第112章:迫る影
【SIDE:柊元雪】
その日は土曜日だったので、俺達は朝から椎名神社を訪れていた。
最初は境内の周辺から探索して、お昼になると和歌の叔父さんに許可をもらい、本殿の方の倉庫の方を探索をする。
「おじさん、よく俺達の探索の許可を認めてくれたよな。ダメかもって思った」
「……彼も何かしらの異変を感じ続けてきたんだもん。この椎名神社の神主としてずっとこの神社を守ってきた人間だよ。それが終わるのなら協力的にもなるって」
「なるほど。それにしても、何が何だか分からないものだらけだな」
倉庫に眠る物に媒体がないか探すが書物やら、お宝っぽいものやら色々とでてくる。
「歴史のある神社だから、それらしいものが多すぎるね。私はこちらを探してみる。元雪はそっちをお願い。くしゅっ」
埃っぽくて唯羽が可愛いくしゃみをした。
同じ容姿でも、本来の人格は子供っぽくて可愛らしいから好きだ。
そもそも400年前、そんな昔から伝わるものを探すのも大変だ。
ここは紫姫の縁がある物はあっても、椿姫の残した物があるのか微妙だし。
「何も感じないな。この前の椿姫の遺品の櫛は気持ち悪いほどに感じたのに」
呪いの媒体さえ破壊すれば全てが終わる。
そのためにも早く見つけなければ……。
しばらく探していると唯羽が助けの声を上げた。
「んー、重い。この箱、すっごく重いよ」
「おいおい、貴重なものがあるかもしれないんだから、落とすなよ」
無理をして箱を持ちあげる唯羽を支える。
ずしっとくる重さに俺も思わずうなる。
中に入っていたのは古い陶器のつぼやお皿で、割らずによかったとひと安心する。
「……はぁ。この辺りはもう探し終えた感じかな?」
「今、何時だ?うげっ、もう5時だぞ、5時。そろそろ切り上げようか」
「そうだねぇ。今日はもう無理かな。んー、ここでもないならどこにあるんだろう?」
俺達は倉庫から出ると、境内の掃除をしていた小百合さんが俺達に気付く。
「ふたりともお疲れさま。何か見つかった?」
「何も見つからなかったよ。倉庫の方にはなかったみたい。おばさん、この神社に呪いとか怪しい物って見た事がない?」
「……呪いねぇ。私もここにきて長いけども、そんな話は聞いた事がないような。元々、ここは恋愛成就の神様って事で人気の場所じゃない。あんまり、マイナスイメージになるようなものも置いてないからね」
縁結びの神様、椎名神社に祭られているのはそう言う神様だ。
恋月桜花の物語も組み合わせられて、人気となっている。
「何だったかしら。確か、ずいぶん、昔に似たような事を誰かが言っていた気がするわ」
「何でも良いんです。思い出してください」
「ちょっと待って……そうよ、思い出した。昔、姉さんがこの神社には不思議なオーラが見えるって。人ならざる者が住みついてるのかもねって脅かされた記憶があるわ」
「……姉さん?誰ですか、それは?」
「唯羽のお母さん、私の姉よ」
俺と唯羽は顔を見合わせる。
「私のお母さんがそんなことを?」
「あの人も昔は人のオーラが見えるってよく話してくれていたの。この椎名神社は私達が子供の頃にも何度か来た事があって、その時に嫌な物がいる気配がするって言っていたのよ。その時は冗談で私を怖がらせるつもりと思っていたけども……」
唯羽の母は当時、何かを見た可能性がある。
「その後、私が旦那と結婚してこの椎名神社に嫁いだ時も、あの神社の本殿にはあまり踏み入れないようにした方がいいって……。もうその時には姉さんの力もなくなり、普通の人と変わらなかったから、特に変だとは思っていなかったわ」
「それでも、お母さんはここに何かを感じていた?」
思いもよらぬ人が呪いを解くカギとなりそうだ。
俺達は唯羽の母に会うために、篠原家に向かっていた。
自転車に乗る唯羽も驚きを隠せない。
「まさか、お母さんも何かを感じていたなんて……」
「唯羽のお母さんって今は何をしてるんだ?」
「昔は巫女をしていたけども、今は普通の主婦だよ。私達の家の神社は母の弟夫婦が継いでるんだ。だから、私も巫女じゃないんだけど。んー、お母さんも昔はオーラが見えるって言ってたし、何か特別に感じるものがあったんだね」
何かヒントでもいい、情報を得られればいいのだが。
唯羽の家につくと、庭先で彼女の妹、美羽ちゃんが洗濯物をたたんでいた。
「美羽、お母さんはどこにいるの?」
「おかえりなさい、姉さん。お母さんなら、今、神社の方に出かけましたよ?」
「本殿?社務所?どっち?」
「社務所だと思うけども?いきなり何です?彼氏紹介とか言う流れですか?」
不思議な顔をする美羽ちゃんを残してその場を去ると、社務所に行く。
ここの神社は椎名神社ほど規模が大きくないのですぐに見つかる。
中には片づけをしている女性がひとりいた。
「お母さん、少し話があるんだけども」
「あら、唯羽?どうしたの?」
この人が唯羽のお母さんか。
小百合さんの姉というだけあって美人なお方だ。
「そちらの男の子は……もしかして、噂の元雪さん?」
「は、はじめまして、柊元雪です」
「どうも、娘がお世話になっています。唯羽の母の天那と言います。娘が男の子を連れてくるのはドキッとするわね」
物腰の柔らかい、とても穏やかな人である。
挨拶もそこそこに天那さんには椎名神社の謎について尋ねる。
「お母さん。昔、椎名神社で変なものを見たって聞いたの。呪いとか、そう言うの関わるモノを何か知らない?何でもいいの」
「……呪いかどうかは分からないけども、不思議なオーラを見た事がある。あれは子供の頃だったかしら。本殿の方に嫌な色をした光が見えたわ。何かとても強い色をしていたから気になっていた」
「とても強い色?」
「唯羽も見た事があるんじゃないかしら。非常に濁った緑の色。悪意を持った嫉妬の色よ。濁った緑色のオーラは人の負の感情の色。嫉妬や憎悪する人が放つ色と同じだったわ。とても恐ろしくて、とても悲しいように見えた」
俺達は椿姫の怨霊の話をしてみる。
あの神社には呪いをかけられている何かがあるのではないか?
その話をすると、彼女は思い出したように話をしてくれる。
「2人の探してる、呪いをかけられているもの。もしかしたら心当たりがあるかもしれない。椎名神社に昔から伝わる弓矢の事じゃないかしら」
「……そう言えば、影綱に致命傷を与えたとされている弓矢が残されているって」
俺達は弓矢の事を思い出す。
恋月桜花の話を始めてしてくれた和歌に古い弓矢を俺も見せてもらった事がある。
そして、あの時も確かに気持ちの悪い感じがした。
年代的にも合うし、可能性としては高い。
「俺の肩には昔から変なあざがあって……弓矢を見た時に苦しくなったりしたんだ」
「……間違いないね。私は見た事がないけど、そんな話をヒメちゃんから聞いた事がある。古い矢が椎名神社には残されている、それに椿姫の呪いがかけられていた?」
弓矢ならこの地を訪れた時に椿姫が呪いかけることもできた。
そして、彼女に縁がなくてもこの地に残され続ける。
ついに見つけたかもしれない。
「それを壊せば椿姫の呪いから解放される?」
「……ちゃんとした確認が必要だよね。モノがモノだけに壊すのも許可がいるし」
「とりあえずは明日にでも実物を確認しよう」
「うん。お母さん、ありがとう。これで何とかなるかもしれない」
ホッとする俺達に、天那さんはどこか心配そうに言うのだ。
「……ふたりともくれぐれも気をつけなさい。私にはその椿姫っていう怨霊が何も考えていないようには思えない。きっと、何かをしかけてくるはず」
「相手は幽霊、私達にできる事は少ない。けど、諦めるわけにもいかないもん」
俺達は迫りくる闇と立ち向かうしかないのだ。
その後、俺は久々に唯羽の手料理をごちそうになった。
唯羽の姉妹たちとも楽しく雑談しながら過ごす。
夜になり家に帰ろうとしていた時だった。
「もう8時か。そろそろ、帰るよ」
「そこまで送っていくね」
唯羽が自転車を置いてる場所までついてきてくれる。
すっかりと秋になった涼しい風に吹かれる。
「可愛らしい妹達だな。案外、姉想いのいい子達だ」
「……それは本当にごく最近に仲良くなったようなものだよ。今みたいに笑えるようになったのは元雪のおかげ。元雪に出会えて、私を変えてくれたんだもん。私、幸せだよ」
唯羽が俺の腕に抱きついてくる。
「早く何もかも終わりにして、平和な日常を取り戻したい」
「そうだな……」
もうすぐだ、椿姫との決着をつけて前世の因縁を終わらせよう。
「その後は、正々堂々とヒメちゃんと元雪をかけて勝負だね」
「……泥沼の修羅場はやめてください」
「さぁ、それはどうでしょう?ふたりとも元雪が好きだから揉めるのは仕方ないよ。こればかりは私も譲れないからねぇ」
俺達は空を見上げると綺麗な星空が広がっている。
そんな時だった、俺の携帯電話が鳴り響く。
その相手は『椎名家』となっている。
「誰から?」
「和歌の実家からだ。小百合さんからかな?」
直接、家から電話があるなんて珍しい。
俺が電話に出てみると小百合さんは慌てた様子で俺に言うのだ。
『元雪君?夜にごめんなさい、和歌はそちらにいないかしら?』
「いえ、こっちにはいないですよ。今、唯羽の実家にいるんですが、来てませんね」
『実は和歌と連絡がつかないの。この時間になっても家に帰ってこないし、一体、どこに行ってしまったのかしら……』
娘を心配する小百合さんの声に俺と唯羽は驚いた。
「……和歌がいなくなった?」
一体、彼女に何が起きたのか?
それは俺達の“絆”の崩壊の始まりだった……。