第119章:絶望
【SIDE:柊元雪】
悪夢を止める事はできなかった。
椿姫の復活。
最悪の怨霊は再び俺達の前に現れて危害を加えようとする。
『愚かな子供に終わりを与えてあげる』
怨霊相手に俺に何ができるんだ?
傷だらけの唯羽に俺は声をかける。
「唯羽、ひどい怪我なのに、どうしてきたんだ」
「放っておけるわけない。嫌な予感がしていたの」
「……無理しすぎだ。大人しくしていて欲しいのに」
ここに来てくれたのが良い事なのか、俺には判断がつかない。
「お姉様、私のせいで……ごめんなさい」
「ヒメちゃん、ちゃんと戻ったんだね。よかった。私は大丈夫だから気にしないで」
唯羽に対して謝罪する和歌。
そんな和歌に対して、唯羽は気にしてないと言い張った。
「それより、今はこっちの方が重要だから。私の思い描いてたシナリオの中で一番最悪なのが、これなんだけど?どうしてこうなっちゃったの?」
「椿姫は唯羽だけではなく、和歌も合わせてふたりの感情から力を得ていたらしい」
「それでわざとヒメちゃんにこんな真似をさせたんだ。人の憎しみの心を求めてるなんて嫌な奴だね。怨霊ってどうしてこうも粘着質なんだろ」
自分の前々世とは言え、偉い言いようだな。
俺も同意見ではあるが、そうさせてしまったのは俺の前世だ。
ムカつく事もあるがそれを否定するのもな。
「俺達はどうすればいい?」
「逃げる……選択肢はひとつしかない」
「それで終わるとでも?」
「はっきり言えば、対抗策なんてない。あれは人ならざるもの。怨霊相手にお札でも張ってみる?神社で1000円、2000円のぼったくり価格で売られてるただの印刷物に本当に効果なんてあると思う?あるわけないじゃん、あんなもの」
……相変わらず、いろんな意味で危険な発言をするな。
「それより、ヒメちゃん。あの弓矢はどこに隠したの?」
「弓矢?何のことですか?」
「……マジで?うわぁ、肝心な所だけ覚えてないのね」
唯羽の話では和歌が弓矢を隠したらしいが記憶がない様子。
それも、あの椿姫に操られていたせいだろう。
『逃げられると思うか』
「逃げたいとは思う」
『逃がしはしない。お前らはここで死ぬの』
迫りくる脅威に俺達はなすすべがないのか。
ただひとつだけ方法はある。
「頼みがあるんだ、唯羽」
「何?何だかとても嫌な感じ。元雪のオーラ、嫌な事を考えてるように見える」
唯羽には嘘も誤魔化しも通じない。
人の心を覗くように、分かってしまうのだから。
「和歌を連れて逃げてくれ」
「元雪はどうするつもり?犠牲になるとかバカなことは考えてないよね?」
「……」
どうすればいいのか、俺にだって分からない。
けれども、今、この子達を傷つけたくはない。
「お願い。変な事は考えないで。あれは普通じゃない、素人考えでどうにかできる相手じゃない。分かりあえる事もない」
あぁ、俺は10年前に殺されかけた。
それを唯羽の心を犠牲にして救ってもらった。
「この10年の時間が無駄ではなかった。そうだろう?子供の頃には出来なかった事を、今ならできるんじゃないか」
「……今だからできること?」
「お前にはいつも迷惑をかけてるな。本当に悪いと思ってるよ。だけどさ、ここまできたら、その面倒、もう一度だけ背負ってくれ。俺はお前に賭ける。時間をかせぐから、解決してくれ。そのためには唯羽だけが頼りなんだ」
この状況を打破できるのは、もはや唯羽しかいない。
前世という400年を超えた想いと呪い。
「私にできることなら何でもする。けれど、今のままじゃ……元雪、まさか?」
「あとはよろしく……俺が呪い殺される前に何とかしてくれよな」
そう唯羽に俺は呟いた。
俺は怯える和歌の頭をそっと撫でる。
「怖い想いをさせたな、和歌。ごめん、全部は俺のせいだ。俺が2人の女の子を好きだからこんな事になってしまった。俺は影綱とは違う、彼のようには鳴らないと決めたのに。結果が2人の女の子を悲しませていちゃ同じだ」
「元雪様……」
唇をかみしめている唯羽の頬に触れる。
「……和歌を頼むぞ、唯羽。あとはまかせた」
「分かった。私に任せて。元雪は殺させない、絶対に救って見せるから」
俺は頷いて答えると、唯羽達に逃げるように告げた。
「今だ、逃げてくれ。今は振り返らず逃げろっ!」
覚悟は決めたが、後は運だ。
あとは頼むぜ、唯羽……キミに全てを任せた。
『逃がしはしないと言っている』
森の外へ走ろうとするふたりとは反対に椿姫の方へ歩み始める。
彼女たちが逃げる時間を俺が作る。
「あぁ、逃げやしないよ。俺がここに残ってやるからな」
『元雪。私に殺されるのが分かって残るの』
「いやぁ、殺される気はないね。悪いが、俺はただいま、ハーレム真っ最中なんだよ。これがまた人生で一番のモテ期到来中。あんなに可愛い2人の女の子から愛されてるのに、未練ありすぎて簡単には死ねないな」
あえて、軽い口調で言うと俺は口元に笑みさえ浮かべた。
恐怖心を捨てて、今、初めて俺は椿姫の怨霊とまともに向き合う。
「綺麗な桜だよなぁ。覚えてるよ、俺が初めてアンタと会った時も同じように桜が咲いていた。お姉ちゃん、だっけ。俺はアンタをそう呼んでここまで連れてきたんだ」
『……』
この肌寒い季節に桜を見られるなんて思わなかった。
「影綱ってやつがひどい男だっていうのは知ってる。俺も記憶に触れて知ったよ。影綱はアンタが死ぬのを恐れていた。怖かったんだ。そりゃ、そうだ。自分の好きな女が死にかけている、それなのに見てる事しかできないってのは辛い」
『お前に何が分かるの』
「影綱の心変わりの気持ち。彼は紫姫を好きになった心の隙を作った。それは皮肉にもアンタを愛していたからだ。愛しているからこそ、その気持ちが強すぎたからこそ、彼は心を疲弊された。そんな時に、年下美少女のお姫様が現れた」
『黙れ、黙れ、黙れっ!』
椿姫が俺の首を絞めようとその手が伸びる。
『お前に私の苦しみが分かるはずがない。分かるはずが……』
「アンタの気持ちは分からない。だが、俺は影綱を軽蔑する。自分の前世だろうが関係ない。男として最低だ。浮気野郎の弁解なんてするつもりはない」
『……憎い、あの人が憎い。許さない……許しはしない』
怨霊になってまで、彼女は影綱を想っている。
それは愛情ではなく憎しみではあるけども。
憎悪するほどの想いの元は一途な愛情だ。
「……俺の魂に触れてみるか、椿姫?」
『死を恐れていないの?』
「俺は死ぬわけじゃない。アンタに見せてやるんだよ。俺の心を通じて、影綱の本当の想いを……見せてやるよ」
椿姫が首を絞める力が強まる。
『ふざけるな。私に見せる?そんなものは何もない』
アンタの憎しみも寂しさも、全部、アイツにぶつけてやれ。
ひらひらと舞う花びらを俺はその手に掴む。
「この桜は目撃者なんだ。400年も前からずっとここで全てを見ていた」
なぁ、桜よ。
覚えてるだろ、あの影綱がお前に託した最後の記憶を。
「――アンタの知らない恋月桜花の真実があるんだ」
怨霊と分かりあえるとは思わない。
だけど、せめて……この人は真実を知るべきなんだ。
影綱が最後に想いを抱いたのは、誰なのかを――。