第16章:手作りのお弁当
【SIDE:椎名和歌】
その日は朝から、私は自宅のキッチンで料理をしていたの。
今日は早めに起きて、朝の境内の掃除を終えてきた。
今、作っているのは朝食ではなくお弁当作りだ。
「……元雪様の味覚に合えばいいのだけど」
昨日、元雪様と昼食を取っているとお弁当の話題になった。
『俺はいつも母さんに作ってもらってるよ。でも、いつも中身が同じなんだよなぁ』
『美味しそうですけど不満でも?』
『不満はないけどさ。たまには違う弁当も食べてみたいって言うか』
育ち盛りの元雪様は質より量と言う感じのお弁当だった。
それに少しばかり満足をしていない様子だった。
私は思いきって、彼に言ってしまう。
『あ、あの、元雪様!……今度、私が作ってきてもよろしいですか?』
以前から、作ってあげたかった。
自分の手料理をふるまう機会があればと思っていたの。
『それってお弁当の事か?』
『は、はい。ダメでしょうか?』
『いや、和歌が作ってくれるなら楽しみだな。小百合さんも和歌の料理の腕は上手だから心配ないって褒めていたから気になっていたんだ。ぜひ、和歌の手料理が食べたいよ』
彼の期待、お母様もちゃんと後押しをしてくれていたんだ。
元雪様も快く許可してくれたので、今日は私がお弁当を作ることにした。
私の隣ではお母様が朝食作りをしているの。
「和歌?ひとりでお弁当を作れる?」
「大丈夫です。大体の品に関しては元雪様から好みの味付けを聞いてきました」
「リサーチ済みということね。そう言う所は和歌は徹底しているわ」
メモ帳に書かれているのは元雪様の好みだ。
昨日、さりげなく……とはいかないけども、聞き出したの。
「卵焼きは……だし巻き卵がお好きみたいです」
「元雪君は和風系とか好きなのかしら?」
「そうみたいですね。基本的には和風が好みらしいです。それに緑茶好きとも言ってましたから。私とも好きな緑茶の銘柄が似ていたので嬉しかったです」
「へぇ~っ。それじゃ、和歌とはホントに気が合うわね?」
それは私も驚いた事でもあった。
好きな緑茶の銘柄でお話ができるなんて思いもしていなかったもの。
そして、元雪様と味の好みが似ているのも、相性の良さがいい。
「ただ、今時の子がお茶の話で盛り上がるのもねぇ?」
「うぅ、それは言わないでください。お母様。別にいいじゃないですか。」
「ふふっ。ホントに2人の相性が抜群なのね。運命の相手と思える相手じゃない?」
些細な事でも元雪様を知るたびに私は嬉しくなる。
この人と出会うために私は生まれてきた。
それほどに深い愛情が自分に芽生えるなんて……数日前まで思いもしなかった
今では運命の出会いに感謝して、日々楽しく暮らせている。
元雪様に出会ってからというもの、この数日間は私の日常は大きく変わった。
その変化に戸惑いながらも、元雪様の傍にいる幸せを感じている。
「……和歌?恋人のお弁当に煮物とかはどうかと思うのだけど?和風すぎない?」
「でも、好きみたいですよ?煮物では特にサトイモの煮物が好物らしいです」
「本当に細かいところまでチェックしてるわね。我が娘ながらやるわ。そして、元雪君の好きなのがサトイモの煮物って……美味しいけど。彼も古風ね」
お母様に笑われてしまった。
里芋の煮物、地味ながらも私も好きだ。
「いいじゃないですか。元雪様は私に合う人なんです」
「そうね。和歌が自分のペースに合う人だと思うと理想的な男の子だわ」
元雪様の前では自然体でいられる。
私が無理に合わせる事がないからこそ、私は彼に惹かれ続けていた。
「……嫌いなものとかは聞いてるの?」
「はい。元雪様はエビが苦手みたいですね。珍しいです」
「ふーん。海老フライとかもダメなんだ?」
「エビは宿命の敵だと言ってました。自称、エビアレルギーらしいですよ」
伊勢エビを化け物だと嫌うくらい。
でも、エビ以外は食べられないものはないみたい。
私は料理をしながら、ふと、ある事を思う。
「……お母様、ありがとうございます」
「え?何が?」
「小さな頃から、私にお料理を教えてくれていたことです。おかげで元雪様に、自信を持ってお料理を作れますから」
「……いつでもお嫁にいけるように教えていたかいがあったものね」
嬉しそうにお母様は微笑んだ。
私がこうして恥じることなくいられるのも、お母様のおかげだ。
料理とは日々の積み重ねがモノを言うだけに感謝している。
あとは、作ったお弁当が元雪様のお口に合えばいいんのだけども……。
昼休憩、元雪様と一緒に食事をする屋上はいつもより暑く感じる。
「そろそろ、夏になりかけてきたからな。暑くなってきたら中庭の方へ行くか」
「そうですね。あっ、これがお弁当です。元雪様、どうぞ」
ふたりでベンチに座り、私はお弁当を手渡した。
「ありがとう。うわぁ、ホントに女の子の手作り弁当だ……」
お弁当箱を見て、感嘆の声を上げる元雪様。
「普通のお弁当です。おおげさですよ」
「おおげさなものか。俺は女の子の手作り弁当を食べるのは初めてなんだから。それが恋人の弁当なんて……つい最近まで想像もしてなかったよ」
「お口に合えばいいんですけどね」
昨日のリサーチ通りならば、それほど味の好みは外さないと思う。
彼はお弁当箱を開いて驚いた表情を見せる。
中には完全に和風のお弁当に仕上げている。
人の好みにもよると思うけど、元雪様にはどうかな?
「おおっ、和風メニューだ。いいよ、和歌。どれも、すごく美味しそうだ」
見た目は気にいってもらえたみたい。
問題は味の方だ、どう評価されるのか緊張する。
まずは“だし巻き卵”。
元雪様はそっと口にいれる。
「このだし巻き卵、形もきれいだし、味もうまいし、まるで料亭の味みたいだ。……実際の料亭に行った事ないけど」
「元雪様、そおれは褒めすぎですよ?」
「ホントに美味しいよ。和歌って料理が上手なんだな」
よかった、元雪様の口にあったみたい。
問題は里芋の煮物、元雪様が好きだって言っていた。
「おー、里芋もいれてくれたんだ?俺はこれが好きなんだよなぁ」
「元雪様が好きだと聞いたので。好きなんですか?」
「うん。ちょっと見た目は地味かもしれないけどね。俺は里芋の煮物が好きだぞ。和風な弁当の定番だけどさ。うちじゃ、親父が里芋嫌いなんで滅多に出てこないんだ」
元雪様は里芋の煮物に手をつける。
煮物は味の好みが別れるから、彼の好みに合っているかどうかが難しい。
「ど、どうでしょうか……元雪様?」
「和歌……」
「は、はい?」
彼がこちらを向くのでドキドキと緊張してしまう。
美味しいの、不味かったの、どっち?
そんな心配をよそに元雪様は思わぬ言葉を告げた。
「――和歌、好きだ。……俺と結婚してください!」
「――は、はいっ!……え?」
戸惑う私の手を元雪様はしっかりと握ってくる。
「って、結婚を前提で交際してるんだけどね。こんなにも和歌の料理が美味しいなんて驚いた。正直、ここまでとは思ってなかったぞ。この里芋の煮物、最高だよ。これだけ美味しいのは初めて食べた」
「喜んでもらえて嬉しいです」
「俺の味の好みの直球ど真ん中。よく作ってくれたものだ。里芋にも味が染み込んでいて良い味だよ」
「……よかったぁ。煮物は得意料理ですけど、元雪様に味の好みが合うか心配だったんです」
お弁当よりも元雪様から結婚という言葉が出た事が一番嬉しく感じる。
でも、里芋の煮物で告白されてしまうのは予想外。
「料理がこれだけ上手なら、結婚してからがホントに楽しみだよね」
本当に和風料理が好きなんだ。
「これからも、また作ってきましょうか?」
「和歌は朝の日課もあるし、大変だろ?でも、時々でいいから作ってくれたら嬉しいかな。おー、こっちの焼き魚もいい感じだ」
やっぱり、料理ができるって言うのは男の子にとっては好感度があがることなのかな。
私達は楽しく食事を続けながら、元雪様の笑顔を見つめていた。
大好きな人が自分の作った料理を食べて喜んでくれる。
それが私の幸せになる。
「大和撫子って言葉は和歌のためにある言葉だと思うぞ」
元雪様が食事を終えたあとに私の頭を撫でてくれる。
「ふふっ。くすぐったいです、元雪様」
彼の指が髪に触れる。
私は幸せを感じていたの。
好きな人が傍にいて笑顔でいてくれる。
ただ、それだけで人は幸せになれるものなんだって。
「……元雪様、好きです」
「俺も和歌が大好きだよ。料理上手な子は特に好きだ」
「それじゃ、もしも、私が料理できなかったら嫌われてしまいますか?」
なんて言う意地悪な言葉を返す。
それでも元雪様は悩む素振りを見せずに、
「だとしても俺は和歌が好きだと思う。何かできないから嫌いになるわけでもないし。そんな事を言ったら、俺なんて和歌に何をしてやれてるのやら?夢を叶えるために頑張るけどな。それ以外にはあんまり自信がないし」
「元雪様は私の傍にいてくれるだけでいいんです。優しく甘えさせてくれるだけで満たされています。私は貴方を心からお慕いしていますよ。あっ、お茶もあるんです。どうぞ」
屋上で初夏の日差しを浴びながら夏の風を感じて、夏の訪れを感じていたの。
まもなく7月、もうすぐ本格的に夏がやってくる――。




