第113章:和歌を探せ
【SIDE:柊元雪】
和歌がいなくなったとの知らせを受けて、俺と唯羽は急いで夜の椎名神社に向かった。
そこで、小百合さんから詳細な話を聞くことに。
話によると、夕方まで巫女舞の練習をしていた和歌だが、それ以来、行方不明になった。
巫女服を着替えた様子もなく、神社の外を出た様子もない。
和歌の疾走に動揺する和歌の両親。
神社内を探したが、姿は見つからなかったそうだ。
「小百合さん、ご神木の付近はいきましたか?」
「い、一応、探したんだけど、どこにも見つからないの」
「……皆で手分けして森を見たが、どこにもいなかったんだ。外に出た様子はないのに、見つからない。この話、僕は以前にキミ達から聞いた事がある」
勘のいいおじさんは、この事件が普通ではないと感じたらしい。
そう、俺自身、ご神木に誘われるように不思議な世界に迷い込んだ事があるのだ。
当時の唯羽は俺に言った、この場所に誘われているのだ、と。
「裏の世界。あの森には2つの世界があるの。ひとつはただの森としての世界、もうひとつは人の精神に影響を与える世界。私が椿を生みだした時のように。あの場所は土地柄的に異常な力があるから不可思議な子とも平気で起きる」
「つまり、和歌はあっち側にいるってことか?」
「多分ね。椿姫が殺そうとしているのは元雪だけじゃないもの。紫姫が前世であるヒメちゃんだってその対象。でも、今まではあの土地が守ってくれていたはず」
唯羽の話だと、和歌にとってはご神木は完全な味方らしい。
椿姫の影響を受けずにいられたのは紫姫の愛したこの椎名神社の土地のおかげだそうだ。
それなのに、こんなことになるなんて……。
彼女を救うには今の俺達にしかできないことかもしれない。
「だから、あの場所を立ち入り禁止にしてたのに。どうして中に入っちゃったんだろう。すぐに助けに行かないと……」
俺達は懐中電灯を頼りに森に入ることにした。
「おかしいな、静かすぎないか?」
「……鳥も虫もいない森なんて、おかしいでしょ」
生き物の鳴き声ひとつしない静けさに俺は以前の経験を思い出す。
俺の時もこんな静かすぎる世界に迷い込んだんだったな。
暗闇の中を進んでいくと、馴染みのご神木が見えてくる。
「和歌、いるのか?和歌ー!」
叫んでみるが人の気配は皆無だ。
いつもと違う森の姿、これが唯羽の言う裏の世界か。
「いないね。ここであって、ここじゃない場所にいる」
「……どうすれば、和歌を助けられる?」
「連れ戻してくるしかないでしょう。この鈴で」
唯羽の手に握られているのはかつて俺を救ってくれた鈴だった。
お値段500円の鈴で本当に人を救えるのか、おおいに疑問だ。
「鈴を鳴らして、ヒメちゃんの名前を呼ぶの」
「ホントにそんなので助けられるのか?」
「信じてないなぁ。まぁ、しょうがないけど……私はちゃんと元雪を救ったんだから」
今はもう唯羽を信じるしかない。
暗闇の森に鈴を鳴らして和歌の名を叫ぶ。
「和歌ー、こっちに戻ってこいっ!」
チリンっと鈴を激しく振り、音を鳴らし続ける。
「……ヒメちゃん、戻っておいで」
必死になって呼び掛けていると、やがて、大きな風が吹いた。
「きゃっ」
唯羽が風によろめくので支える。
「なんだ、この風は……?」
強い風がやむと、森は再び生気を取り戻したように虫の鳴き声が聞こえ始める。
「……っ……」
どこからか聞こえてくる人の息遣い。
「今のは……!?」
俺達は慌てて、石碑の方へと行くとぐったりとしていた和歌が倒れていた。
巫女姿の彼女に俺は呼びかける。
「和歌っ!?」
軽く揺らして意識を確認すると、薄目をゆっくりと見開いた。
「……も、元雪様?」
「そうだ、俺だ。分かるか、和歌?」
「……はい」
「もう大丈夫だからな。よく帰ってきてくれた」
俺は抱き起こしながら外傷がないか調べる。
どこもおかしな所はないが、和歌は体調を崩した様子を見せる。
「はやく、ここから去ろう」
俺は和歌を背負いながら、足早に森から抜け出す事にした。
和歌の救出に彼女の両親は安堵の顔を見せる。
それと同時にこの森の危険性についても、本格的に認識してくれたようだ。
「私はふたりに私達が置かれている状況についての説明をするよ。隠していることもできないし、弓矢の事も聞いてみる」
「分かった。こっちは和歌を部屋に連れていくから」
「……うん。何かあったら、下に来てね」
唯羽達と別れた後は、和歌を連れて部屋に行く。
布団に寝かせると、彼女はぐったりとしたままだ。
「和歌?大丈夫か?何か食べたい物とかあるか?」
「私は大丈夫です、元雪様。貴方に会いたかった、もっとそばに来てください。私、すごく怖くて、辛かったんですよ」
甘えるように和歌は俺に手を伸ばして抱きしめてくる。
彼女の温もりを感じながら、俺は何があったのかを聞いてみる。
「分からないんです。誰かに誘われて森に入って、でも、記憶がなくて」
「……そうか。無事でよかった。心配したんだぞ」
和歌が抱きついたまま身体を離してくれない。
「あ、あの、和歌。そろそろ離してくれないか。今日はもう寝ろ。疲れただろ?」
「嫌です。私の傍にいてください、元雪様は私だけのものなんですよ。……貴方を離したくないです。貴方をずっと、私はひとりじめしていたいんです」
和歌の潤んだ瞳に俺は思わず心を奪われる。
それと同時に、かすかな違和感も……。
彼女が今までこんな風に甘えてきたことなんてあまりなかった。
どこかで我慢してしまう子だったので、それは良いと思うんだけども。
「そうだ、今日は一緒に寝てください。そうしましょうっ」
「いやぁ、ここでその展開はどうかと」
「……元雪様。いざという時に決断できない彼氏って最低だと思います」
ヘタレ扱いされた!?
やばい、思いのほかショックすぎて涙がでそうだ。
「優柔不断さ、大嫌いです。もっとはっきりしてください」
「ごめんなさい」
服の胸ポケットから携帯を取り出すと、「家に連絡してください」と俺に手渡した。
今日の和歌は俺に逃げ場を与えない。
……ホント、どうしちゃったのだ、和歌は。
仕方なく、家に連絡をいれると母さんには予想通りにどやされる。
何が何だか分からないままに俺は和歌と一緒に寝ることに。
この展開を喜びながらも戸惑う現実がそこにある。
「私達は恋人なんですから、こうするのも普通でしょう?」
和歌が唇を押しつけるような仕草。
「んっ……」
そのままキスをすると、和歌は俺に対して自分の想いを告げる。
「唯羽お姉様と私、どちらが一番好きなんですか?」
「それは……」
「貴方の事が好きです。誰よりも好きですから私を選んでください。そうしてくれるのなら私は……貴方に全てを……」
和歌が俺に身をゆだねてくる。
俺の人生、最大級の選択肢がここに。
だけど、俺は決めたのだ。
唯羽も和歌も、どちらも愛しているから。
「なぁ、和歌。俺は決めた。俺なりに2人を愛するって。どちらか、じゃなくてどちらも愛するんだって。都合のいい答えだと言うことは分かっている。それでも、俺は……」
和歌は何も言わない。
今の現状維持を望む俺の中途半端さに愛想を尽かされてしまったのか。
「……和歌?」
和歌は倒れ込むように俺の腕の中で力をなくす。
どうやら寝息もたてているし、ただ寝ているようだ。
「寝てるし。ふぅ、心配させるなよ。びっくりした」
何が起きたのか分からないが、疲れもあったのだろう。
詳しい話はまた明日にでも聞けばいいか。
眠りについた彼女を布団に寝かせると、その瞳に涙が溜まっているのに気づく。
「どうして……泣いて……?」
俺は指先で涙をぬぐってやる。
眠ってしまった和歌の頬を撫でてから部屋を出る。
リビングに行くと和歌の両親は唯羽から詳細の話を聞いたらしい。
「元雪君。話は聞かせてもらった。正直、信じきれない不可思議な話ではあるが、キミ達に起きている事はいろいろとつじつまも合うことが多い。10年前の出火原因不明の火災もそうだが、これ以上危険な目に合わせるわけにはいかない」
「弓矢の処分もOKだって。歴史のあるものだけど、しょうがないよね」
「これ以上、3人の運命を狂わせるものを放ってなどおけない。僕らも協力しよう」
「おじさん、ありがとうございます」
明日、弓矢を壊せば全てが終わるんだ。
俺達はそう考えていた。
……その話を“彼女”が聞いていたとも知らずに。
俺達は予想もしていなかった事態に巻き込まれていくことになる――。