第122章:残酷な真実
【SIDE:柊元雪】
……思えば、俺はどうしてこんな事をしたのだろうか。
椿姫に影綱の記憶を見せた所で何かが解決するわけでもない。
けれど、果たさなければいけない思いがある。
それは影綱の死の間際の記憶。
桜が見ていていた、想いの真実。
椿姫は知るべきなのだ。
誰を想い、影綱は死んだのかを――。
今から400年も昔の記憶。
神社の山を囲い、大量の兵に襲われた赤木影綱は少ない人数ながらも奮戦した。
武士としての誇り。
覚悟を持って挑んだ戦で彼は致命的な負傷を追った。
「赤木殿、まもなく社です。しっかりしてくださいませ」
「……すまぬ」
影綱の右肩や胸に突き刺さる弓矢。
出血を伴う傷だけに治療を急ぎたい、と配下の兵達は彼を抱えて山道を登る。
戦は一応の終結を迎えていた。
増援が間に合い、敵が一時撤退をしたのだ。
「増援の兵は高久の指示か」
「はい。包囲されていた陣形を崩し、退路を作っています」
「見事だな。高久は将の才に秀でておる。これからは、あ奴の下で皆、働くのだ」
「何を弱気な事を言いますか。我ら赤木隊は、これからもずっと影綱殿の下で、狩野殿と共に戦い続けて参りましょうぞ。それを狩野殿も望んでおられます」
配下の者の言葉に影綱は嬉しそうに笑う。
「あぁ、そうでありたかった。だがな、自分の事は自分で分かるのだ。この傷ではもうもたぬだろう。俺は、ここで……」
「……影綱殿を死なせはしませぬ。すぐに治療を」
ようやく、社にたどり着くと、影綱の治療を始める。
だが、致命傷を負った彼の命は風前の灯火。
流した血の多さから命は助かりそうにもない。
そこへ駆けつけたのは紫姫と高久だった。
「紫なのか……?」
「影綱様!」
息絶える寸前の彼に駆けよる紫姫。
涙ながらに彼の名を呼び続ける。
「紫、俺はこの戦で初めて己の死を恐れた。武士として立派に死ぬことこそが誉れであると思っておったのに。その信念を揺らがせたのは紫なのだ」
「私が……?」
「俺は……紫と別れる事を恐れ、死にたくはなかった。だが、願いは叶わず。うまくはいかぬものだな。されど、俺がそなたに会えた事で、俺は己の死を本当の意味で受け入れられる。ただの矜持だけではなく、生きる意味を知ったのだ」
武士として生きる。
そう思い、生き続けてきた。
影綱は最後の最後に、死を前にして生きるということの考え方を変えさせた。
人はどう生き、死ぬのかという意味を。
「俺の傍にはずっと間近に迫る死を恐れて、日々苦しい想いをしていたものがいた。俺は彼女の気持ちを分かってやれているつもりだった。だが、違ったのだな」
「どういうことですか?」
「本当は何も分かってやれなかったのだ。分かっているつもりでも、こうして自らが死ぬ前にしか分からないこともある。死ぬのは辛いものだ。“残していく者”がいる。それを考えると言うことは……何よりも辛い」
愛する者と共に生きていきたい。
それができない事が、相手を残して死ぬ事が何よりも辛いのだと、影綱は知った。
妻である椿姫が、どんな想いで影綱に看取るように望んでいたのかという意味も。
「なぁ、紫よ……見よ」
吹く風に揺れる桜の大木、桜吹雪が舞う光景に目を奪われる。
命の儚さ。
散りゆくさまを見て、影綱は思う。
「綺麗な月夜、桜の花が見事だ。なぁ、紫。来世と言うものがあるのなら、再び我らは巡り合いたい。また、こうして桜が見たいものだ」
「はい……ぅぁ……私も、見たいですっ。来世も、一緒に……ぁっ……」
泣き崩れた紫を影綱は力のない腕で抱きかかえる。
「生きよ、紫。生き続けてくれ。これから先、大変な時代を迎える。生き残れよ。それだけが俺の願いだ……紫……」
「……影綱様?」
「そなたに、出会えて……よかった……」
自らの死を前に、影綱が望んだのは妻である椿姫への想いではなかった。
たった3日間、短い期間でも、心の底から愛した女を想ったのだ。
それは妻への裏切り行為であり、心の中で彼は椿姫の謝罪をした。
“すまない、椿……お前との約束を私は果たせなかった”
だが、それだけなのだ。
彼が自分の最後に想い望んだのは椿姫ではなかった。
遠い地で帰りを待つ者の顔を思い浮かべるよりも、目の前で自分のために泣いてくれる少女が、何よりも愛しく思えてしまったのだから。
来世への願いを託して。
最後に影綱は紫姫を想い、己の人生を生き切ったのである。
……。
桜のご神木が見ていた記憶を椿姫は知った。
影綱は椿姫をどう思っていたのか、それはたった一つだけの謝罪である。
妻を裏切った想いを抱いた事への謝罪のみ。
これが椿姫にとって最も残酷な真実。
本当は影綱は裏切ってなどいないのではないか。
そうわずかばかりに思いがあったかもしれない、その想いを踏みにじる結末。
だが、どんなに残酷な現実でも彼女は知らなくてはいけなかった。
“真実”という“現実”を知らなくてはいけなかったんだ。
『……影綱様は私の事など想いもしなかった。最後の最後に、紫姫を想っていたなんて』
「影綱はアンタの事を愛していなかったわけではない。でも、人の想いは止められないから。最後に、他に好きな女ができて、その想いを止められなかった」
俺も恋愛に関しては影綱の事を笑えやしないのは分かってる。
だからこそ、ここで過去の因縁にけじめをつけようとしている。
『ふふふっ、あははっ』
かわいた笑い声が響く、椿姫は俺に向けて自嘲めいた笑いを浮かべた。
『私は……間違ってなどいなかった。影綱様に裏切られた、この事実は変わらない。私の呪いは終わらない……お前達を殺すまでは終わらせない。来世への想いなど成就させてたまるか』
「……終わるよ、ここで終わらせる」
『お前が終わらせられるとでも?』
「いいや。俺じゃなくて、唯羽が終わらせてくれる。この因縁も、悲しい過去も、すべてをあの子なら終わらせてくれる」
きっと唯羽なら、何とかしてくれる。
何もかも任せて悪いが、頼りにさせてもらうぜ……唯羽。
前世という過去のけじめを、ここで終わらせようじゃないか。
“運命”に負けるなよ、唯羽……最後の希望はお前だ――。