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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花2 ~月と桜と花の記憶~
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第42章:月の記憶《前編》

【SIDE:赤木影綱】


 戦国時代、とある地方に赤木影綱(あかぎ かげつな)と言う若き武将がいた。

 代々、当主に仕える名家の跡を継ぎ、戦においては負けを知らず、二五歳と言う年齢でその国の主君に認められるほどの男だった。

 

「まさに連戦連勝ですなぁ、影綱殿」

 

「さすがは影綱殿。城を陥落させ、敵国の兵が蹴散らかされていくのには驚きました」

 

「御館様からも一目置かれる存在だ。次の戦も期待しておりますぞ」

 

 周囲からの期待され、順調に出世する影綱。

 だが、彼には思いもよらない出会いが待っていた。

 

 

 

 

 ……。

 春の季節、隣国との戦が始まり、俺は焦りを感じていた。

 思わぬ敵の奇襲に、本陣と分断されたのだ。

 

「……影綱殿!」

 

 こちらに慌てて駆け寄る配下の者からの報告。

 それは俺達にとって、よくない報告だった。

 

「御館様と合流できない?それはどういうことだ?」

 

「敵の奇襲を受けた本陣はこちらとの合流に遅れています。合流するには、三日ばかりかかるかと。我々には待機せよと御館様からの伝令が」

 

「三日か。仕方ない、この社の付近に陣を張り、御館様の本陣を待つ。すぐに支度せよ」

 

「はっ!」

 

 隣国に攻め入るまでは良かったが、頭を悩ませる問題が続く。

 御館様の主力となる戦力がなければ城は落とせない。

 

「待つしかないか……」

 

 だが、既に敵国に侵入しているという危機感もある。

 

「警戒は怠るな。よいか、ここが敵国である事を忘れるなよ」

 

 俺は副官である狩野高久(かのう たかひさ)に視線を向ける。

 愚直とも言える生真面目さな性格をしているが、意外にも情があつい男だ。

 俺の幼馴染でもあり、初陣以来、ずっと共に戦いを続けている。

 

「この戦況をどう見る、高久?」

 

「待てと言われたら、待つしかあるまい。それとも何か、影綱は御館様を放って先陣を切ると?この戦力で城落としは無理だ」

 

「今は待つのみ、か……」

 

「お主の性分は分かっている。今にも敵の城を落としたいのだろう?焦るな。ここは焦るべき時ではない。のんびりと桜見物でもしてようではないか」

 

 陣を張った神社には綺麗な桜の木があった。

 咲き乱れる桜の花びらが風に舞う。

 

「桜か……。もう、そういう季節なのだな」

 

「戦ばかりしていると、そのようなことも忘れてしまう。時には休息も必要だ」

 

 高久の言う通り、ここで急いても意味はない。

 だが、新たな問題が俺達に迫る。

 

「……か、影綱殿!」

 

「なんだ、騒がしい。今度はなんだ?」

 

 陣をしき終わり、高久と次なる城攻めの策を立てていた時のこと。

 慌てて社に入ってきた配下の者がとんでもない事を告げる。

 

「申し上げます。先程、斥候に出していた者達が戻ってまいりまして」

 

「敵の兵でも見つけたか?」

 

「い、いえ、それが……敵国の姫を捕縛したとのことです」

 

「は?敵国の姫だと?」

 

 俺と高久は顔を見合わせて疑問に思うと、その場に向かう事にした。

 

 

 

 

 滞在している神社からさほど離れていない距離。

 壊れた籠に乗っていたのは一人の少女が怯えていた。

 歳はまだ一五、一六と言ったところか。

 

「は、離しなしさい、無礼でしょう」

 

「大人しくしろ!……影綱殿、こちらがその姫です」

 

「……周囲の者は?」

 

 辺りを見渡すが、男が一人倒れているだけで他に姿はない。

 敵国とはいえ、この時期に姫を一人で行動させるはずもあるまい。

 

「従者の一人は切り捨てましたが、侍女達は逃げ出しました」

 

「己の命を賭して守るべき姫を放って逃げるとは……愚かな」

 

「それまでの関係ということか。影綱、ここは目立つ。とりあえず、本営に戻ろう」

 

 高久に俺は頷くと女を連れて神社へと戻ることにした。

 神社に戻り、華やかな着物姿の少女は俺達の前に座らせるとさらに怯えた顔を見せた。

 

「某は赤木影綱だ。そなたの名は?」

 

「……私は紫です。貴方達は隣国の?」

 

「そうだ。今、まさに戦をしている相手だよ。紫姫か。敵方の姫が我らの手に落ちるとはな」

 

「わ、私をどうするおつもりですか?」

 

 弱り切った紫の言葉に高久は冷酷に答えた。

 

「分かりきった事を言うな。見せしめに切り捨てる」

 

「……ぅっ……」

 

 彼女の表情が強張り、恐怖を浮かべて涙を我慢しているようだ。

 切り捨てると言われれば、女子供なら涙くらいみせるだろう。

 刀をちらつかせる高久に怯える紫姫。

 

「待て、高久。切り捨てるわけにはいかない。御館様の指示をあおぐ」

 

「何を言う、影綱?ここがどこか分かっているのか。敵の領内だぞ?」

 

「確かにこの姫を生かしておく理由はない。逆に奪い返そうとここが狙われるかもしれないからな。だが、我らの主君である御館様は義にお厚いお方。意見を聞かずに切り捨てるのはいかがなものか」

 

 切り捨てるだけならすぐにできるが、それでは意味がない。

 

「……ふぅ、好きにしろ。影綱、ただし、お主が責任を持て」

 

「分かった。そうしよう。皆に伝えてくれ、この姫に一切手は出すな、と」

 

「まったく、お主と言う男は……。いや、そう言う所が御館様に気にいられているのだろう。仕方あるまい。近くにもうひとつ社があったな、そちらに移そう」

 

 俺は捕らえた紫姫を連れて、本営の隣にある社へ移した。

 社を閉めると、後の事は高久に任せて、俺は紫姫に向き合う。

 

「紫姫と言ったな。大人しくしておけ。ここから逃げないと誓うなら命の保証はしよう」

 

「貴方様の主君は私を殺すつもりでしょう?」

 

「どうだろうな。御館様は無駄な殺生はするお方ではない。そちらとの交渉をするか、あるいは……。どちらにしても、死ぬことはないだろう。ただし、ここから逃げだせば、容赦なく切り捨てる。そうされたくなければ大人しくしておいてくれ」

 

 彼女は驚いた顔をしていた。

 

「どうした?」

 

「敵将に捕まり、この命、すぐにも奪われるものだと思っておりました。命を助けられるとは思いもしませんでしたから」

 

「時と場合によるだろう。あいにくとこちらに事情がある」

 

 本陣との合流にまでは三日の猶予がある。

 生かすにしろ、殺すにしろ、結論を急ぐものではないだろう。

 

「……外に出てくる。見張りを付けている、くれぐれも外には出てくれるなよ。俺は無意味にそなたを殺したくないのでな」

 

 女子供が死ぬ所を見るのは嫌いだ、例え、戦だとしても。

 

「ま、待ってください……影綱、様」

 

 紫姫は声を上擦らせて俺の名前を呼ぶ。

 

「貴方様はどうして、私を生かすのですか?」

 

「御館様の指示を待つ、それだけだ。深い理由などない」

 

「……貴方様は優しいお方なのですね」

 

 なぜか、紫姫は微笑していた。

 俺は内心を見すかされた気がして気恥ずかしくなる。

 

「……そんなものではないさ」

 

 俺は社を出ると見張りの者に「逃げたら斬れ」と告げておく。

 あの様子なら逃げることはないと思いたいが……。

 本営に使用している社に入ると高久が鋭い視線を向ける。

 

「どういうつもりだ、影綱?」

 

「高久……どう、とは何がだ」

 

「しらばっくれるな。敵国の姫を生かしておく理由はどこにある。御館様の指示?そんなものはいらない。余計な物を背負いこむことは我々の命を脅かすかもしれない。あの女をここで切り捨ててればそれで済む話だ」

 

 高久の考えは正しい。

 危険を考えればそれも必要な事だろう。

 

「影綱、あの女を生かした理由を答えろ」

 

「……理由?同じ事をあの姫にも聞かれたがあってないようなものだ」

 

「まさか惚れたのか?」

 

「違う。惚れたとか、そんな話ではない。余計な血を流さずに済むならそれがいい」

 

 武士としての誇り、主君のため、国のために人を殺す事にためらいはない。

 だが、無駄に血は流すべきではないと考えている。

 

「影綱。女子供を切りたくない気持ちも分かるが、時を選べ。お主のその優しさはいずれお主自身を殺すぞ」

 

「おいおい、高久。怖い事を言うな」

 

「冗談ではない。お主の心配をしておるんだ。影綱は武士にしては優しすぎる」

 

 真面目な高久の忠告に俺は頷いて答えた。

 

「心配は感謝するよ。俺は死ぬつもりはない、故郷に守るべき者もいるからな」

 

「そうだといいが。今回の一件は御館様に判断を任せよう。だが、影綱。あまりあの姫に深入りするなよ。義を重んじる御館様ではありえないと思いたいが、考え次第では……死ぬことにもなる」

 

「分かっている。それは彼女自身も分かっているだろう。しかし、御館様ならいい解決策を見出してくださるはずだ。それよりも俺達が考えるのはこれから先の戦の事だ」

 

 俺達は地図を眺めながら、城落としの策を考えることにした。

 

「斥候の話ではこの辺りの地形は……」

 

 御館様との合流の遅れ、目先に迫る戦、そして、捕らえた姫。

 いろいろと考えなければいけないことだらけ。

 本当に頭の痛い問題だ。

 

「――まったく……ただの桜の花見をしている方がよほど気楽であったな」

 

 度重なる悩みに思わずため息がもれた。

 俺にとって長い三日が始まろうとしていた。

 

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