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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~
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第15章:炎の記憶

【SIDE:柊元雪】


 熱い……。

 身体が熱い、ここは……どこなんだ……。

 気がつけば辺り一面が炎に包まれていた。

 

「なっ……?!」

 

 驚いた俺は慌てて逃げ出そうとする。

 炎に焼かれ燃えるのは古い建物のようだ。

 

「逃げないと……死んじゃう……」

 

 だけど、まだ小さく、子供の姿の俺はその場から逃げだせない。

 なぜか、一歩も歩く事ができないんだ。

 まるで足が石のように固まっているのだ。

 

「助けて……誰でもいい……俺を助けて……」

 

 身動きのできない俺を容赦なく炎が迫る。

 

「……死にたくない……死にたくないよ……」

 

 あまりの熱さに必死にもがきながら、俺は手を伸ばす。

 

「誰か……助けて……助けてっ!」

 

 だが、立ちこめる煙の中、誰も助けなど来ない。

 炎の海を目の前にして、俺は幼いながらに死を覚悟した。

 

「……ぁっ……」

 

 どこからともなく聞こえたのは鈴の音色。

 鈴のチリンッという金属音が鳴った、その時――。

 

「――柊元雪ッ!」

 

 突如、俺の手を掴んでくれたのは一人の少女だった。

 彼女は俺の手を掴むと、勢いよく自分の方へと引っ張る。

 

「熱いよ……痛いよ……」

 

「無事か?大丈夫だ、お前は……こんな所では死なせない」

 

 燃え広がり、崩れ始める建物から彼女は俺を救おうとする。

 少女の顔は煙でよく見えないが、俺はその少女に安堵感を覚えた。

 

「どうして、俺が……こんな目に……」

 

「……“運命”がお前を殺そうとしてる。だけど、私が殺させないから」

 

 俺を殺そうとする運命って何だよ……?

 

「もっと、私が早くお前の“正体”に気づいていれば……こんなことには……」

 

 俺は途切れゆく意識の中で、ただ、その少女の手の温もりだけを感じていた――。

 

 

 

 

 ……夢を見た。

 ハッと起き上がった俺は寝汗でびっしょりだった。

 

「はぁ、はぁ……夢、だったのか」

 

 何だか嫌な夢を見た気がする。

 思いだせないが、気持ちが悪いほどに悪夢だったのは分かる。

 俺は荒い呼吸を深呼吸をして落ち着かせる。

 時計はまだ朝の6時過ぎだった。

 

「いっ、痛ッ……なんだ?」

 

 俺は突然、痛む右肩を押さえる。

 そのままTシャツの端をめくり、確認する。

 

「なんで今さらここが痛むんだ?」

 

 俺には生まれ持って、右肩にあざがある。

 直径1cmくらいの円の形をした “あざ”。

 いつもはたいして気にもしないが、今日はそのあざが痛んだ。

 しばらく押さえていると、やがて痛みは和らぎ、消えていく。

 何だったんだ?

 

「はぁ……シャワーでも浴びてこよう」

 

 俺は気にするのをやめて、ため息をつきながら、部屋を出た。

 風呂場で、シャワーの水を頭から浴びる。

 

「……気持ち悪い、この感じはなんだ?」

 

 未だに変な違和感がまとわりつく感じがした。

 シャワーを浴びてから、俺はタオルで頭を拭きながらリビングに顔を出す。

 

「おはよー」

 

 キッチンでは母さんが朝食の準備を、リビングでは親父が新聞を読んでいた。

 兄貴と麻尋さんはこの時間なら2人仲良く、愛犬の散歩をしている時間だろ。

 

「あら、今日は早いじゃない?」

 

「うん、ちょっと寝汗をかいたからシャワーを浴びただけだ」

 

「いつも、この時間に起きてくれると助かるわ」

 

「さすがにこんな早起きはできないよ」

 

 俺の起床時間は7時前後でいつもより1時間も早い。

 

「それはいかんぞ、元雪。神職は早起きが基本だからのう」

 

 親父が新聞を片手にそんな事を言った。

 そういや、そうだっけ。

 神職の仕事も大変だって言うのはそう言う事なんだよな。

 

「いずれ、椎名神社をつぐのなら、その辺も覚悟しておくとよい」

 

「あ、うん……そうだよな」

 

「余計な心配しなくていいのよ、元雪」

 

 母さんは親父の言葉をさえぎるように言う。

 

「だって、貴方は神社の家に婿入りなんてしなくていいの」

 

「げっ。そっちの意味でかよ!?」

 

 にっこりと笑顔を向ける母さんが怖い。

 やばい、母さんの反対は本気かもしれない。

 俺と和歌の関係がマジで心配になってきた。

 

「本人同士が納得済みなのにまだ母さんは反対しておるんか。元雪が決めた覚悟に水を差すでないわ」

 

「何を言ってるの。貴方のせいで、息子がこんな事になっているのよ?何が覚悟よ」

 

「それを選んだのは元雪だぞ?いいではないか、可愛い嫁さんももらえて就職先まで決まるのだから。何を不満に思うかの」

 

 自慢の髭を撫でる親父に母さんは呆れ顔だ。

 

「大問題よ。勝手にこの子の将来を決めないで。元雪も神社なんてよく分からない方向へ行かせるよりも、普通にうちの会社の方を手伝わせればいいじゃない。何が問題なの?大体ねぇ、貴方がそんなことだから……」

 

 言い争いを始めた両親に俺も小さくため息をつく。

 ダメだ、俺の言葉を母さんには聞いてもらえそうにない。

 母さんも、思い込みが激しい一面があるから困ったものだ。

 今週の日曜日には和歌も来るし、そこで解決すればいいんだけどなぁ。

 

「……テレビでも見てよ」

 

 俺は適当にチャンネルを変えて、テレビのニュースを見始める。

 

「――今日の深夜過ぎ、廃ビルでボヤ騒ぎが起こりました。火はすぐに消防により消し止められ、怪我人はいなかった模様です。警察は付近にいた少年グループに職務質問をしたところ、犯行を認めたために逮捕しました」

 

 なんだ、単なる悪ガキの起こしたボヤ騒ぎだったのか。

 誰も怪我人がなくてよかったな。

 

「犯行動機について、少年達は廃ビルに集まり、数人で煙草を吸っていると火がモノに引火したと供述しており、警察はさらなる捜査を続けて――」

 

 テレビでは現場の映像が映し出される。

 火災を起こしたビルの映像、黒こげになったコンクリートの一室が映る。

 よく見る映像のはずなのに、俺は急に何とも言えない衝動に襲われた。

 ズキッと胸が痛む、これは……なんだ……?

 

「おい、元雪?どうかしたのか?」

 

 親父に肩をゆすられるが、俺は何も言い返せない。

 熱く……燃え盛る炎……。

 脳裏によぎるのは真っ赤な炎の海。

 俺にとって嫌な光景が……あれは……どこの記憶だ?

 

「おーい、元雪?大丈夫か、顔色が悪いぞ?……ていっ」

 

「う、うぎゃぁ!?ひ、髭!?親父、てめぇ、何をしやがる!?」

 

 親父の長い顎の髭が俺の頬を撫でる、その気持ち悪い感触に我に返った。

 この親父め、俺に髭でダイレクトアタックしてきやがった。

 

「お前がボーっとしておるからじゃろう。何かあったのか?」

 

「何でもないっ!うぅ、気持ち悪い……次にやったらその口髭を剃ってやる」

 

「お前はホント母さんに似てるの。母さんも、よく剃ってやると口にするわい。このワシの自慢の髭は数年の歳月を経て、ようやく理想の形になったものでな」

 

「だって、鬱陶しいのよ。ダンディズムを目指してるのか知らないけども、その髭、貴方には似合ってないわ。むしろ、むさいから剃ればいいのよ。髭なんて邪魔なだけでしょ」

 

 グサッと親父に母さんの容赦ない一言が突き刺さる。

 

「うぐっ。女には髭の良さは分からんだろう。中東では髭を生やしてこそ一人前の男だと言われておるのだぞ?立派な口髭こそ、男たるもののカッコよさだ」

 

「ここは日本だからどうでもいいし。母さん。ひげそり持ってきて」

 

 母さんも乗り気で「ついにやっちゃう?」とひげ剃りを持ってくる。

 それに親父は本気でビビりながら髭を守ろうとする。

 

「ま、待ていっ!?2人がかりとは卑怯なっ!やめてくれ~っ」

 

 ちょうど散歩から帰ってきた兄貴がリビングにやってきて「何?」と騒ぎを傍観する。

 

「誠也、助けてくれ。母さんと元雪がワシの髭に襲いかかろうとしておる」

 

「父さんの髭を?たまには剃れば?」

 

「ガーンっ!?息子にまで見捨てられた!?ここにワシの味方はおらんのか」

 

 ショックを受ける親父に兄貴は「冗談だよ」とフォローする。

 

「ふたりともその辺にしてあげなよ。髭くらい父さんの好きにさせてあげれば?」

 

「兄貴、甘いぞ。親父が今、俺にした事は許されるものじゃない」

 

「ただの親子のスキンシップだろうが!?」

 

「髭で頬を撫でるのはスキンシップじゃない。それが許されるのはなぁ、仲のいい父と娘の構図だけなんだよ。間違っても息子にするものじゃない」

 

「……お前、将来、娘にそんな事をしたら絶対に嫌われるぞい」

 

 分かってるならするんじゃねー。

 そんな風に親父とバカ騒ぎをしていると、俺は先ほどの事など忘れていた。

 騒がしい朝の光景。

 ただ、俺の中に何か嫌な悪夢の記憶が残されている気がした。

 それが俺にどんな意味があるのかは知らないけどな――。

 

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