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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~
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第33章:涙のあと

【SIDE:柊元雪】


 唯羽いわく、俺の前世は“恋月桜花”と言う伝承に出てくる影綱らしい。

 そして、和歌の前世は影綱と悲恋の運命に引き裂かれた紫姫だと言うのだ。

 信じるか信じないかは俺次第。

 だが、信じられるだけの理由はある気がした。

 俺の右肩にあるあざも、和歌が椎名神社に固執する理由も。

 それぞれが一目惚れという強い何かに惹きつけられたことも。

 ……特別な縁があるとしか思えない。

 

「和歌、これに恋月桜花の詳しいお話がのってるのか?」

 

「はい。椎名神社についてのパンフレットです」

 

 学校が終わると俺は和歌と一緒に神社の方にいた。

 平日だというのに、人の賑わいがある神社。

 縁結びの神社はだてじゃない。

 俺は社務所の横に置かれていたパンフレットを読むことにした。

 そこには恋月桜花についての話ものっており、詳しく知りたくなったのだ。

 だが、パンフレットには和歌の話してくれた以上の事はのっていない。

 

「恋月桜花。それは戦国乱世が引き裂いた悲しい恋の物語、か」

 

「元雪様は恋月桜花に興味があるんですか?」

 

「ちょっとね。それにいずれはこの神社を継ぐんだからよく知っておかないと」

 

 和歌は互いの前世が影綱と紫姫だと知ったら驚くだろうか。

 それとも信じてくれないかもしれない。

 結局、確たる証拠がないのだから信じるのは気持ち次第なんだよな。

 

「紫姫は元々、この地を支配していた大名の娘だったんだよな」

 

「はい。それゆえに、この椎名神社を大きな神社にするだけの力もあったんだと思います。影綱様と紫姫様が出会わなければ、椎名神社は今の姿ではなかったかもしれません」

 

「……影綱っていう武将については詳しく分からないのか?」

 

「敵国の武将、と言う事以外にはこの神社では分かってませんね。古い文献を調べれば出てくるとは思いますけども。当時も、敵国の武将と恋をした紫姫様を責める声も当然にあったそうです」

 

「そりゃ、そうだろうな。自分を捕らえていた男と恋をしたうえに、その死を悲しんで、こんな神社を建立するくらいだ。反対の声があってもおかしくない」

 

 だが、それらの声を無視してまで紫姫には権力があったのだろう。

 そして、影綱に対する強い想いも……。

 

「その後、紫姫はどうなったんだ?別の男性に嫁いだのか?」

 

「いえ、それが……数年後に流行の病で亡くなったそうです。最後まで影綱様を想っていたそうですよ」

 

「そうか。何とも言えないな」

 

「ですが、紫姫様の亡き後も彼女の意思を尊重して、この神社が潰されることはありませんでした。敵国の武将を想う姫君が建立した神社。時代的な背景を考えれば、潰されなかったのは寛大な処置です。そして、椎名神社は縁結びの神様を祀り、今日まで続いています」

 

 影綱も紫姫に幸せに生きて欲しいと願ったはずだ。

 彼女にとっての恋はその3日だけの影綱とのひと時だけだったのか。

 

「……和歌は紫姫のお話が好きなんだろう?」

 

「はいっ。小さな頃から聞いてるお話ですから」

 

 唯羽からは前世の話を聞いてない様子。

 もちろん、彼女の話が本当かどうかは分からない。

 それでも、紫姫の魂が和歌に引き継がれているって言えば……和歌は喜ぶんじゃないだろうか。

 

「さぁて、今日もプロジェクトDを始めますか」

 

「頑張ってくださいね」

 

 和歌にも応援されて、唯羽の脱ひきこもりを何としても実行する。

 あんなに痩せ細り、身体に悪影響が出ているのを見てしまったら、心配にもなる。

 和歌が心配する意味をようやく理解した。

 

「あら、元雪君。今日も唯羽のためにきてくれたの?」

 

 和歌と別れてすぐ廊下で会ったのは小百合さんだ。

 相変わらずお綺麗な人です。

 

「はい。俺としてもアイツをなんとかしてやりたいので」

 

「学校からも言われているの。来週までに来ないと、留年してしまうかもしれないって。あの子の家族の話は聞いてる?」

 

「実家とは仲があまり良くないとは聞いてます」

 

 唯羽は小百合さんのお姉さんの子供らしい。

 

「姉も心配していたわ。あの子には2人の妹がいるんだけど、姉妹とも関係があまりよくないみたい。昔は唯羽もしっかりとしたすごい子だったから自慢のお姉ちゃんだって妹達も言っていたのにね。ホントに唯羽は変わってしまったわ」

 

「……実家を追い出されたのって言う話はどうなんですか?」

 

「それは違うわ。唯羽が家出してきたの。ネット回線を切られて、ネットゲームができないからここに居させて欲しいって」

 

 本当にダメダメな子だな、唯羽は……ダメ過ぎる。

 

「でも……今にして思えば、あの子にも悩みがあったのかもしれないわ」

 

「悩みですか?」

 

「えぇ。ゲームに依存する前の唯羽はスポーツにも熱中していたし、和歌とも本物の姉妹のように仲が良くてね。それが、今ではあんな感じでしょ。何が彼女を変えてしまったのか私には分からないわ」

 

 いやいや、俺の想像では単純にネトゲという存在が唯羽に悪影響を与えただけな気がする。

 もちろん、きっかけとして、ひきこもりになる理由があったかもしれないが。

 

「……あの、唯羽はホントに魂の色が見えるんでしょうか?」

 

 俺の質問に小百合さんはあっさりと認める。

 

「見えるわよ?あの子の母である、私の姉も子供のころは見えてたみたい」

 

「……マジなんですか?」

 

「あっ、そうか。元雪君にはいってなかったわね。私の方の実家も代々、神職に関わる一族なの。ここから少し離れた場所にある神社をしているわ。ここほどは大きくないけど」

 

「小百合さんも巫女さんだって言ってましたからね」

 

 と言うことは、血筋的にも本当に唯羽には力があり、その力で苦しんだ過去もあるわけか。

 とりあえずは今はネトゲをやめさせる事に専念しよう。

 

 

 

 

 ここに来るのは数回目、今日こそはと意気込んで、俺は唯羽の部屋に入ろうとノックをする。

 

「唯羽、俺だ。入るぞ?」

 

 だが、いつもなら面倒くさそうな声で聞こえる返事がない。

 

「唯羽?いないのか?」

 

 また寝起きのシャワーか、それとも遅すぎる昼食か。

 それとも、ネトゲに集中しすぎて気づいていないのか。

 

「……唯羽ぁ?」

 

 俺はゆっくりと扉をあけると、俺が片付けて多少はマシになった部屋がある。

 そして、布団にくるまるようにして唯羽がぐっすりと寝ていた。

 

「なんだ、まだ寝てるのかよ。良い御身分だな」

 

「すぅ……」

 

 心地良さそうな寝息を立てる唯羽。

 普段の生意気な態度もなりをひそめ、寝ている時は美少女そのものだ。

 

「……窓でもあけるか」

 

 寝かせておくしかないので、適当に窓を開ける。

 そっと風が吹き込んでくる。

 

「部屋でも掃除しよう」

 

 自分の部屋もろくに掃除しない俺が他人の部屋を掃除してやるとは……。

 それほどまでに汚いのだから仕方ない。

 

「ん、これはなんだ?」

 

 お菓子のゴミを片付けてると、赤と白の紐に鈴がついたものが出てくる。

 大事にしているのか、その周囲だけは綺麗にされている。

 

「鈴か?何の鈴だろう?」

 

 やけに古い鈴を俺はチリンっと鳴らしてみる。

 ……そういや、前に唯羽に助けられた時にも鈴の音が聞こえた気がする。

 唯羽と鈴、その関係は一体何なのか。

 だが、俺はそれを探る前に唯羽の異変に気付いた。

 心地よさそうに寝ていた、その寝顔がやがて苦しそうになる。

 

「……唯羽?」

 

 悪い夢でも見ているのか。

 顔色も悪く、ひたいには汗があふれ、息も苦しそうにしている。

 

「……どうして……貴方が、私を……」

 

 寝言なのか、苦しそうに呟く唯羽。

 俺は心配になり近づくと彼女は苦しそうな顔を見せる。

 

「――私を、捨てないで……ぁっ、ひとりはいや……」

 

 捨てる、ひとりにしないで?

 一体、唯羽は何の夢を見ているんだ?

 

「――私は……“影綱”様をっ……」

 

 その言葉に思わず、ゾクッとする。

 唯羽の口から聞こえたのは影綱と言う名前。

 なぜ、彼女が影綱の夢を見ているのか。

 

「唯羽、おい、大丈夫か……?」

 

 俺は肩を揺らすと、唯羽はゆっくりと目を覚ませる。

 その瞳には涙があふれて、頬を伝う。

 あの唯羽が泣いてる?

 

「……唯羽?」

 

「ふわぁ、なんだ?柊元雪、女性の寝込みでも襲いにきたか。言っておくが、私の身体にそんな価値はないと思うが。スタイルにだけは自信がないのでな」

 

「違うわっ。お前、何か悪夢でも見てたのか?泣いてたぞ」

 

 いつものように茶化す唯羽だが、涙はこぼれたままだ。

 俺はティッシュを取って、彼女に差し出す。

 

「涙?……本当だな。どうして?」

 

「俺が知るか。何の夢を見ていたんだ?」

  

「……分からない。ただ、悲しい夢をみていた気がする。夢を見るほど、ぐっすり寝たのは久しぶりだ」

 

 唯羽は涙をぬぐうと、落ち着きを取り戻していた。

 涙のあと。

 誰でも悪夢は見る事がある。

 だが、その時の唯羽の様子は今までとどこか違う気がした。

 

「寝汗をかいたからシャワーを浴びてくる。覗くなよ、柊元雪」

 

「のぞきません。この前のは事故だ、忘れてくれ」

 

「……たまには昔のように一緒にお風呂にでも入るか?」

 

「え、遠慮させてもらう。そっちも忘れてくれ」

 

 だが、部屋を出ていく唯羽の背中はいつもよりも小さく見えたんだ――。

 

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