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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花2 ~月と桜と花の記憶~
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第43章:桜の記憶《前編》

【SIDE:紫】


 隣国との戦が近付く春の最中。

 私、紫(ゆかり)は京の都から父上に急いで帰郷せよと言われ、籠に乗って帰っていた。

 

「……もう少し、京を楽しみたかったのに」

 

 京は着物や装飾品、菓子に花や茶、あらゆるものが揃っている。

 京の都は華やかでとても素晴らしい時を満喫できた。

 

「戦が近いから戻ってこい、と言うのはどういうことかしら。京の都の方がよほど安心できるというのに」

 

 戦は嫌いだ、町を焼き、民を苦しめるだけの意味のない行為だと考えている。

 

「……ひ、姫様っ!お逃げください!」

 

 それは突然の事だった。

 従者の騒ぐ声に慌てて籠をおりると周囲を武士達に囲まれていた。

 

「これは……野武士!?」

 

「違います。あの旗は……くっ、姫様だけでも」

 

 従者のひとりが刀を抜いて応戦する。

 だが、無残にも切り捨てられてしまう。

 

「ひ、ひぃいい!?」

 

 その恐怖に怯えた他の従者や侍女たちが私を置いて逃げ出したのだ。

 

「え?」

 

 思わぬ事に私は驚きを隠せなかった。

 

「な、なぜ……?」

 

 ありえるはずがない、裏切り――。

 私は皆にあっけなく見捨てられて彼らの前に置き去りにされた。

 

「――そ、そんな……い、いやぁああーっ!?」

 

 私の周囲を囲む刀を持った武士達。

 恐怖に足がすくみ、身動きができない。

 そして、私は彼らに捕らわれてしまったの。

 

 

 

 

 古い神社に陣を敷いている彼らが隣国の敵の軍だと気付いたのは旗印。

 野武士の集団かと思っていたので、私は唇を噛みしめる。

 私は自分の死を覚悟した。

 まだ一五になったばかりだというのに死にたくはない。

 それでも、敵軍に捕まれば命はないのは容易に想像できた。

 だが、そんな私を救ってくれたのは敵将の影綱様だった。

 彼は他の武士が私を切る事を進言しても、断ったのだ。

 年齢は二十の前半と言ったところか。

 若いながらもこれだけの隊を任されている所をみると将としても偉い方らしい。

 私の命は彼の主君次第、それまでは生かされる事になった。

 

「母上、父上……どうして、こんなことに……」

 

 私は閉じ込められていた社の中でひとりで落ち込む。

 

「……それにしても、本陣との合流まで三日とは。その間に攻められたらどうする?」

 

 社の外から兵の声が聞こえてくる。

 私はそっと聞き耳を立てて彼らの会話を聞いてみる。

 

「その時はその時だろう。何にせよ、三日後に御館様と合流できれば、すぐにも本格的な戦になろう。影綱殿が城攻めの策を考えているそうだ。今のうちに休息できると思えば楽なものだ。ここのところ、戦続きだったからな」

 

「なるほど。だが、影綱殿は甘い。姫を生かしておくなど……」

 

「だが、無闇に殺せばいいものでもないだろう」

 

 話声から察するに、彼の主君の本隊と合流待ちをしているらしい。

 ここはその別働隊の陣になるようだ。

 

「たった三日、それが私の猶予……」

 

 影綱様の主君が私を斬れと言われれば、私の命は潰えてしまう。

 そう考えると怖くて、身体がすくむ。

 それでも、すぐに斬られなかったのは幸いだ。

 

「……今は私にできることはない」

 

 大人しくしている他にすることもない。

 私は暇を持て余しながら、ただ社の中でうずくまっていた。

 

 

 

 

 夜になり、食事も終えて、私は捕らわれの身の自覚を強くしていた。

 ひとりでいると、不安に押しつぶされそうになる。

 ろうそくの明かりだけに照らされる部屋。

 怖さに負けそうになっていた、そんな時だった。

 

「……入るぞ、紫姫」

 

 社に入ってきたのは影綱様だった。

 先程の鎧姿ではなく、楽な着物姿の彼は社の扉をあけっぱなしにする。

 

「影綱様?」

 

「このような場所では気が滅入る一方で、気も休まらぬだろう。それを無理強いさせている俺が言う言葉ではないが」

 

 彼は酒を飲みながら、私の前に淡い朱色の袋を置く。

 

「それは籠の中から拾い集めてきたものだ。そなたのものであろう」

 

「……これは、私のものです」

 

 袋の中には京の都で買ったかんざしなどが入っていた。

 そして、私の前にもうひとつ、箱を置いた。

 

「こちらは菓子のようだな。食べたければ食べると良い」

 

「は、はい」

 

 菓子は京の都を出る時に買ったものだ。

 甘い菓子が私は好きだった。

 影綱様の顔色をうかがいながら口に含む。

 甘く広がる味に私はホッとする。

 

「酒は飲まぬだろうと思い、茶を用意した」

 

「……いただきます」

 

 考えてみれば、不思議な光景だと思う。

 酒を飲む敵将の前で、素直に菓子を食べる敵の姫。

 

「良い風だな……」

 

 影綱様はそうつぶやいて酒を飲む。

 社に吹き込んでくるそよ風。

 目の前に広がるのは満開の桜の花だった。

 ひらひらと花びらが舞う姿は、優美な世界を感じる。

 綺麗な夜桜に私は魅入られる。

 

「夜の花見をするには良い夜だ。そうは思わぬか?」

 

 彼は私に向けて言葉を放つ。

 影綱様は私にこの光景を見せるために?

 そんなはずがない。

 だって、彼は私とは敵対同士の存在。

 本来であれば、命を奪われてもおかしくない状況。

 それなのに、私を気にかけてくれているように、彼はその場にたたずむ。

 

「……綺麗な桜ですね」

 

「あぁ。桜をこんなにもゆっくりと楽しむのは久しぶりだ」

 

 影綱様は盃を傾けながら桜を見つめていた。

 

「なぜ、影綱様は私にこのような光景を見せようと思われたのですか。私は捕らわれの身、貴方様が気にすることはないでしょう。なのに、なぜ?」

 

「それこそ、そなたが気にする事ではない」

 

「分かりませぬ。貴方様は敵なのに、私にお優しくされる理由などないはず」

 

 目の前にいる彼が考えている事が分からない。

 私を殺す気もなく、生かしている事すらも。

 彼はそっと私の髪に触れてくる。

 影綱様のその手はとても温かいものだった。

 

「……人とは呆気なく死ぬものだ。この桜の花のように、命すらも儚く散ってしまう。戦ばかりしてきた俺の人生も、いつかは死ぬ時が訪れよう。別に死は恐ろしくはない。大切なのは人として、武士として、どう生きたかということだ」

 

「……どう、生きたか」

 

「女子であるそなたには分からぬだろうがな。俺は武士としての誇りを持って死にたい。最後のその時が来るまでな。だが、それゆえに今と言う時を楽しむべきだとも考えている。敵国の姫と桜を眺めるのもまた一興だろ」

 

 私に微笑む影綱様につられて私も笑みを浮かべた。

 彼という人となりが少し分かった。

 影綱様は誰よりもお優しい人なのだ、と。

 

「少し、冷えたな……春とはいえ、夜はまだ冷える」

 

 彼はもう一度、私の髪を撫でる。

 

「……風邪をひかぬようにしろ」

 

 私は去りゆく彼の後姿を見いる。

 その優しさに惹かれる自分がいる事に気付く。

 

「あの方は敵将、それなのに……」

 

 心の奥底から何かが湧き上がるのを感じていた。

 心細さを忘れさせてくれるような温もり。

 まだ恋を知らぬ私に、運命は不思議な縁を与える。

 赤木影綱。

 私とは敵対する者同士。

 それなのに、なぜ……私はこんなにも彼に惹かれてしまうの?

 

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