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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花5 ~桜の彼方へ~
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第125章:帰還

【SIDE:柊元雪】


「元雪……起きて?」

 

 その優しい声に俺は目を覚ますと、俺は桜の木の下にいた。

 

「この場所はどこだ……?」

 

 綺麗な桜が咲き乱れているが見たことのない景色の場所だ。

 見事なまでに咲き誇る桜並木の美しさに見惚れる。

 

「やっと、起きたね?寝てる顔も結構、可愛くていいよ」

 

 その木々の影で、俺に声をかける相手。

 どうやら、俺はその少女に膝枕されているようだ。

 

「……唯羽?」

 

 薄目を開いて俺はその少女の顔を見て驚く。

 

「残念でしたぁ。惜しいけど、違うよ」

 

 こちらに向けて微笑む少女。

 彼女の髪色は綺麗な漆黒の色。

 違う、唯羽によく似ているけどこの子は……。

 

「もしかして……椿なのか?」

 

「正解。こうして会うのは久し振りだね、元雪」

 

 椿、それはもうひとりの唯羽の人格。

 過去の唯羽が自らに呪いをかけて、人格を封印した。

 その時に人格が分裂した、もう一人の唯羽と呼べる存在。

 けれども、今は再び唯羽と一つになってこの世界にはいないはずだ。

 

「どうして、椿が……?」

 

「元雪を助けるためにまた復活してみた感じ?」

 

「待て。それって、やばいことなんじゃ?」

 

 また唯羽にとって感情のない日々をおくらせてしまうのではと危惧する。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。元雪が考えるような事はないよ」

 

 首を横に振りながら、寝ている俺の頭を彼女は撫でる。

 その手の温もりは冷たくも、どこか温かみを感じるものだった。

 

「なぜ俺はここで椿に膝枕されてお花見してるんだ?」

 

「ここはね、現実の世界じゃないから。私じゃなくちゃ入れない場所だもの」

 

「えっと、あのですね……もしかして、俺、死んじゃった?」

 

 椿姫の呪いで死んであの世に……という展開は勘弁してもらいたい。

 

「あははっ。天国ってこんなに綺麗な場所なのかな」

 

「さぁ?女の子の太ももの柔らかい感触がない事だけは事実だろう」

 

「そうだね。ある意味、元雪にはとっては天国かも。でも、ここにい続けると永遠に元雪は現実に戻れないから助けに来たの。ここは現実と幻想の狭間の世界」

 

 それは、かつて俺が何度も入り込んでしまった世界だ。

 誘われるように、椿とそこで何度も出会った事を思い出す。

 

「椿姫に魂をとられちゃったんだよ。分かってる?」

 

「……お、おぅ。なんとなく」

 

「ちなみに現実の元雪は“和歌”に見守れながら意識不明の状態で病院のベッドの中。椿姫の呪いのせいで、もうすぐ、ホントにさよならしちゃうかも?時間もあんまり残されてないよ」

 

「え?そんなにやばいの、俺?」

 

 現実の俺、大ピンチ!?

 自業自得な行動の結果とはいえ、命の危機が迫ってるようだ。

 

「和歌、か。彼女をそう呼ぶのは本当にお前は椿なんだな。確認だけどもヒメちゃんって呼んでた方の唯羽の性格は椿なんだよな?」

 

「うん。知っての通り、私は唯羽から分れた人格のひとつ。もう分れる必要もなかったんだけどね」

 

「……どうして?」

 

 椿は最近までの明るく可愛い唯羽の人格だ。

 唯羽が人格を再び、切り離そうとする理由は……。

 

「椿姫との決着をつけるために、唯羽は自分を犠牲にするつもりなんだ。すべての責任を取るつもりなの」

 

「……責任って、本当の意味での責任はないだろうが」

 

「しょうがないよ。誰かが消えないとあの呪いは解けない。だから、私が消える事にしたの。唯羽のためにも、これが一番の最善策だと思うから。そのためにわざわざ、またこうして椿として復活してみたってわけ」

 

 椿の言葉に俺は思わず飛び起きた。

 今、何て言った?

 

「……椿が消えるって?」

 

「元雪は優しいな。私でも消えると寂しいんだ」

 

 そっと椿が俺の頬を手で触れる。

 その手に俺は自分の手を重ね合わせる。

 

「当然だ。お前は唯羽の一部で……その、最近はずっと傍にいた人格なんだ。お前の行動に困らせられたり、ドキッとさせられてきたんだ」

 

「楽しかったよね。唯羽としての私は本当に毎日が楽しかった。けれど、だからこそ、安心できることもある。例え、私という人格が消えても、唯羽という人間を元雪は愛してくれていると言う事をちゃんと分かってるから」

 

 椿が俺を抱きしめてくる。

 俺も力を込めてその身体を抱きしめ返す。

 消えてしまう、なんて……嘘だって言ってくれよ。

 散りゆく桜を眺めながら、彼女は俺に想いを伝える。

 

「……どんなに中身が変わっても、元雪は“唯羽”への態度を変えたりしない。どちらの唯羽も愛してくれたように。だから、大丈夫だと思ったんだ。私が消えても、元雪はどんな唯羽でも好きでいてくれるもの」

 

「当たり前だろ。唯羽は、唯羽だ。お前も唯羽なんだから」

 

 人格、性格、どんなに中身が変わろうが唯羽という俺の大好きな女の子に変わりはない。

 目の前にいる椿も、唯羽の一部で……俺の愛するべき存在だ。

 

「ありがとう、元雪。私を好きになってくれて。私を愛してくれて。私も大好きだよ」

 

 あのいつもの明るい笑みを見せながら、椿が言った。

 

「さぁて、お別れの時間だね。元雪をここから救い出すのが私の役目でもあるんだ。すぐに助けてあげるからね」

 

「おい、本当に消えてしまうのか?他に方法はないのか?やめろよ、別れなんて言うなよ」

 

 俺の言葉には何も答えず、笑みを浮かべたままで、

 

「知ってる?大好きな人のためになら、女の子はどんな事もできるんだよ?」

 

 彼女は俺に唇を触れさせて、最後の言葉を放つ。

 

「――私が消えても、唯羽を愛してくれるって信じてる。それじゃ、さよなら」

 

 薄桜色の花が散る世界で囁かれたのは。

 愛の言葉と、別れの言葉だった――。


 

 

 

 ……。

 目が覚めたら、俺は病院のベッドの上に寝ていた。

 辺りを見渡すが、桜はなく、今度は現実世界のようだ。

 俺の手を強く握りしめるていたのは和歌だった。

 

「……わ、か?」

 

「も、元雪様!?元雪様が……目を……ひっく、うぅああ……」

 

 俺の顔を見るなり、和歌がポロポロと大粒の涙をこぼす。

 

「あぁ。和歌、おはよう」

 

「おはようじゃないですっ!元雪様は無理しすぎです。私がどれだけ心配したか!」

 

 泣きながら怒られてしまった。

 泣きじゃくる和歌に俺は手を伸ばす。

 

「ごめんな」

 

「うぅっ……あぁあ……」

 

 頬を伝い流れ落ちていく涙。

 指先でその瞳に溜まる涙をぬぐう。

 大事な恋人に泣かれると辛いのだ。

 俺はそんな泣き顔を見たくはないから。

 しばらくして泣きやんでくれた和歌は俺の顔を見つめながら、

 

「すみません。私達のために犠牲になってくれていたのに。……そうです、元雪様が目を覚ましたと言う事は椿姫様の呪いが解けたんですか?唯羽お姉様はどうなったんですか?」

 

「いや、まだ呪いは解けていないらしい。俺の事は椿が助けてくれただけだ」

 

 俺はベッドの上で身体を半分だけ起こした。

 

「椿?それは椿姫様ではなく、以前に唯羽お姉様の人格だってお話されてた?」

 

「あぁ、もう一人の唯羽だよ。最近までの唯羽の性格の方な。唯羽が子供の頃に椿って名前を付けてたらしい。まぁ、その椿が俺を助けてくれて予定より早く目覚めたみたいだ。呪いはまだ解けていない、今も唯羽は椿姫と戦っているはずだ」

 

 これから椿はこの世界から消えると言っていた。

 椿姫を倒すために。

 その方法がどんなものか分からない。

 だが、椿が消えるなんて方法はどう考えても普通じゃない。

 唯羽にとっても苦渋の決断なのだろう。

 

「こんなところで寝てるわけにはいかない」

 

 俺には行くべき所がある。

 

「この結末を見届けなくちゃいけないんだ。俺達も行こう」

 

「はい、私もついていきますからね?」

 

「……あぁ。一緒に来てくれ」

 

 この悲しい運命の結末は、どんなものが待ち受けているのか。

 とはいえ、事情があってもそう簡単に病院から抜け出せなかった。

 お医者さんからは「無理して退院しようとする子が連日出て困る」と嘆かれた。

 ……それ、怪我をして病院を抜け出した唯羽の事だよね。

 病院関係者には今回もご迷惑をおかけしております。

 意識不明からの回復という事で、病院内で検査やら色々とされてしまいかなり遅れて病院を抜け出せた。

 

「唯羽……無事でいてくれよ」

 

 夕刻の椎名神社にやってきた俺と和歌に待っていたのは……。

 

「も、元雪様。あれを見てくださいっ!」

 

 和歌が指をさした先には思いもよらぬ光景が広がっていた――。

 

「……そんな……森が燃えている!?」

 

 ご神木の方で燃える森の木々、赤い夕焼け空に灰色の煙があがっていた。

 一体、あの場所で何が起きているんだ?

 唯羽、椿……ふたりは無事なのか?

 

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