第41章:記憶の断片
【SIDE:椎名和歌】
満月と満開の桜が目の前に広がっていた。
私の隣には見知らぬ男性が微笑んでいる。
「今宵の月は綺麗だ。お前もそう思わないか?」
「本当ですね、とても綺麗です」
夜桜を照らす月明かり、美しさに魅入ってしまう。
この桜は……ご神木の桜の木によく似てる気がする。
でも、ここはどこなの?
私が座っているのは神社の建物だけれど、見覚えがない建物なので不思議に思う。
「……ぁっ……」
それでも、私にはひとつだけ分かっている事がある。
“私”はこの男性を“愛している”と言う気持ちだ。
どうして、私は彼を愛しく思うの?
貴方は誰なの?
疑問に思いつつも、私は声を出せなかった。
桜を眺めながら、寄り添うふたり。
私は不思議な気持ちになりながら、散る桜を見ていたの。
「……ふわぁ」
私は小さく欠伸をしながら、目が覚める。
今のは夢?
ここ最近、妙に変な夢を見ている気がする。
夢の事だから、覚えてる事は少ないけども。
桜の花を誰かと2人で見ていた、そんな記憶が残っている。
「恋月桜花の伝承を意識しすぎてるのかな」
小さな頃から好きだった物語。
元雪様と出会ってから、私はこういう夢をよくみるようになった。
それが何かの意味を持っているような気がしてならない。
お姉様に相談してみようかな。
「あら、お姉様?今日はお弁当作りですか?」
キッチンに向かうと唯羽お姉様が料理をしている最中だった。
最近は学校にもちゃんと行ってくれるようになった。
元雪様のおかげだけど、少しばかり複雑な心中ではある。
……お姉様って、元雪様に気があるのかも?
なんて思ってしまったりするくらいに、お姉様も元雪様に心を許しているみたいだし。
「自分のために料理をするのは面倒なんだけどね。ついでだ、ヒメの分のお弁当も作っている。ヒメは苦手なものは辛いもの以外はなかったよね?」
「あ、はい。ありません。ありがとうございます、お姉様」
「ふっ……かまわないよ。ただのついでだから」
面倒くさい、と何事にも興味をあまり持たないお姉様だけど、優しい人ではある。
優しすぎるがゆえに、自分が潰れてしまうこともあるみたいだ。
「お姉様の料理は私も好きですよ」
「そうか。それならよかった。先日、柊元雪にも手料理をふるまう機会があってね、その時も彼にも気にいってもらえたようだ」
「……へ、へぇ、そうだったんですか」
何だろう、このチクチクとした小さな胸の痛みは……。
元雪様もお姉様の料理を食べたんだ。
きっと、味がとても美味しくて、気にいったはず。
私の料理は基本的にお姉様から教えてもらったもの。
それゆえに、師匠である彼女の味はまだまだ超えていない。
もしも、元雪様に味比べされたら……ちょっと凹むかもしれない。
「お姉様は本気を出せば何でもできるからすごいですよね」
「それは私を過大評価しすぎだ。私は何でもできる人間ではないよ」
「そんな事ありません。お姉様はやればできる子なんです」
「……やればできる子と言うのは何にもできない子の意味合いが強いのでやめてもらいたい。そこまでひどくないぞ」
苦笑いを浮かべるお姉様。
話しながらも、器用に卵焼きを包んでいく。
「そうだ、お姉様。相談にのってもらいたいんです。お昼にいいですか?」
「別にかまわないよ。ヒメが私に相談か。人生相談はこんなダメ人間の私にしても無駄だし、恋愛相談は経験がほとんどない私には難しい。まぁ、恋愛成就くらいならお呪いで何とかするが?」
「恋愛相談の悩みだったらどうします」
「やめてくれ。柊元雪との惚気なんてされても困るよ」
今の段階で元雪様との交際は順調そのもの。
何一つ困っていることも悩みもない、幸せな関係を続けられている。
「何であれ、ヒメが悩みを抱えているのなら、いつだって私や柊元雪が力になるよ」
お姉様は本当に優しい人だ。
せめてその優しさをもう少し自分にも向けてあげて欲しい。
お昼時になると、私達はいつものように屋上へと集まる。
お昼ご飯を食べるには本当にいい場所だと思う。
ただひとり、文句を言う人はいるけども。
「うぅ、太陽の下にいると溶けそうだ。日陰とはいえ、外で食べるのは嫌になるな」
「どんだけ体力低下をさせてるんだよ、唯羽。元スポーツ少女だろ。頑張れ。夏の暑さに負けるな」
「そのセリフを言われるのは二度目だけど、私が元スポーツ少女だとしてもそれは過去の話だ。無駄に体力を一気に低下させる、引きこもりをなめるなよ」
「じ、自信を持って言われると何も言い返せねぇ」
元雪様と唯羽お姉様は仲よさそうに話をしている。
「……お姉様達って仲が良いですよね?」
「友達だからな。仲がいいのは認めるよ」
あっさりと認められて、私は意外に感じた。
お姉様がこんなにも誰かに心を許すことなんて今までなかったのに。
元雪様との友情、それが引きこもり脱出のきっかけになったかもしれない。
「……いただきます」
「おっ、今日は唯羽と和歌は同じ弁当なんだな?」
「はい、お姉様が作ってくれたんです」
お弁当の中身はいたって普通の料理が並ぶけども、どの味も美味しい。
その味を元雪様も知ってるようで「唯羽もすごいよな」と感心していた。
「……柊元雪、これをあげよう」
お姉様は自分のお弁当箱から煮物を取り出して、元雪様に分け与える。
それは里芋の煮物……元雪様の好物だ。
「お、おぉっ!?これは……いいのか?食べちゃっていいのか?」
「あぁ。元々、柊元雪のために作ってきたものだからな。好きなんだろう?」
お姉様は口元に笑みを浮かべてそう呟いた。
「ありがとう、唯羽。ありがとう、マジで感謝してます」
彼は美味しそうに食べ始める。
「うむ、相変わらず、美味い。最高だぞ、唯羽っ。料理の腕前はホントに関心するわ」
「ふふっ。世辞として受け取っておこう。柊元雪は単純だな」
「それだけ美味いってことなんだよ。唯羽の煮物は本当に美味しすぎる」
わ、私の元雪様が餌付けされてる!?
ダメ~っ、餌付けしちゃダメなの!
お姉様の料理は危険、勝手に元雪様に美味しい食べ物を与えちゃダメっ。
「元雪様、そんなに美味しいですか?」
「あぁ、これは美味い。煮物としての完成度の高さ、味の染み込み具合、柔らかさ、触感、味付け、全てが最高だ!」
……なんだろう、ムッと胸に込み上げてくる感情がある。
この感情は以前に麻尋様と仲良くしてる光景を見たときに感じたもの。
そう、“嫉妬”という名の2文字の感情が再び――。
「―― へぇ……それじゃ、元雪様。私の料理とどちらが美味しいですか?」
さりげない私の一言に元雪様の笑顔が突如、強張る。
「え、えっと……それは……どちらかと言えば、和歌というか、唯羽というか」
「どちらですか?私の料理と、唯羽お姉様の料理。どちらが美味しいですか?はっきりしてください」
「あ、あのですね、和歌……これは……そういう勝負じゃなくて、あの、うぅ……」
私の態度に顔色を変えてしまう元雪様。
少しキツイことを言いすぎたかもしれない。
私は反省していると彼は私の手を握って落ち込んだ表情で言う。
「すまん、和歌。料理の腕は唯羽の方が上です。だからってこれは浮気じゃなくて、和歌の料理も十分美味しいんだけど、唯羽がそれを上回ってしまっているのを認めずに嘘をつく事も出来ず。それでも和歌が一番だと言ってあげたい、愛がこもった料理が最高だと言いたい。でも、そんな嘘をついてしまうわけにもいかない。こんな情けない俺は彼氏として失格だとか、そんな風に嫌わないでくれ。ごめんなさい」
「……ご、ごめんなさい、元雪様。私が意地悪しすぎました。お願いだから顔をあげてください。ね?私もお姉様の料理が私以上に美味しいのを分かっていますし、まだまだ勝てませんから。ちょっと嫉妬して意地悪してしまったんです」
「和歌……こんなダメ彼氏の俺を許してくれるのか?」
「許すも何も元雪様は悪くありません。悪いのは私なんです。これからもっと頑張ってお姉様を追い越せるように努力します」
元雪様を傷つけてしまった事を悔いる。
こんなにも彼は私を愛し、大事に思ってくれているのに。
いつも、どうして、私は心が狭く、小さいんだろう……。
「おい、ふたりで変な空気を作るな。気にすることはないさ、ヒメ。柊元雪は簡単に餌付けされやすいだけだ」
「え、餌付け!?俺はシカせんべいを求める奈良のシカ扱いですか!?」
「……くすっ」
唯羽お姉様は思わず笑みをこぼす。
「今の唯羽の笑みに傷ついたわ。俺、シカと同等ですか。シカせんべい、食べますか」
落ち込む元雪様を慰める。
いつか、私も頑張って元雪様に認められる料理を作れるようになりたいな。
食後になって、落ち着いたので、私はふたりに相談をすることにした。
ここ最近によく見る夢の話、あれは一体何なのか?
「おふたりとも聞いて欲しいんです。私は最近、変な夢をよく見るんです」
「夢?具体的にはどんな夢なんだ、和歌?」
「……分かりません。ただ、誰かと一緒に桜を見ている、それだけの夢なんです。その相手が誰なのか、分かりません。ぼやけている感じがするんです。それでも、同じ夢を繰り返しみてしまう、こういうのは何か特別なんでしょうか?」
「同じ夢を繰り返す、か。実は夢は現実と繋がっていることが多い。何か意味があるのは間違いない」
お姉様は「他に何か覚えてる事はないか?」と問う。
「……いえ、他には何も。情報が少なすぎますよね。ですが、ただの偶然にしては不思議な気がして」
本当はその相手を私が愛してるらしい、と言う感情がある。
でも、元雪様の手前、そう言うことは言えなかった。
私が好きなのは元雪様だけなのに、どうして?
「なるほどな。今はまだ問題はないと思う。ただ、その相手の顔がはっきりと見えだすような事があれば言ってくれ。何となく検討はついてるが、今は言えないな。確証がない……それでも、何かヒメに起こっているのは間違いない」
お姉様はそう言うと元雪様に協力を求める。
「柊元雪、もしもの場合はお前も協力してくれ」
「ん……俺にできる事があるのか?心霊系は残念ながら俺には霊感がないぞ」
「心配するな。単純に柊元雪の存在が必要なんだ」
お姉様にはある程度の検討がついてるみたい。
一体、それは何なんだろう?
私が見続ける夢に何か大きな意味があるのかな。