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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~
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第35章:唯羽の憂鬱

【SIDE:篠原唯羽】


 私にとって、現実は幻想と同じような物だ。

 小さな頃から人の周囲に何か変な光が見えていた。

 それは人ぞれぞれ違う魂の色だと気付いた。

 魂の色は特徴的で、なんとなく相手の悩みや痛みを分かってしまう。

 昔の私はそれを人のために役立てていた。

 だが、それは面倒なほどに自分の負荷になる。

 他人の想いを一方的に押しつけられるようなもので、私はそれを無意識とは言え受け止め続けるほどに強くはなかった。

 私は人が多い場所を避けるようになり、高校に入ってから学校に行かない日も多くなっていた矢先、ネットゲームに出会う。

 別に他人が嫌いなわけでもないし、コミニケーションが嫌いなわけでもない。

 ネトゲの世界では直接相手の魂の色を感じないので、相手と話す事は楽しい。

 まぁ、どっぷりとネトゲの世界につかりすぎたせいで、家族からは見放されてしまった。

 それでもいい、ネトゲさえあれば……。

 そう思っていたのに、私の前に再びあの男が現れたのだ。

 柊元雪、私は10年前に彼と出会っている。

 私の人生で彼ほど、不思議な魂を持った男はいない。

 その正体を知ったのも、あの当時だが……彼は私を忘れていた。

 当然かもしれない、あの10年前に起きた事件を考えれば……。

 そして、10年の月日がヒメの恋人になっていた彼はさらに魂が不安定になっていた。

 直感的に危機を感じた、こいつはやばい。

 柊元雪はある災いに触れており、その災いはいずれ彼の命を狙うだろう。

 ……何とかしようと思った。

 それが間違いでもあったのは、彼の優しさを知った時だ。

 あろうことか、アイツはこの私に深入りし始めた。

 まったく、ネトゲ廃人脱却とか余計なお世話だ。

 お前はお前の心配をした方がいいと言うのに。

 だが、彼の優しいところは昔から変わっていない……。

 本当に柊元雪と言う男は変わっている。

 私の憂鬱……それは、私自身、彼の余計なおせっかいを嫌と思わなくなり始めていたことだった。

 

 

 

 

 久しぶりに夜に寝て、朝に起きる経験をした気がする。

 その日は仕方なく彼の言う通りにしてやった。

 ネトゲ日和だというのに、柊元雪と一日をすごさなければいけないとは。

 だが、この1日で彼が諦めてくれれば、私の平穏な日々は取り戻せる。

 私を迎えに来た柊元雪は私の恰好を見て言う。

 

「へぇ、唯羽って私服はちゃんと洋服なんだな」

 

「……和服は楽でいい。だが、目立つゆえに普段着にはしない」

 

「そうか。それじゃ、今から目的地に行くぞ」

 

 仕方なく彼の後ろをついていく。

 だが、そこは私の想像していない場所だった。

 

「……柊元雪。私に満足のいく説明を求める」

 

 そこはスーパー、なぜかそこで私たちは買い物をしていた。

 意味が分からない。

 

「唯羽が料理上手だと聞いたから、この際、昼食を作ってもらおうかな、と」

 

「……お前は馬鹿かだろう?どうして、私が柊元雪のために料理を作らなくてはいけない。その理由がまず分からない。それに、それは恋人であるヒメの役目だ。私がする義理はない」

 

「いいじゃないか。それにお前の部屋を綺麗にしてやっただろう?」

 

 確かに彼が私の部屋を綺麗にしてくれていたのは認めよう。

 足の踏み場があるのは久しぶりで、余計な物を踏まずに済む。

 ……面倒くさい借りを作ってしまった。

 

「グチグチとねちっこく言われ続けるのも気にいらない。私が作ればいいんだろ?それで、何が食べたい?」

 

「和食メインで。俺は和食が好きなんだ」

 

「……和食か。肉と魚はどちらが好きだ?」

 

「俺は肉かな。魚も嫌いではないけど」

 

 人のために料理をするのはいつ以来だろうか。

 ヒメの家にお世話になってからは調理した覚えがほとんどない。

 

「……メニューは肉じゃがでいいか。面倒だから手軽な方がいい」

 

「いいよ。肉じゃがも好きだ。味は濃いめで頼む。あと、里芋の煮物を作ってくれ」

 

「里芋が好物なのか?意外と古風と言うか、じじくさい」

 

「うるせー、自分でも分かってるから、余計なことは言わなくていいよ」

 

 里芋の煮物か……あとは適当に得意料理でも作ればいいだろう。

 

「材料費はもちろん、お前持ちだな?私は出さないぞ」

 

「あぁ。予算はこれだけで適当にお願いする」

 

「ふむ……これだけあれば十分だな。まぁ、たまには作ってやるのもいいだろう」

 

 ここ最近、余計なおせっかいながらも私に介入してくる柊元雪。

 別に恩など感じていないが、ここで借りは返すか。

 

「和歌も昔から唯羽に料理を教えてもらっていたそうだ。そんなに唯羽は料理が上手らしいが、どこで覚えてんだ?」

 

「……ほぼ独学だ。小さな頃から料理の本を読むのが好きで作っていた。それにうちは共働き似たようなものだ。私が妹達の食事を作っていたのだよ」

 

 私の両親は和歌の家族のように規模は小さいが神社の神主をしている。

 だが、ほぼ共働きに近いために小さな頃から妹達の面倒は私がしてきた。

 必然的に料理をするのも私の役目になっていた。

 

「へぇ、そうなのか。それじゃ、妹たちはどうしているんだ?」

 

「……今は自分達で作ってるよ。もう、放っておいても良い年齢ではあるし」

 

 私がいなくても、彼女達だけでも家のことは大丈夫な年齢だ。

 

「ちなみに唯羽の妹の年齢って?」

 

「真ん中の妹が中学2年生、下の妹が小学3年生。どちらも姉を敬う事を知らない、生意気な妹達だ。本当に可愛げがない」

 

「それは姉が尊敬できる人物ではないからでは?」

 

「失礼だな。これでも、昔は妹達から尊敬のまなざしで見られていたのだよ。ただ、優秀すぎる姉として振る舞っていたゆえに、やがて、妹たちとも壁は作ってしまっていたが……」

 

「優秀って自分で言うか?そして、今は堕落した意味で嫌われているか。ダメじゃん。唯羽も自分で望んでるとは言え、転落人生を送ってるしな。もったいない」

 

 本当に人間関係とは難しい。

 私は別に妹達を嫌っていないのだが、うまくいかないものだ。

 家族ですら溝を深めるばかりで、近づけないのだから。

 

「なんていうか、唯羽って不器用だな」

 

「柊元雪に言われるとは……なんとも嘆かわしい」

 

 彼にまで同情されると泣きたくなる。

 

「そこまでショック受けるなよ。俺も悲しくなるわ」

 

 私が落ち込んだ素振りを見せると彼は苦笑い気味に言った。

 

「……柊元雪には兄弟がいるのか?」

 

「いるよ。歳の離れた兄貴がひとり。兄弟仲も良いし、兄嫁とも仲良くやれてる」

 

 兄か姉、私にも頼れる年上の相手がいれば少しは変わっていたと思う。

 私の性格のようなタイプは姉に向いていない。

 適当に材料を買いそろえると私たちはそのまま柊元雪の家に行く事にした。

 

 

 

 

「柊元雪……家族は誰もいないのか?」

 

 思ったよりも彼の家は広い上に、キッチンスペースも大きく使いやすそうだ。

 

「兄夫婦はデートに出て行った。両親も日帰り温泉旅行にでかけてるのだ」

 

「……それで、私に昼食を作らせようとしていたのか」

 

「正解。キッチンや冷蔵庫にある物は適当につかっていいよ」

 

 私はキッチン周りの確認をする。

 圧力鍋まであるうえに、特に必要なものでないモノはないので、困る事もない。

 

「今から料理をつくる。作ってる間は決して、こちらを見るな」

 

「お前はどこの鶴の恩返しだ」

 

「人の視線が気になるだけだ。不味い料理にされたくないなら大人しくしておけ」

 

 柊元雪がリビングでくつろいでるのを確認してから私は料理を始める。

 基本的に自分のために料理をすることはない。

 

「……まぁ、誰かのために作ってあげるのは嫌いではないけどな」

 

 私は包丁をとりだして、野菜を切り始めた。

 料理は趣味みたいなものだから得意な方だ。

 やがて、出来上がった料理を並べると柊元雪は感嘆の声をあげる。

 

「おー、すごい。ホントに美味しそうだ」

 

 今日のメニューは肉じゃがに里芋の煮物、それに山芋の鉄板焼きにお味噌汁。

 昼食としては十分だろう。

 

「いただきます」

 

 彼はまず、里芋の煮物を食べ始める。

 美味しいことは美味しいが、これが好物の男は今時あまりいない気がする。

 

「……どうだ?」

 

 一口食べた柊元雪は何とも言えない顔をしていた。

 マズイと言われるようなものを作った覚えはない。

 さすがに料理の腕もそこまではなまっていないはずだ。

 

「うぐっ、美味い、美味すぎる事に驚きだ。本気で驚きました。ここまで美味しい煮物が作れるって……。どうしよう、和歌の手料理の味を超えてる事を認めると浮気になったりしないだろうか?」

 

「しないだろう。それにヒメは私の弟子みたいなものだ。美味しいなら素直に言え」

 

「美味しいです、美味しすぎるよ。唯羽ってネトゲをしてなかったら実はかなり良い女じゃないだろうか?」

 

「料理一つで私の評価を変えすぎだ。あと、私からネトゲを取るな」

 

 まぁ、美味しいと言われるのは嬉しい事ではあるが。

 美味しそうに柊元雪は料理を食べていく。

 

「こっちの味噌汁も美味しい。これはなんだ?お好み焼き風?」

 

「それは山芋の鉄板焼きだ」

 

「おおっ、これも美味だ。中にも小さな山芋が入っていて触感が良い。お好み焼きみたいで味も抜群だし」

 

 作った料理を美味しく食べてもらえるのは、何だか照れくさくなるな。

 それは過去の妹達の反応を思い出す。

 

『――お姉ちゃんは性格悪いけど、料理だけは美味しいよねー』

 

 小さな頃のあの子達のために料理を覚えたのも事実ではあるが。

 自分で作った料理を私も食べてみる。

 ん……美味しい、料理の腕前が劣っている事はないようだ。

 

「唯羽も自分で作った料理を食べていれば、栄養もあるし、痩せたりもしないだろうに」

 

「基本的に自分のために作るのは面倒だからな」

 

「そこが問題だ。こんなに美味いのに……。なぁ、唯羽。また作ってくれよ」

 

「……調子に乗るな。そんなセリフを私にはくと、恋人のヒメが拗ねるぞ」

 

 だが、柊元雪からそう言われて嫌な気分ではない。

 普段はあまり笑わない私の口元に自然と笑みが浮かんでいた――。

 

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