最終章:桜の彼方へ
【SIDE:柊元雪】
俺達の運命を巻き込んだ事件は終わった。
椿姫は消滅し、呪いは解かれた。
それでも、俺達も失ったものは多かった。
椎名神社の森は幸いにもそれほどの焼失をしなかった。
燃えてしまったのはご神木付近、特に椎名神社のご神木が燃えたのは痛い。
けれど、この件に関しては和歌のお父さんはこんな風に言っていた。
『あのご神木は役目を終えた。だから、最後に季節外れの狂い咲きを見せたんだろう』
最後にご神木の桜が俺達に見せたあの光景。
この時代にまで影綱達の想いを伝えるために。
託された願いと役目を果たしてくれたのだろう、そう思う事にした。
今、ご神木のあった場所には新たな桜の木が植えられている。
新たな桜は新たな時代を見つめていくに違いない。
これから先の長い年月、この土地の人々の想いを見守り続けてくれればいい。
そして、その隣には椿姫の慰霊碑と、2本の椿の木が植えられた。
椿姫の呪い、あの悲しい出来事を忘れないために。
椿の木は赤と白、紅白色の2本植えられた。
季節がくれば綺麗な紅白の色合いの花が見られるそうだ。
この提案をしたのは和歌だった。
『この椿の木はきっと綺麗な花を咲かせてくれますよ』
和歌いわく、椿の花言葉は“完全な愛”。
『椿には“私は常に愛します”、そんな言葉の意味もあるんです。椿は優しい愛の花なんです』
椿姫は一途な愛に生きた女だった。
残念ながら、その愛は憎しみに変わってしまったけれども……。
あの椿の花が綺麗に咲く頃を楽しみにしていよう。
……唯羽の事を話すのは少しだけ心が痛む。
あのあと、彼女はどうなったのか。
彼女が今回の事件で失ったものは大きい。
もうひとりの唯羽と言うべき存在、椿。
彼女の犠牲により俺達は救われた。
俺は椿の事を忘れる事はない、俺の記憶の中に彼女の笑顔は残っている。
椿の人格を失った唯羽は、あの無邪気な明るさを失った。
『椿を失った、その喪失感はあるけれども、私は……私だから心配するな』
明るさを失ったとはいえ、以前の唯羽とはまた少し違う。
今回は感情はちゃんと残されており、笑う事も楽しむ事もできる。
『どんな私でも“元雪”は受け止めてくれるんだろう?』
以前の唯羽でもなく、明るく無邪気な唯羽でもなく。
また違った性格をした唯羽というべきだろう。
もうひとつ、唯羽が失ったのは魂の色が見える不思議な力だ。
『別にあの力がなくてもかまわないさ。私にはもう必要がないものだから』
唯羽はそう言っていたが、ずっと自分にあった力がなくなるのは寂しいに違いない。
椿姫の呪いを解くために、彼女に背負わせてしまったモノは大きい。
事件は終わった、皆の心にそれぞれの傷跡を残して――。
あの事件から数ヶ月、季節は流れて春になる。
新しい季節、4月に入り、俺達はお花見をしていた。
椎名神社には桜並木があり、今年も綺麗な桜の花が咲いている。
ひらひらと舞い散る桜を眺めながら、
「和歌、こっちの準備はできたぞ」
「あっ、元雪様。すみません。力仕事をさせてしまって」
「いいよ、何もしないってのもな。それにこう言う仕事は俺の役目だろ」
レジャーシートの上に持ってきたジュースやお菓子を並べる。
和歌は作ってきたお弁当を並べていく。
見た目も匂いも、美味しそうな料理が並ぶ。
「美味しそうだな」
「ほとんど唯羽お姉様が作ってくれたんです。私はお手伝いをした程度ですよ」
「そうか。その唯羽は?まだ来ていないのか?」
「何かの準備をしてると言ってました……けど……?」
和歌が言葉を詰まらせて向こうを見つめる。
その視線の先にいたのは……。
「やぁ、元雪。綺麗な桜だね」
「……あ、あぁ。そうだな。見事に満開で綺麗だとは思う」
「私はどうだ?綺麗に見えるか?」
そう言って唯羽が俺の前に姿をさらす。
その衣装は紅白の色合いが可愛らしい、巫女服だった。
以前、唯羽は自らが巫女服を着るのを嫌がっていた記憶がある。
巫女服を着た唯羽は美しく清楚な印象を抱かせる。
綺麗な女の子が着ると巫女服はホントにドキドキするものだ。
「とても綺麗で似合っているよ」
「それはよかった。着慣れないものだから、恥ずかしさもあったんだ」
「……でも、どうして巫女服を?お前、着ない主義とか言ってなかったっけ?」
俺の言葉に彼女は微笑しながら答える。
「そうだな。以前の私ならば、この手のものは着なかっただろう。けれども、今はどんな事にも挑戦してみたいと思えるんだ。それに一応は私も神社の娘なわけだし。着慣れておくにこしたことはない。まぁ、単純な理由を言えば……」
唯羽は俺に桃色の唇を近付けながら甘く囁く。
「――好きな男に可愛いと思われたい下心からかな」
思わずドキッとするからやめてくれ。
「……元雪様、鼻の下がのびてますよ」
「うぇ!?ち、違うぞ、それは誤解だ」
「ふんっ。いいんですよ、どうせ私の巫女服は見慣れて飽きてしまってるんでしょうし」
和歌が拗ねて頬を膨らませる。
彼女の巫女服姿も可愛くて好きなのだが。
「そんなことはないぞ、和歌の巫女服だって好きだし」
「今のお姉様とどちらが?」
「そ、それはですね……どっちと言われれば、どちらもというか」
優柔不断な俺の性格はあの事件を経てもなおらず。
そんな俺達に唯羽は挑発的な笑みを見せながら、
「元雪が私に見惚れてくれるのは嬉しいよ。ヒメには負けない、負けられない。同じように可愛らしく見られたいんだ」
「……お姉様は何だか以前と違って本当の意味で手強く感じます。私も元雪様の想いで負けるつもりはありませんけど」
静かな女の子同士の戦いが俺の目の前で繰り広げられていた。
なんとか雰囲気を変えようと俺は話題を変える。
「そ、そうだ。ご飯を食べよう。お腹がすいたなぁ」
「今日も元雪が好きな和食を中心に作ってあるよ」
俺は唯羽のつくってくれたお弁当に手を伸ばす。
「まずはサトイモの煮物からいただきます……うん、やっぱり美味しい」
「これは私もお姉様に追いつけない味です」
和歌も認めている、唯羽の料理の腕。
「……そう言ってもらえると照れるね。私の唯一の取り柄だから」
「唯一って唯羽は色々と取り柄があるだろうが」
「そうかな。私にとって自信があるのは料理だけなんだ。元雪は今も昔も変わらずに、美味しいと言ってくれる。その言葉があるから私の自信になっている」
彼女の真っすぐな瞳に俺は照れくさくなる。
これが、今の唯羽の性格だとも言える。
甘えたがりな椿の人格とはまた違う、純粋な好意。
好きなものを好きという、今の唯羽からは常に俺への愛情を感じられる。
「わ、私だって、元雪様のために料理を作りますよ?何でも言ってください」
「……分かってるから。そこで対抗意識を燃やさないでくれ、和歌」
「だって……お姉様に元雪様をとられてしまいそうなんです」
俺の手を握り締めてくる和歌。
そのやりとりを余裕の表情で見つめる唯羽。
「それは違うな、ヒメ。とられてしまいそうじゃない、とるつもりだから」
「――!?」
「油断と隙があれば、遠慮なく、私だけのものにする。その覚悟はしておいてね」
俺の隣で和歌が「今のお姉様、手ごわ過ぎです」と嘆いていた。
巫女服の唯羽に魅了されながら料理を食べ続ける。
春の穏やかな気候がとても心地よい。
「それにしても、ずいぶんと温かくなってきましたね」
「ようやく春の季節らしくなっていいじゃないか。元雪は春が好きだっけ」
「あぁ、桜も綺麗だし……良く考えてみれば、和歌や唯羽とこんな風に一緒に桜を眺めるのは久し振りなんだよなぁ」
あの季節外れの狂い咲きの桜は例外とすれば、こんな風に3人で桜を眺めたのは10年ぶりという事になる。
幼き頃の記憶を思い出しながら俺は2人に言う。
「また、いつか桜を見よう。その約束、ようやく叶えられたな」
「これからも一緒に見ましょう。何度だって元雪様とお花見がしたいです」
「元雪が望むのなら、いつだって……私達は傍にいるよ」
美しき桜の木の下で俺達は寄り添いあう。
愛して、愛されて。
幸せな時間を積み重ねていく。
もちろん、いつかは唯羽か和歌か、好きな女の子を決めなくちゃいけない日も来るだろうけども、今は3人でこの時間を一緒に過ごしていきたい。
同じ時間を過ごし、同じ景色を見ていきたい。
前世の悲しい運命も、少しくらいは報われるように。
今の俺達ができることをしていきたいんだ。
俺は唯羽と和歌の手をそれぞれ握り締める。
この手を離したくない。
「愛してるよ、ふたりとも」
桜舞い散る、美しき世界で俺達の恋は続く。
愛しき者たちの温もりをこの手に感じながら、俺達は春の桜を眺め続けていた――。
【 THE END 】
恋月桜花、完結です。