第2章:美しの君
【SIDE:柊元雪】
ごく普通に生きてきた俺に漫画のような展開が訪れた。
高校生にして縁談が持ち上がってきたのだ。
そんなのはどこぞの御曹司やお嬢様の世界だと思っていたのに。
俺はその日の朝からどうにも落ち着かないでいた。
「な、なぁ、兄貴?髪型、変じゃないか?」
「ん?普通だが、少しワックスをつけすぎじゃないか?」
「うっ。だってさぁ、こんなの気にしたことがなくて」
朝から鏡の前で自分の髪型を気にするなど、俺は乙女か。
そんな俺を兄貴は笑っている。
「元雪でも、そんな風になるんだな。父さんから聞いたよ。もしかしたら、結婚するかもしれない話がお前に来るとはな」
「まだ俺自身、結婚とか考えてないけどさ。会ってみるだけ会ってみたいんだ」
どんな相手か分からないが、こんなチャンスはないだろう。
「兄貴は麻尋さんとは職場結婚だったよな?」
「僕の方が彼女を気にいってね。麻尋も、僕の想いに応えてくれた。良い妻だと思っているよ。人の縁は思いがけないところで結ばれる事もある。確かに、会うだけ会うのもいい事だろう。それで、お互いに気にいれば良縁になるのだから」
「うん……そうだよな」
少しの不安と大きな期待。
とはいえ、相手のあることだ。
向こうの子に気にいられなくては、この話も意味がない。
「そう言えば、元雪は何度か会いに行った事があるんじゃないのか?」
「誰に?」
「その相手の子にだよ。椎名神社の娘さんだろ?元雪は小さな頃に何度か父さんに連れられて行ったはずだ。昔だったかな、お前から神社で可愛い女の子と仲良くなったと言う話を聞かされた事がある。10年ほど前だったか」
「そうなのか?あんまり記憶にないけど」
子供の頃の記憶なんてほとんど覚えてない。
「ははっ、元雪もまだ幼かったからな。仕方ないか」
小さい頃って特に気にもしないで遊んだりするからな。
親父の知り合いの子なら遊んだこともあるかもしれない。
それから車で親父に連れられて椎名神社にたどり着いた。
我が家からだと車で5分程度の距離にある神社だ。
休日だからか、駐車場には何人もの人の姿がある。
「へぇ、案外、はやってるんだな」
「他の寂れた神社と一緒にせぬ方がいいぞ。ここは、縁結びの神様としてそれなりに名の通った神社だからな。休日ともなれば、参拝客も多い。お前は同じ町に住んでいて全然知らんのか」
「同じ町だからってここまでくることはほとんどないからさ。神社になんて来ないよ」
わざわざ、ここまで来る用事はこれまでなかったのだ。
「……縁結びの縁もなさそうだしの」
「今、余計な事をいった!?」
「まぁいい。こっちだ、ついてこい」
親父は神社に繋がる階段を上っていく。
思っていたほどキツイ傾斜ではない。
「おおっ、ここが椎名神社か。……見事に女の人が多いね」
境内には何人もの女の人たちで賑わいを見せている。
さすが縁結びの神様ってだけはあるな。
「昨今のパワースポットブームで縁結びに来る人がさらに増えたと椎名も言っておったわい。今時の若い女子にも人気があるそうだ」
「ふーん」
俺の視線の先には巫女さんを発見!
白と赤のコントラストが眩しい巫女服を着ている。
こうやってマジマジとみると巫女さんっていいよねぇ。
清純っていうか、見てるだけで癒されるわ。
それに……さすが巫女さん、可愛い子ばかりですなぁ。
「ええい、元雪よ。巫女に見惚れてる場合ではないぞ」
「だ、誰も見惚れてないっての!?」
「にやけた顔で言えるセリフではない。このむっつりめ。巫女萌えは後にしておけ。先を急がねばならんのだ。家を出るのが遅かったから約束までの時間もない」
それは昨日も夜遅くまでお酒を飲んで起きるのが遅かった親父のせいだ。
俺は巫女さん達を満足に眺める事も出来ずにその場を去る。
俺たちが向かうのは神社の本殿ではなく、そこから離れた家のある方だ。
『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた札の道を抜けた先。
古いお屋敷がそこにはあった。
「屋敷?ここの神社って広いんだな。神社もあれば屋敷まである」
「そりゃ、代々数百年も続く神社らしいからの。ほら、入るぞ」
親父は呼び鈴を鳴らすと中から男の人が出てきた。
「来てくれたか、柊。待っていたぞ」
うちの親父と違って真面目そうな感じだ。
「うむ。ちゃんと息子を連れてきたぞい。ほら、元雪。挨拶をせい」
「どうも、柊元雪です」
「大きくなったね、元雪君。昔と比べて見違えるほどだ」
彼は笑いながら俺を見ていた。
どうやら、俺とは初対面ではないらしい。
「えっと?」
「覚えておらぬだろ、元雪は。子供の頃に何度かここに連れてきてるのだがな」
「うっ、あんまり覚えてない……」
兄貴の言うとおり、俺はここには何度か来た事があるらしい。
当然、このおじさんとも会っているんだろう。
「ははっ、そうだろうね。僕は椎名哲治(しいな てつはる)。今日はわざわざ来てくれてありがとう。娘は既に奥の部屋で待っているよ。柊、彼に話はしているんだろう?」
「婿探しの件、ちゃんと伝えておるわ。騙して連れてきてはおらん」
「そうか。さすがの柊もこういう話は筋を通すかな」
「いやいや、こいつのことだ。騙して連れてきたら後で暴れてあること、ないこと、母さんに秘密を暴露されるからの。親子だからと言って、結婚話を勝手に進めるわけにもいかぬ。まぁ、来ぬと言っても来させるつもりだったがな」
結局、連れてくる気満々じゃないか。
ちなみに親父の弱みは嫌というほど知ってるので、何かあれば母さんにチクろう。
「元雪君。うちの娘は少し気が弱いというか、そう、人見知りをするくせがあってね。少しばかりキミを困らせるかもしれない」
「大人しいだけだろうに。ああいうのは元雪の好みの範疇だから気にせんでもいい」
「人の好みを勝手に言うな。大人しい子は好きだけどさ」
どちらかと言えば俺の好みは大和撫子な女の子なのだ。
椎名さんに連れられて奥の部屋と案内される。
そこにいたのはひとりの女の子。
和服が似合いそうな子で、綺麗な姿勢で畳に座っている。
「……えっ!?」
だけど、俺が入ってくると女の子は思わず驚いた声をあげた。
その声には聞き覚えがあったのだ。
俺はハッとしてその子の顔を直視する。
「……あっ」
煌めくほどに綺麗な漆黒の髪。
清楚な雰囲気を持つまさしく現代の大和撫子。
その表現にピッタリと似合う女の子。
「キミは……」
もう会えないと思っていた。
初恋の君。
そう、彼女は昨日、俺が電車で出会った女の子だった。
「キミは、昨日の女の子だよね?」
「……は、はい、そうです。昨日はお世話になりました」
驚いた顔をしながらこちらに頭を下げる女の子。
その生真面目と言うか、礼儀正しい彼女は昨日の少女だった。
まさか、また会えるなんて思いもしなくて俺は本当にびっくりした。
「おや、ふたりは昔会ったのを覚えてたのかい?」
おじさんは不思議そうに俺たちを見比べる。
「い、いえ、そうではないです。お父様にもお話をしたでしょう。昨日、混雑した電車で私を助けてくれたのが彼なんです」
「あぁ、昨日話していた電車で助けてくれた男の子のことか」
「偶然とはいえ、こんな形で再会するとは思いませんでした」
彼女はにこっと俺に微笑みを向ける。
やべぇ、とても可愛い……。
「息子よ、鼻の下が伸びておるぞ。そのにやけ顔を何とかせい。ワシはどういう事情か分からぬが、2人は知り合いだと言う事でいいのか?」
「はい。困っていたところを助けてもらったんです。まさか、おじ様の息子さんだったなんて」
「ふむ……元雪め、地味にフラグを立ておって」
うるさい、俺も知らなかったんだっての。
こっちだって驚いてるんだ。
とりあえずは俺たちは向き合って座る事にした。
「はじめまして、ではないか。あらためて、自己紹介するよ。俺は柊元雪だ」
「私は椎名和歌(しいな わか)です。本日はよく来てくれました」
和の歌と書いて、和歌と読む。
名前まで大和撫子、ザ・古風って感じがする良い名前だ。
俺も人の事は言えない古風な名前だけどな。
大人しそうな彼女はこちらをジッと見つめている。
この子が俺がもしかしたら、結婚するかもしれない女の子。
そう考えると胸が高鳴る。
一目惚れしていた少女との再会。
これがいわゆる“縁”という奴なんだろうか。