第39章:笑顔のキミに
【SIDE:柊元雪】
和歌との出会いから2週間。
この2週間は長く、そして俺にとって、大きな意味のある出会いをもたらせた。
和歌と唯羽、2人の出会い。
恋人である和歌はもちろんだが、唯羽との出会いも俺にとっては意味があった。
彼女から教えられた俺と和歌の本当の関係。
俺達の前世は数百年前の戦国時代の影綱と紫姫だということ。
そして、10年前に俺は椎名神社の火災に巻き込まれていたこと。
それらがすべて真実かどうかは分からない。
謎は謎のままで何一つ明らかにはなっていない。
だが、俺達が出会った時も感じた特別な縁は本当の意味で繋がっているかもしれない。
月曜日、俺はいつもよりも早く登校への準備をしていた。
リビングに降りると、兄貴達が出勤の支度をしている。
「……元雪、今日は早いな」
「まぁね。兄貴も毎朝、早いから大変そうだ」
俺も兄貴同様に朝食を食べる事にする。
さっさと食べて、唯羽を迎えにいかなくてはいけない。
「今日は何かあるのかい?」
「んー、引きこもりの友人を学校に連れ出す計画だ」
「引きこもり?」
「唯羽って言う、和歌の従姉。彼女の家に同居してる子なんだけど」
兄貴も一週間前に和歌と会ってるので、和歌の事は知っている。
「へぇ、従姉の子も一緒に暮らしているのかいるのか?可愛い子かい?」
「色々と残念な性格をしているけど、美人な子だよ」
「和歌さんもずいぶんと綺麗な女の子だし、可愛い子に囲まれて元雪が羨ましい」
唯羽も見た目だけなら一流の美少女なのに、ホント残念だ。
「あらぁ、気になる発言ね。誠也さん、ユキ君」
「麻尋?い、いや、可愛いとか気になるのは別に変な事じゃ」
「そうだよ、麻尋さん。別に浮気発言でもないし」
俺たち兄弟は麻尋さんの登場にびびる。
「ふーん。誠也さんが女の子と言えば、可愛い子なのか気になるのもどうかと思うし、ユキ君は和歌ちゃんがいるのに……」
「ご、誤解です。おっと、いけない。俺はもう行くよ」
「あっ、こ、こら、元雪!僕も、そろそろ、仕事の準備を……」
すまない、兄貴。
麻尋さんは兄貴の嫁なので自分で頑張ってくれ。
「ま、麻尋?なんか怒ってる?」
「別に怒ってないわよ。誠也さんも真面目な顔をして男の子なのねぇ、とか思ってないし。綺麗な子が気になるのも仕方ないのかも、とか。実は会社でも新人の子に言い寄られている事を聞いてる、とか。……いい機会だからお話しよ、誠也さん?」
「……は、はい」
麻尋さんは朝から不機嫌な顔を見せて兄貴に迫っている。
頑張れ、兄貴……俺はそんな兄貴を応援してます。
「い、いってきます~っ」
俺は逃げ出すように、リビングから抜け出して和歌の家に向かう事にした。
朝の7時15分、和歌の家に到着。
普段なら全然早い時間だが、今日は和歌が家の前で待ってくれていた。
「おはようございます、元雪様」
「あぁ、おはよう。唯羽の様子はどうだ?」
「いつも通りみたいです。お母様が朝食を食べに来たお姉様を見かけたそうです。それに、話では昨日はちゃんと夜には寝ていたようですよ。これは、お姉様も学校に行く気があるのかもしれません」
「それはどうかな。アイツも自分に素直な子だから」
ここまできたら、唯羽を無理に説得してでも、不登校をやめさせる。
プロジェクトD、最終局面……ファイナルフェイズを開始する。
俺は和歌の案内で唯羽の部屋の前へとやってきた。
もしも、中で着替え中だったりする場合を考えて、最初に部屋に入るのは和歌の役目だ。
「お姉様、朝から失礼します」
和歌は扉をノックして開けて中をのぞく。
「お姉様?……あれ?」
「どうだ、和歌?」
「元雪様。それが……お姉様が部屋にいません」
和歌が不思議そうに言うので、俺も部屋をのぞきこんだ。
そこにはいつものパソコンと布団があるだけの部屋だ。
どこにも、唯羽の姿はなかった。
リビングには既にいなかったので、まだ部屋には戻っていないと言う事か?
「ここにいないってことは、社務所の方か?」
「そうかもしれませんね。この時間なら可能性はあります」
朝からおみくじ作りをしているのかもしれない。
俺達はそちらの方にも向かってみる。
だが、社務所も鍵がかかったままで誰もいない。
「……お姉様、いませんね?」
「まさか、逃げたか?俺達の行動を予測していたのかもしれない」
「そこまでしますか?」
あの唯羽ならしかねない。
「ちなみに唯羽を最後に見たのはいつだ?」
「昨日は元雪様のデートもありましたから、見ていません。私が最後に見たのは一昨日になります」
「調子を崩した時以来か。おばさんの話では今朝はここにいたのは間違いないんだろう?どこにいったんだ?」
唯羽を探してうろちょろとするが、神社のどこにも姿はない。
「唯羽はどこに消えたんだ?」
「もしかして……」
和歌は心当たりがあったのか、自転車置き場の方へと俺を誘う。
「家にも社務所にもいない。だとしたら……」
「他に唯羽の行きそうな居場所があるのか?」
「可能性は少ないですが、唯羽お姉様の実家かもしれません。ここから自転車で10分程度離れています。でも、現実問題として、お姉様が実家に戻る可能性は低いんですよね」
俺達は唯羽捜索をしようと和歌の家の自転車置き場にたどり着く。
だが、そこには既に先客がいた――。
「――遅いぞ、ふたりとも。私を待たせないでくれ」
爽やかな風に髪がなびく。
だが、そこにいた少女は俺達が知っている彼女の髪色ではなかった。
「ゆ、唯羽……!?」
ミニスカートの制服姿の唯羽が自転車置き場に立っている。
驚くべきなのは、その髪型だった。
先日までセミロングの黒髪だった唯羽は茶髪のツーサイドアップに髪をまとめていた。
印象的なのは髪色が黒から明るめの茶色に変わっているところだ。
唯羽や和歌は黒髪がよく似合っていただけに、かなりのイメチェンと言える。
「ゆ、唯羽?髪を染めたのか?」
「……久々の登校だからな。少し気合いをいれてみた。どうだ、似合うか?」
「あぁ。びっくりしたけど、唯羽によく似合っているよ」
暗い雰囲気を持つ唯羽の印象を大きく変える印象を受ける。
昨日のうちに美容室に行き、髪を染めて髪型を変えたんだろう。
「お姉様の変化に驚きましたけど、学校にも行く気になられたんですか?」
「そうだ。わざわざ、朝早くから実家に制服を取りに行ってきた。妹達からも驚かれたけどね」
唯羽の制服姿なんて初めてみるが、和服以外にも洋服も似合っている。
それに今の髪の毛の雰囲気では女子高生らしくも思える。
「私はネトゲをしている方が好きだよ。人の多い所に行くのは今も気は乗らない。だが、私には“友達”がいる。友達から学校に行けと誘われたのだから、無視もできまい」
「唯羽……」
一昨日の俺がした質問の答え、唯羽は出してくれたのだ。
自らの意思で学校に登校すると決め、彼女は俺を友人だと再び認めてくれた。
「私たちは友達なんだろう、柊元雪?」
「当然だ。せっかくの高校生活、青春の謳歌を楽しまなきゃな。ネトゲも卒業か?」
「ネトゲをやめたわけではない。どうせ、しばらくすれば夏休みにもなる。今はただ、ネトゲという“仮想現実”よりも“現実”を楽しんでみようと思ったのさ」
唯羽そっと俺に近付くと身体をすりよせる。
「いろいろと頼りにしているよ、柊元雪」
思わぬ彼女の行動にドキッとさせられる。
その態度に俺よりも先に和歌が反応を見せる。
「な、なっ!?お、お姉様?」
「どうした、ヒメ?」
「元雪様に何をしてるんですか!そ、そんなに近づかなくてもいいじゃありませんか」
「別に?友人としての距離だ。これくらいが普通だろ?」
和歌は唖然とした表情を浮かべながら、俺に寄り添う唯羽に抗議する。
「ち、違いますっ。お姉様、それは友達の距離じゃありません~っ」
「そうか?私には普通の距離感に思えるが」
「近すぎですっ。うぅ、私の元雪様を取らないでくださいっ」
しれっと言う唯羽に和歌は抗議するが、そんなものは彼女に通じない。
「ふふっ。行こうか、柊元雪」
そう言って、唯羽がふっと笑う。
彼女の本物の笑顔はとても綺麗で、俺はその笑みを初めて見た。
「……あぁ、行こう。ほら、和歌も拗ねてないで行くよ」
「うぅ、元雪様。お姉様は私のライバルになりうるかもしれません。お姉様、元雪様が優しいからって惹かれてませんか?ダメですよ、私の大切な人なんですっ!」
「分かっているよ。だけど、ヒメ。私にとっても柊元雪は大切な人だからね」
「え?え?ど、どういうことなんですか、お姉様!?元雪様!?」
和歌の悲痛な叫びと、唯羽の明るい笑い声が朝の椎名神社に響く。
「……こんな風にまた学校に行く日がくるとはな」
蒼い空を見上げて微笑む唯羽。
彼女の抱える心の闇や問題がすべて解決したわけじゃないだろう。
だが、こうして唯羽は最初の一歩を踏み出した。
「――くすっ。せいぜい、私を楽しませてくれよ。柊元雪?」
その横顔はとても晴れやかな笑顔だった。
そして、俺と和歌、唯羽の3人が揃う事で、本当の意味での新たな日常が始まったんだ――。
【 1 SEASON END 】
恋月桜花、第1部、終了です。第2部からは前世の話へ。物語の核心に近づいていきます。元雪、和歌、唯羽。この3人が出会ったことの意味とは?