第45章:姉妹の喧嘩
【SIDE:柊元雪】
人の雰囲気って目に見えて感じられるものだ。
落ち込んでたり、険悪だったり、幸せそうだったり。
……今朝からの和歌と唯羽の雰囲気はこれまでにないほどに暗いものだった。
『ごめんなさい。元雪様、今日の昼食は一緒に食べられません』
そんなメールが和歌から届いたので、余計に怪しい。
今日は屋上ではなく、教室で唯羽とふたりでお弁当を食べていた。
「なぁ、唯羽?ちょっといいか?」
「ん?味付けが気に入らなかったか?」
「いえ、煮物の味付けは大変美味しゅうございます」
毎回、俺のために唯羽は煮物を作ってくれて俺にくれるのだ。
本日はシイタケの煮物、これもまた美味である。
味付けのセンスが抜群、本当に唯羽の料理の腕はすごい。
そこに一切の文句もなく、感謝してます。
「そうじゃなくて、和歌と何かあっただろ?」
「あったと言えば、あったし。なかったと言えばない。ヒメは私を嫌った、それだけだ」
「嫌ったって喧嘩でもしたのか?」
首を横に振る唯羽。
「喧嘩したつもりはないよ。でも、それに似た感じではあるかもしれない」
「悩みがあるなら俺に相談しろよ。友達だろ、俺達は……」
「……柊元雪」
彼女は困った顔を見せている。
唯羽って人に頼ったり、甘えたりするのが苦手だ。
何でも一人で背負いこもうとする所がある。
友達として、俺はそういう唯羽が心配なのだ。
「本当にお前と言う奴は不思議な奴だな」
微笑する唯羽は食事を終えてから昨夜の出来事を語り始める。
昨夜、和歌が見た夢の正体がはっきりした。
恋月桜花、和歌は前世の記憶を夢で見ていたらしい。
問題はここからだ、和歌に対して唯羽は前世が紫姫である事を告げた。
だが、唯羽の言葉に和歌は完全な拒絶と否定。
自らの前世など信じない。
そう、唯羽に言い放った和歌。
「前世を信じろ、といきなり言われて信じる人間は多くはない。ヒメは信じなかった。私も話が急すぎたと反省している。不思議な夢=前世の記憶だと言われて素直に信じるわけもないからな」
「俺は信じてるぞ?俺が影綱の生まれ変わりだって、唯羽が言ったこと」
「ふっ……柊元雪は単純だからな」
そんな悪態をつきながらも唯羽はどこか嬉しそうだった。
和歌が前世を信じなかったのは意外でもあった。
あの子ならそういうものを信じているように見えたからだ。
「紫姫が好きな和歌なら喜ぶと思ったが」
「……好きゆえに、だよ。ヒメにとって紫姫が自分の前世だと信じたくない気持ちがあるんだろう。誰もが自らの前世など向き合うには勇気がいる事だ。私には分かる、あの子の気持ちが分かるんだ」
「自分の前世を信じたくないか」
唯羽もそれが分かると言った。
つまり彼女も自分の前世が何か分かっているのか?
「……変な事を聞くけどな、唯羽は自分の前世を知っている?」
「知っているよ。私の前世は……数百年前のフランス、パリの大富豪の娘だった」
「マジで!?フランス人ですか!?」
「かの有名なナポレオンが活躍した時代。カトリーヌと言う見目美しい女性だ」
唯羽の前世は日本人ですらなく、しかも富豪の娘と来た。
うむ……カトリーヌという金髪美人のお嬢様だったのか。
「って、それはいくらなんでも嘘だろう?」
「人の前世を疑うとはひどい奴だ。何を不思議に思う?当時に身にまとっていた高貴な雰囲気が現世の私にもあるだろ?」
「いや、全然。ネトゲのやり過ぎで負のオーラなら伝わるが。夜ふかし過ぎだろ」
俺の言葉に唯羽は「……ふ、負のオーラか」と凹んだ顔を見せる。
……まずい、俺も彼女を傷つけてしまったのだろうか。
「ゆ、唯羽。心配するな、冗談だ。フランスの大富豪の娘の前世のオーラは伝わるぞ?」
「慰めはいい。所詮、前世は前世にすぎない。私にもカトリーヌと呼ばれた前世があった事だけは覚えておいてくれ」
おいおい、地味に落ち込んでるんだろ?
彼女は見た目以上に弱い所がある。
今回の事もそうだ。
和歌が前世を信じてくれない。
それにショックを受けているに違いない。
「私の前世はともかく、柊元雪とヒメのことが問題だよ。あの子が自らを紫姫だと受け入れない限りは夢を見つづける」
「その夢なんだが、どうすれば見なくなるんだ?」
「原因が今回ははっきりとしている。何と説明すれば分かりやすかな。紫姫の魂が影綱の魂に会いたがっていると言えばいいのか。柊元雪とヒメ、ふたりが出会った事により、魂同士が強く引き付けあっているんだ」
「引き付けあう?今になってか?」
俺達が出会ってからもうすぐ3週間程度になろうとしている。
だが、ここにきて夢を見続ける理由は何だろうか。
「ただ、お前とヒメが出会うだけじゃダメなんだ。ヒメが見る夢はその影響のためだよ。ヒメが紫姫の魂を受け継いでいると、己の前世であることを認めてもらわなければいけない。今の状況からみれば難しいけどね」
「……和歌に夢を見続ける事をやめさせないとどうなる?」
「別に。どうにもならない。ただの自分の前世の記憶だ。現状維持で和歌に悪影響やら、どうにかなる心配はない。ただ、恋月桜花の話をお前も知っているだろう?和歌の様子だと、影綱の死の間際の夢を見ているのかもしれない」
「なるほど。毎夜に見る夢にしては気持ちのいいものではないな」
和歌にとっては辛い夢だろう。
いつまでも見続けるのは心苦しいはずだ。
「……確実ではないが、夢を見ないようにするにはどうするのか。方法はある。でも、それにはヒメ自身の協力が不可欠だ」
「己の前世に向き合わなければ何も解決しないってことか。俺からも話してみるか」
「説得するのはいいが、影綱である事は伏せておけ。いいな?」
唯羽は念を押してくるので俺は頷いておく。
「恋月桜花の話が好きだから、ヒメなら受け入れてくれると思ったんだがな。私の見込み違いだったようだ」
彼女は視線を俯かせて呟いた。
落ち込んだ唯羽の様子を見ていると、慰めてやりたくなる。
「和歌と喧嘩なんて珍しいのか?」
「した事なんて一度もなかったよ。うちの妹達と違い、あの子は昔から素直でね。魂の色が見える私を特別扱いせずに付き合ってくれていた。ある意味、本当の姉妹のように付き合ってきていたんだ」
「姉妹の喧嘩か。今回の事はどちらが悪いワケでもない。話せば分かりあえるはずだ」
和歌も彼女をお姉様と慕うくらいに仲がいいんだろう。
唯羽と和歌、すれ違う2人の心。
ただ、和歌は理解できなかっただけではないだろうか。
俺の場合は信じるに足りうる出来事があったから、自分の前世を信じた。
けれども、普通の人間がいきなり「お前の前世がどうのこうの」と言われて、すぐに信じるのは難しいと思う。
「元気出せよ、唯羽。お前は悪くない」
「柊元雪……」
「お前はホントに人に頼らないよな。もうちょっと俺に甘えてもいいんだぞ。友達に甘えるのは普通のことだ。俺じゃダメか?男としても、友達としても、頼ってくれよ。一人で何でも抱え込むんじゃない」
俺は唯羽の頭を撫でながら慰めてやる。
茶髪に染めた髪に手で触れるとくすぐったそうにする。
「や、やめろ。恥ずかしいじゃないか」
唯羽の頬が薄く赤く染まった。
……思っていた以上に可愛いんですけど。
普段は無表情に近く、感情が表にでない子だけに照れる姿は新鮮だ。
「……うぅ、お前は時々、変に大胆な男だな」
「唯羽こそ、照れると可愛い所もあるな」
「なっ……失礼な、私もこう見えても女だ。恥じらうこともある」
彼女は唇を尖らせて見せる。
だが、落ち込んでいた気持ちが多少は楽になったのか、
「……ありがとう、柊元雪。少しだけ元気は出た。ヒメとはもう一度、話し合ってみる」
「あぁ。俺も力になるよ」
一人で抱え込まずに俺も積極的に力になってあげないとな。
唯羽は優しい、それゆえに苦しむ事もある。
今回も善意で和歌の相談にのってあげたつもりだったはずなんだ。
「それにしても、ヒメが夢にまで見るとはな。柊元雪は最近、変な夢を見るのか?」
「普通の夢しかみないよ」
「それはよかった。ちなみに男の子は常にエッチな夢を見ると言うのは本当か?」
「常じゃなくて、たまにあるけど……って、変な事を言わせるな!」
いつも通りの唯羽にからかわれてしまった。
「くすっ。本当に柊元雪はからかいがいのある面白い男だね。私はそういう所が好きだよ」
「……からかわれる俺は微妙なのだが」
ほんの少しでも、俺と話していて元気が出たのは良いことだな。
俺との話を終えた彼女はクラスメイトと会話をし始める。
最近の唯羽はずいぶんとクラスにも馴染んできたな。
「おいおい、柊。見せつけてくれるじゃないか」
「は?何が?」
離れていた黒沢がにやけ顔で俺に詰め寄る。
「ここが教室だと言うのに、さも皆に見せつけるような甘ったるいことをしやがって。見てるクラスメイト達の方が赤面しそうだ。まったく、あんな美人相手にけしからん。恋人がいるのに浮気か。それとも二股ルートか?」
「唯羽のことか?違うって、ただ、ちょっとした事情で落ち込んでたから慰めただけだ。俺と唯羽は友達関係でそれ以上ではない。変な噂を流すんじゃないぞ。特に下級生には流さないでください」
「ははっ。年下の恋人にバレるのが怖いんだろ。残念だがどうかな?以前から篠原さんは柊と仲がいい。それが今回の事もあれば、噂になるのも当然だろ。俺じゃなくても、他の誰かが流すかもな」
お願いだからやめてくれ。
和歌の耳に余計な噂が入らない事を祈ろう、うん……。