第30章:和歌のお願い
【SIDE:柊元雪】
唯羽には特別な力があるゆえに悩みがあったと言う。
部屋に戻ってしまった唯羽。
俺と和歌はお茶を飲みながら黙り込んでいた。
「……唯羽があんなに思い悩んでいたとはな」
「え、えっと……」
「俺、全然知らなくて。アイツのこと、電波系とか思ってたし。思いこみはいけないな。俺もまだまだ視野が狭い」
そんな自分の考えを唯羽は「それが普通だから気にするな」と言った。
自分は普通ではない、と言わせてることが悲しく思える。
アイツにはアイツなりの事情があるんだ。
「学校を休んでいるって、大変なんだな」
「……あ、あのですね、元雪様」
「ん?なんだ、和歌?」
「お姉様の言葉は、その……全てが真実ではないんですが」
はっきりと言いにくいのだろう。
ものすごく困った顔をして、和歌は俺に言う。
「……はい?」
「お姉様は確かに魂の色が見えますし、不登校気味です。でも、その不登校理由は別の所にあるんです」
彼女は視線をうつむかせてしまう。
唯羽の不登校には何か他に事情がある?
「私はお姉様には普通の生活をして欲しいと思っています。あのままの不健康な生活を続けていれば、身体だって壊してしまいます。私は心配しているんです」
和歌のこの心配ようは何だ?
「不健康な生活?魂の色が見えても不健康な暮らしをする理由にはならないよな?」
「実家から追い出されたのは、おば様達がお姉様を嫌ったりしたわけじゃないんです。ただ、誰にも止められなくて……」
「止める?……なんだか別の事情ってのは、大きい問題のようだな」
どういうことなのか分からないが、和歌も悩んでいるようだ。
俺は和歌に唯羽の部屋へと案内される。
「お姉様を救ってください、元雪様。こんな事を頼めるのは貴方しかいないんです」
「……よく分からんが、俺にできることならしよう」
アイツにもう一度会って、話をする必要がありそうだな。
俺は唯羽の部屋の扉をゆっくりとノックする。
「元雪だ、入るぞ。唯羽」
「ん?好きにしろ」
俺は扉をひらいて愕然とした。
唯羽の部屋、そこに広がっていたのは――。
「――な、なんじゃこりゃ!?」
和室一面に広がるのは……ゴミ、ゴミ、ゴミが山のように連なっている。。
敷かれた布団の周囲を足の踏み場もないほどにお菓子やペットボトルの空が転がる。
そして、唯羽は布団に寝転がりならパソコンでゲームをしていた。
いわゆる、ネットゲームというやつだ。
「んー。どうした、柊元雪?」
「待て、ちょっと待て。なんだ、この一人暮らしの男のような部屋は?」
「失礼だな。乙女の部屋に向かってなんて事を言う」
「どこが乙女だよ!?全然、乙女チックじゃない!」
唯羽の部屋の汚さは俺の想像を超えていた。
生ごみはないようだが、それでも汚い……正直、俺の部屋より汚い。
そして、パソコンにも大きな問題がある。
大画面の液晶パネルに表示されるのはRPGのゲーム画面。
カチカチとマウスをクリックする和服美人に違和感がありすぎる。
「ネトゲって、お前はどこぞの引きこもりさんか!」
「……柊元雪」
刹那、空気が凍るように雰囲気がガラッと変わる。
ゆっくりと立ち上がり、唯羽は俺を睨みつける。
「この私に言ってはいけない事がふたつある」
「い、言ってはいけないこと?」
これほどの威圧感を放つ唯羽。
この子は確かに常人ではない、何か特別な力があるんだろう。
俺は息を飲みながら、彼女の言葉を待つ。
「―― それは……私を“ニート”、“ネトゲ廃人”と呼ぶ事だ!」
「―― 思いっきり、どちらにも自覚があるんだなぁっ!!」
もう一つの事情ってそういう事情かよ!?
電波系美少女、篠原唯羽。
その正体は引きこもりのネトゲ廃人だった……マジかよ。
というわけで、唯羽はただの引きこもりだった。
彼女の部屋から抜け出してリビングに戻ると俺は和歌から詳しい話を聞く。
「和歌。唯羽の魂の色、うんぬんで不登校なのは嘘ってことか?」
「いえ、全くのウソでもないようです。小さな頃にその力のせいで傷ついたことはあるようですし。ただ、親や姉妹から嫌われてるわけじゃありません。お姉様が私の家にきたのはネトゲというものにはまりすぎたせいです」
「……ネトゲ廃人寸前。ていうか、すでに廃人かもしれんが。ゲームのやりすぎで、こっちに追い出されたってことなのか?」
「というか、家のネット環境が止められてしまったので、逃げてきたというのが正しいかもしれません。うちのお父様は唯羽お姉様に甘いですから。おみくじ作りをするのなら、別にゲームくらいって許してしまっています」
ダメ人間だ……唯羽はホントにダメすぎる。
「おみくじくらいで、許しちゃうおじさんもダメなのでは?」
「お姉様がおみくじ作りをすると、とてもよく当たるんです。その結果、お父様も認めざるをえないところもあって……」
ちなみに作った本人はこう言ってるらしい。
『おみくじなんて、ただの紙だ。信じる信じないは個人の自由。おみくじなんて引かなくても、良いこと、悪いことは常にあるよ。ただ、それを人はおみくじを引いた結果のおかげだと信じる。人間とは、特別な何かを信じたくなる弱い生き物だ』
……やはり、唯羽におみくじを作らせちゃダメだと思うんだ。
朝に出会っていたのは唯羽はあの時間におみくじを作り、それが終わると眠るらしい。
「高校2年生になってからは学校にも行かないありさまで……私の言う事にも耳もかさず、朝方までゲームをしてから、お昼に睡眠。その繰り返しの不健康な生活を送っているんです。このままだと身体が心配です」
「……和歌の心配はよく分かる。ホント、和服美人なくせに相当な残念女子だな」
高校2年ってことは俺と同級生か。
篠原唯羽……篠原……どこかで聞き覚えがあるような……?
「あ、あーっ!?和歌、もしかして唯羽って俺たちと同じ学校に通ってる?」
「はい、そうですけど?」
「……ほぼ間違いない、俺の隣の席に篠原って不登校の子がいるんだ。だけど、あの子は病弱だから休んでいるって聞いてるぞ?」
「そうなんですか?」
病弱欠席の篠原さん=キャサリン=篠原唯羽。
全てが同一人物だったということか。
驚きの真実、そして明らかになる嘘。
「ちょっと唯羽の所にいってくる。確認したい事があるんだ」
俺は再度、彼女の部屋を訪れて事の真相を尋ねてみた。
「……病弱設定?あぁ、面倒だからそういうことにしている」
「面倒だからって、魂うんぬんの話を学校にもしてるのか?」
「表立った理由はそれだからな。人の多いところは苦手だし……当時の担任教師たちの魂の色や悩みを言い当てたら、さすがに変だと気付いたらしい。それ以来、私の問題には口を出さないようにしてくれている。それが何か?」
しれっと言い放つ唯羽、高校にも行かずにゲーム三昧とは……。
「今の不登校の理由はネトゲがしたいからだろうが!ネトゲ廃人めっ」
「それの何が悪い。あと、ネトゲ廃人言うな!あまり私を愚弄すると呪うぞ?」
「逆切れ!?怖いから呪わないで!?」
この子なら平気で呪術も使えそうで怖い。
唯羽はパソコンから視線をそらさず、マウスをクリックし続ける。
ゲームでは次々と強敵と思われる敵が倒されていく。
「このままじゃ留年するかもしれないんだろ?」
「私の事は放っておいてくれ。別にいいじゃないか。私の人生だ。適当に生きて、思う存分にネトゲをする。この人生に悔いはない」
「少しは後悔しろっ!ネトゲ人生を送るな」
……だ、ダメだ、こいつ……早く何とかしないと。
「うるさいなぁ。説教はもういい。これをやるから向こうにいけ」
唯羽が俺に放ってきたのはおみくじだった。
「はっ……どうせ、また大凶だろ?分かってるんだよ、お前のしそうなことだ」
「二度も同じネタを続けるほど私も暇ではない。今日の運勢、試してみればどうだ?私の作るおみくじはよく当たるらしい。ただの印刷物を適当に折りたたんでいるだけなのだがな。当たるも八卦、当たらぬも八卦。信じるのはお前次第だ」
俺は唯羽に追い出されてしまい、再び、リビングに戻る。
「元雪様、お姉様はどうでした?」
「ダメだ。唯羽の残念っぷりがここまでとは……。これを渡されたよ」
俺は渡されたおみくじを期待せずに開いてみる。
そこに書かれていたのは衝撃的な内容だった。
『最凶』
……って、待てい、最凶ってなんだぁ!?
大凶を超えた最凶。
それは唯羽の手書きで、かなり達筆な文字で二行の文章が書かれている。
『恋愛運:運命の相手と思った相手に裏切られる。ざまぁみろ』
『貴方の前世:ダンゴムシ』
達筆な文字ゆえにさらにムカつく。
俺はおみくじを持つ手がプルプルと震わせていた。
ほ、ほぅ……ざまぁみろ、とな……?
しかも、俺の前世がダンゴムシだと?
俺の魂の色が灰色だから、その繋がりでそう言っているのか?
普段はそれなりに温厚を自負する俺も切れる時はある。
……おにょれぇぇえええー!!
「ふふふっ、あははっ……唯羽め、許さん、許さんぞ!」
「も、元雪様。どうしました?」
「もう許さない、あのダメ人間め。この俺が修正してやるっ!」
引きこもりでネトゲ廃人寸前の残念な電波美少女、椎名唯羽。
アイツは俺を怒らせた!
「和歌にもお願いされたからな。なんとしても、唯羽を真人間に戻す」
「できるんですか?」
「和歌。できる、できないんじゃない。絶対に……するんだよ」
「……うぅ、元雪様の気持ちは嬉しいけど顔が怖いです」
俺をダンゴムシと言った唯羽の腐った性根からたたき直す。
和服美人だからって良い気になるなよ。
ホント、どうにかしてやらないとな。