第34章:呪いと魂の色
【SIDE:柊元雪】
唯羽の涙、そして寝言ながらも呟いた一言。
『私は……影綱様を……』
夢とはいえ、彼女と影綱を結びつけさせるものはないはずだ。
それとも俺がら知らないだけで何かあるのだろうか。
恋月桜花に隠された真実とは一体――?
シャワーを浴び終わった唯羽はカロリーメ●トをかじりながらネトゲをしようとする。
もはや、どこから突っ込むべきか悩むわ。
「唯羽。いろんな意味でお前はダメすぎる」
「んぅ、カ●リーメイトのことか?私はチーズ味が苦手だ。好きなのはチョコ味だな」
「知るか。ちゃんとした飯を食え。あと、ネトゲしすぎ」
そんなものばかり食べているから、唯羽は痩せているのだ。
唯羽には健全な生活を送ってもらう。
「よし、決めたぞ。唯羽、明日の土曜日は俺が一日付き合ってやる」
「断る。何でせっかくの休日をお前と過ごさなければいけないんだ」
「今のお前に休日と言う概念があった方が驚きだ」
なんだかんだと文句を言う唯羽。
このままじゃダメなんだ。
「柊元雪……お前はおせっかいすぎる」
「分かってるさ。それでも、少しでも健全な生活をだなぁ」
「健全と言うが、何を持って健全と言うのか言ってみろ」
「毎日、普通に学校に行くことだろ。朝に起きて、夜に寝る。3食しっかりと食べる」
俺の言葉に唯羽は耳をふさいで抵抗する。
「やーめーろー。お前は私の妹たちか。人の顔を見るたびに文句ばかり言う。やれ、不健康だ、やれ、ネトゲをやめろだ。余計な御世話だ、うるさいと言いたくなる」
妹たちと仲が悪い理由はそういうことかよ。
お姉ちゃんとして恥ずかしくないのか。
「自覚があるなら直せっての。唯羽、俺もお前の事を心配してるんだぞ」
「……ただ、ヒメとの約束があるから頑張ってるだけだろう」
「それもあるが、俺自身もお前を心配してる」
痩せ細った身体、あまり顔色も良くないし、肌も白すぎる。
不健康の固まりとも言える、いつか本格的に身体を壊してしまうだろう。
唯羽のためにも、せめてネトゲからの脱却をさせよう。
「私はいらないおせっかいされるのは嫌いだ」
「……そうか。分かった」
「分かってくれたか?」
「明日は俺と出かけるために、今日は早く寝ろ。いいな?」
「なっ!?柊元雪、全然、分かってないじゃないか!」
強引な話の持っていき方ながら、彼女は困った表情を見せている。
……案外、根は素直な奴かもしれない。
「もういい、私はネトゲをする。その邪魔をするな」
唯羽は嘆きながら、パソコンの方へと向かう。
「待てい。今日からネトゲ禁止だ!」
「はぁ。柊元雪、あまり私を怒らせると……本気で呪うぞ」
「うぐっ。び、びびらないからな。呪えるものなら呪って見せろ!」
いくら唯羽が霊感持ちの電波系美少女でも呪いなどできるはずがない。
ここで引くわけにはいかないのだ。
黙りながら、にらみ合う両者。
根負けした方が敗者だ、俺は負けない。
「そうか。残念だよ、柊元雪……呪いなんて手段は取りたくなかったんだがな」
「ほ、ほぅ。呪い発動か。できるものなら、してみろ!俺は逃げも隠れもしないが、痛いのだけは勘弁な」
「痛いのが望みか。それならば心配ない、この呪いは精神的にも肉体的にも痛みを伴うものだ」
不気味に微笑む唯羽、どうやら本気で俺を呪うらしい。
どうなる、俺!?
ぐいっと唯羽は俺との距離を縮める。
冷たい表情に見つめられて身動きできない俺。
「……ちゅっ」
そして、唯羽はためらうことなく俺の頬に唇を触れされた。
柔らかな唇の感触にドキッとする。
「な、なぁっ、何をするっ!?」
思いもしない行動にあ然としてしまう。
そして、カシャっという何かの音がする。
いきなり頬にキスをしてきた唯羽は満足げに言った。
「……呪い完了。柊元雪。自分の行いと発言を悔いる覚悟はできているのか?」
「い、今のキスは、何しやがったのですか?」
「ふふっ。呪いと言うのはな、悪意を持った災厄だ。もはや、逃げる事はできない」
彼女の手に握られていたのは携帯電話だった。
……すみません、意味が分かりません。
頬にキスされた理由も分からず、呆然と立ち尽くす俺。
やがて、唯羽の呪いの意味を知る。
「――元雪様っ!!」
いきなり、唯羽の部屋の扉を開けてすごい勢いで和歌が部屋に入ってきた。
その表情はかなりご機嫌ななめ。
「……はい?」
「ひどいじゃないですか!こんなの、あまりにもひどい……許しません」
「え?ちょ、ちょっと待って。和歌?」
理解不能の俺をよそに和歌は何やらかなり不機嫌な様子。
彼女は頬を膨らませながら俺を責める。
「大丈夫ですか、お姉様。ひどい……唯羽お姉様を襲うなんて、ひどすぎます!」
「……え?」
彼女が俺に見せつけたのは自分の携帯電話だった。
そこには俺が襲っている(ように見える)唯羽がキスをした写真が……。
先程のカシャって言う音は携帯のカメラの撮影音、そして唯羽はそれを和歌に転送したということらしい。
……って、えぇええ!?
「呪いって、これかよ!?」
「……何が呪いですか。誤魔化さないでください。元雪様!!」
「ち、違う、和歌、誤解なんだ。話せば分かる」
「ぐすっ……元雪様は女の子なら誰でもいいんですか?」
和歌の嫉妬しやすさは想いが強いだけ、本気で怖いっす。
そして、人の話を聞いてくれない。
「和歌。落ち着け。これは罠だ、勘違いしてはいけな……う、うぎゃーっ!?」
思いっきり俺の頬を打つ平手。
和歌の怒りの一撃。
俺は女の子の怒りをもろにぶつけられるのだった。
そんな俺と和歌のやり取りをにやりと口元に笑みを浮かべてみている、唯羽がいた。
ちくしょう、覚えておけよ……ま、待って、和歌、二度目は……ぐぁー!?
十数分が経過して、俺は痛む頬を押さえてリビングに撤退していた。
俺は和歌に膝枕されて、氷で頬を冷やしていた。
「う、うぅ……痛いよぉ」
「ご、ごめんなさい、元雪様。まだ痛みますか?」
「……和歌って、怒ると容赦ないんだよな」
「すみませんっ。まさかお姉様の悪戯だったなんて……」
シュンッとしてしまう和歌。
怒りの和歌に見事すぎる往復ビンタをされたのだ。
この子、怒ると怖い……俺、結婚しても怒らせないようにします。
和歌が誤解だと気付いてくれた時には俺は痛みに倒れていた。
「私……元雪様を信じるって決めたのに。それなのに、こんなことを……」
「あー、勘違いさせるような事をさせた唯羽が悪いんだ。だから、和歌は悪くない」
「元雪様……それでも、私は……信じているなんて口だけで……自分が情けないです」
涙ぐんだ和歌を見ていたら責められるはずもなく。
そもそも、頬にキスしたような写真を送った唯羽が悪い。
その諸悪の根源、呪いを発動した唯羽は楽しそうに部屋でネトゲをしている。
『邪魔者はさった。私の呪いは少しばかり痛いだろ?』
くっ、唯羽め……自らの唇を使い、こんなひどい目にあわせるとは……。
「唯羽も唯羽だ。乙女の唇をあんなに簡単に使うとは……」
「お姉様にキスされて、ちょっと良い思いをしたとか思いました?」
「いえ、思いませんでした。だからね、和歌?俺の頬に爪を食いこませるのはやめて!?」
嫉妬した和歌が怖すぎる。
普段は従順で大人しいだけあって……大和撫子を怒らせてはいけない。
俺は和歌の太ももの感触を味わいながら、
「唯羽ってホントに呪いとか使えるのか?俺はこれを呪いだとは認めないが」
「さぁ?でも、呪術に似たことはできるかもしれません。お姉様は魂の色を見る事ができます。それは相手の苦手とすることも分かるみたいですし」
「なるほどね。そういや、和歌の魂の色って何色なんだ?」
唯羽と付き合いがないのなら色くらいは聞いたことがあるだろう。
「私ですか?私はピンク色だって言われた事があります」
「ピンク……?」
「はい。薄桃色のオーラは愛を表しているそうです。お姉様には『ヒメは愛に溢れているね』と言われました。元雪様は何色だって言われたんですか?」
忘れもしない、初めてあった頃に知った衝撃の事実。
俺の魂の色はダンゴムシ色、訂正、灰色だということを。
「……どす黒い灰色らしい」
「は、灰色?お姉様がそう言ったんですか?」
「あぁ。どんよりとした曇り空のような灰色だとさ」
それにどんな意味があるのか知らないが、灰色という中途半端な色だからな。
「ちなみに唯羽自体は何色とか分かるのかな?」
「……お姉様は自らの色は見えないそうです」
そういうものなのか。
本当に唯羽って不思議な奴だよな。
「元雪様、唯羽お姉様は手ごわいでしょう?」
「……だが、諦めんぞ。プロジェクトDもそろそろ佳境だ、俺に任せてくれ」
こんなことくらいで凹む俺ではない。
唯羽も自分の行いがよくない事は理解している。
あとはきっかけさえ与えれば脱却できると思うのだ。
そのきっかけ作りが大変なんだけどな……。




