第37章:背中の温もり
【SIDE:柊元雪】
かつて、不審火で燃えたという社のあとを訪れた俺達。
昼間なのに薄暗く、どこかよどんだ空気が漂う社跡。
今は地面がところどころで焼け焦げた後が微かに残るだけの場所こそが、10年前の火災が起きた社があった場所だった。
俺は10年前にここで何を見たんだ?
炎の記憶、今は何も思い出せない。
だが、唯羽の話では10年前の俺はこの場所にいたらしい。
何のために……?
そんな事を思案している中で異変は起こる。
「ゆ、唯羽……?」
いきなり唯羽は倒れるように俺にもたれかかる。
「大丈夫か、お、おいっ」
「……ぅっ……」
この場所は危険だと唯羽は俺に警告した。
その意味を俺は実感がわいていなかったのだ。
ぐったりと顔色を青ざめさせる唯羽。
俺は心配になって彼女の身体を支える。
「……心配ない、ただの貧血、立ちくらみだ」
「え?あ、いや、違うだろ?」
さすがにこの状況で立ちくらみだと言えるか?
貧血なんて先程までしているようには見えなかった。
「本当だよ……普段から外に出ないからな。私の限界がきたようだ」
「どれだけ体力がないんだ。元スポーツ少女だろう。これくらいでダメってど引きこもりで体力低下させすぎだ!?」
「うるさい。私の過去の栄光など、今はもはや見る影もない」
「――自分で言っちゃった!?」
冗談まじりの会話をするが、唯羽は本当に辛そうにしている。
それが体力切れなのか、この場所に影響されてなのかは分からない。
「とりあえず、ここから戻ろう。ほら、唯羽」
俺は唯羽を背負うためにしゃがみこむ。
「……なんだ?」
「唯羽。背中に乗れよ。家まで背負ってやるから」
「必要ない。一人でも歩ける。つまらないおせっかいはやめろ」
「……無理をするな。つかまれよ。辛いんだろ?」
俺は無理やりにでも唯羽をつかまらせて俺はここから逃げるように立ち去る。
唯羽は想像通りに同年代の女の子としては軽い。
「……柊元雪、あの場所には近づくな」
「分かった。でも、これだけは教えてくれ。10年前、どうやって俺は助かったんだ?」
唯羽の証言だと燃える社の中から俺はどうやって抜け出せたのか。
「私が助けたんだよ。今のようにお前を背負って。いや、私も子供だからな。ほぼ引きずる形に近かったが、こんな風に森を抜けた。あの時は必死だったよ。お前を助けたい一心だった」
そのおかげで俺は唯羽に助けられたわけか。
だが、火事ならば人も大勢きたはずだ。
「そのあとはどうした?誰にも見つからなかったのか?」
「あぁ。森を抜けた先でお前は正気に戻ったように、ひとりで家に帰ってしまった。全ての記憶を忘れたのだと思ったよ。その後は音さたなし、もう会うことはないと思っていた。それがまたこの場所で出会う事になるとはな……」
今の俺には唯羽の事も、あの社の事も思い出せない。
だが、これだけは言っておきたかった。
「唯羽、ありがとう」
「……礼を言われる事ではないさ。私は“友達だった”男の子を守りたかっただけだ」
「だった?」
「あぁ。今は違うからな」
背中越しに唯羽はそんな風に寂しそうに呟く。
そうか、この子と俺は10年前は友達のように仲のいい関係だったわけだ。
彼女の話では俺はその事件の記憶を失っている。
唯羽にとっては裏切られたような感覚なのかもしれない。
「悪かったな、全部忘れてしまっていて」
「別にいいさ。それは柊元雪のためでもある。忘れた方がいいことも世の中にはある。それほど、お前にとっても衝撃的な出来事だったんだ。そもそも、人生で数日間の出来事だ。気にする必要はない」
「だとしても、恋月桜花のようにたった数日でも忘れらない思い出もある。友達の事を忘れるってのはいいことじゃない」
俺が覚えているのは唯羽は昔から占いの類が好きだった事くらいだ。
それ以上のことがいろいろとあったはずなんだ。
「なぁ、唯羽。俺達は友達じゃないのか?」
「友達?私とお前がか。何度も言うが、今は違うだろう?」
「唯羽……」
「それにお前は私にネトゲをやめさえようとする敵だからな。仲良くはできないさ」
俺はお前の敵になった覚えない。
何かに悩み続ける唯羽の心の奥底にあるものは何なのか。
それを救ってやることは俺にはできないのか。
「敵じゃねぇよ。俺は仲良くしたいぞ。唯羽、俺の友達だって思ってるのに」
「やめておけ。私に深入りするな。私と友達になってもメリットなどない。ただネトゲに人生を費やすだけの女だかな」
「その自覚があるなら少しは改善しなさい。“友達”としての忠告だぞ」
「……っ……」
俺の一言に唯羽なぜか黙り込んでしまう。
「どうした?」
「つくづく柊元雪と言う男は不思議な男だと考えていた」
「不思議?唯羽にだけは言われたくないが」
「今の私は過去の名誉も、築いていた人間関係も何もない。ネトゲのために自分で捨てたからな」
そんな大切な物を捨ててまでゲームしなくてもいいだろうに。
違うのか、それを捨てるだけのことが本当に何かあったのか?
「だが、お前は私の友人になろうとしてくれている。私にはそれが不思議だ。私には何の魅力もないのにな。過去の借りを返すためか、和歌に頼まれているのか?」
「そんな事を彼女が頼むわけないだろ。あの子はいつだってお前の身体の心配をしている。唯羽、俺は何度もお前に助けられた借りがある。だがな、そんなものはなしで友人になりたいと俺は思う。過去の俺達のようにな」
唯羽と友達だったのなら、また友達関係をやり直せるはずだ。
別に深い理由もメリットとかそんな打算も関係ない。
俺は彼女と親しくなりたい、それだけだ。
「今からでもいいじゃないか。改めて言う。俺がお前の友達になる。だから、ネトゲで引きこもるのはやめて、学校にも行って、今だけしかない青春を謳歌しようぜ。知ってるか?俺と唯羽は同じクラスで隣の席同士なんだ」
「そうなのか……?」
「あぁ。俺の隣はいつも誰もいなくて、その子が病弱だって聞いて俺は心配していた。早く来れるようになって欲しいって。まぁ、それが唯羽で理由がネトゲだった時はショックだったんだけどな」
噂の篠原さんはまさか唯羽と同一人物とは思わなかったが……。
「柊元雪、お前は会ったことのない人間を心配してくれていたのか?」
「あぁ。クラスメイトとして心配してた。留年が近いとか噂されていて、早く来てほしいって願っていたよ」
しばらく黙りこむ唯羽だがやがてこう言った。
「お前は本当に変な奴だな。少しだけ考えさせてくれ……友達の事も、学校の事も……」
彼女にしては珍しく前向きな回答がえられた。
これは他人にとっては小さな一歩に見えるだろうが、唯羽にとっては大きな一歩だ。
「分かった。期待しておくよ」
懐に入らないと分かららないこともある。
俺は唯羽をもっと知りたい、恋愛って意味ではなく、友達としてな。
唯羽を背負いながら、俺はようやくご神木のところまでやってきた。
後ろを振り返ると、近付きにくい雰囲気がある。
「なるほど。雰囲気からしてやばいのは分かる。今まで意識しなかったけども、そこに社に行く道はあったんだな」
「意識しなければ気付かない。いいや、違うな。気づけないと言った方が正しい」
俺の背中につかまる唯羽は弱々しい声で囁いた。
「柊元雪。もしも、運命の相手がヒメではなく私だとしてもお前は惹かれていたか?」
「へ?それは……」
「……冗談だ、気にするな。深い意味はない。それよりも、早く家に連れて行ってくれ。多分、滅多にしない早起きをしたせいだな。昨日も早めに寝たし。人間、生活リズムを変えると体調を崩すものだ」
「いやいや、その生活リズムが間違っていることにまず気付け」
俺の言葉に苦笑する唯羽。
運命の相手がヒメではなく、唯羽だったら?
その言葉に込められた唯羽の想い。
背中越しに伝わる唯羽の温もりだけを俺は感じていた――。
唯羽は和歌の家に着く頃には本格的にダウンしてしまい、本日は解散となった。
家には和歌がいたので彼女にあとは任せて、俺は帰る事にした。
「引きこもりに無理をさせすぎたか」
ホントにただの体力不足で倒れたのだろうか、心配だ。
俺にはどうしても、あの場所との因果関係を考えてしまう。
かつて大きな社があった場所、10年前の焼失の時に俺はあの場所にいた。
「何かがあったのは間違いないんだけどな」
悩んでも解決はせず、俺はひとり家までの道を帰る。
「なにはともあれ。関係は前進したからいいか。これで唯羽がちゃんと学校に通えるようになってくれたらいいんだけどな」
今はまだそこまで期待はできない。
けれども、唯羽と親しくなれて彼女の事が分かり始めてきた。
唯羽は決して、他人に興味のない冷たい人間ではない。
和歌が以前に言っていたように“優しい”女の子なんだろう。
時にその優しさに自分自身が傷つくことがあっても――。
「……友達だった奴にいきなり忘れられるってどんな気持ちだろうな」
幼い頃の唯羽はある程度の事情を知り、受け入れて、俺が去っていくのを見ていたのではないだろうか。
だとしても、当時の唯羽の寂しさは……想像に難くない。
「唯羽も言っていたが、あの時に何が起きたんだろうか」
俺は自分の身に起きた出来事を思いだせない事が不安になる。
10年前のあの日……あの場所で何が起きたのだろうか?
それを思い出せた時、俺と唯羽の関係も何か変わってしまうのか――。