第49章:絆の力
【SIDE:柊元雪】
唯羽と共に俺は神社の境内にいた。
人通りもまばらな時間帯で、のんびりとした雰囲気だ。
ただし、俺の隣にいる唯羽はただいま和歌と喧嘩中で冴えない顔をしている。
「……柊元雪、前世について話しておかねばならない事がある」
「俺の前世?」
「そう。影綱と言う男の事をお前は知らないだろう」
「言われてみれば、恋月桜花の影綱って何者なんだ?」
戦国時代の武将、紫姫と敵対していた相手。
それくらいしか俺にもよく分からない。
戦国武将と言っても名の知れた武将ではない。
唯羽も地元の歴史について載っている古い文献を調べて分かった事だそうだ。
「影綱と言う武将は、実に侍らしい男でな。非常に御館様に忠実な侍だったと記述されている」
「はい、まず質問。御館様ってなんだ?」
「……お前は少し歴史の勉強をしてこい。御館様とは殿さまだと思えばいい。仕えるべき主君のことだ。それで分かるか?」
「わ、分かりました、少し黙っておきます」
唯羽の話の邪魔はしないでおこう。
話の腰を折るとムッとするタイプで、その視線が怖かったのだ。
「……当時、今の私達が住む街の辺りを治めていた大名と影綱の国は隣国ゆえに戦が絶えなかったそうだ。様々な理由が絡むからな。今の日本も隣国とは仲が悪いだろう?隣国と言うのは常に敵対するものなんだ」
「隣国同士で争っていたんだ。影綱は有能な武将だったのか?」
「若いながらも武の才に秀でており、獅子奮闘の働きで将来を有望とされていた」
俺の前世、すごいっす。
「確か、恋月桜花の話だと影綱は紫姫と出会い、その後、命を落としたんだよな」
「当時は戦寸前だった隣国同士、影綱は死の間際、同盟を結ぶように願っていた。紫姫を想ってだろう。結果として、戦は取りやめられ、両家の同盟を結ぶきっかけにもなった。織田信長に対抗するための同盟、影綱の死は無駄ではなかった」
「……織田信長?へぇ、ホントにその時代の話なんだ?」
「あぁ。織田勢が天下統一を目指した頃、各地で織田包囲網やら、同盟を結び織田と対峙していたらしい。この辺りも、当時はそういう情勢に飲み込まれていたんだろう」
織田信長は歴史が苦手な俺でも名前は知ってるぞ。
「隣国同士が同盟を結ぶのは大抵は共通の敵がいる事だ。もしも、同盟がなっていなければ、両家と共に無残に滅ぼされていたに違いない。いいきっかけを作ったともいえる」
「ふーん。俺の前世はすごいのね」
「影綱はすごい奴だ。誇りに思え」
まぁ、時代的な事を考えれば、影綱と紫姫って本当に悲恋だよな。
身分違い、立場の違い、結ばれる事のない運命ってのも世の中にはある。
「恋月桜花は紫姫の手記をもとにした物語だ。それゆえに、影綱の事も記述が限られている。彼女自身、本当の影綱の事を知らなかったのだから」
「……本当の影綱?」
「彼は紫姫が一途に想い、恋するべき相手ではなかったと言う事さ」
唯羽は苦笑い気味に呟く。
影綱に何か秘密でもあるのか。
「ここまで持ち上げて落とす気か?」
「そういうつもりではない。紫姫の知らない影綱の姿がある。恋月桜花はロマンチックな悲恋ではない、それだけのことだよ。世の中、何事にも一面だけしかないわけじゃない。人にはあらゆる面がある。紫姫はその側面を見ていただけにすぎない」
何か影綱の方にも事情がありそうだな。
その辺の事情って奴を唯羽は知っているらしい。
「……実は影綱には――」
唯羽が何かを言おうとした時、和歌の姿が向こうに見えた。
こちらに駆けてくる和歌に唯羽は言葉を詰まらせる。
「……唯羽、お姉様」
「“和歌”じゃないか。息を切らせて走ってきたのかい?」
いつはヒメと呼ぶ唯羽が和歌を名前で呼び捨てた。
そういや、このふたり、喧嘩してたんだよな。
ふたりとも向き合いながら、何とも言えない雰囲気になる。
「お姉様。昨夜は言いすぎました。ごめんなさい、許してください」
「和歌の言う通りなんだ。前世を信じろと言われて信じられる人間は少ない。気にする事ではないよ。昨日の言ったことは忘れて……」
「忘れません。私は……怖かったんです。私の前世が紫姫様だと受け入れてしまう事が、なぜかとても怖く思えました。お姉様を嫌いになったわけじゃないんです。だから……許してください、お姉様」
「……“ヒメ”、私も急に変な話をして悪かった。順序を経て話すべきところを、誤解をさせてしまったかもしれない」
唯羽も本気で嫌ったわけじゃない。
ただ、彼女は意外と打たれ弱いから他人から拒絶されると傷つきやすい。
ホント、唯羽って不器用な性格だよな。
下手に自分を守る事をしないから誤解も生む。
些細な事で傷つくくらいに繊細で弱いんだから、もうちょっと自分の事も考えてやれよ。
そして、和歌も現実として少しずつ冷静さを取り戻せてきたようだ。
「お姉様……このお話は元雪様は御存じなんですか?」
「紫姫が前世だということかい?知っているよ。以前に私が話したからな。多少の事情は理解しているはずだ。ヒメにも改めて説明しよう。紫姫の魂は今、和歌の中に引き継がれている。それは間違いない」
「俗に言う輪廻や転生と言われるものですか……?」
唯羽は「その理解でかまわない」と頷いて、俺と和歌に説明を始める。
前世、今世、来世。
過去、現在、未来。
人は生まれ、やがて死ぬ。
その魂は次の時代に、世代に受け継がれていくものらしい。
「人間は死が訪れても、魂はまた生まれ変わるもの。転生を繰り返す、と言う話だが、普通の人は信じにくい。だが、誰にでも経験はあるだろう。知らないはずの場所なのに、身に覚えがあるような不思議な感覚が。それが前世の記憶だったりするんだよ」
「昨日までは信じていませんでした。来世でもう一度、その約束をした紫姫様達の事も、ただの幻想としか。でも、今はそういうことがあるのではないかと思い始めています。今の私の身に起きていることを説明できる言葉がないですから。何か特別なものがあるのだと思います」
「まぁ、この辺の前世を信じるかどうかってのは自分の都合のいい妄想の部分もある。大事なのは、その魂が惹かれあうことだ。ヒメと柊元雪が恋をして交際をしている事、これはただの偶然ではない」
「それは……」
和歌が顔色を曇らせる。
なぜ、彼女が紫姫の前世であると言われたくなかったのか。
「それは、私の気持ちは自分の前世の影響を受けていると言う事ですか?」
「やはりな。ヒメが気になっていたのはそこか。私も、説明が足りていなかったね。心配しなくても、今、ヒメが柊元雪を好きだと言う気持ちは自分自身のものだ。問題は、引き付ける何かがふたりの間にあることだよ」
俺と和歌は互いの事情を理解し合い、惹かれて恋をしている。
唯羽の言う問題とは、俺達が出会い、今に至るまでの幾つもの“偶然”が必然的な意味合いの強い“縁”であるということ。
「ヒメ、薄々気づいているかもしれないが、柊元雪は影綱の魂を受け継いでいる」
「え?そ、そうなんですか?」
「……おや、気づいていなかったのかい?」
意外にも素の反応の和歌に唯羽は不思議そうに首をかしげる。
「影綱様だとは思いませんでした。元雪様が影綱様……?」
「あぁ。これも間違いはない。ヒメ、最近、夢によく見るのは紫姫が影綱にあいたがっているんだよ。魂同士が惹かれあうから影響を受けているんだ」
「紫姫様が影綱様に?」
「唯羽、俺もその辺が微妙に分からないんだが。それってどういうことなんだ?俺と和歌はこうして出会っているじゃないか。数百年前の悲恋は今、こうして恋愛成就してハッピーエンド、それで終わりじゃないのか?」
前世で結ばれなかった二人が来世で結ばれ合う。
漫画や映画でよくありそうな展開で、俺達もそう言う感じだと思っていた。
「お前も、ヒメも、その辺を勘違いしている。恋月桜花はただの悲恋ではない」
俺と和歌は顔を見合わせて疑問に思う。
「ただの悲恋じゃない?」
「ふっ……その話はまたいずれしよう。今は目先の問題の解決が先だ。人の絆の力は強いモノだ。それゆえに何かが起きている。ヒメが夢を見るのを止める方法はある。お祓いでも、除霊でもなく、単純なこと。紫姫の墓参りをすることだ」
「紫姫のお墓参り?」
「あぁ。そこには影綱の魂を引き継ぐ柊元雪が不可欠だ。それですべてはうまくいくかもしれない」
いまいちよく分からないが、とにかく方法はあるらしい。
夢に苦しむ和歌のためにも、できることなら実行してやりたい。
「お墓参りをするのは分かりました。でも、紫姫様のお墓ってどこにあるんですか?」
「かつての紫姫の居城だった場所が隣街にある。城跡しか残っていないが、そこに墓所も残されているそうだ。私も実際に訪れたことはないが、そこにいけば……」
「和歌を悩ます問題が解決すると?」
「するかもしれない。私も、万能ではない。何でも100%の確信なんてないよ」
唯羽は苦笑いを浮かべて言う。
「今日は時間的に無理だから明日にしようか?和歌、今日の夜だけは耐えてくれるか?」
またその辛い夢を見させるのは俺も心苦しい。
「……はい。大丈夫です」
「何かあれば、俺に連絡してくれよ。和歌、些細なことでも心配ごとがあれば相談に乗る。俺は和歌の彼氏なんだからさ」
俺の強い言葉に和歌は照れながらも頷いてみせた。
「はい、元雪様……頼りにしていますから」
「あぁ。その信頼に応えたい。さぁて、まずは明日か。唯羽、お前もついてきてくれるんだろ」
「……それなんだがな、今回は私は同行しない方がいい」
「はい?何だよ、またネトゲをしたいと言うつもりか?」
「違うよ。できる事なら、私もついて行ってあげたいけど“私”は“無理”なんだ」
せっかくの土曜を邪魔するなと言うわけではないらしい。
それは唯羽の何とも言えない辛そうな表情で理解した。
「何か事情でもあるのか?」
「そういうことだ。紫姫は私にとっても因縁のある存在だからね」
紫姫の墓所を知っていても、一度も訪れていない。
恋月桜花に詳しい唯羽なら訪れていてもおかしくないはずなのに、なぜ?
数百年前の恋物語、恋月桜花はただの悲恋じゃない。
……それはどういう意味なんだ?