第31章:プロジェクトD
【SIDE:柊元雪】
和歌の従姉、唯羽の正体を知った俺は衝撃を受けていた。
魂が見えるゆえの孤独、それに同情していた矢先。
あの子のダメっぷりをみせつけられた。
ネトゲ三昧で引きこもり。
俺は別にネトゲが悪いとは言わない。
だが、学校にも行かずにやるということは限度を決めろと言いたい。
実の両親からも呆れられ、和歌も不健康な生活に心配する毎日。
俺はそんなダメっぷりの唯羽をどうにかしようと考えていた。
別に……前世がダンゴムシと言われた事に怒ってるからじゃない。
ダンゴムシ……この俺が……?
はっ、いかん……ここは冷静にならないとな。
私怨もあるが、アイツにはまともな生活を送って欲しいとも思うのだ。
俺は唯羽には助けられた借りがある、その借りをここで返しておきたい。
「それを本人が望んでいないのが問題か」
翌日、俺は朝から降り続く雨にうんざりしながら窓の外を眺めていた。
学校に登校して教室の自分の隣の席を見るも、当然いない。
不登校を続けている唯羽、その理由が病弱ではなくネトゲがしたいからだとは……。
「なんだ、今度は何か悩みか?」
俺の態度が気になったのか黒沢が声をかけてきた。
「黒沢は確かネトゲに詳しかったよな」
「あぁ。なんだ、柊もゲームをする気になったのか?」
「逆だ。俺の知り合いにネトゲ三昧で引きこもり気味なやつがいてな。そいつをどうにかしてほしいと、家族から頼まれた」
「なるほどなぁ。ネトゲ廃人か……気をつけた方がいいぞ?」
黒沢は神妙な面持ちでそう告げる。
「どういうことだ?」
「いや、ネトゲで引きこもりってのは珍しくない。ネトゲは依存度が高いからさ。下手に手を打つと、とんでもないことになる事もある」
「おいおい、たかがゲームをやめさせるだけだぞ?」
俺はそれなりに気軽な気持ちでいたのだが、ネトゲ依存者は相当、大変らしい。
「……そこが問題だ。家族はやめさせるのを簡単だと思い込んでる。ネトゲの依存度にもよるだろうが、煙草やお酒みたいにやめさせるのが大変だってことだよ」
黒沢いわく、例えば、ネトゲをやめさせようとして、インターネットをできなくさせる、パソコンを取り上げるなどしたら、家を放火したという事件さえ起きたらしい。
もちろん、それがすべてのネトゲユーザーに当てはまるわけじゃない。
だが、ネトゲに依存する人間はそこのネトゲの世界を自分の世界だと思い込んでいる。
それゆえに、抜け出させるのは難しそうだ。
「事件を起こすってマジかよ」
「たまにテレビで報道される事件とかあるだろ。ネトゲごとき、とか言うけどさ。そいつらにとっては大事な世界だ。否定や下手に対処すると余計にこじれる」
「どうすればいいんだ?」
「そうだな。まぁ、難しいかもしれないが、ネトゲ以外の事に興味を持たせることが一番の方法だって言われている。普通なら飽きればネトゲをやめるが、大抵はヘビーユーザになると飽きることもないだろうし。そうするのが近道だろうな」
他の事に興味を持たせる、か。
今の唯羽の情報は少ない。
ここは本格的に行動してみる必要がありそうだ。
昼休憩、俺は屋上で和歌の手作りお弁当を食べながら至福のひと時を味わっていた。
口に広がる奥深い味わい、よく味が染み込んだ煮物ほど美味しいものはない。
「うまい、うますぎる……和歌。素晴らしい」
「ふふっ。元雪様は本当に和食がお好きなんですね」
「あぁ、好きだぞ。それに和歌の料理が好きと言う事もある。この煮物とか最高だ。相変わらず、和歌は料理が上手だな」
和歌を褒めると嬉しそうに笑みを見せる。
うちの恋人は可愛すぎる恋人です。
「と、そうだ。唯羽のことなんだが、俺なりに計画を考えてみた」
「作戦ですか?」
「その名もプロジェクトDだ」
なお、某有名な公道をレースする車の漫画とは一切関係ありません。
「元雪様、Dってなんですか?」
「……Dは『ダメな唯羽をマジでどうにかしよう』の略だ」
「うぅっ。唯羽お姉様がひどい言われようです」
「唯羽の事は甘やかしてはいけない。時には厳しくするのも大切だ」
……俺の前世をダンゴムシと言ったから許さん。
「それで、具体的にはどうするんですか?」
「それはな……これから考えるんだ」
……だって、俺は唯羽の事を電波系美少女と言うこと以外、何も知らないのだ。
まずは情報を得ることが大切だ。
俺は和歌に出来る限りの唯羽の情報を教えてもらうことにした。
「唯羽って何かできるのか?」
「えっと、その言い方には問題があるように思います。お姉様はああみえて本当はなんでもできる人なんですよ。お料理だって、私よりも上手なんです」
「嘘だ、ありえない!?だって、昨日だってカップラーメンを食べていたじゃないか」
「……自分のために作るのは面倒だそうです」
和歌の料理の腕前も相当だが、それ以上だと?
……ぜひ、今度、俺のために里芋の煮物を作ってください。
「私は趣味で生け花をしてるんです。お姉様は私と流派は違いますが、小さな頃から生け花をしていて、すごい才能があるって言われています」
「……ほ、他には?」
「あとは……お姉様はスポーツも万能で、運動神経がすごくいいんです。中学の頃はテニス部でしたが、個人レベルでは全国区だって言われてました。団体で全国制覇の経験もあります」
「ま、マジッすか。実はテニスのお姫様の経験もあったとか……今と比べるとどうにもならんな」
ホントに今の唯羽は残念な子だよな。
いろんな才能があるのに、もったいない。
「今のお姉様は全てを放棄してしまっているようにみえるんです」
「本人は楽しんでるから問題ないって言ってたぞ。適当に生きて、思う存分にネトゲ人生を送りたいんだとさ。やれやれだ」
「疲れてしまったのでしょうか。私なりに考えたんですけど、お姉様は基本的に優しすぎるくらいに優しい方なんです」
「待て、激しく待て。ホントに優しい人は『最凶』なんておみくじを渡しません」
そこだけは完全に否定させてもらおう。
和歌は苦笑いをしながら、昔の事を語る。
「お姉様の実家はあの神社からも近いので私たちは幼馴染のように仲が良かったんです。昔のお姉様は本当にすごい人でした。魂の色が見える、霊感がものすごくあって、他人の悩みとかもすぐに分かってしまうんです」
「あぁ。そのせいで孤独になったんだよな」
「……はい。それでも、昔のお姉様は他人から尊敬されていました。どんな人にも優しく接して、人の痛みを分かってあげようとする。悩みを抱えている人には適切なアドバイスを与え、物事を解決させる。そんな役回りに皆が望んでいたんです」
人は自分勝手だ。
勝手に期待を押し付けて、その期待が崩れた時にはあっさりと手のひらを返す。
唯羽はそう言う辛い想いをしたのではないか。
それが和歌の考えだった。
学校が終わると、俺は唯羽に会いに椎名神社を訪れる。
とりあえず、和歌には3日ほど、唯羽に専念させてもらえるように話をしておいた。
『元雪様と触れあえないのは寂しいですが、お姉様をよろしくお願いします』
和歌の協力も得て、俺はプロジェクトDを本格始動させる。
まずは本人の話を聞くのが一番だろう。
「……小百合さんかも頼まれてしまった」
唯羽の事は和歌経由で昨日のうちに和歌のお母さんである小百合さんにも伝わっていたらしく、家に行くとすぐに唯羽の事を頼まれた。
小百合さんも以前から、唯羽のことをどうにかしたいと考えていたらしい。
「さぁて、と。唯羽、いるか。入るぞ」
「……柊元雪か?」
俺は部屋にはいると相変わらず汚い部屋だ。
そして、唯羽は案の定、ネットゲームをしていた。
……寝転がってるせいで和服が乱れて、ちょっと色っぽいじゃないか。
「なぁ、唯羽。お前、ネトゲ以外の趣味はないのか?」
「……今はないな」
「中学の時にやってたテニスは?生け花も相当な腕前らしいな」
「テニスは全国大会を制覇して飽きた。生け花は母の影響でやってただけで、私自身が興味のあるものじゃない。他に趣味らしいものはないな。ヒメから聞いたのか?」
唯羽は基本的にネトゲ以外に興味があるものがないらしい。
「そうだ。唯羽、ネトゲをやめるという選択肢はないか」
「あるはずがない。まさか……柊元雪、私にネトゲをやめさせようとか、そんなおぞましい事を考えているのではないな」
「その通りだ。俺はお前をネトゲ生活から脱却させてやる」
「……出ていけ。私の敵に用はない。本気で呪うぞ」
俺を敵とみなした唯羽は威嚇する猫のように警戒される。
「お前なぁ。自分でもネトゲ廃人がダメ人間って分かってるんだろ」
「ネトゲ廃人と呼ぶな。ダメとか決めつけるな」
唯羽も今のままじゃダメだってことは分かっているはずなんだ。
ニート、ネトゲ廃人、残念女子……誰だって言われたくないからな。
「……唯羽、俺はお前に借りがある。その借りを返すぞ」
「以前に私が助けたことか。あんなことは忘れろ。気にするな」
「いや、俺に前世をダンゴムシと言われたことだ。あれだけは許さない」
「……かわいそうに。ダンゴムシを侮辱した事を謝れ。土下座して謝罪しろ」
違うだろ、お前が俺に謝れ!
この椎名唯羽という女は一筋縄にはいきそうにない。