第18章:その名は……
【SIDE:柊元雪】
どうやら、俺は危険な目に合う所だったらしい。
突如、俺を襲った炎の幻覚。
そんな俺を助けてくれたのは以前にもあった電波系美少女だった。
その名も、“キャサリン”……漢字で書くと“貴夜沙凛”らしい。
絶対に本名じゃないと思うけどな。
どう呼べばいいのか分からないので、キャサリンと呼ぶしかないわけだが。
俺はキャサリンに助けてもらって、社務所から出ようとしていた。
「……そうだ、キャサリンはここで作業をしてるってことは巫女さんなのか?」
「はぁ、柊元雪。お前の眼は節穴か。この服が巫女服に見えるとでも?」
また鼻で笑われたよ、おい……。
俺を小馬鹿にする生意気な態度はやめてもえらませんかねぇ。
「あー、そーですね。ただの和服だよな」
和服が通常の服装って言う子も珍しいけどな。
「私は巫女ではない。ただ、ここでおみくじを作る作業はしているがな」
社務所にはテーブルのようなものがいくつもあり、その中のひとつはおみくじを作ってるらしく、大量のおみくじが並んでいた。
巫女さんのお手伝いか?
「おみくじって言うのは、ボロイ商売だよ。霊験あらたかなものと言う印象はあるが、所詮はただの紙に書かれた“結果”を引くだけのものだ。どうにでも解釈できる結果を見て、一喜一憂できるとは純粋なことだな」
「それを言っちゃお終いだろ。神社側の人間が言っちゃいけないセリフだ」
「ちなみに、私は前にすべてのおみくじを大凶にしてやったことがある」
「マジかよ!?」
この子、ひどすぎるっ!?
「引いた女の子が『きゃー、大凶!』と驚きながらも、『逆に大凶の方が珍しいからいいんじゃないの?』とか喜んでいたな。まったく、こんな紙切れにご利益もないって言うのに馬鹿らしい。大凶のくじを結ぶ姿は笑えたぞ」
「俺はそんなキャサリンを笑えねえよ。ひどい奴だな」
ちなみに当然のことながら、彼女は宮司のおじさんにひどく怒られたらしい。
今は適当な配分でバランスよく、くじを作ってるから心配はいらないそうだ。
「余計な心配させるな。そこを疑うと、神社を信じられないだろう」
「所詮は神もおみくじも、占いも、全ては信じるか信じないかは本人次第だ」
「それを言われちゃ反論できない」
結局のところ、くじ運だって良いか悪いかは信じるってこと次第だからな。
「そもそも神自体が信じるかどうか問題な存在だ。別に神を信じるな、とは言わないが。まぁ、私は八百万の神の中で、ひとつくらいは信じてもいいと思っている。ひとつくらいなら実在してもよさそうだからな」
「おいおい、800万分の1ってどれだけ信じてないんだ」
「八百万は実際に800万という意味ではなく、数が多い事の例えなのだが。まぁいい。信じている神がゼロではない。無神論者ってわけではないからな。都合のいい時に神を信じて得をすることがあれば信じる。人間とはそういう生き物だ」
キャサリンはそう言って、俺に手元の紙を放り投げてくる。
俺は慌ててその紙を受け取った。
「とはいえ、柊元雪にはそれをあげよう。良い運勢が出ることを期待するといい」
彼女が俺にくれたのはおみくじだった。
これでも気休め程度にはなるか。
「とりあえず、今日はゆっくりと休んだ方がいい。また日を改めて出会う事があれば色々と教えてやる。もう引かれないように……気をつけてな」
「キャサリン……ありがとう」
何だかんだで俺を心配してくれているんだな。
ただの生意気な和服美人なだけじゃないようだ、見かけよりも良い奴かもしれない。
……あと、せめて本名を教えてくれたら嬉しいぞ。
「助かったよ。また今度な、キャサリン」
俺はキャサリンに頭を下げて、社務所から出た。
巫女もどきのキャサリンか。
近いうちにまた会いに来る事にしよう。
俺の身に起きていた事も知りたい。
眩しい太陽の光、俺はこの世界にいることを実感する。
「……別に変な世界がある事を信じたわけじゃないけどな」
不可思議な体験をしたのは事実で、それが夢か幻かは分からない。
だが、あの炎の記憶は……俺の心に残り続けていた。
「あの炎の中にいた女の人は一体、何者なんだ?」
そんな事を考えながら和歌を迎えに行く。
お屋敷の呼び鈴を鳴らすと、すぐに和歌が出てきた。
「おはようございます、元雪様……あの、大丈夫ですか?」
会うとすぐに、和歌は俺の心配をする。
「え?そんなに顔色が悪い?」
「……はい、そう見えますけど?」
「い、いや、実はちょっと寝不足でさ。昨日、夜遅くまでテレビを見てたんだ」
俺はとっさに誤魔化してしまう。
和歌に余計な心配はさせられない。
それに椎名神社が関係しているのを知られると、彼女を傷つけてしまうのが怖い。
「元雪様、それは?」
「あっ。これはおみくじらしい。……そこを歩いていた巫女さんにもらった」
「そうなんですか?顔色が悪かったからでしょうか?」
「さぁ……どうなんだろうな」
俺はキャサリンの事を和歌に尋ねてみる事にした。
「なぁ、和歌。巫女の中に、キャサリンって子はいるか?」
「きゃさりん?えっと……巫女には外国人の方はいませんけど?」
「ですよねー」
分かっていたよ、キャサリンが偽名で適当につけた名前だってことはな。
それを真面目にキャサリンと呼んでた俺も俺なのだが。
からかわれてただけか……はぁ、本名が分かるまでは使うとしよう。
「でも、私の知らない方かもしれません。巫女さんは何人もいますし。時折、新しい人に入れ替わったりするので、私も全ての人を知っているわけでもないありません。もちろん、お父様なら知っていると思いますけどね」
和歌も全ての巫女と知り合いというわけではないみたいだ。
「それで、そのおみくじはどうだったんです?」
「そうだ。中身だ、今日の運勢は……」
俺は期待を込めておみくじを開いてみる……その結果は……。
『大凶』
「―― キャサリーンッ!?」
あの女、わざと俺に大凶のおみくじを渡しやがった!
くっ、大凶かよ……ちくしょぅ……地味にショックだよ。
「あららっ……。でも、大凶でも、悪いことばかりではありませんから」
彼女は神社内にある“みくじ掛”に案内する。
木に結び付ける所もあるが、この神社はこういうものがあるんだな。
「こちらに利き手と逆の手で結ぶと、凶も吉となるんです。災い転じて福となすって、言うでしょう?元雪様、落ち込まないでくださいね?」
「……うん。和歌に励まされてちょっとは元気が出た」
大凶に書かれてたおみくじは恋愛運、好機を逃すって書かれているけどな。
信じる信じないは自分次第か。
俺は何だか朝からぐったりと疲れていた。
教室につくと、すぐに机の上に伏せる。
隣の席を見ると今日も篠原さんはお休みのようだ。
友人の黒沢が俺に気付くと不思議そうな顔をする。
「ん?柊、何か疲れてるな?」
「憑かれてたのかもな」
「は?……よく分からんが、朝から大変だったようだな」
さらにキャサリンとの遭遇で余計に疲れたわ。
黒沢も黒沢で目をこすり、眠たそう顔をしている。
「そういう黒沢は眠そうだな?」
「昨日はネットゲームで戦っていたんだ。そして、ついに生きる伝説と出会ってなぁ。もう、あの人はマジで神だよ。強すぎる」
「生きる伝説、ネトゲの神ねぇ。よく分からないけど、やりこんでるプレイヤーのことか」
「そのネットゲームじゃ、生きる伝説って言われる名の知れた有名プレイヤーでさぁ。昨日、偶然にも同じクエストで一緒に戦わせてもらったんだ。いや、マジで強すぎ。あれだけやりこむのは何時間やればいいのやら。良いアイテムもくれたけどな」
ネトゲの話など、今の俺にはどうでもいいのだが。
それでも、現実の話を聞いてるとどこか安心できる俺がいる。
あんな非現実なことを体験すればちょっと気分もおかしくなる。
「……お前もパソコン持ってただろ?ネトゲとかしないのか?」
「今は現実が忙しいからな。可愛い恋人と仲良くなる方が最優先だ」
「言うねぇ。そんなに可愛い子なのか?恋愛に柊がのめり込むとはな」
和歌の事は俺にとっての癒しだ。
彼女の笑みはどんな疲れも消してしまう。
「誰もが見惚れる容姿端麗に性格はまさに現代の大和撫子。さらに俺の好物を作ってくれる料理の腕前も抜群。のめり込むなっていうのが無理だな。俺の嫁が可愛すぎる」
「……それ、現実の女の子の話だよな?それとも実は二次元の嫁?」
「違うわっ。失礼な。この子だよ、この子!」
俺は黒沢に携帯電話で撮った写真を見せてやる。
その写真は、写ることを恥ずかしがる和歌の顔が可愛くて仕方ない。
「……確かにレベル高いなぁ。お前、羨ましすぎ。これ、後輩の子か?」
「そうだぞ。しかも、俺の将来の嫁になる子だ。親も認めてくれている関係なのさ」
「それ、なんていう漫画の展開?」
「実際、漫画のような展開だけどな。出会いからすべてが運命的すぎるんだ」
俺と和歌の出会い、そして、これから……。
いろいろな意味でこれからには期待もある。
だが、運命的すぎるがゆえに、俺はどこか不安もあったのは事実だった――。