第52章:想いの行方
【SIDE:柊元雪】
休日になり、俺は朝から準備をしていた。
和歌のためにも解決するべき事がある。
紫姫の墓参りをすれば、夢を見なくなると唯羽は言った。
それがどういう意味なのか分からないが、やるだけの価値はあるだろう。
俺は台所である物を探していたのを不思議そうに兄貴が声をかける。
「元雪、何をしているんだい?」
「兄貴。レジャーシートってこの辺になかったっけ?」
「レジャーシート?あぁ、それなら台所ではなく、物置の方じゃないかな。アウトドアの道具が置いてある所にあるはずだ。今年の春にお花見で使ったからね。僕が片付けたから場所を覚えている。取りに行こうか」
俺は兄貴についていくと、物置の部屋からあっさりと簡単に見つかった。
「これだよ。ちゃんと家にあってよかった」
「それにしても、そんなものをどうするんだい?」
「今日は和歌とデートなんだ。ピクニック風な感じでさ。これが必要なんだ」
「なるほど。今日はいい天気だからさぞ外で食事をすると気持ちいだろう」
俺はバッグにレジャーシートを詰め込んで、他に必要な物をみつくろう。
「そういや、麻尋さんは?今日は姿を見かけないけど?」
「朝から出かけているよ。高校の同窓会があるそうだ」
「へぇ、そうなんだ。それじゃ兄貴は今日は暇でひとりなわけだな」
「まぁね。そういえば、もう一人の子は今日はついていくのかな。確か、唯羽さんだっけ。僕はあった事がないけれども、和歌さんと同じ家に住んでいるんだろう?」
唯羽は来ない、その事情がいまいちよく分らないけどな。
「あぁ、唯羽なら家に残ってるって。誘ったんだけど、ワケありそうでさ。いつもゲームばかりしてる子なんだけど、どうせゲームをしたいんだろう。ネトゲにはまってるからな」
「……そうか。“家”にいるのか。それじゃ、今日はふたりっきのデートなんだな。思う存分に楽しんでくればいい。恋人と過ごす休日はいいものだろ?」
「まぁね。でも、デートとして楽しめればいいんだけど」
今回の目的はデートではない、気持ち的には少しばかり浮かれてはいるが。
「そう言えば、唯羽さんは不思議な子だと言っていたな」
「唯羽?不思議と言えば不思議な奴だよ。何て言うのかな、人とは違う感じがする。基本的に面倒くさがりやなんだけど、何でもやれば天才的なんだよ。スポーツも勉強も、あらゆる才能に恵まれてる。他にも魂の色って奴が見えるらしい」
「なるほど。魂の色か、人にはオーラがある。それを見る事ができるのはすごいことだよ」
さすが、兄貴と言うべきか。
こういう偏見のなさってのは兄貴らしい。
俺は兄貴に見送られながら、和歌を迎えに行く事にした。
和歌と合流すると、俺達は紫姫のお墓があるとされる城跡に向かっていた。
隣街まで電車で行き、後はバスに乗り、城跡にたどり着く。
今は小高い山があるだけの城跡はところどころに名残が見える。
「ここか。本当に城跡なんだな。石垣とかまだ残ってるじゃないか」
「本当ですね。私、ここにお城があるのを知りませんでした」
「俺もだよ。隣街でこっちの山の方には来た事がなかった」
城跡と言っても、今は展望台の公園として整備されている。
お昼時と言う事もあり、家族連れがお弁当を食べていたりした。
高台から見下ろす景色、街を眺める事のできるいい場所だな。
「元雪様、ここで私達もお弁当しませんか?」
「いいねぇ。ピクニック気分を楽しもう」
俺は持ってきたレジャーシートを広げる。
「お弁当を作ってきていますよ」
「和歌の手作り弁当か!」
「……いつもはお姉様の煮物ばかり食べてる元雪様をうならせて見せます」
何気にそこは気にしているのね。
毎日、唯羽が煮物を作ってきてくれているので俺としては満足なのだが。
それを快く思わないのは和歌のプライドでもあるんだろう。
お弁当箱を開くと、中には和風のメニューが並ぶ。
「いただきます。おー、美味しそうな弁当だ」
「元雪様の好みに合っているはずです」
そう言った通りに和歌は俺の好みど真ん中に味を仕上げてきていた。
「……んー、これはいい。この卵焼きの塩加減はいいよ」
「よかった。前のは少し甘いと言っていたので」
「うん。美味しい。微調整とかよくできるなぁ」
和歌も料理が上手なので、味の調整をうまい具合にしてくれる。
唯羽には多少劣っても愛情補正のある和歌の料理の方が好きだ、と言っておこおう。
「お姉様の方が上手ですけどね。元雪様も知っているでしょ」
「あれは将来、絶対そっち系の道をすすむべきだと言いたい」
「和食の小料理屋の女将とか似合いそうです」
「分かる。そうだよなぁ。どうせ、面倒とか言ってしないんだろうけどさ。もったいないよ、あれだけの腕前があるんだから。もっと本気ですればいいのに」
唯羽の料理のクオリティーはまさにプロ級だからな。
俺は里芋の煮物に手をつける。
「……あの、和歌。そんなに見つめられると気になるのだが」
ジーッとこちらを凝視する和歌。
「これは私にとっての勝負なんですっ。お姉様に負けたくありません」
いつも、唯羽が作ってきている煮物の味と比べてみろと言う事か。
うむ、そう言うことなら味わって頂こう。
「ん?前に和歌が作ってくれたのとは少し匂いが違うな」
「元雪様は濃い味の方が好きだと思ったので、そちらに味を合わせてみました」
俺は口に煮物を運び、味わう。
口に広がる里芋の煮物の味はかなり美味しい。
「……おおっ、以前よりも断然に俺の味の好みになってる。美味しいぞ、和歌」
「本当ですか?唯羽お姉様と私のだとどちらが美味しいですか?」
「……うっ。そ、それは……そのですね」
唯羽の味にはまだ届いていない。
俺の顔から判断したのか、和歌はシュンッとうなだれてしまう。
「やっぱりダメですか。師匠越えは難しいです」
「……だ、ダメってわけじゃないぞ?これはかなり美味しい。自信を持ってくれ」
「お姉様に勝ちたいんです。元雪様が一番美味しいと認めてもらいたいんです」
むぅ、と子供のように拗ねて頬を膨らませる。
「ははっ。唯羽は手強いな」
「そうですね。だからこそ、超えてみせたいんです」
唯羽は基本的に面倒くさがりやなのに、何をさせても天才って言うタイプだ。
努力すると言う言葉を教えたら、手がつけられなくなる。
それにしても、和歌は意外にも負けず嫌いな一面があるんだな。
「またリベンジします。次こそは一番美味しいものを作りますから」
「あぁ、頑張ってくれ。楽しみしてるよ」
唯羽と和歌の勝負。
俺にとっては美味しいものが食べられるので楽しみだ。
初夏の太陽は眩しいが、暑すぎずに心地よさを感じる。
食後はのんびりとお茶を飲みながら過ごす。
「唯羽もくればよかったのにな」
「お姉様は何か考えがあるのかもしれません」
「……そうだな。と、忘れた。アイツに連絡をしなくては」
唯羽から1時過ぎに電話をかけろと言われている。
俺は携帯電話を取り出すと、唯羽に電話をする。
『……ふわぁ。おはよう、柊元雪』
電話越しに眠そうな声で唯羽が挨拶してくる。
「おい、待て。何で眠そうなんだ。まさか、今まで寝ていたのか?」
『当たり前だ。朝の5時過ぎまでネトゲをしていたんだ』
「お前なぁ、ネトゲはある程度抑えてるんじゃないのか?」
『学校にいく程度にはな。まったく、学校とネトゲの両立は大変なんだぞ』
「胸張って自信満々に言う事じゃないけどな」
その両立はしなくていいと思うのは俺だけだろうか。
それはさておき、俺は唯羽の指示を仰ぎながら、問題の場所へと向かう事にした。
城跡の頂上の展望台付近から、別の山道に繋がる道を下る。
『私は実際にその場所に行ったことはないから道案内には期待するな』
「へいへい、そこには期待してない。和歌、少し急な坂だから足元に気を付けてな」
「分かりました。ここを抜けた先なんですか?」
「地図通りに進めばそうなるな」
城跡の地図には確かに墓所とだけ書かれている。
かつてはこの辺りを支配していた大名の娘なら、墓所に眠っていてもおかしくはない。
俺達がたどり着いたのは立派な墓石が並ぶお墓だった。
一族代々が眠る、とかそういう感じのものだ。
このどれかが紫姫のはずだが……。
俺は携帯電話を片手に墓石の名前を調べていく。
「なぁ、唯羽。この墓所って所に紫姫は眠ってるのか?」
『その墓所に眠ってるよ。紫姫の墓所は左から4番目の墓石だ』
「……これか。確かに紫とか書かれている墓石がある」
『待て。そこに近付く前に私の話を聞け』
俺は和歌を制止させると、唯羽の話を聞く事にした。
『そこから先、何かが起きる。いいか、ふたりとも互いを好きだと言う気持ちを信じろ。あとはヒメに代わってくれ』
俺は和歌に携帯を手渡すと、彼女は恐る恐る、尋ねてくる。
「はい、代わりました。え?それは……で、でも、そんなことは……」
何やら慌てた様子の和歌。
唯羽は何を彼女に話をしているんだろうか。
やがて、顔を真っ赤にしている和歌がこちらに携帯を返す。
「ど、どうぞ、元雪様」
「なんだ?おい、唯羽。何しやがった」
『……気にするな。ここから先は私は助言しない。ふたりだけで問題を解決しろ。全てが終わったらまた連絡をしてくれ。私は忙しい身なのでね、邪魔はしないでくれよ』
「またネトゲか!?」
『ネトゲだけが私の行動だと思わないでくれ。私には縁結びのおみくじ作りと言う仕事もあるんだ。それでは、また後でな』
電話を切られた俺は深呼吸をひとつする。
ここからが本番だ、何が起きる?
「さぁて、それじゃやりますか」
そして、和歌と共に紫姫の墓石に近付いた。
ここに近付けば何かが起こるって言っていた。
俺達は持ってきた菊の花束を紫姫の墓石の前に置く。
そして、墓参りらしくふたりして手を合わせてみた。
ここにあの恋月桜花の紫姫が眠っているんだよな。
「……ここまでで特に変化はないようだな」
だが、俺は隣の和歌に視線を向けると、何だか顔色悪く苦しそうに見えた。
「和歌、どうした!?」
「はぁ、ぅっ……胸が、苦しいっ……です、ぁっ……」
「しっかりしろ、和歌。くっ、なんだ。何が起きた?」
明らかに様子がおかしい。
俺は携帯電話で唯羽に連絡をしようとしたが、和歌がそれを止める。
「だ、ダメです……お姉様は呼んではいけないんです……ん、ぐっ……」
唯羽を呼ぶな、と和歌は止めると苦しがりなががら胸を押さえる。
俺は彼女の背中をさすりながら、様子を見ているしかない
「大丈夫か、和歌?辛いのか?」
「はい。でも、お姉様から聞いてた通りです。あとは……」
苦しい表情ながらも彼女はこちらを見上げる。
「元雪様……はしたないと思わないでくださいね」
そして、いきなり俺の唇に勢いよくキスをしてきたのだ。
唖然として唇を和歌にふさがれる俺。
「んぅっ……」
キスの瞬間に何か身体が痺れのような不思議な感覚に陥る。
『貴方に会いたい……』
女の人の声が聞こえる、これは、一体……?
「……な、なんだ?」
どこからともなく、風が吹き荒れて枯れ葉が宙を舞う。
そして、俺達には思いもよらない出来事が始まったのだった。