第38章:今、この瞬間を
【SIDE:柊元雪】
日曜日の朝、俺は和歌と待ち合わせていた。
デートの約束をしているのだ。
最近は唯羽にばかりかまっていたので、和歌が寂しく思うような事があってはいけない。
俺達は恋人なんだからな。
デートと言っても、これが初めてなんだよな。
ホタル観賞は兄貴達と一緒だったし。
駅前で待っていると見知った顔が駅から出てきた。
「ん?柊か、最近は外でよく会うな?」
「なんだ、黒沢かよ。お前はまたバイトか?」
「おぅよ。今日もしっかり稼いでくるぜ。お前は彼女とデートか?」
「あぁ。その予定だ。黒沢、何だか顔色が悪いようだが?」
どことなく、寝ていないといった顔をする黒沢。
「いやぁ、ネトゲだよ、ネトゲ。前にも話しただろ、凄腕プレイヤーがいるって話だ」
「あぁ、生きる伝説がどうのこうのって、あの話か?」
「そのプレイヤーとまたクエストを組めてな。いやぁ、参った。実力を改めて思い知らされたよ。結局、昨日は徹夜だった」
ネトゲねぇ、唯羽もそうだがそんなにハマるものなのか。
「そのネトゲにもよるだろうが、今やってるゲームは楽しいのか?」
「楽しいぞ。そのRPGはキャラがカッコ良かったり、可愛かったりして、女の子にも人気でな。うちのクラスの女の子も何人かやってる人気ゲームだ。気になるなら、お前もやってみればいいぞ」
「ふむ……よく分からん世界だ」
「ははっ。でも、さすがは“嵐の魔女、キャサリン”って呼ばれているだけあってすごかったよ。まさか、ひとりで上位レベルのドラゴンを瞬殺するとは……並大抵のプレイヤーじゃ逆に瞬殺されてしまうからな」
嵐の魔女、キャサリン……はて、キャサリンってどこかで聞いたような?
「……あっ!キャサリンって唯羽かっ!?」
唯羽が自分をキャサリンだと呼んでいたのを思い出した、最初はキャサリンって名乗っていたくらいだ。
確認はしていないが、アイツもかなりのやりこみ具合だし、ほぼ間違いないだろう。
ネトゲRPGの世界で生きる伝説と呼ばれる嵐の魔女、キャサリンは唯羽だという事実にうなだれる。
そもそも、昨日、倒れたくせに徹夜でゲームとは……どこまで依存してるのやら。
「どうした、柊?」
「い、いや、何でもない。世間は思いの他、せまいと思っただけさ」
唯羽からネトゲを切り離すのはどれだけ難しいのだ。
ちょっとそんな事を不安になりつつ、俺は黒沢と別れた。
「お待たせしました、元雪様」
その後、和歌と合流した俺は初デートに期待を膨らませる。
「あぁ。今日はどこに行こうか?」
「元雪様とならどこでもいいですよ」
「……と言われてもな。俺もデートらしいデートなんてしたことがない」
「そんなに気負わなくても、私は元雪様と一緒にいられるだけで幸せですから」
デート初体験同士、ここはのんびりと行くとしよう。
和歌の方から腕を組むような形で身体を寄せてくる。
……恋人って本当に良いですね!
俺達は本当に特に目的地を決めることもなく繁華街を歩いていく。
普段と違って和歌と一緒だといろんなことが楽しく思える。
見える世界が変わっていくと言う奴だろうか。
しばらくして、いろんなところを回った俺達は喫茶店で昼食を食べていた。
和歌はホットケーキに甘そうなシロップをかけながら嬉しそうに言う。
「このホットケーキ、美味しそうですね」
「……女の子の好きそうな感じだよな。フルーツも乗ってるし」
俺は腹がすいたので、オムライスにしておいた。
「それにしても、和歌があんなに歌が上手だとは……しかも、流行のアイドルの曲を歌えるなんて思わなかったぞ」
「ふふっ。意外でしたか?」
あれから和歌とふたりでカラオケに行ったのだが、これがまた和歌の歌声の綺麗なこと。
声色が綺麗なだけあって、ホントに歌手みたいな歌唱力がある。
「元雪様も、私の知らない歌でしたけどお上手でした」
「まぁ、俺は適当に好きな男性歌手の歌を歌っただけだから。和歌は知らないだろうな」
あとでちょっと後悔、恋人といる時は相手も知っている歌にすればよかった。
俺はオムライスを食べながらふと気になった事を聞く。
「そういえば、カラオケの時に和歌は俺の声を聞いて何か言ってなかったか?」
「良い声だって思っただけです。声を出すことは宮司にも必要なんですよ」
「あー、祝詞だっけ。おじさんからもいつかは覚えなきゃいけないって聞いてる」
祝詞って言うのは神職が神事とか結婚式で読むやつだ。
おじさんに書いてる紙を見せてもらった事があるが、アレを暗唱するのは大変だろう。
書かれていた漢字ばかりだったのでふりがながないと読めないくらいだった。
アレを全文覚えるのは大変だ……まだまだ神職になるには道のりが遠そうだな。
「祝詞に限らず神道は言霊を大事にします。言霊の力。元雪様もいずれは祝詞を覚えてくださいね」
それも和歌のために俺が選んだ道だ、頑張りましょう。
食事を終えた俺達は近くにあるゲームセンターにやってきた。
「和歌はこういう場所は初めてなのか?」
「そうですね。お父様もあまりこういう場所には連れてきてくれませんでした。悪い人がいそうなイメージがありますから」
「今は不良のたまり場って言うより、意外とお年寄りがいたりするんだぜ。プリント系とかは女の子が集まってるし」
休日なのでカップルで遊びに来ている子達も多い。
「定番のUFOキャッチャーだな。こういうぬいぐるみは好きか?」
「可愛いものは好きですよ」
一見、和風な印象の和歌だが、ファンシーな物が好きだったり、ケーキが好きだったりと今時の女の子らしい一面もある。
ただのイメージの思い込みなだけなんだよな。
「何か欲しいものでもあれば、取ってあげようか?」
「ホントですか?」
「あぁ。こういうUFOキャッチャーは得意なんだ」
「それじゃ、これとか取れます?」
和歌が指をさしたのはウサギのぬいぐるみだった。
今、女子高生の間で流行ってる「かまってくれないと拗ねるウサギ」、通称、「かまウさ」と呼ばれるキャラクターのシリーズだ。
拗ねてる表情が可愛いと評判らしい。
「いいよ。かまウさ相手なら不覚はない。さぁて、やりますか」
恋人の目の前なので、やる気もUP。
俺は手慣れた手つきで、ボタンを押しながらタイミングを見計らう。
「白と黒のウサギがいるけど、まずは黒の方が取りやすいか」
和歌が指をさしたのは白い方だが、前の黒色が取った方が取りやすい。
「はい、まずは黒ウサギ。次は……この角度からの方が狙いやすいな」
あっさりと取れた黒ウサギを和歌に手渡すと、白ウサギの攻略に入る。
アームで挟んで取るには場所が悪い、ここはひっかけてみるか。
最初の1度失敗はしたが、2度目はヒモに引っ掛かり取れた。
「はい、どうぞ。和歌が気にいってくれると嬉しいな」
「ありがとうございます、元雪様。そうだ、こっちの黒いウサギの方はお姉様にあげてもいいですか?ああみえて、お姉様もぬいぐるみとか好きなんです」
「へぇ、唯羽が?あの部屋には置いてなかったけど?」
「実家のお部屋はぬいぐるみだらけだそうですよ。お姉様もこういうぬいぐるみを取るゲームが得意だそうです」
あの唯羽ならありえそうだ。
基本的にやる気さえ出せば才能もあるし、ハマると怖いほどに力を発揮する。
スポーツをすれば全国制覇、ネトゲをすれば生きる伝説。
後者はホントに才能の無駄遣いと言いたいが……何でもやれば一流、ホント、もっとやる気を出してくれ。
「お姉様は元雪様に出会ってから変わりました。雰囲気も柔らかくなりましたから。以前のお姉様に戻りつつある気がします」
「ネトゲ廃人になる前?」
「中学生の頃のお姉様は面倒見も良くて、皆さんから慕われていたんです。誰もが憧れるような人だったのに、今は家にこもってしまっています。お姉様の心を私は分かってあげられませんでした」
和歌はぬいぐるみを抱きしめて囁いた。
「お姉様の自分の事を理解してもらえる人を求めていたんだと思います。そして、元雪様と出会い、お姉様もようやく誰かに頼れる相手を見つけられたんだと思います」
「そういうものか?まぁ、俺といる時の唯羽は自然体に見えるが……」
「はい。だから、これからもお姉様をよろしくお願いしますね」
俺と触れ合いで少しずつ唯羽が変わりつつあるのは良い事だと思う。
俺にどこまでできるか分からないけどな。
「もちろん……恋人である私も元雪様には甘えていきたいです」
「うん。和歌には甘えてもらえると俺も嬉しいぞ」
可愛い恋人がいてくれるのはそれだけで和む。
俺達はその後もカップル向けのプリクラに挑戦したりしてゲームセンターを楽しむ。
和歌との初めてのデートは繁華街を回るだけのものだったが、とても満足できた。
恋人がいるってことはこんなにも良い事なんだな。
デートを満喫した俺は和歌を神社まで送ると、考えていた作戦を話す。
プロジェクトDは最終局面を迎えた、ファイナルフェイズを実行する。
「明日は唯羽を学校に誘ってみようと思う」
「お姉様をですか?でも、お姉様は……」
「いい加減、ネトゲから引き離さないといけない。やめろとは言わないが制限させる事くらいはできるはずだ。アイツに普通の生活をさせないと痩せ細ったままだしな。健全な生活に引きもどしてやる」
「……お姉様のこと、心配してくださっているんですね。元雪様は本当に優しいです」
俺がアイツを心配するのは身体の問題だけじゃない。
唯羽は俺を何度も助けてくれている。
それは最近のことだけでなく、10年前の事もそうだ。
他人を想うことはできるくせに、唯羽は自分をもっと大事にしろといいたい。
「和歌の言うとおりだった。唯羽は優しい子だよ。だから、俺もアイツを変えてやりたいと思った。今のままじゃダメだ。唯羽も、夏を前にして変わってくれることを期待している」
「私に出きることなら協力しますね」
「あぁ。和歌の協力も不可欠だ。まずは明日の朝だな」
唯羽が留年するか、しないかの瀬戸際だ。
何としてもこのプロジェクトDは成功させないといけない。
唯羽のためにも、俺達もできる限り頑張ろう。