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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花2 ~月と桜と花の記憶~
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第46章:月の記憶《中編》

【SIDE:赤木影綱】


 敵国の姫、紫姫を捕らえた日の翌日。

 御館様との合流まで残り二日。

 俺は朝から紫姫を閉じ込めている社にいた。

 何もすることがないので、紫姫の話相手をしていたのだ。

 心細かろうと言う理由の他に、逃亡されても困るゆえに見張っていると言う理由もある。

 幸いにも向こうも俺に対しては警戒心を緩めていた。

 紫姫の顔色は捕まった時よりも遥かに良い。

 

「一晩たったが、逃亡の気配がないようで何よりだ」

 

「私は逃げたりしません。ここで逃げても、捕まれば貴方達に殺されてしまう。私は生きたいのです。まだ死にたくありませんから、今は影綱様達に捕まっておく事にします。この先を生き残れるかは私の運次第でしょうが」

 

「賢明だな。俺もそなたを死なせたくはない。大人しくしていれば、手荒な事もせぬ」

 

 御館様の気持ち次第で彼女の命運は決まる。

 交渉材料、人質、様々な思惑があるだろうが、命だけは救って見せよう。

 

「あの、“そなた”ではなく名で呼んでもらえませんか?」

 

 紫姫は赤面ながらに小さな声で言う。

 

「そなたを名で呼べと?」

 

「私はそちらの方がよいのです。紫と呼んでもらいたいのです」

 

 敵の本陣の真ん中、孤独ゆえに親近感を抱かれたようだ。

 互いに敵同士ながら、これほど親しくして良いのかと思う。

 高久の警告、我らは近づきすぎているのではないか。

 そのような事も考えはしたが……。

 

「影綱様……いけませんか?」

 

 そのような愛らしい瞳で言われてしまうとどうにも拒絶はできない。

 色仕掛けをするほどの年齢でもなく、純粋に俺を信用しての行動だろうか。

 まったく、彼女と話をしているとついお互いの立場を忘れてしまう。

 

「分かった。そなたがいいのならば、紫と呼ぶ事にしよう」

 

「はいっ」

 

 たった一言で紫には微笑みが浮かぶ。

 まだ歳も一五、幼さの残る所があるようだ。

 

「影綱様はかなりの戦上手だそうですね。外の人が話しているのを聞きました」

 

「我が赤木家は代々、御館様に仕える家臣の一族だ。いつのまにか、自然に俺も戦の場にいた」

 

 一五での初陣以来、戦に身を置いている。

 父上は御館様の重臣ゆえに、俺も戦で活躍しようと躍起になっていた。

 御館様に、父上に、周囲に認めてもらいたくて、必死に戦を続けてきた十年。

 まだまだ若輩ながらも、それなりに俺も戦では評価をされている。

 

「私は戦は好みません。人が人を殺し合う、それをどうしても良しとは思えないのです」

 

「……姫としての考えならばそれも仕方あるまい。だが、俺は武士だ。武士は戦の中でしか生きていけぬ」

 

 平穏の世ならば、戦に命を賭ける事もないのだろうが。

 

「この乱世、平穏などどこにもない。戦のない場所などない」

 

「それでも、私は……いつの日か、そのような日が来る事を望みます」

 

 紫はこちらを真正面から向き合い囁いた。

 戦のない世など、いつか来るのだろうか。

 想像すらつかぬ。

 我らが語りあっていると、高久が社に顔をのぞかせる。

 

「……影綱、よいか?」

 

「高久か。すぐに行く。紫よ、俺はしばし外す」

 

「はい……」

 

 寂しそうに顔色を曇らせる紫。

 この狭い社にひとりで閉じ込められていては気も滅入る。

 

「少し待て」

 

 俺は刀を抜くと外の桜の枝を切る。

 幾つもの小さな桜の花が咲く枝を俺は紫に手渡した。

 

「……紫。これでも眺めて気を休めておるといい」

 

「とても美しい桜の花ですね……感謝します」

 

 桜の枝を手にして嬉しそうに笑う彼女。

 花を見ていれば多少は気がまぎれるであろう。

 社から出ると高久に呆れられてしまう。

 

「……近付き過ぎるな、と言ったはずだが?」

 

「自分でも不思議なのだ。なぜか、あの者を放ってはおけない」

 

「影綱には妹がおっただろ?その妹と重ねあわせているのではないか」

 

「どうなのだろうな。自分でもこの気持ちは分からぬのだ」

 

 同じ歳ごろの妹はおるが、それだけではない気がする。

 何か目には見えないものに惹かれておるのやもしれぬ。

 

「それで話とは何だ?今はすべき事もないだろう」

 

「御館様についてだ。どうやら、御館様は隣国とこれ以上の戦は行わないかもしれぬ、という噂を耳にしてな。御館様は隣国と和睦を結ぼうとしているようだ」

 

「和睦?分からぬな、このような時期に和平など結んでどうする?」

 

 この世は戦の世、隣国を力づくで支配してではなく、和睦という意味は大きい。

 御館様は戦力を温存し、別の相手と戦をするおつもりか。

 

「影綱も噂には聞き及んでいるはずだ。勢いを増しておる織田勢のことを」

 

「尾張の織田信長、か。織田勢がこちらに来るのか?」

 

「そのようだ。織田勢と言えば各地の武将を次々と討ち、攻め滅ぼしておる。我らが御館様は隣国と同盟し、織田勢を迎え撃つ策を立てておるのやも知れぬ。各地でも織田を包囲する動きがあるようだ」

 

 名のある大名同士が手を組み合い、共に織田を討つか。

 今回の出陣にそのような意味合いがあったとは……。

 

「同盟に応じれば和睦、応じねば戦と言う流れになるのは明白。何にせよ、御館様も隣国同士の戦を長引かせるつもりはないのであろう」

 

「なるほど。そういう事なら納得もいく」

 

 どうにも普段とは違う戦の気配がしていたが、そのような意味があったとは……。

 顔をしかめる俺に高久は現実を突き付ける。

 

「こうなると、さらに、あの紫姫の処遇については厳しくなったな」

 

「……そうなるな」

 

 同盟のために、和睦の条件を交渉する上で紫姫の身柄を拘束しておるのは都合がよい。

 いかに義にお厚い御館様と言えど、利用するべきものは利用するだろう。

 紫の事を憂い、俺はため息をつく。

 

「だから、先にお主には申したであろう。あの女子には深入りするなと」

 

「……分かっておる」

 

「それでも放っておけないのが影綱か。一度しか言わぬ。あの者には深いりするな。そもそも、お主には……」

 

「高久よ。だとしても、俺はあの子の傍にいてやりたいのだ」

 

 紫の寂しげな顔を見るのは心が苦しい。

 

「呆れて言葉も出ぬわ。まったく……敵国の姫に心を奪われおって」

 

「そういう意味ではない」

 

「いいや、そうだ。影綱、お主はあの女に惚れておるのだろう?状況次第では命を落とすかもしれぬ相手を好いてどうする。まぁ、御館様が隣国との和睦を結べば、敵国同士の者として敵対することはないやもしれぬが」

 

 和睦、今はその二文字が己の胸に強くわいてくる。

 

「戦ではなく話し合いで和平がなれば、か」

 

「……あくまでも噂は噂、現状では戦をするために我らはここにいる。それを忘れるな」

 

 高久は肩をすくめると、「また姫の所に戻ってやれ」と呟いた。

 幼馴染ゆえの気づかいに感謝する。

 

「……かたじけない」

 

 紫の傍におると、心が和むのだ。

 俺は紫に惹かれているのかもしれない。

 

 

 

 

 その夜も、酒を飲みながら俺は紫と共に社にいた。

 社の外を眺めながら紫は不思議そうに尋ねる。

 

「何やら今宵は賑やかですね?」

 

「高久が皆に酒をふるまい、花見をしておるようだからな」

 

 この社から離れた所には桜並木があり、そちらで皆は花見をしている。

 あちらこちらで笑い声がしているのがこちらにも聞こえる。

 戦と言う緊張感の中での、わずかな癒しと言うべきか。

 明日の夕刻には御館様との合流もある。

 今宵だけでも気を休めよと高久が考えついたものだ。

 

「高久様が?」

 

「意外であろう?あ奴は堅物に見えるが、人情に厚い男でもある。兵は休める時には休めさせるのも必要だ。いつの戦でも、俺は高久に支えられておる」

 

「高久様を信頼されておられるのですね」

 

「高久とは幼馴染ゆえに、ずっと共におった仲だ。時に俺にも厳しい事を言う事もあるが、誰よりも信頼できる親友だ。高久は御館様に認められて、智将としての器がある。それゆえに、高久は俺の下にいつまでもいるべきではないとも思っている」

 

 俺は酒の入った盃に口をつける。

 満開の夜桜を眺めながら、俺は隣の紫に言った。

 

「……紫、今度はお主の話を聞かせてくれ」

 

「私の話ですか?私はつい先日まで京の都で暮らしておりました」

 

「京にいたのか。京の都はどうだった?」

 

「人々で賑わい、不思議な魅力にあふれておりました。京の都は本当にいい町でした」

 

 楽しそうに京での思い出を語る紫。

 もし、俺達に捕まらなければ紫には姫としての華やかな生活をしていたのだろう。

 俺は紫の笑顔を守ってやりたい。

 敵、味方と言う事を関係なく、俺は紫を……。

 

「影綱様?どうなさいました?」

 

「……紫、こちらに来い」

 

 そっと、俺は紫の身体を引き寄せた。

 

「か、影綱様?」

 

 慌てふためき顔を赤く染める紫。

 

「――紫、今宵だけで良い。夢を見させてくれ」

 

 俺はこの子を好いてしまった。

 かけがえのない愛しさを抱いている……。

 

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