第115章:壊れる絆
【SIDE:篠原唯羽】
結局、秋の神事までに問題の解決は私達はできなかった。
ヒメちゃんは元気になったけども、あの日の事は何も覚えていなかった。
弓矢の紛失の件も解決の糸口さえなし。
ただ、ひとつだけ私には気づいていた事があった。
それはあの日以来、ヒメちゃんの様子がどこかおかしいと言うことだった。
あれほど熱心に取り組んでいた巫女舞の練習にも心が入っていない。
元雪に対する接し方にも違和感があって、私はある事を考えていた。
明日は秋の神事、椎名神社は祭りの準備で慌ただしい。
遠くからでも作業する声の喧騒が聞こえてくる。
『お姉様に大事な話があります』
先程、家でネトゲをしていた私に届いたヒメちゃんからのメールだった。
こんな時間に呼び出すなんて、何かあったのかな。
私がヒメちゃんの家に向かおうとすると、神社の付近で叔母とすれ違う。
「あら、唯羽。どうしたの?」
「ヒメちゃんに会いに来ました。小百合さんは?」
「お祭りの準備で足りないものがあるからコンビニに買い物に行く途中よ。暗いから道に気をつけてね。明日のお祭り、和歌の巫女舞をみてあげて」
「はい、元雪と一緒に楽しませてもらいます」
彼女に挨拶をしてから別れた。
「神社の鳥居の方で待ってるんだっけ?」
いつもの裏道と違い、表から入るのは正直に言えば面倒だ。
無駄に長い階段を上らなきゃいけない。
「はぁ、疲れるから嫌なんだけど」
頑張って階段を上った先の鳥居の下でヒメちゃん待っていた。
巫女姿なので祭りの手伝いをしていたようだ。
「お姉様、来てくれてありがとうございます」
「明日はお祭りじゃない。こんな時間に用事でもあるの?」
私達は町の夜景を眺めながら話をすることに。
「お姉様にどうしても聞いておきたくて。元雪様の事を本当に好きですか?」
ヒメちゃんの言葉に私は頷いて答える。
「うん、大好きだよ。ヒメちゃんだってそうでしょ?」
「はい。私も好きです。出会って恋をしてからずっと愛しています」
「……今さら、そんな質問をしてどうしたの?」
「お姉様にとっての恋は10年前からなんですよね?そんなに長く思い続けている。けれど、私も負けませんよ。彼を思う気持ちでは負けていません」
お互いに強い想いを抱きあっている。
そんなのは今さら確認し合うほどのことじゃない。
「元雪と最初に恋人になったのはヒメちゃんだもん。諦めろ、なんて言わないよ。ただ、私は諦めるつもりなんてないけども。自分の気持ちに素直になりたいだけ」
「自分の気持ちに、素直に……」
「こんなやり取りをするためだけに呼ばれたの?」
そんなわけがない。
それよりも、私には気になることがあるの。
薄明るい灯篭の光が私達を照らす中で私は深呼吸をひとつしてから言った。
「それじゃ、私の方からも質問いいかな?」
「何でしょうか?」
「――単刀直入に言うね。例の“弓矢”を隠しているの、ヒメちゃんでしょう?」
私の指摘に彼女は少しだけ表情を強張らせる。
そう、弓矢の紛失事件、その犯人は……ヒメちゃんだ。
彼女は口元に笑みを浮かべて軽い口調で話す。
「ふふっ。違いますよ。どうしてそんな事を?」
「最近までずっと気付かなかった。でも、今なら分かる。貴方の心の色が濁った緑の色をしてるから。この色の持つオーラはね、恨みや嫉妬の感情を持つ人間のオーラなの。なんで、温厚なヒメちゃんがそんな魂の色をしてるのかな?」
今の彼女は私の知る彼女じゃない。
強い力に支配されている、負の感情を高ぶらせている人間の色だ。
何でもっと早くに気付いてあげられなかったんだろう。
「……さすが唯羽お姉様。普通と違う、特別な力を持っていたのを忘れていました」
「人のオーラが見えるってだけ。特別でもないよ」
ただ、今はその力があってよかったと思う。
どうして、彼女がこんな風になってしまったの?
私と対峙する彼女に問いかける。
「どうして、そんなことを?ううん、あの日、椿姫が貴方に接触したんだね?」
「……そうですね。私の前に椿姫様は姿を見せました。そして、彼女は言ったんです。私に頼みたいことがある、と。あの弓矢を隠すように言われたのも彼女です。だから、私はそれに従って、行動しました」
悪びれもせずに淡々と語る彼女。
今のヒメちゃんは自分のしてることがまるで理解できていないみたいだ。
その心を椿姫に奪われてる、最悪の状況だ。
「椿姫の怨霊に何を言われたか知らないけども、ヒメちゃんが行動してる事が元雪を危険にさせてる事が分からないの?大好きな人の命を危険にさらしているんだよ?」
「危険?そんなことはありませんよ」
「椿姫は元雪だけじゃない、ヒメちゃんの事も憎んでいる。彼女の言葉に惑わされないで。弓矢はどこにあるの?それを壊さなきゃ、元雪は救えない」
私の言葉が届くとは思っていない。
けれども、今のヒメちゃんを何とかしないといけない。
「……ヒメちゃんっ!お願い、教えて。元雪のためにっ」
「元雪様のために……」
「そうだよ。どこに隠したの?ねぇ!?」
私は彼女の巫女服を軽く掴みながら言葉を続ける。
今ならばまだ間に合うもの。
必死の私の言葉に彼女は戸惑いを見せながら、
「……分りました。持ってきます」
「そう。よかった。椿姫なんかに心を奪われちゃダメなんだから」
ようやく言葉が通じて、彼女も理解してくれた。
よかった、彼女が元に戻ってくれてホッとする。
安堵した私が彼女から手を離した瞬間、彼女は不敵な笑みを見せた。
「……なんて、嘘です。あれは渡しませんよ」
「え?」
「唯羽お姉様。貴方は邪魔なんですよ。私にとっても、彼女にとっても……」
「ヒメちゃん……?」
「椿姫様は私に素直になれといいました。私は自分に素直になります。大好きな人のために」
突然、彼女は私の身体を強く押した。
「きゃっ!?」
体勢を崩した私はそのまま、階段から転げ落ちていく。
「私は唯羽お姉様のことが嫌いなんです。貴方さえいなければ……」
彼女の口から最後に聞こえた言葉。
冷酷に告げた彼女の顔はまるで人形のように冷たい表情をしていた。
「……ぅっ……」
姉妹のように過ごした日々、私達の絆が壊れていく。
彼女を追い込んだのは、私なの……?
ヒメちゃん、どうして……?
階段を転がり落ちて、傷だらけになり、痛みに意識が消えていった。
椿姫の策略に私達の絆は、いとも簡単に壊れてしまったんだ。