第121章:姉妹
【SIDE:椎名和歌】
「どうして、元雪様……?」
元雪様は意識を失いベッドの上で眠り続けている。
彼に抱きつくように、泣いて、泣いて、泣き続けて。
気がつけば面会時間も終わり、私は誠也様達に送られて椎名神社まで戻ってきた。
「ありがとうございます、誠也様。それに麻尋様も」
「いいのよ。あんな事があったんだもん。ユキ君が心配だよね」
「また明日にお見舞いに行くつもりです」
私は彼らと別れると、神社の方へと歩き出す。
夜の椎名神社はまだ秋の神事の片づけ作業で人々が残っている。
元雪様が救急車で運ばれても、秋の神事は最後まで続けられた。
それは祭りを途中で止めないで欲しいと言う、元雪様自身の想いがあったらしい。
『こんな気持ちで続けるのは辛いが、彼の望みでもあるんだ』
お父様に彼はこの事件が起きる前に薄々、何かに気付いてたようで、「秋の神事中に何が起きても、祭りは続けて欲しい」と言っていたそうだ。
秋の祭りが大事な事を、元雪様は考えていてくれたみたい。
おかげで祭りは中断せずに無事に終了した。
今は実家の方には人々が集まっている様子だ。
「……ひとりになりたい」
逃げるように私は社務所の中に入る。
静まり返った部屋で私は畳の上に膝を折って座りながら考えていた。
「私はひどい事をしてしまった」
記憶が薄らと残る唯羽お姉様を傷つけたあの出来事。
階段から突き落としたのは私だ。
あんなにひどい怪我をさせてしまった。
私の心が弱かったせいだ、椿姫様の言葉に耳を傾けたばかりに……。
そのせいで、元雪様まで傷つける事になった。
「全部は私のせいなのに……」
私さえ、もっとしっかりとした気持ちでいればこんな事にはならなかった。
それを悔いてばかりにいる。
意識を取り戻さない元雪様、傷だらけの唯羽お姉様。
「私はどうすればいいの?」
「……後悔するより、前を向いて欲しい。それが私の願いであり、元雪の願いだ」
「唯羽、お姉様!?」
いつのまにか、社務所の出入り口に包帯姿が痛々しい唯羽お姉様が立っていた。
そんなひどい目にあわせたのは私、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「唯羽お姉様、私は……」
「ごめんなさいはもう聞かない。許してあげるし、謝罪は求めてない」
「……でも、私はそれでは気がすまないんです」
これだけの事をしてしまったのは私の責任だもの。
唯羽お姉様は呆れた顔を見せて言うのだ。
「今はヒメの自己満足に付き合う気はないんだけどね。ヒメは私を憎い?」
「そんなはずはありません」
「柊元雪に恋をする私の事が邪魔で、いなくなって欲しい?」
「違いますっ。お姉様の事は、本当の姉のように思ってます。邪魔だなんて……」
姉のように慕い続けていた人だった。
嫌いになれるはずがない。
「だったら、私を憎いと言って階段から突き飛ばし、お前が邪魔だと言ったのは、ヒメの本意ではない。あれは本心じゃなかったってことだよ。私はそれを信じたい」
「……唯羽お姉様」
「仲直りしてもらえるかな?私も“妹”にこれ以上悲しい顔をされるのは嫌なんだ」
優しい彼女はこんな目にあっても私をひどく責める事はなかった。
私をまだ妹扱いしてくれる。
申し訳なくて、心の底から私は自分の心の狭さを恥じた。
「お姉様の事を邪魔だと思った事はありません。でも、元雪様が貴方に惹かれたという“現実”に私は“嫉妬”したのは事実です」
「……そっか。ごめんね、私は自分の気持ちを我慢できなかったから。こっちの人格ならある程度の我慢もできるけど、私の本当の人格は我慢って言葉をまるで知らない。そう、私は本来、そういう性格だったのだと自分でも呆れるよ」
「唯羽お姉様が悪いわけじゃありません。上手く言えませんけども、私はお姉様を嫌いではありません。大好きだと言いきれるほどに慕っています」
彼女は「分かってる」と短く答えると笑って見せる。
優しいだけじゃなくて、本当に強い人だと思う。
その心の強さは私が何よりも見習うべきところだ。
「和解したと思ってもいいかな?」
「お姉様が許して下さるならば」
「それじゃ、仲直りだ。柊元雪に関してはいろいろと思うことはお互いにあるだろうけども、それはまた全てが解決してから話そう。恋愛の意味でもね。今、大事なのは私達には時間がないと言うことだ」
頷く彼女は時計を指さして言うのだ。
「今は夜の10時半か。タイムリミットは明日の夕方頃だと思う。それまでに呪いを解かないと柊元雪は死んでしまう」
「そんな……!?」
元雪様の病状は意識不明。
けれども、この昏睡状態には医学的にどこにも異変がないらしい。
頭部を打ったわけでも、何か病気があるわけでもなく、目が覚めない。
これが呪いという非現実的なものだとしたら、本当に彼の死は訪れるかもしれない。
「最悪の場合、だけども。実際にはかなり危険だという事実は変わらない。危機感を理解してくれたところで本題だよ。ヒメ、あの弓矢はどこにあるか思い出せないかな?どこにあったのか、思い出して欲しい」
「……弓矢?あれが呪いなんですか?」
「現状、そう考えている。あの弓矢を椿姫は守るためにヒメの心を利用してどこかに隠したんだ。覚えていないかな?」
言われてみれば、私はどこかに出かけた気がする。
どこに、出かけたのか……?
「この神社ではないと思います」
「そうだろうね。私達も必死に探したけども見つからなかった」
「箱を変えて、どこかに置いたような……ぁっ……」
私が思いだそうとしても、フィルターがかかったように思い出せない。
元雪様の命が危ないのに、どうして思い出せないの。
「やはり思い出すのは無理か。それも予想通りだけども。ヒメが倒れた一週間前の夜にどこかに持って行って、その翌日の朝には既に神社からは弓矢は消えていたんだ。夜にどこかに出かけた記憶は?」
言われて思い出していくと、脳裏には薄らと何かの記憶が思い浮かぶ。
『こちらにきて』
あの声は……今でも思い出せる。
「誰かに呼ばれていた気がします。私を呼んだのは、誰……?」
その声に導かれて、私は――。
そんな時だった。
お姉様の携帯電話に誰かから電話がかかってくる。
「お兄ちゃん?はい、私です。何か分りましたか?」
お兄ちゃんと言うのは誰だろう?
彼女は電話越しに話を聞いていると、「え?」と驚いて見せた。
「本当ですか?そうですか、分りました。はい、今日は遅いので明日にしましょう」
電話を切ると、唯羽お姉様は私に向き合う。
どこか安心したような顔を私に見せる。
「今、電話をしてきたのは、私が頼りにしている人だ。今回の事に協力してくれている。思い当たるいろんな所を皆で協力して探してくれていた。ようやく、一週間前に“箱を持った女の子”を見たって情報が出てきたよ」
「それは私のことですか……?」
「あぁ、そうだ。その情報からヒメがどこにでかけたのかも推測がついた」
彼女は嬉しそうに頷いて答えた。
私が記憶を無くしている1週間前の夜、私はどこで何をしていたのか。
元雪様を救うために。
私達は呪いを解かなくてはいけない――。