第17章:導かれた先に
【SIDE:柊元雪】
気がついたら、どこかに迷い込んでいたという経験はないだろうか。
人気のない道だったり、森だったり。
誰の気配もない、誰かの意思で惹きこまれたような感覚。
それは迷い道。
自分の意思ではないものに、引かれている。
どこに導かれるのかは分からない、その先に何が待つのか。
「……あれ?」
いつもの朝のはずだった。
和歌と登校するために神社に来たはずだが、気がつけば俺は神社の階段にいた。
最近は和歌の家に直通で行ける通り道を使うのに。
何で俺はわざわざ正面の鳥居をくぐっているんだろう。
「寝ぼけてるのか?」
俺は自分に呆れながら、仕方なく、階段を登り始める。
いつもよりも、ひんやりとした空気。
何の音が聞こえないほどに静寂が支配している。
階段の先には神社の拝殿が出迎えてくれる……はずだった。
「……え?」
そこには神社がなかった。
階段を登り終えた先にあるのは、あの桜のご神木だった。
さぁ、と風が森の木々の葉音を立てる。
「なんでここに来たんだ……?」
ご神木まで歩いたつもりはないのに。
それにしても何か違和感がある。
「石碑の横の社ってこんなに大きかったっけ?」
石碑の横には俺の腰の高さくらいの小さな社が建っていたはずだ。
それなのに、今は人が入れるくらいの大きな社が建っていた。
俺の記憶にはない、こんなところがあったのか。
「……こんなの初めて見たな」
和歌に案内された時には見つけられなかったのだろうか。
俺は何となしに、その社に近付く。
「あれ?開いてる?」
社の扉は開いており、中に入れるようだ。
――入ってはいけない。
俺の直感がそう告げた。
「……何だろう、この感じは?」
俺は改めて辺りを見渡すが、人の姿も、いや、鳥すらも周囲には感じられない。
いつもは感じられる生き物がいる気配がしないのだ。
「あっ……」
だが、俺の足は自然に社の中へと引き込まれていく。
この感じ、どこかで……そうだ、ずいぶんと昔に同じような感じがした気がする。
あれはいつの事だっただろうか。
「入ってみるか……」
俺が一歩、足を踏み出した時だった。
目の前に広がるのは赤い炎。
真っ赤な炎が目の前に広がっている。
「な、あぁ……ぁっ……」
刹那、身体を駆け抜けるのは恐怖。
この光景、どこかで見たような……夢……これは夢なのか。
だが、俺の直感がこれは夢ではないと告げる。
逃げないと……死ぬ。
それなのに、燃える社の中で身動きができない。
「――ひい……ゆきっ!」
そんな時だった、どこかで誰かの声がする。
「――柊元雪ッ!!私の声を聞けっ!」
チリンっ……!
少女の叫ぶ声と共に、大きな鈴の音色が響き渡る。
「……なっ……!?」
その瞬間、俺は頭を何かで叩かれたように意識が大きく揺れた。
「くっ……ぁっ……うわぁああ!!」
意識をはじけ飛ばされた強い衝撃が襲う。
俺は薄らとした意識の中で気付いた。
炎に包まれながらこちらを睨みつける女性がいたのだ。
表情からは憎悪を感じ取ることができた。
そのまま、真っ白な光に包まれていく。
……気がつけば、俺は地面に座り込んでいた。
「ここ、は?うっ、眩しい……太陽の光?」
周囲を覆っていた炎はどこにもなく、辺りに広がるのは森だった。
ご神木と石碑、そして、小さな社が俺の目の前にある。
熱かった炎も、俺を睨む女性もどこにもいない。
「どういう、ことだ?」
先ほどの光景、いや、あの大きな社すらもどこにもない。
そんな俺に背後からため息交じりに女の子の声が聞こえた。
「――この大馬鹿モノがっ!柊元雪、お前は死にたいのか!?」
「ひっ!?ごめんなさいっ!?……あ、あれ?キミは確か……?」
俺を怒鳴るのは着物姿の女の子。
そう、以前にここで会った美少女がそこにはいた。
「私は言ったはずだ、ここには近づくな、と」
「あ、うん……そうなんだけどさ。気づいたらここにいて……いや、ここにいたんじゃないな。ここに極めて近い、でも、どこか違う場所だった気がする」
言葉にできないが、ここではないどこかな気がしたのだ。
それに俺が入ってしまったあの大きな社も、ここにはない。
「……やはり、引かれていたか。まったく、厄介なことを。柊元雪、私についてこい」
少女は有無を言わさずに俺の手を引く。
「あっ、ちょっと!?」
「いいから黙ってついてこい。……ここはお前がいていい場所じゃない」
あまりにも真面目な顔をして言うので俺は頷いた。
俺を引っ張るように手を繋ぐ少女の手は、和歌のような女の子の手だった。
俺が状況も分からずにつれてこられたのは神社の社務所と呼ばれる場所だった。
本来ならばここで巫女はお札を作ったり、作業をしたりする場所らしい。
和歌が説明してくれた時は中まで入らなかったが。
「ここならば問題はない。中に入れ」
「え?で、でも、ここって神社の関係者以外は立ち入り禁止じゃ?ていうか、何でキミはここの鍵を持っているんだ?」
「私はここで作業をしている人間だからだよ。いいからまずは入れ。話はそれからだ」
着物の裾を翻しながら、少女は社務所の中へと入るので俺もついていく。
少女は俺の身体をあちらこちらに触れながら、調べ始める。
「どこも異常はないようだな」
「えっと、ありがとう、というべきなのかな」
「別に助けるつもりはなかった。だが、あちらに連れていかれたお前を放っておく事もできなかった。あの場所でお前を殺されるわけにはいかないのでな」
「殺されるって、俺は死ぬ所だったのか?」
冗談めいた口調だが、彼女は笑う事もなく淡々と「そうだな」と告げた。
俺はドキッとしながら苦笑いをするしかできない。
いきなり死ぬとか意味が分からない上に、不思議体験したばかりなんだからさ。
「よく分からない場所に迷い込んだ気がしたんだ」
「幻想と現実。お前は今、さっき見たモノを信じられるか?あれは現実だったか?」
「え?あ、いや、それは……」
ただの幻覚、白昼夢と言われたらそれまでな気がする。
寝ぼけていたのか、よく分からないけども。
「少なくとも、あれは現実ではなかった気がする」
「今はその認識でよい。柊元雪、私が都合よくあの場所にいるとは限らない。次も助けてやれるかは分からない。だから、あの場所には近づかないでくれ」
少女は俺の手を握り、お願いをするように告げる。
無表情ながらも、俺を心配する素振りを見せてくれるとは意外だった。
そう言えば俺の名前を知っていたり、俺の過去とも関係ある子なんだろうか?
「分かった。出来る限り、そうする。けど、あれは一体?炎の光景と最後には女の人が見えたんだ。俺に何が起きたんだ?」
「お前は、あの場所に強く引かれてしまった。そして、私はお前を引きもどした。……まったく、お前の存在は危ういな」
「……引かれる?」
「詳しく話してもいいが、今のお前に理解するにも、時間がいるだろう」
彼女は時計を見ると、時間はそろそろ和歌を迎えに行かないといけない時間だった。
……ちょっと待て、俺がここに来た時間とほとんど変わりがない?
どういうことだ、あれだけの事があったのに、たった数分の事だって言うのか?
「柊元雪、次に万が一にもあの場所に引かれたら私の名前を呼べ。私が気付けば助けてやれるかもしれない。まぁ、可能性は低いがゼロではない」
「……それはどうも。で、俺はキミの名前を知らないんだけど?教えてもらえるか?」
少女は「あぁ、そういえば」と自分が前に言った言葉を思い出したようだ。
前回に会った時は彼女は気が乗らないと名前を教えてくれなかったのだ。
「仕方ない。私の名前を教えてやるか。今度はちゃんと覚えておけ。私の名は……」
「キミの名は?」
「――私の名前はキャサリンだ」
……きゃ、キャサリン?
どこからどうみても和風美人な女の子に似つかわしくない名前だ。
どこの外国人だよ、絶対に嘘だろ?
「ホントにキャサリンなのか?適当に言ってないだろうな?」
「柊元雪、お前は失礼な奴だな。人の名前に適当と言うな。漢字で書くと“貴夜沙凛”と書く。今時の子供の名前だろ?」
「いやいや。どう見ても、当て字じゃん。まぁいい。えっと、今日はありがとうな。キャサリン」
そんな俺に彼女はふっと鼻で笑いやがった。
無表情は変わらずだが『本当に言ったよ、こいつ』と言った顔をしやがる。
「お前、絶対にこの名前、本名じゃないだろう!?」
「何を言う。私の名前にケチをつけないでもらおうか。次は助けないぞ」
ホント、変な女の子である。
でも、俺はこの電波系美少女、キャサリンに助けられたのは事実らしい。
この時はまだ俺自身、何も自分の現状について理解できていなかった。
俺と和歌、そして椎名神社に繋がりがあるなんてことも……。