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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~
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第32章:記憶の邂逅

【SIDE:柊元雪】


 プロジェクトD、『ダメな唯羽をマジでどうにかしよう』作戦。

 俺は唯羽には普通の生活を送って欲しい。

 それは和歌の願いでもあり、俺の願いでもあった。

 唯羽の部屋で説得を続けて30分が経過した。

 

「よしっ。久々に良いアイテムをゲット。これでドラゴンの卵が生まれる」

 

「……あのさぁ、唯羽。俺を無視するのはやめようぜ」

 

「んー。まだそこにいたのか、柊元雪……?」

 

「――素で忘れられた!?」

 

 俺は悲しくなりながら、部屋を片付け始める事にする。

 とりあえずは換気のために窓をあけて、部屋のごみを袋に入れていく。

 

「ホントに汚いなぁ。俺の部屋より汚いぞ」

 

「汚くない。3ヶ月前よりはまだ綺麗な方だ」

 

「その3ヵ月前がよほど汚すぎたんだろうな。お前の感覚はマヒしてる」

 

「……女の子の部屋を汚いとか言うな。私のか弱い心が傷つくじゃないか」

 

 嘘つけ、どこがか弱いのか教えてくれよ。

 

「それに汚いと言っても、一人暮らしの女の子の部屋はこんなものだ」

 

「そうだとしたら俺の幻想をマジでぶち壊されるわ」

 

「幻想なんて抱かない方がいいぞ。男も女も、しょせんは……」

 

「だぁ!そんなことはいい。唯羽、論点をすり替えるな」

 

 唯羽を相手にするのは、うちの親父並に精神力を必要とする。

 俺はゴミ袋がいっぱいになったので袋をしばり、廊下に置いておく。

 ホントにどれだけゴミがあるのやら……今日はこの辺にしておこう。

 

「よし、唯羽。たまには気分転換に外にでないか?」

 

「この大雨の中をか?ひとりで行け、止めはしない」

 

「そうだった……雨のバカ野郎」

 

 空気読んで晴れておけよ、ちくしょうめ。

 口のうまい唯羽が手ごわ過ぎて、戦うのが辛いです。

 

「……そうだ、唯羽。少し話を変えよう。俺の事について聞いても良いか」

 

 忘れていたが、唯羽には聞きたい事もあったのだ。

 俺が椎名神社で経験した不可思議な出来事。

 あの時の事をちゃんと聞いておきたかった。

 

「お前は俺がひかれていたと言っていたな」

 

「……引かれる、文字どおりの意味だよ。強い何かに引っ張られていた。私がお前を見つけた時、人ならざる何かに連れていかれているように見えた」

 

「マジで、そんなことってありうるのか」

 

「柊元雪、お前自身が経験したことを疑うのか?」

 

 幻覚を見ていた事はあまり記憶もない。

 

「……俺はいまだに信じられないだけだ」

 

「別に信じなくても良い。ただ、私がいなけれれば……今頃、お前はあの場所で冷たい身体になっていたかもしれないが」

 

「マジで?そんなに危険な状況だったのかよ」

 

 死の一歩手前とか笑えないんですけど。

  

「えっと、子供の頃に石碑に悪戯をしたせいとか?」

 

「ふっ……そんなに可愛いモノじゃない」

 

 あっさりと否定して唯羽は鼻で笑った。

 鼻で笑う事に定評のある唯羽さんです、マジでムカつくのでやめて。

 

「柊元雪。お前には前世の記憶があるか」

 

「また変な事を言う。そんなものはない」

 

「……さすがにダンゴムシの頃の記憶はないか」

 

「だから、本気で怒るぞ!」

 

 俺は唯羽の肩を掴むと、すごく細い事に気付く。

 そういや、風呂場で目撃した時もスレンダーと言うより、かなり痩せ細かった気がした。

 

「……唯羽、お前、細すぎないか」

 

「別にいいだろう。太った女の方が好みなのか」

 

「茶化すな。そりゃ、こんな生活していればこうなるわな」

 

「うるさい。私の事は放っておけ。……今はお前の話だろ」

 

 無理に話題を戻そうとする唯羽。

 痩せ細るほどにネトゲ三昧とは……どうかしてる。

 本気でこいつをどうにかしてやりたいと俺は思った。

 

「で、ダンゴムシの時の記憶はないと」

 

「そこに戻すなよ!?そんな記憶ねぇよ!前世っていうのを俺はそもそも信じてない」

 

「……ほぅ。前にヒメと一緒にいた時は恋月桜花の影綱は俺だと言っていたじゃないか。柊元雪の前世は影綱、ヒメは紫姫。そんな幻想を思い描いてたわりによく言う」

 

「うぐっ。なぜ、それを知っている?」

 

 まさか、唯羽め、あの時の事を見ていたのか。

 俺と和歌が喧嘩してしまったあの日の夜。

 俺たちは恋月桜花のお話のように恋をしたいと思った。

 和歌が望むように俺は答えただけにすぎない。

 

「この際だ、お前にいい情報を与えてあげよう」

 

「前世がダンゴムシのネタはやめろよ?」

 

「冗談だ。前世論って言うのは、人の魂は繰り返し、人に宿るものとされている。人ではないものに、人の魂は入らない」

 

 前世とか来世とか、俺は特に信じていない。

 そう言う世界があるのかもしれない、とは思うけどな。

 だが、唯羽は衝撃的な事を口走る。

 

「――はっきり言おう。お前の前世は……本当に影綱なんだよ、柊元雪」

 

 全身を駆け抜ける衝撃。

 唖然とする俺は静まり返り、ピコピコとゲームのBGMだけが鳴り響く。

 

「……いつもの冗談だよな?」

 

「いや、今度は本気だ。そして私がなぜ椎名和歌をヒメと呼ぶのか気になっていただろう。その理由は単純だ。彼女こそが、紫姫の生まれ変わりなのだよ」

 

「な、ナンデスト!?」

 

 あまりにもあっさりと衝撃の事実を告げられて戸惑う。

 俺が影綱で、和歌が紫姫だって?

 ははっ、そんなこと……ありえないだろ?

 

「柊元雪、10年前に私とお前はこの椎名神社で会っている。その記憶はないか?」

 

「……うっすらとなら。それが唯羽だとは確信がないが」

 

「当時、私は2人目の妹が生まれるので、ヒメの家に預けられていた。10年前の春、わずか数日程度だったが、お前とこの椎名神社で遊んだことがある」

 

「えっと、そうなのか?」

 

 その頃に和歌と唯羽に会ったのか。

 俺はわずかに残る記憶をたどる。

 

「そうだ、確か占いが得意な女の子がいた気がする。それが唯羽か?」

 

「正解だ。少しは覚えているようだな」

 

「……唯羽は前世とか分かっちゃったりするのか?」

 

「ヒメの場合はすぐに分かったよ。彼女の中には強い魂がある。紫姫の転生で間違いない。『恋月桜花』という伝承を好むのも、この神社を大切に思う気持ち、その根本は前世の強い想いによるところが大きい。ヒメに自覚はないけどね」

 

 和歌が紫姫だと言うのは別段、信じられない話ではない。

 親の小百合さんですらも驚くほどに、和歌はこの神社に異常に固執している。

 その理由が前世と繋がっているのだとしたら?

 恋月桜花、紫姫、椎名神社……繋がる何かが和歌を突き動かしているのではないか。

 

「和歌の事は分かった。でも、俺が影綱って本当か?」

 

「本当だよ。それは10年前に確認済みだ。お前が今になってなぜ、この椎名神社に惹かれたのか。その理由はさだかではない。多分、と思うことはあるがまだ確証がないのだ。その話はおいといて、お前の前世が影綱であると言う証拠はある」

 

「……どこに?」

 

「柊元雪、お前の右肩には“あざ”があるだろう。まるで弓の矢に射られ刺さった傷のような“あざ”がな。生まれ付いたそのあざが分かりやすい証拠だ。前世の因果がそういうものをつける場合がある」

 

「えっ、あれか?あるにはあるが、それだけで前世って言えるのか?」

 

 そんなもの、偶然だと言われたらそれまでだ。

 

「この場所に引かれた時に、あざが痛まなかったか?」

 

「そういや、和歌に影綱が致命傷を負った時の矢って言うのを見せてもらったことがある。その時に妙に肩に違和感があった気がする。痛むと言うか、火傷みたいな感じだった」

 

「……魂が覚えているんだよ。自分を殺した矢のことをな」

 

 信じられない話に俺は身体がゾクッとする。

 ただの偶然、ありえない妄想だと笑うことは誰にでもできる。

 だが、それを信じてみるのは、どうだろうか?

 

「俺が影綱だとしたら、和歌に出会い、惹かれたのも偶然じゃない?」

 

「偶然なんて言葉はこの世にはない。あるのは必然、ただ一つだけの道だ」

 

 唯羽はそうはっきりと言い放つと、ネトゲをする手を止めた。

 こちらにゆっくりと振り向くと不敵な笑みを見せる。

 

「柊元雪、お前は影綱だと言われてどう思う?まだダンゴムシの方がマシだったか?」

 

「さすがにダンゴムシよりマシな前世だと思うぞ」

 

「……私はこの話をお前にはしたくなかった。それが分かるか?」

 

 唯羽にしては珍しく弱気な物言いをする。

 

「全然、分からん」

 

「だろうな。だが、あえて今は語るまい。これだけは覚えておけ。お前は影綱で、ヒメが紫姫だとしても、それは過去の話だ。輪廻転生、めぐりめぐって今世で再会したふたりが恋をしたことに意味はある。だが、それ以上の事を考えるな」

 

「それ以上って何だよ?」

 

 唯羽は俺に釘をさすように、しっかりとした言葉で言う。

 

「……お前たちはお前たちの恋をしている。その気持ちを見失うな、ということだ」

 

 その警告の意味を俺が理解するのはまだまだ先の話になる――。

 

「そういや、なんで俺の右肩にあざがあるのを知ってるんだ?」

 

「んっ……それか。それは10年前にお前と一緒にお風呂にはいった事があるのだ。裸の付き合いというやつだな。その時に私はあざを見つけ、お前が影綱の魂を受け継いでるのではないかと気づいたのだ」

 

「ま、待て……え?マジで?俺にそんな記憶はございませんよ?」

 

 目の前にいる唯羽と、そんなイベントを体験した記憶がない。

 

「そうだ、あの時の事を思い出した。あの頃の柊元雪は子供のくせにエッチでな。私の身体に興味本位でベタベタ触ってきたのだよ。まったく、いやらしい……」

 

「そ、そんなバカな……この紳士である俺がそんなことをするはずがない」

 

「やれやれ。一緒にお風呂に入った記憶がないと言って誤魔化すのか。幼い頃とはいえ、柊元雪に身体を弄ばれたあの記憶を涙を飲んで我慢しろ、と?か弱き乙女を弄び、泣き寝入りさせるとはお前もひどいやつだな」

 

「――そ、それは何かの間違いだ、違うんだよ。俺はしてない~っ!?」

 

 結局、そのまま唯羽にからかわれ続けることになるのだった。

 それにしても、俺の前世はホントに影綱なんだろうか。

 和歌が紫姫で、その縁が今の俺たちの関係に影響していると言うのか?

 さらに、10年前に唯羽と会っていたとは……。

 うぅ、一緒にお風呂に入って色々としてしまったのはホントなのか。

 ただ、昔の話をする唯羽は普段よりも楽しそうに見えたのは気のせいじゃない気がした。

 

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