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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花2 ~月と桜と花の記憶~
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第53章:椿と唯羽

【SIDE:篠原唯羽】


 お昼を過ぎてから、どうにも私は落ち着かずにいた。

 今頃、柊元雪とヒメは紫姫の墓前である“異変”に襲われているはずだ。

 その異変こそが、全てを解決するきっかけになるはず。

 私はかつて、悲しい恋があった椎名神社の桜のご神木の前にいた。

 

「この桜は悲恋を目撃していたんだろう。今のふたりをどう思うか」

 

 独り言ながらもそう呟く。

 桜だけが知っている、あの夜の真実――。

 伝承なんてものは所詮、本物ではない場合が多い。

 影綱と紫姫の恋愛の裏に、何があったのかなんて誰も記さなければ伝わらない。

 

「相も変わらず、この場所は生と死のオーラで淀んでいるな」

 

 ここの雰囲気が特別なのは見る人が見れば分かる。

 霊感が強い場合は参拝者の中でも気付く人もいるはずだ。

 立派なご神木の桜があり、幻想的な雰囲気を抱くがここは生と死の狭間。

 時代を超えてもなお、歪んだ空気に包まれている。

 

「縁結び程度の気分で来た人間には立ち寄らせるべき場所ではない」

 

 宮司であるおじに、そろそろ本格的に忠告した方がいいかもしれない。

 この場所は……柊元雪が現れてから“危険”な場所になりつつある。

 

「良くも悪くも、柊元雪とヒメが出会ったのは不思議な縁だな」

 

 ……かつて、ここに椎名神社の本当の社があった。

 縁結びの神社として今でこそ繁栄しているが、かつては小さな社がある神社だった。

 紫姫が建立させた今の椎名神社。

 そこには影綱への想いだけが溢れている。

 

「――ひとりの男を愛し、一途に思い続けた姫か。笑えるわよね?」

 

 桜の向こう側から私の前に現れたのは黒髪の少女。

 長い髪を揺らめかせながら、私に凛とした瞳を向ける。

 どうして、彼女がここに……?

 

「……笑えるとはどういう意味だ?」

 

「だって、その男がどういう人物かもよく知らずに愛していたのよ?真実はどんな時代でも常に残酷なもの。もしも紫姫が真実を知っていたら、どう思うかしら?」

 

「それは……」

 

 彼女はくすくすっと笑いながら、ご神木にもたれかかる。

 

「例えば、赤木影綱は……」

 

「椿(つばき)。ここはお前の戯言を聞く場ではないぞ」

 

 私が椿と呼び捨てた少女。

 歳は私と同年代程度の容姿をしている。

 深い闇のような黒い長い髪が印象的な女だ。

 

「戯言ねぇ。私のお話を聞いてくれてもいいでしょう?私と唯羽の仲じゃない」

 

「椿、はっきり言おう。私はお前が嫌いだ」

 

「あら、残念……。私が貴方に嫌われるなんて。長い付き合いでしょ?」

 

「……それこそが気にいらないのさ。私の前に現れると無性に苛立つ」

 

 悪意に満ちたその表情、獲物を狙うような瞳が特に気に入らない。

 断言してやると彼女は肩をすくめて見せた。

 

「小さな頃の唯羽はもっと素直だったのに最近は可愛げがなくなった。それを成長と呼ぶのなら私は悲しいわ」

 

「黙れ、お前に悲しまれる云われはない」

 

 椿はそっと私の頬に触れる。

 その手には冷たい以前に温もりすら感じない。

 

「嫌悪されるのは寂しいわね。唯羽……私を一番、知っているのは貴方であり、貴方を一番よく知っているのも私なのよ」

 

「……っ……」

 

「お互いに仲良くしましょうよ。私と唯羽の長い付き合いじゃない」

 

 私は彼女から距離を取ると、睨みつけてやる。

 

「お前と仲良くする気はないね」

 

「そう。それなら、私も勝手に話すから無視すればいい。例えば、貴方の“初恋の男の子”の事とか話してみましょうか」

 

「――!?」

 

 動揺する私に椿はニヤッと嫌な笑みを浮かべる。

 

「だから、言ってるじゃない。私は貴方の事を一番よく知っている。柊元雪、彼と10年前に貴方はここで出会ってしまった。それ以来、彼を一途に思い続けてる」

 

「やめろっ!!!」

 

 私は耳をふさぐように手を両耳に押し付ける。

 聞きたくない、何も彼女の話は……聞きたくないんだ。

  

「ふふっ。可愛いわね。そういう表情は最高に可愛いわ」

 

「悪趣味な奴だな、本当に嫌な女だ。この悪女め」

 

「……悪女と言われるのは心外よ?私は貴方の心配をしているの。初恋相手でありながら、貴方の事なんて忘れてしまった薄情者、元雪という男の子。彼は今、あの和歌と交際している。それで本当にいいの?」

 

 私が椿を嫌いなのは私の心の内を見通すような物言いをする所だ。

 

「唯羽もあの子が好き。なのに、和歌に奪われて、それでいいの?好きになったのは和歌よりも唯羽の方が先なのに」

 

「やめろと言っている!!私は柊元雪を愛しているわけじゃない。彼に抱いているのは愛情じゃない、友情だっ!私たちは友達だ、それだけなんだ」

 

「つまらないほどに唯羽は愚かだわ」

 

 そう吐き捨てる椿は鋭い刃のような瞳を見せた。

 

「かつての紫の魂を受け継いだのが、この神社の巫女として生まれ変わるなんてね」

 

 彼女が睨みつけているのは『紫』と刻まれた石碑。

 

「彼女に奪われたままでいいの?初恋相手なのに」

 

「初恋でも何でもない」

 

「認めてしまえば楽になるのに。唯羽が再び学校に行き出したのは、大好きな元雪と会えるから。毎日、お弁当を作ってるのはおすそ分けと言う名目で、大好きな元雪に料理を作ってあげられるから」

 

「私は友達として柊元雪に接している。それ以上でもそれ以下でもない。私の想いを、勝手に捏造するな!」

 

 私は声をあげると、しれっと椿は私に言い放つ。

 

「それが貴方の本音。大好きな大好きな男の子がいるのに、心の奥底に想いを封じ込めている。可哀そうな、唯羽」

 

「違うと言っている!」

 

「恋をしているのに、気づかないふりをして……大好きな男の子の笑顔を見るたび、好きな気持ちが溢れるのを我慢して、そんな人生は楽しいの?」

 

「……やめて、くれ」

 

 私はうなだれて地面に膝をつけた。

 柊元雪を私がどう思ってるかなんて、関係ないじゃないか。

 

「唯羽。私は貴方のすべてを知っているの。誤魔化しても、しょうがない。私には分かるんだもの。貴方と同じ、“魂の色”を私も見えるのだから」

 

「魂の色だと?お前が?変な言い方をするものだな」

 

「あら、間違いではないでしょう?貴方は特別、それゆえに誰もが見えるわけではない、人の心の色を見る事が出来る。私も似たようなものよ。唯羽の心が見えるの。貴方は今も苦しんでいるわ。最愛の人を奪われる悲しみに」

 

「消え失せろ、椿……」

 

「怖い顔をしても、想いに嘘をつく唯羽の悲しみは変わらない。素直になりなさい、自分に……私なら、どんな事をしても、自分の想いをつき通すのに」

 

「はっ。ずいぶんな言い方だな、椿。お前と私は違うよ。私はお前のようにはならない。なるつもりもないし、お前の価値観など私には興味もない」

 

 私は椿から視線をそむける。

 この女と話していると気分が悪い。

 話をしていると、自分の心を露わにされてしまう。

 

「今日は唯羽も不機嫌だからこのくらいにしておく。次は楽しいお話をしましょう」

 

「椿、もう二度と私の前に現れるな」

 

「それは無理ね。そうだ、次に会う時は元雪と会わせて欲しいわ」

 

「柊元雪を巻き込むつもりはない。さっさと失せろ」

 

 私の叫びに椿は楽しそうに嫌味っぽく笑うのだ。

 人を苦痛の表情を見て何が楽しいんだ。

 

「唯羽、貴方も歪んでるわね。さすが、私と貴方は似ている」

 

 椿はそう言うと、私の前から姿を消す。

 彼女がいなくなると、私は地面にへたり込んでしまう。

 

「椿め、好き放題に言ってくれる。本当に嫌な女だ」

 

 私の心を見透かす、隠しているものを表に出そうとする。

 まるで鏡だ、あの女は……私の心をいつも映す鏡みたいな奴だ。

 だから嫌いなんだ。

 

「……ダメなのに、この気持ちだけは私自身も向き合うつもりはないのに」

 

 私はため息をつきながら彼の名を呼んだ。

 

「――柊元雪」

 

 彼の名前を呼ぶと心が落ち着く自分がいる。

 余計なことは考えるな、椿の言葉に惑わされるな。

 椿の言葉を意識することは……本当に、いけない。

 

「あら、唯羽。神社のどこかにいると思ったら、ここにいたの」

 

「小百合おばさんか。どうかしたか?」

 

 私を探していたらしいおばさんが、不思議そうに言う。

 

「貴方ひとり?今、誰かと話をしていなかった?」

 

「……私は“ひとり”だよ。それで何か用でも?おみくじはもう作り終えたが」

 

「その話じゃないわ。貴方を探していたのよ。貴方に会いに来た人がいるの」

 

「はい?私に訪問客?」

 

 友達も少なく、ここに会いに来る人はいないはずだが。

 私は家にまで戻るとそこにいた人物に驚く。

 応接間に座る男の人がこちらを向いて視線が交錯する。

 

「……まさか!?」

 

チクッと頭が痛む。

 

 この嫌なくらいに威圧されるのは……。

 

「どうかしたのかい?顔色が悪いようだけども」

 

「いや、何でもない。貴方は……?」

 

「キミが篠原唯羽さんだね。いつも“弟”がお世話になっているよ」

 

 魂の色を一目見て分かってしまった、間違いようがない。

 どういうことだ、この人は……なぜ……?

 激しい頭痛に襲われながら私は彼と対峙する。

 一目見た瞬間、彼の正体を、私は見抜いていた。

 

「――はじめまして。僕は元雪の兄、“柊誠也”だ」

 

 彼は爽やかな微笑と共に名を告げた――。

 

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