第14章:本気の気持ち
【SIDE:柊元雪】
人を愛すると言う事は、大変なことなのだ。
……と言う事を人生16年にして考えはじめた今日この頃。
まだお前ごときが愛を語るなど早い、と親父に言われそうだが。
この俺にも愛の難しさはち理解できはじめる。
「なぁ、兄貴。今、ちょっといいか?」
仕事も終わり、家でのんびりとくつろぐ兄貴。
ひとりでお酒を飲んでいる兄貴に俺は質問する。
「どうしたんだ、元雪?」
「変な質問をするけど、恋愛ってなんだろう?」
「ははっ。いきなり深い質問だな。元雪も愛に悩む年頃か」
変な質問にも関わらず、兄貴は真面目に答えてくれる。
俺はそういう兄貴の真面目な態度を尊敬している。
ちゃらんぽらんで適当すぎる親父の息子とは到底思えない。
「和歌さんと上手くいっているんだろう?」
「うん。まだ付き合いはじめたばかりだけどな」
「元雪の心配は、縁談を母さんが反対をしていることかい?」
母さんの問題はそれほどは気にしていないのが本音だった。
俺が気持ちを強く持ち、説得さえすれば何とかなる気がする。
……ただ、こじれた時を考えるのは少し怖いが。
「ううん。母さんも話せば分かってくれるはずだから実のところ、そっちの心配はあまりしていないんだ。そっちじゃなくて恋愛の方、俺は今まで無意識に恋愛をするのを拒んでいたらしい」
よくよく考えてみれば、俺には何度か恋人ができる機会はあったかもしれない。
黒沢に言われたのを思い出した。
結局、無自覚ながらも女の子と深い関係になる前に俺がそのフラグを折ってしまっていたかもしれない。
「……俺って恋愛下手なのかなって思うと、ちょっと不安になってさ。和歌が好きだから傷つけたくないって言うか。大事にしたいんだよ。運命的な出会いだったからこそ、逆に色々と不安もある」
もしも、和歌相手にそういう恋愛下手な自分の悪い所が出てしまったら?
……そうなる事を恐れてしまう自分がいるのに気づいた。
「元雪は別に恋愛が下手なわけじゃないんじゃないか?」
「え?そうか?」
「人の好意に気付かないほど、元雪は鈍感ではないだろ」
カランっと氷の入ったグラスを兄貴はテーブルに置く。
「和歌と出会うために、俺は今まで恋愛をしてこなかったとか?まさに運命!」
……自分で言って恥ずかしいセリフだが、兄貴は笑いもせずに言う。
「運命論。人には決められた宿命があり、全ての結果はあらかじめ決まっている。まぁ、人が信じる“運命”って言葉は都合のいい言葉でさ、運命なんて言えばあれもこれも、特別だって思いこんでしまうんだよ」
「え……?」
「俺があの子に会ったのは運命、惹かれたのも運命、恋をして結婚したのも全て運命。結果として運命なんてのはただの後付けの理由みたいなもの。自分にとってのある出来事を特別だって思いこもうとしているだけだ」
運命の出会い、強烈に惹かれあったからこそ、そう思いこもうとしている。
和歌との事をすべて、運命だと結論づける事はよくない?
「ただの偶然の重なりが続いてるだけだとしても、運命と思えば偶然じゃなく、必然だと思いこむ。元雪。運命って言葉に翻弄されるな。それは……意識すればするほど、抜け出せなくなる一種の暗示のようなものだから」
思いこみ過ぎは危険ってことか。
「それに、恋愛って言うのは時に失敗したり、相手を傷つけてしまう事もある。そこから逃げるのはよくないと僕は考える。好きな相手だから大事にするのはいい。けれど、大事にしすぎる事は返って相手を傷つけることもあるんだ」
「そういうものなのか」
「恋愛下手じゃなくて、元雪は恋愛を知らないだけだな」
まだまだ経験が足りてない、と兄貴は俺に微笑する。
「今は恋に悩め、弟よ。恋の悩みは人を大きく成長させることもある。今しかない青春時代を謳歌するといい。大人になっての恋愛は色々とワケが違うから、純粋な意味で恋愛を楽しめるのは子供の時だけだと思うよ」
「そっか。俺も考えてみる」
兄貴に相談して、少しは悩みも晴れた気がする。
だけど、兄貴は最後に真面目な顔をして言う。
「……もしも、本当に元雪と和歌さんの間に本物の“運命”があるのだとしたら、それは何か因果があるかもしれない。でも、元雪、これだけは覚えておくんだ。この世には必ずしも、良き運命だけしかないわけじゃないことを」
兄貴の言葉に俺はあの少女の言葉を思い出す。
『その運命がお前をどこに導くのか。悪い運命ではなければよいが……』
幸運の運命もあれば、不幸な運命もある。
運命って言葉に翻弄されないようにしなくちゃいけない。
翌日の放課後。
俺は和歌の神社を訪ねていた。
実は今日、和歌のお母さんに挨拶しにきたのだ。
めっちゃ緊張するんですが……。
なんていうのか、こう改めて挨拶するって言う形に緊張する。
「それでは、お母様を呼んできますね」
「お、おぅ……」
俺が通されたのは以前と同じ和室だった。
ホント、和歌の家は広いなぁ。
部屋から見える日本庭園も立派なものだ。
「……」
俺は和歌が淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。
お茶好きの俺としてはホッとできる良い味のお茶だった。
やがて、部屋にやってきたのは綺麗な女の人だった。
「貴方が元雪君ね?はじめまして、和歌の母で小百合|(さゆり)です」
「は、はじめまして。柊元雪です」
「ふふっ。和歌からよく話は聞いてるわ」
穏やかそうな美人で、和歌はお母さん似なんだろう。
……スタイルもよろしいです、和歌の将来が楽しみになるくらいに。
「あの、和歌は?」
「和歌には少し席をはずしてもらったわ。私は貴方とふたりで話がしたいの」
小百合さんは俺に向き合って座る。
「そんなに緊張しないで。あの子がいると、恥ずかしがってしまうから。和歌とは電車の中で知り合ったんでしょう?」
「……はい。初めて出会ったのは昔らしいんですが」
「旦那から聞いたわ。小さな頃に柊さんが連れてきたんだって。そんな2人がまた出会うなんて素敵よね?当時のことを和歌は覚えていないようだけども、元雪君は覚えているの?」
「少しだけですけどね。和歌が巫女舞を踊っていたのを覚えています」
巫女舞とは巫女が舞う踊り。
一生懸命練習していると言っていたっけ。
「そう……小さな頃からあの子には巫女舞を教えていたの」
「小百合さんも巫女だったんですか?」
「えぇ、私も神社の巫女だったわ。和歌は昔から巫女舞を覚えたがっていたの。あの頃はまだまだ踊りも拙いけども、頑張っていたわよ。それが今では立派な舞を舞えるようになって……努力する子だからね」
小百合さんの話では今はとても綺麗な舞を踊れると言う。
今度の夏の神事の時に踊るらしいので見せてもらおう。
「元雪君は和歌を好きになって結婚の条件を受け入れてくれたのよね?」
「はい。和歌は何かに悩んでるように見えました。神社を守るための結婚を焦ってるって感じたんです。俺がここで頷かなければ、和歌は他の誰かを選んでしまうんじゃないかって……だから、俺が彼女の夢を叶えると決めたんです」
その覚悟を決めた時、俺はもっと和歌を好きになれた気がする。
「和歌は生真面目と言うか、笑ってしまうほどに純粋な子でしょ?」
「いえ、その純粋さこそが和歌の良い所でもありますから」
「ホントに和歌は元雪君に愛されてるわね。元雪君。あの子はすごく大人しいけれど、ああ見えて頑固と言うか、一度決めたら曲げない所があるの。あのままだと、きっと、和歌は神社を守るためなら自分を犠牲にしても結婚相手を選んでいたわ」
「そこまで、ここが好きなんですか」
「和歌は椎名神社に特別なこだわりがあるみたい。それは両親である私達の想い以上にね……。だから、和歌が選んだ相手が元雪君でホントによかったわ。大事な娘だもの。信頼できる人に任せたいと思うのは当然でしょう」
和歌は家族に愛されてるんだな。
小百合さんから「和歌をよろしくお願いするわ」と言われる。
「……はい。頑張ります」
「ふふっ。それにしても、和歌もこんなにカッコイイ男の子と付き合うなんて、羨ましいわ。元雪君みたいな子なら和歌が一目惚れしても仕方ないかな」
「あはは……」
照れくさいなぁ。
俺は小百合さんにからかわれてしまう。
大人しい和歌とは違い、ずいぶんと明るい感じの人なんだなぁ。
「……お母様、もういいでしょうか?」
「いいわよ、和歌」
和歌がこちらを伺うように、部屋に入ると小百合さんは嬉しそうに笑う。
「お母様。元雪様はどうですか?」
「これだけ和歌を想ってくれるなんて、いい人を好きになったわね」
「はいっ。元雪様は私にとって大事な人ですから」
俺は和歌と自然に視線が交差して、見つめ合う。
例え、俺たちの巡り合いが悪い意味の“運命”であっても、愛しぬけばいい。
もちろん、俺は良い運命である方を信じてるけどな。
「あら~。目で語るなんて愛しあってる証拠ね。いいなぁ……そういう純愛って」
小百合さんからも認めてもらえたことで俺も自信がついた。
あとは俺の母さんを説得すれば、縁談の問題はなくなる。
そっちはちょいと問題がありそうなんだがな。