第123章:最後の希望
【SIDE:椎名和歌】
翌朝、私はお姉様の知り合いである佐山さんの車でヒメと共にある場所に向かっていた。
車内で彼は昨日に得た情報を私達に話してくれる。
「昨夜の聞き込みをしていたら和歌さんの事を知っている人がいたんだ。キミ、駅員の人に知り合いがいるだろう?」
「えぇ、お父様の友人が働いていますけど」
「その人が1週間前に和歌さんを見たそうだ。夜の8時過ぎに箱を持って電車に乗ろうとしていた所を声をかけたんだけど、心ここにあらずと言った状態で、駅に戻ってきたのは11過ぎ。その時には箱は持っていなかったと言っていたよ」
私の記憶にはないけども、実際にそう言う事があったんだ。
その約3時間で、私は弓矢をどこかに隠しに行ったらしい。
「私はどこかに行ってきた、という事ですよね。その場所は?」
「キミが購入していた切符はひと駅分、隣街らしい」
「考えられる場所がある。ヒメも心当たりがあるんじゃないか。この事件が起きる前にヒメも行った事のある場所だよ」
お姉様の話に私も思い当たる場所があった。
「まさか、紫姫様のお墓のあるお城跡ですか?」
以前に私が元雪様と共に出かけた場所だ。
小高い山にある城跡には紫姫様のお墓がある。
「多分ね。その当時のヒメがどれだけ椿姫の支配下にあったのかは分からない。とにかく、その呪いの弓矢をどこかに隠せと言う指示にヒメが無意識にあの場所を思い出したんだろう。確かにあそこなら普通に考えれば訪れる人も少ないし、安全に隠しておける」
「紫姫の元に椿姫の呪いの弓矢を置いておくとは、因縁めいたものがあるな」
「お兄ちゃん。その辺は椿姫自身には予想外だったかもしれないね」
お城跡の山に登り始めてから私達は墓所へとたどり着く。
紫姫様の眠るお墓、静かなその墓前に木箱が置かれていた。
「これは……。本当に私はここに来たんですね」
「まったく、紫姫にとっても迷惑この上ない行為だよ」
「……すみません」
「まぁ、ヒメを責めても仕方ない。中身は……?」
箱を開けてみると、確かに古い矢が一本、そこには入っていた。
椎名神社にずっと残されていたものに間違いない。
「間違いありません。この弓矢です」
この矢が呪われていたなんて思いもしなかった。
「そもそも、弓矢は劣化しやすく長持ちしにくい物だけに現存するものは非常に少ない。考えてみれば、これが残り続けている事に疑問を持つべきだった」
「どういうことですか?」
「呪われたものだったから残り続けてた、というのが正しい表現かもしれない。さっさと壊してしまえばいいけど、そうもいかないか」
唯羽お姉様は弓矢の入った箱を丁寧に持ち上げる。
「……これで元雪様は救われるんですか?」
「可能性としては、だけど。ここから先が大変なんだ。とりあえずはホッとした。弓矢をまずは手に入れる必要があったんだ。これさえ手に入れば、こちらにも勝機はある。呪いの解呪については私に任せてくれればいい」
お姉様達が探してたものが見つかり、安堵する。
私は紫姫様の墓前に手を合わせて謝罪をした。
「紫姫様、ごめんなさい」
こんなものを置いてしまった事を謝る。
「……行くよ、ヒメ。私達には時間がないんだ」
「はい……行きましょう。椎名神社に行くんですよね?」
「いや、ヒメには柊元雪の傍にいて欲しい。彼の傍にいてあげてくれ」
お姉様の真っすぐな視線に私は嫌な予感を抱く。
「お姉様……無理はしませんよね?」
「無理はするけど?今のままで十分、無理してるって」
傷だらけの身体で登山をしている時点でそれは言えていた。
右腕もまだ骨折してる状態だもの。
「大丈夫だよ。柊元雪は救う、椿姫の呪いも終わらせるから。私を信じてくれ。私はこの悲しい運命にけじめをつける」
お姉様の覚悟が伝わってくる。
私は何も言えずに頷いて、病院まで送り届けてもらった。
病院につくと、お姉様は私に言ったんだ。
「……後は私に任せて。私が全てを終わらせるから」
走り出した車を見送りながら私は願った。
もうこれ以上、誰も傷つかずに解決してくれることを。
「元雪様の傍にいよう。それが今の私にできる、ただひとつのことだもの――」
私は彼の病室へ向かう事にした。
病室には誰もいなくて、元雪様がベッドで眠り続けている。
苦しそうな表情を浮かべながらうなされている。
私達を救うために、無理をして……。
お姉様もそうだ、私があれだけ傷つけても私を許してくれた。
「私は何ができるの?何もできないの?」
私はただ、元雪様の手を握り締めながら祈ることしかできない。
「元雪様、お姉様……頑張ってください」
想いを強く持って。
私はふたりの無事を祈り続けていた――。
【SIDE:篠原唯羽】
椎名神社にたどり着いて、私はお兄ちゃんに謝辞を述べた。
「本当にお世話になったね、お兄ちゃん。ありがとう」
「……ひとりでいけるかい?」
「えぇ、これは私の戦いだから」
身体は痛むがもう痛みに我慢する事にも慣れた。
この事件が終わったら、しばらくはネトゲ生活で身体を癒す事にしよう。
「お兄ちゃんは呪いってどう思う?」
「……人の想いが現実に与える影響。この世には信じられない事も起きるって事だな」
「信じられない事、か。本当に400年前の想いが時を超えてくるなんて不思議だよね」
この負の連鎖を終わらせる。
私の手で終わらせなくちゃいけないんだ。
お兄ちゃんに別れを告げて、森の中へと入ろうとした時だった。
『……唯羽。たったひとりでいくつもり?』
その声に振り向くと、そこにいたのは――。
森を抜けて、ご神木の元へとたどり着く。
季節外れの桜の花びらが舞う。
その花びらの美しさを眺めながら私は禍々しいオーラを放つ存在に目を向けた。
復讐心に取りつかれた怨霊は虚空を見上げていた。
残酷な真実を知った今、彼女は何を思うのか。
「……椿姫。元雪は殺させないよ」
『そんな身体でまだ何かできるとでも?彼はもうすぐ魂が朽ち果てて死ぬのに』
怨霊がこちらに向けて笑いかける。
元雪を救うために、私は“過去”と戦う。
「死なせないよ。私がさせない」
『どうやって?今さら、何をするつもりなの。お前は無力、何もできやしない』
「……そうだ。私はいつだって無力だった。10年前も、今回も結局、元雪を傷つけてしまった。だけど、無力だからと何もしないで諦めたりはしない」
私は椿姫に向き合いながら、強い想いで立ち向かう。
思いの力では負けられない。
愛している人を守りたい。
「お前は影綱に見捨てられた哀れな存在。ただ、哀れな女だ」
『……なんだと』
「最後の最後まで、彼はお前を愛し続けてくれはしなかった。お前は捨てられたんだ」
『黙れ!お前に何が分かる。私のこの気持ちが……!』
怨霊の叫びにはっきりとした言葉で言う。
「大切な人を守るために、私は……負けない」
悪夢からの解放、そのために私がするべきこと。
想いの力を信じて、全てを終わらせる。
私はどうなってもいい。
大切な人たちの笑顔を守りたいから……。
薄桜色の花びらが舞い散る中で私は叫ぶ。
「さぁ、決着をつけようか。椿姫――」