、

 

「貴方の想いの分まで、私は……幸せになります」

 

「俺が幸せにしていくから。影綱みたいに俺はなれないかもしれないけどさ。紫姫、俺は和歌を見守っていくし、これからも一緒だ。それは安心してくれ」

 

 そう、彼も墓石に告げてくれたの。

 これでよかったんだよね、紫姫様?

 元雪様は私の手を取り、にこやかな微笑みを見せる。

 

「和歌。これで、もう夢は見ないのかな?」

 

「分かりません。ただ……」

 

 木漏れ日から見える太陽を見上げながら、

 

「前世を受け入れる、そう言う意味では意義のある事だったんだと思います」

 

 この場所に来て、紫姫さの記憶に触れられた気がした。

 

「そうか。さぁて、そろそろ帰るか。と、唯羽に連絡をしなきゃな」

 

 元雪様は携帯電話に連絡をかけはじめる。

 私はもう一度、墓石の方を見てお辞儀をする。

 

「私は大事な人と生きていきます、貴方の分も幸せになるために」

 

 人の想いは時を超える。

 そんな不思議な世界を信じられるような出来事。

 夢か幻か、今はどうでもいい。

 私は紫姫様の想いを知ることができたのだから。

 今の私は晴れやかな心でいる。

 

「私達を見守っていてくださいね、紫姫様――」

 

 そして、私は再び元雪様に方に視線を戻す。

 

「……は?なんで、唯羽と兄貴が一緒にいるんだ?」

 

「誠也様ですか?」

 

 だけど、電話をしていた元雪様が不思議そうに彼の名前をあげる。

 

「偶然?いや、意味がちょっと……へ?こっちに来る?ワケが分からん」

 

 何やらやり取りをする。

 彼は電話を切ると「変な事があった」と私に事情を説明してくれる。

 

「どうやら、今、うちの兄貴が唯羽と会っていたらしい。接点が分からん。でも、唯羽と共に車でここに来るから、それまで待っていろってさ」

 

「誠也様と唯羽お姉様が……?で、でも、誠也様って結婚なされてますよね?」

 

「いや、そういう変な意味ではなくて。そんな事、冗談でも口にだしたら、兄嫁の麻尋さんに成敗されるぞ。そこの心配はまるでしてないんだが。うちの兄貴もワケが分からないな。唯羽に何の用があるんだ?」

 

 お姉様と誠也様……突如わいた奇妙な縁。

 問題が一つ解決したと思ったら、また何かの問題でも?

 あのおふたりの間に何があったんだろう?

 

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