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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花5 ~桜の彼方へ~
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第126章:愛にすべてを

【SIDE:篠原唯羽】


 悲しい因縁を断ち切るために。

 私の前に現れたのは、もう一人の私である椿だった。

 椿姫を背後から抱きつく形で身動きを封じ込める。

 

『は、離せ……!?』

 

「普通の人じゃない私ならば椿姫にも触れられる」

 

『消えたはずのお前が……なぜだ?』

 

「そう。一度は消えたはず。でも、椿としての私は再びこの世界にいる。椿姫と一緒に消えて終わりにするために。それで全部、終わらせようよ」

 

 最悪の怨霊、椿姫を消滅させる最後の手段。

 

『そんなことをすればお前も……』

 

「だから、何?私はね、元雪を守れればそれでいい。その気持ちは唯羽と何も変わらない。それに……元雪はどんな唯羽でも愛してくれる。私という人格じゃなくても、想いを抱いてくれると信じてるから」

 

 椿が消えれば、私の中にある人格も消えてしまう。

 それでも、私達ができる唯一の方法でもある。

 

「椿姫。呪いは終わりだ」

 

 私は呪われた弓矢を彼女の前に差し出す。

 

『それは……』

 

「かつて影綱を射たとされる弓矢。400年前のお前がこれに呪いをかけたのが始まりだった。それもこれで終わりだ、ここで終わらせる」

 

『やめろぉ!!』

 

 怨霊の叫び。

 私は思いっきり、その弓矢をへし折る。

 長年の風化でいともたやすく弓矢は折れて砕け散る。

 

「……これでお前はもうこの世に留まる力の源を失った」

 

「でも、それで終わりじゃないんだよね?」

 

「そうだ。あとは……椿姫、お前自身を消滅させなければならない」

 

 弓矢を折って終わりならば話が早かった。

 椿姫は表情を苦痛にゆがませながら、

 

『……お前達は何も分かっていない。愛を分かっていない』

 

「愛を分かっていない?」

 

 この期に及んで何を言う。

 

『人から愛されたいと思う心を、人に必要とされたいと思う心を。お前達は分かっているのか?』

 

 生前の彼女は長い病に苦しんで、絶望の中を生きてきた。

 家族にも見放され、影綱だけが心の支えだった。

 影綱に愛されたい、必要とされたい。

 そんな気持ちだけで生きてきたのだろう。

 

「分かってないのはお前だよ、椿姫」

 

『……なんだと?』

 

「私は……柊元雪を愛してよく分かった。恋は楽しい物だけじゃなくて、苦しいものだということも。時には嫉妬して、時にはぶつかりあって。それでも、愛は私にそれ以上の幸福を与えてくれる」

 

「椿姫の愛は一方的な愛情ばかり。だから、分らなかったんでしょ?影綱の心の奥底の悩みも。誰だって自分の大好きな人が死ぬのは悲しいよ。その怖さから逃げたくなってもしょうがないじゃない」

 

 人は弱い。

 目の前に嫌な事があれば都合が悪ければすぐに目をそらす。

 影綱が椿姫から目をそむけ、紫姫に心を奪われた事は仕方のない事だった。

 

「……それでも椿姫は愛して欲しくて。どんなに裏切られても、悲しくても、今も彼を想い続けている」

 

「その愛が憎みしみに変わった今も……愛を求め続けている」

 

『うるさい……うるさいっ!』

 

 椿姫が苛立ちを爆発させる。

 この悲しいほどに一途な女の想いは二度と相手に届かない。

 

「もう、終わったんだよ、椿姫?その恋は終わってるの。報われない想い、行き場のない愛情。貴方がどれだけ影綱を想い続けても、その彼はもう貴方を愛する事はない」

 

 椿がそっと炎に燃え盛るご神木を指さした。

 赤い炎に燃えて朽ち果てていく桜の木。

 

「あの桜が見せた最後の記憶。彼は何て言っていた?」

 

『……』

 

「影綱は言ったじゃない。許して欲しいって……最後まで愛せなくてごめんねって。もう許してあげなよ。貴方達の恋はもう終わったんだから」

 

 自分の恋はもう終わっているのだと、復讐などしても意味がないのだと。

 椿の言葉に椿姫は往生際の悪さを見せる。

 

『誰が許すものか……許せるものかっ。お前らだっていずれ分かる。人を愛し、信じ続けることの愚かさをっ!』

 

 なおも暴れようとする怨霊に椿は叫ぶ。

 

「この分からずやっ!自分で自分の愛情を否定するなんて」

 

「こんな説得で綺麗に終わるとは最初から思ってない。怨霊相手に私達の言葉が通じるはずもなかった。椿、もう問答は終わりだ。終わらせよう。椿姫と分かりあう事など、できない」

 

 少しの可能性にかけてみたが、それも無駄だったようだ。

 分かり合えればと思ったが、怨霊になっている以上、どんな言葉も届かない。

 椿姫……一途な哀れな女。

 この人に、もう少しだけでも他人の痛みを理解できる心があれば。

 

「椿姫、これが最後だ。最後にお前に言っておくよ」

 

 この悲しみの連鎖を断ち切るために。

 

「私は今、恋をしている。大切な気持ちを抱いている。だけど、お前と一緒にするな」

 

 私だって知っている、人を愛する事は難しい。

 

「私は元雪が自分を愛してくれる気持ちを信じ続けている。元雪の愛を信じてる」

 

『どんな愛も、いつかは裏切られてしまうだけだ。他人を信じることなど愚かだ』

 

「お前と一緒にするなと言ったはずだ、椿姫。私達の愛はそんな脆い絆じゃない」

 

 お互いを愛すること、それは心が強くなければいけない。

 人の想いは儚くて、どれだけ信じていても、たやすく裏切られて、壊れてしまう。

 愛はもろくて、でも、かけがえのない大切なもの。

 私達はそれを知っているから、後悔をするような恋はしない――。

 

「――“前世”が“現世”の恋の邪魔をするんじゃないっ!」

 

 この悲しい悪夢を終わらせよう。

 私の想いが椿姫の存在を消す。

 

『やめろ、やめ……ぐぅあああああ』

 

 椿姫は苦しむ声をあげて光の中に消えていく。

 そして、一緒に消えていくのは……。

 

「椿……すまない」

 

「そんな顔しないでよ。元は、私の役目みたいなものだから。後悔はしてないし。私は消えてもちゃんと唯羽の中に残るもん。じゃぁね、唯羽。元雪をよろしく」

 

 椿は笑顔を絶やさずに、その光に飲み込まれてく。

 最後の最後まで、笑いながら……。

 消滅していくふたり。

 

『……心の強さ、か。私にはそれがなかったのか』

 

 最後に聞こえてきたのは椿姫の声。

 

『強いな……他人を信じる、その強さが私にもあれば……』

 

 哀れなお姫様の嘆きの言葉。

 愛する人を憎むことしかできず、許す事ができなかったお姫様の後悔。

 そして、彼女達はこの世界から存在を消した――。

 全てが終わったのだと安堵するのも、つかの間。

 

「……うっ」

 

 私は意識を失いかけて、足元から崩れそうになる。

 椿姫を倒しても、辺りは一面の火の海だ。

 灰色の煙にむせながら、逃げだそうとするけども身体に力が入らない。

 元々、怪我をして無理をしてきたせいだ。

 熱く燃え盛る炎の中、逃れることもできない。

 

「こんなところで、死にたくないな」

 

 倒れそうになったその時だった、ふっと私の身体が抱きとめられる。

 

「唯羽っ!?無事か」

 

「……元雪?」

 

 私を抱きしめるのは元雪だった。

 

「そうだ、俺だ。ちっ、熱いな。さっさと逃げるぞ」

 

 病院から抜け出してきたようだが、その姿を見て私は安心する。

 彼が無事で本当によかった。

 私を背負うと彼は炎に焼かれる森をぬけだす。

 

「元雪、昔と逆の立場になったな」

 

 まるで10年前の逆の立場に私は思わず微苦笑した。

 

「ふっ。それ、微妙に違う。俺は今も昔も唯羽に助けてもらってばかりだ。唯羽を助けるだけじゃ返せない恩があるんだ。……全部、終わったんだよな?」

 

「あぁ、終わったよ。悲しい女の妄執、嫉妬の呪いはもう終わった」

 

「……結局、俺は何もしてやれなかったな」

 

「そんなことはないさ。私も椿も最後に勇気を出せたのは元雪のおかげだよ」

 

 元雪への愛を信じることができたから、私達は想いの力で椿姫に打ち勝てた。

 私は振り返り、燃え尽きようとするご神木の桜を見た。

 

「全部、燃えてしまった。影綱、紫姫、椿姫の3人の想いも消えてしまう」

 

「……恋月桜花は終わったんだ。すでに彼らの時代は終わっている、今は俺達の時代だ」

 

 元雪の言葉に私も頷いて答える。

 

「そうだな。私達は……私達の新しい物語を作りだしているんだ」

 

 恋月桜花と呼ばれた悲しい物語の終演。

 時代は移ろうもの、これからは新しき運命が始まる。

 遠くの方で消防車のサイレンの音が聞こえた。

 

「……少し、疲れた。眠らせてくれ」

 

「分かった。この悪夢を終わらせてくれて、ありがとう。唯羽」

 

 私は彼の背にもたれながら、ゆっくりと眠りについた。

 前世から続く負の連鎖、悲しい恋の物語がようやく終わったんだ――。

 

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