第12章:愛ある日常
【SIDE:柊元雪】
和歌と一緒に登校して、玄関の所で学年が違うので別れた。
可愛い恋人と登校するだけなのに、こんなにも楽しいモノだったとは……。
人生とは実際に経験してみないと分からない事が多いな。
「……柊、何をにやけてるんだ?」
教室で友人の黒沢(くろさわ)に話しかけられた。
黒沢は気の合う友人で中学の頃から仲がいい。
「なぁ、黒沢って彼女いたっけ」
「彼女?今はB組の女の子と付き合ってるけど、何で?お前が女性の話題なんて珍しい」
「実はさ、昨日、俺にもついに恋人ができたんだよ。年下の女の子でな」
「マジで?へぇ、意外だな。あんまり恋愛に興味なかった方だろ?」
言っておくが、興味がないわけじゃない。
俺も年頃の男だからな、女の子に興味くらいはある……男趣味でもないぞ。
けれど、和歌に出会うまでに人を好きになった事がなかったのは事実だ。
「その子は可愛い子なのか?」
「それが聞いてくれよ。めっちゃ、可愛い子なんだよ。もう、マジで最高。正真正銘の大和撫子だぜ」
「まぁ、お前がそういうなら可愛いんだろう。今度、紹介しろ」
「おぅ、会ってびっくりするなよ?ホントに可愛い美少女なんだ」
恋人がいるって言う事はいい事だ。
友達との話題にもなるからな。
今までは聞かされる側だったが、今は話せる側になれた。
いろんな事で心が満たされる、その感覚が幸せだと思う。
「でも、柊が恋人を作るのも不思議な気がするな」
「そうか?」
「だって、今まで誰かと付き合うって寸前でやめてだろ?」
「……いやぁ、そんなことはないぞ?」
俺には縁がなかっただけだ。
そんなに女の子の知り合いもいないからな。
「本人には自覚なしって奴か。何度か女とうまくいきかけては終わりってのがお前だったんだがな。肝心な所でダメになるっていうか。中学の時からそうだっただろ?」
「うむむ。そうなのか?俺は無自覚のフラグブレイカ―だったのか?」
「そーいうことだ。恋人が出来たって言うなら今度こそ、その縁を大事にしろ」
言われなくても大事にするけどね。
和歌との出会いなんて、本当に運命的だったからな。
黒沢と話をしていたら、担任教師がやってくる。
「おまえら、さっさと席につけ。HR始めるぞ。あと、今日は席替えするからな」
もうすぐ7月、新たな席で俺も学校生活を送る。
俺はくじで選ばれた新しい席に座る。
「おー、柊が俺の後ろなんだな」
「窓際で一番後ろってのはいい席だぞ」
俺の前の席には黒沢が座っている。
何気に頭のいい黒沢と近い席なのは色々と教えてもらえるからラッキーだな。
後ろの位置は久々なので俺としては嬉しい。
「……あれ?俺の隣の席は誰もいないのか?」
ふと、隣を見ると空席だった。
「あー、その子か。今日も休みだな。篠原(しのはら)さん、2年になってから学校に来てないらしいから」
「篠原さん?そんな子、このクラスにいたっけ?イジメで不登校とか?」
あまりクラスの生徒に興味もなくてよく知らない方だが、不登校なら話くらいは聞いた事があるはずだ。
「イジメじゃない。昔から病弱で身体が悪いそうでな。学校を度々休んでたそうだ。学校側も事情を配慮して点呼とる時に名前を呼んだりしないからお前も知らないんだろ」
「へぇ、病弱ってのは大変だな」
「俺は1年の時も同じクラスだったから知ってるが、1年の時は出席日数ギリギリには来てたんだ。儚げな印象の美人な女の子だったよ。だが、2年になってからはまだ来ていない。噂だとこのままだと出席日数が足りないから留年するかもって話だ」
「残念だが、病弱っていうのは、どうにもならないからな」
篠原さんか。
お隣さんの彼女が復帰する事を祈ろう。
昼休みになり、俺は黒沢に昼飯を誘われたが断る。
恋人ができたら、そっち優先しちゃうのは仕方ないよね?
いつもの日常から一転、俺も愛のある日常に変わろうとしているのだ。
「ここにいるはずだが。和歌~?」
待ち合わせていたのは学校の屋上だった。
快晴の空の下で昼食を食べるのもいい。
昼休憩に解放されているこの場所は、景色も綺麗なために食事をとる生徒も多い。
「あっ、元雪様。こっちです」
既に屋上に来ていた和歌と同じベンチに座る。
俺は母さんの作ってくれている弁当を食べる。
「和歌も弁当なんだな。自分で作ったりするの?」
「いいえ、これはお母様の手作りです。私も料理はしますけどね」
「朝も忙しそうだからなぁ。巫女さんの仕事ってお掃除がメインなわけ?」
巫女というイメージではいつも境内をホウキで掃除している感じがする。
「メインではありませんけど、朝の日課のようなものです。清掃は巫女のお仕事のひとつなんです。人が訪れる神社はいつも綺麗にしなくてはいけません」
「他にはどんな仕事があるんだ?」
俺は弁当の卵焼きを食べながら彼女に尋ねてみる。
巫女と言えばあの可愛らしい衣装しか思い浮かばない。
でも、実際はいろんな仕事があるんだと思う。
「そうですね。例えば、お守りやおみくじとかを作ったりしますね。メインの作業というのであれば、お札作りでしょうか」
「お札?」
「はい。祈祷用のお札です。うちの神社の場合は、巫女さんの主なお仕事ですね」
お札作りとは地味に大変そうな仕事だな。
「あとは巫女の役目というか、巫女舞を踊る人もいます。私も神事や祭礼の時には巫女舞を舞う事もあるんですよ」
巫女舞……その響きに俺は何だか聞き覚えがあった。
遠い昔、どこかでその言葉を聞いた気がする……。
『きれーな巫女舞だね。しーちゃんは将来は巫女さんになるの?』
小さな女の子が頑張って巫女舞を踊る姿。
脳裏によみがえる光景。
ぼんやりとしか思い出せないが、巫女舞と言うキーワードがきっかけで思い出す。
「そうだ、しーちゃんだ」
「しーちゃん?誰ですか?」
「和歌、そうだよ。俺たち、前に会ったことがあるぞ」
「え?え?」
と、言われても和歌の方は「?」と疑問な様子だ。
食事を続けながら俺たちは順を追って話す。
「思い出したんだ。昔、巫女になりたいって、巫女舞を目の前で踊ってくれた女の子がいた。それが多分、和歌だと思う」
「私は幼い頃から巫女舞の練習をしてました……私なんでしょうか?」
「うん。間違いないよ。その時に女の子の名前を俺は『しーちゃん』って呼んでいたんだ」
和歌は年齢が俺よりも低かったこともあり、覚えてないかもしれない。
俺の記憶ですらうっすらとしか覚えてないことだからな。
「しーちゃん、ですか?でも、私は“し”なんて名前に入ってませんよ?」
「和歌の名字は椎名だろ?しいな、だから、しーちゃんって呼んでたんだと思うんだ」
「あぁ、そっちですか。そう言う事だったんですね」
俺はしーちゃんと仲良くなって、巫女舞を何度か見た。
その記憶を思い出したんだ。
でも、あの時はもうひとり、俺たちの傍にいたような……。
『昔に自分で名乗ったではないか。柊元雪、その名前くらいは覚えている』
そうか、もしやその子が……あの鎮守の森で出会った女の子なのか?
でも、もうひとりの少女に関してはほとんど思い出せない。
「元雪様は昔の私を覚えてるんですね。私の方が覚えてないなんて……」
「和歌はまだ5歳くらいなんだ。覚えてなくても、仕方ない」
「それでも、覚えていたかったです。元雪様との思い出を――」
軽く拗ねながら、和歌がそっと俺の手に触れてくる。
小さくて、細い指が俺の指に絡まる。
「元雪様の手はとても大きいですね。男の子の手です」
「和歌は女の子らしくていいよ」
「……元雪様はこれまで誰かと手を繋いだ事があるんですか?」
和歌はふと、そんな事を尋ねてくる。
「女の子とこんな風に繋ぎあう事はなかったかな。俺は誰とも付き合ったこともないし、恋をした事もなかったからさ」
「よかった……元雪様の初めての相手になれて」
女の子の口から聞くとちょっと別の意味にとらえてしまうのは俺も男だな。
和歌はホッと安堵の声を出す。
「そうだ、和歌。このタイミングで言うのもなんだが、今週末は空いてるか?」
「空いてますけど?」
「だったら、俺の家に来てくれないか?その……母さんが和歌に会いたいって言ってるんだよ。うちの母さん、和歌との話がいきなりでまだ認めてくれていないんだ」
「なるほど。あまりにも話が突然だったものですから、当然でしょうね。あら?でも、おじ様はこの縁談は家族も認めてくれているような話をしていませんでしたか?」
「あの親父の言う事は信じちゃいけない。仕事以外はホントに適当な人なんだ、でたらめばかり言う人なんだ」
親父はマジで、あれでよく社長業ができると思うほどに適当な性格だ。
今回の事も母さんに話をしてくれていたらよかった話だ。
和歌に会えばきっと母さんも気にいるはずだけどな。
……下手に問題がこじれるような事にはならないと思いたい。
「俺も和歌のお母さんに会って話さないとな」
おじさんにはあったが、和歌のお母さんにはまだ会えていない。
「元雪様と素敵な恋人関係になれたんですって報告したら、お母様も会いたがっていました。ぜひ、会ってください。ふふっ、でも、こういうのっていいですよね。家族に挨拶するのも、されるのも……繋がりを深めていける感じがします」
俺は何だか照れくさくなりながら和歌と手を繋ぎあう。
その手の温もりを感じながら昼休憩が終わるまで他愛のない事を話していた――。