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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~
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第19章:恋月桜花

【SIDE:柊元雪】


 和歌と再会してからの1週間はめまぐるしく過ぎていく。

 土曜日の今日は朝から俺は和歌の所を訪れていた。

 ゆっくりと時間をかけて椎名神社を見て回りたかったからだ。

 和歌に会う前に社務所をのぞいたがキャサリンの姿はない。

 ……彼女にも聞いておきたい話があるんだけどな。

 あの日以来、俺は別に特におかしな幻覚も嫌な夢も見ていない。

 

「お待たせしました、元雪様」

 

「和歌……今日は巫女姿なんだ?」

 

「先ほどまで、掃除をしていました。着がえてきましょうか?」

 

「いや、それでもいいよ」

 

 むしろ、巫女服の方が和歌の魅力があがる。

 ……別に巫女萌えってわけじゃないけど、可愛いじゃん。

 清楚な印象をさらに印象付ける巫女服ってのは神秘的でもある。

 

「そう言えば、和歌は正式な巫女じゃないって話を小百合さんから聞いたんだけど、どういう意味なんだ?巫女舞は踊れるけど、正式な巫女ではない」

 

「それは……私がまだ学生だからです。巫女とは、この神社に仕える者。私はまだ立派な巫女ではないので、お母様はそう言ったのだと思います。だから、こうして抜け出しても何も言われないんですけどね」

 

 なるほど、今はお仕事ではなく、お手伝いをしていると言う感じなのか。

 巫女見習い、という言葉が近いらしい。

 キャサリンも巫女見習いなのだろうか、あれは巫女もどきな気がする。

 

「ふーん。そうだ、和歌。お祓いとかできる?」

 

「え?お父様ならできますけど、私はできません。それに別に私は霊感とかその類のモノもありませんし。霊感の鋭い人は色々と感じるみたいですよ」

 

「……例えば、魂の色が見えるとか?」

 

 俺はキャサリンの事を思いだして和歌に告げる。

 

『魂には色がある。お前の色は薄暗い灰色だ』

 

 キャサリンは電波系で霊感がありそうだからな。

 だが、和歌はふいに表情を曇らせてしまう。

 

「……見える方もいます。私には見えませんけど、魂には人それぞれ、様々な色があるそうです。どうして、ですか?」

 

「ん。別に。ただ、何となく気になっただけさ」

 

 和歌の態度、俺はそれ以上は踏み込んでいけない気がした。

 キャサリンの事を知っているのかもしれないと思ったんだけどな。

 俺たちがやってきたのは拝殿。

 普段は入れないらしいが、奥の方へと案内してくれる。

 

「こちらが本殿の入り口になります」

 

「本殿?」

 

「皆さんが参拝するのはこちらの拝殿ですね。本殿は一般の方々が入る事ができませんから。元雪様には本殿を案内するようにお父様からも言われています」

 

 一般的に拝殿っていうのは賽銭箱が置いてる場所であり、御神体と呼ばれる神様がいる場所こそが本殿らしい。

 拝殿の奥の小さな社に入ると、神聖な場所と言う雰囲気が感じられる。

 

「元雪様にはまず、この椎名神社についてのお話をしましょうか。この神社の歴史は数百年前からあります。ですが、今のような神社になったのは戦国時代の頃らしいです」

 

「戦国時代?織田信長とか上杉謙信とかの時代か?」

 

「はい。その戦国時代です。戦国乱世と呼ばれたその当時、有力武将の娘である、ひとりのお姫様がいました。名前は紫姫(ゆかりひめ)。彼女はこの神社に縁があり、やがて、ここに大きな社を建て、立派な今のような神社になったそうです」

 

 紫姫……あぁ、あの石碑に名が刻まれていた名前だ。

 紫と言うと覚えにくいが、ゆかりご飯のゆかりと言えば覚えやすい……失礼だろうが。

 

「その紫姫の縁って何だ?どうして縁結びの神様?」

 

「紫姫様にはあるお話が伝わっているんです。私達は『恋月桜花れんげつおうか』と呼んでいる古い恋のお話です」

 

「恋月桜花?」

 

「はい。元雪様、ご神木があった場所を覚えていますか?」

 

 思いっきり、数日前にひどいめにあった場所だ。

 嫌でも覚えてるが、和歌の前ではあの話はしていない。

 

「あぁ。覚えているよ。石碑があった場所だよな?」

 

「はい。その昔、椎名神社の本殿は小さな社があるだけの神社だったそうです」

 

 和歌は伝承されている『恋月桜花』の話を始めてくれた。

 時は戦国時代、戦が日本中、どこにでもあった時代。

 有力武将の娘である紫姫は都から国に帰る途中、敵国の軍に捕縛されてしまう。

 その部隊を率いていたのは若き武将、赤木影綱(あかぎ かげつな)。

 敵の奇襲により分断されていた本隊との合流までの間、影綱はこの椎名神社に陣を敷き、本隊を待つ事になった。

 捕らわれの身となった紫姫はその3日間を影綱の傍で過ごす事になる。

 敵国の姫と敵国の武将。

 敵対する者同士なのに、紫姫と影綱は互いに惹かれあってしまう。

 3日後、本隊との合流寸前に、紫姫を奪還しようと、軍が影綱の部隊を包囲する。

 突然の夜襲により、影綱の軍は退却をよぎなくされるが、その戦で不覚にも影綱は肩に弓矢を受けて負傷した。

 さらに胸に受けた矢傷が致命傷になり、影綱は紫姫に看取られて命を落としてしまう。

 心を奪われていた紫姫は影綱の死にたいそう心を痛め涙した。

 その後、無事に都に戻れた紫姫は、影綱の死を悼み、椎名神社を新しく建立したのだ。

 敵対同士と言う運命に翻弄されたふたりの悲恋。

 紫姫は影綱との来世での恋愛成就を願っていたと言う。

 それが『恋月桜花』という伝承だった。

 

「影綱様と紫姫様は満月の綺麗な夜に一緒に夜桜を見たそうです。それがあのご神木であり、恋月桜花の名前の所以になっています。悲恋ですけど、敵対する立場でありながら恋におちたというのはロマンティックですよね」

 

 その話が伝わり、椎名神社は縁結びの神様として扱われているらしい。

 縁結びの神様のおかげとはいえ、いろんな縁があるものだ……。

 まぁ、伝承なんて作られたお話の可能性もあるわけだが。

 

「この神社には影綱様が致命傷を受けた時の矢も残されているんですよ」

 

「古い弓矢が残ってるのか?」

 

「はい。この神社で大切に保管されています」

 

 和歌はそう言って、古い箱を取り出してくる。

 

「こちらがその弓矢になります。古い矢なので触れないでくださいね」

 

「……へぇ、これがそうなのか?」

 

 木箱に入っているのは古い弓矢だった。

 触ると壊してしまいそうなほどに、劣化はしているがしっかりと弓の矢の形をしている。

 

「……ぁっ……」

 

「……元雪様?」

 

 その弓矢を見た瞬間、俺は自分の肩に激痛を感じた。

 火傷をしたように、じんわりと痛む。

 

「ど、どうかなさいました?も、元雪様、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だって。良く分からないけど、痛むだけだから」

 

 和歌は木箱を閉じて片付けると医療品を取ってくると本殿から出ていってしまう。

 

「……矢傷で亡くなった影綱か」

 

 俺は右肩を押さえながら呟いた。

 やがて痛みも自然におさまってくる。

 この前もあざのある場所が痛んだよな……何でだろう?

 

 

 

 その後、心配してくれた和歌に湿布を肩に貼ってもらい、俺たちは神社を散策する。

 キャサリンからはご神木の方に近付くなと言われてるので、あちらには近付かない。

 

「……なぁ、和歌。あの石碑の横に小さな社があるだろ?」

 

「はい。ありますよ」

 

「他に大きな社があったりするのか?」

 

 俺の疑問に和歌は「大きな社?」と考える素振りを見せる。

 

「昔はありましたよ。けれど、10年くらい前に火災で焼失したそうです」

 

「火災って火事か何かあったのか?」

 

「はい。原因不明の不審火で全焼してしまったそうです。幸い、周囲に誰もいなくて怪我人はでなかったみたいです」

 

 今の社とは違う大きい方の社は10年前に火事で焼失した。

 そうなると、俺が目撃したあの社は一体?

 

「元雪様はどうして、そのことを?……あっ、そうですよね。元雪様が昔、私と遊んでいた頃の記憶があるので、まだ社があったはずです。それを思い出したんですか?」

 

「……え?あ、あぁ、そうそう。そうだよ。あんなに小さかったかなってね」

 

 俺は和歌に誤魔化して告げた。

 

「元雪様との思い出、私も思い出せたらいいのに」

 

 残念そうに呟く和歌。

 

「今から作ればいいじゃん。良い思い出を作っていこう」

 

「……はいっ」

 

 気になることはいくつかある。

 キャサリンが言っていたように、俺とこの椎名神社には何か繋がりがあるんだろうか?

 

 

 

 

 ……。

 元雪と別れた和歌はひとりで繁華街で買い物をしていた。

 

「あとは、カレーのルーを買うだけですね」

 

 母親から頼まれたメモを頼りにスーパーに入ろうとする。

 そんな和歌の視線に入ったのは、元雪の姿だった。

 

「あっ、元雪様だ」

 

 先ほど別れたばかりなので和歌は嬉しくなる。

 彼に声をかけようとしたその時だった。

 

「……え?」

 

 元雪の横には楽しそうに笑みを浮かべる女性がいた。

 年上の美女と親しそうにする元雪を目撃した和歌は自分の目が信じられなかった。

 

「――元雪様……その横にいる女の人は誰ですか?」

 

 湧きあがる不安。

 ショックを受けて小さく呟く和歌の胸に、ズキッと突き刺さるものがあった――。

 

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