第23章:愛の証明
【SIDE:柊元雪】
まさか、と言う言葉があるように想定外の事態は起こりうる。
まさか、和歌が焼きもちを妬いて、嫉妬するとは――。
初めての喧嘩は和歌の勘違い。
麻尋さんと一緒にいた俺を誤解しただけとはいえ、原因は俺だ。
そこは反省しよう。
和歌とも無事に仲直りできたし、目下の問題は母さんに関係を認めてもらうだけ。
朝から親父と俺の部屋で作戦会議をしていた。
「元雪よ、和歌ちゃんはいつ来るんだ?」
「昼過ぎには迎えに行く。それよりも、母さんの反応が日に日に悪くなっているのは親父のせいだろ」
「ふむ、ワシもあそこまで反対されるとは……」
試練と言えばそうなのかもしれない。
だが、これは親父が先に話を通してくれていたら試練じゃなかった。
「母さんの件は親父が悪いんだからな」
「はいはい、分かっておるわ。ワシのミスとも言えよう。だがな、ワシもお前と和歌ちゃんがこんなにも早く縁談がまとまるのは予想外だったのだ。まったく、母さんがいない間にちょこっと顔見せ程度に挨拶させようと思っただけなのに結婚まで話が進むとは……」
「俺のせいかよ?俺が和歌を好きになったのはいいことだろ」
和歌と出会ってしまった。
神社を継ぐと言う覚悟もあっさりと決めてしまった。
その時間の短さは確かに普通ではないかもしれない。
それゆえに昨日の喧嘩のような事が起きてしまったわけだ。
和歌も俺も互いをまだ知らなさすぎる。
『元雪様の事を教えてください。私は貴方をもっと知りたいです』
和歌は昨日の別れ際に俺にそう言った。
恋人になってからたった1週間しか経っていない。
それでも、和歌とはもうずいぶん前から一緒にいたような感覚になる。
「親父は俺の味方なんだよな?」
「……お前が決めた事だ。好きにせい。神職を継ぐ道を選んだ覚悟は本物だろ?ならば、ワシがどうこういうべきものでもない。ワシは『俺は芸能人になってビッグになる!』と元雪が言っても応援すると決めておったのだ」
「そんなことは言わないっての」
別にそんな夢は抱いてない。
「ただし、芸人になるっていうのは少し考えるかもな」
「……その基準がいまいち分からん」
「今回は元雪が母さんを説得せい。母さんも元雪が心配なのだ。分かるだろう?」
「うん……もう俺の問題だからな。俺が説得するのは理解してるさ」
和歌を家に連れてきただけなら「やだぁ、可愛い彼女連れてきたの?」とか明るく和やかな感じになったはずだ。
そこに加えて「俺が神職を継いで、婿入りする」って将来の話がなければだが。
……やはり、親としては子の将来が気になるのも仕方ない。
「それじゃ、俺は和歌を迎えに行ってくるから。その間に親父は少しでも母さんの機嫌をよくしておいてくれよ」
「母さんはワシに惚れておるからの。それに母さんの機嫌をよくすることくらい心得ておるわ。ワシに任せておけ」
「それが過去の話ではないことを、俺は切に願うわけだが」
親父だけはいまいち信用できないんだよな。
俺は和歌を迎えに椎名神社に行き、彼女を我が家に連れてきた。
「……大きな家ですね?ここが元雪様の実家なんですか」
「いやいや、和歌のお屋敷に比べたら小さいだろ」
俺は緊張する和歌を連れて家の中に入る。
だが、玄関を抜けた先の廊下にはなぜか親父がぐったりとして倒れていた。
うわぁ、何だか嫌な予感がする……。
「親父?なんでそこで倒れてる?」
「ぐ、ぐふっ。すまぬ、元雪……ワシは甘かった。母さんを余計に不機嫌にさせてしもうたわ。……アレか、今の母さんはブランド物じゃないと機嫌がよくならないのか」
また親父が余計な事をしやがった!?
「お、おじ様?大丈夫ですか?」
「和歌ちゃんは優しいの。母さんには気をつけてな」
「……はい?」
「あー、和歌。その親父は放っておいていい。まったく……」
俺は呆れるしかない。
親父に期待した俺がバカだった。
親父を放っておいて、俺は和歌と共にリビングに入る。
ソファーに座って静かに俺を待っていたのは母さんだ。
「は、はじめまして、元雪様と交際させていただいてる椎名和歌と申します」
「……元雪の母です。話は聞いているわ。礼儀正しい子なのね」
第1印象は良い方か、そこは心配してないけどな。
問題なのはこれからだ。
俺たちはソファーに座り、向き合う。
だが、そこには兄貴も麻尋さんもいない。
予定では兄貴夫婦が俺のフォローをしてくれることになっているのだが?
「あれ?兄貴たちは?」
「あぁ、あのふたり?仲良くデートしにいったわよ。映画のチケットをあげたら、一緒に行ってくるとでかけたわ。……元雪、それがどうかしたの?麻尋にでもフォローを頼んでいたのかしら?」
やられた……最後の希望、麻尋さんにも裏切られた!
前払いでソフトクリームをおごってあげたのに!
母さんも手ごわい、邪魔だとばかりに映画のチケットで追い出すとは……。
「そんなに警戒しなくてもいいわ。私も鬼ではないの。ふたりの将来の話をしっかりとしたいだけ。和歌さん」
「は、はい」
母さんの前で萎縮気味な和歌。
「元雪をどうして選んだの?話に聞けばたった数十分で婚約まで決めたそうじゃない。結婚なんて大事な話でしょう?どうして、元雪でいいと思えたの?」
「それはだな……」
「元雪。貴方には聞いてないの。しばらく、黙ってなさい」
「うぐっ……」
母さんに威圧されて俺は黙り込む事にする。
すまない、和歌……。
和歌は背筋を伸ばした姿勢の良い態度で母さんに話を始める。
「元雪様とは縁談の前の日に偶然ながらも出会っていました。電車の中で私を助けてくれた彼に一目惚れしていたのです。その翌日、まさかとも思える偶然の再会にまずは驚きました。元雪様と再会できたことが嬉しかったんです」
「……へぇ、そんなことがあったの?」
「はい。元雪様との縁談ですが、私の家は古くから続く神社の家系なのです」
「椎名神社は知ってるわよ。私もあの場所で結婚式をしたもの」
ナンデスト……そうだったのか?
あと、親父が復活したらしく、ドアからこっそりのぞいてるのが目に入った。
親父でもいいから、のぞき見するくらいならこっちに来てフォローしてくれ!
「両親には子が私しかおらずに後継者がいません。そこで、結婚相手にあとを継いでもらうために探していました」
「どことも後継者不足に悩むのは分かるわ。それがどうして、元雪かということなの。貴方は誰でもいいわけでしょう?」
厳しい言葉で和歌が傷ついたらどうしてくれる。
母さんに文句は言いたいが言ってる事が間違いではないので黙っておく。
「……私は元雪様が好きです。人となり、性格や優しさに惹かれました。この人と一緒に生きていきたい。たった数十分の間の出来事ですが、そう強く思えたのです」
「元雪は優しい子だけど、決断力がなくてね。昔から選択肢を与えたら、悩みに悩み、決め切れない優柔不断な子なの」
「俺をヘタレって言うな!……言わないでください」
「……と、言った感じに気にしてるくらい。それなのに、今回はあっさりと自分の将来を決断したわ。これから先、ずっとのことなのに。私が心配なのは和歌さんの事もそうだけど、神社なんて特別な職種についてもそうなのよ」
母さんは和歌にたたみかけるように話を続ける。
「神社の宮司、職業の大変さを考えると、母親としてはすぐに認める気にはなれないのは和歌さんも分かるわよね?」
「はい……結婚ありきの交際ですし、おば様が心配なされるのは当然だと思います。ですが、私には元雪様が必要なのです。神社を継いでほしい、傍にいて欲しい、私と共に生きて欲しいと思いました。この気持ちは……本物なのです」
和歌がはっきりと言い切る。
そこまで好かれていると何だか照れくさい。
「ただの勢いではなく、ふたりが強い思いを抱いてるのは分かったわ。でも、まだ高校生のふたりが結婚ありきに話を進めるのは納得しにくい。これは両家に対する大きな問題でもあるの。高校生ぐらいの子たちなら些細な喧嘩で破局するのも当然あるわ」
うぐっ……。
「ふたりはまだ喧嘩もしたことがないでしょうけど、これから先は……」
和歌は俺の顔を見つめて、覚悟を決めたように告げた。
「……あります。喧嘩をしてしまったことは……あるんです」
「え?あるの?まだ1週間も経っていないのに?」
驚いたのは母さんの方だった。
和歌は素直に昨日の出来事を話しだす。
「昨夜、私は自分の身勝手な思い込みで元雪様と喧嘩をしてしまいました。勝手に嫉妬して、彼を傷つけるような暴言を言ってしまった事を悔いています」
「……喧嘩してるんだ、ふたりとも。まだ日が浅いのにね?」
どうしよう、ここで昨夜の喧嘩の事実を追求されるなんて。
会ってすぐに喧嘩なんてしちゃ、説得力もなくなる。
和歌も正直すぎるよ、ここは誤魔化しても良い所なのに。
「貴方達……恋愛初心者なのに、結婚なんて決めるのは早すぎるわね。そう思わない?」
現実主義者の母さんだからこそ、俺たちにはっきりとそう告げたんだ――。




