第110章:秋の神事
【SIDE:柊元雪】
夏が過ぎればすっかりと涼しくなり、秋らしくなった。
ひと夏の同棲生活も終わり、俺は実家に戻った。
和歌と唯羽の関係はそれなりに良好で楽しく毎日を過ごしている
秋の半ば、10月になり、神社では秋の神事の準備におわれている。
いつも賑やかな神社が秋の神事の時はさらに盛り上がるらしい。
地元の神社なのに、興味がなかったのでまったく知らなかった。
放課後になり、俺は唯羽と帰り道を自転車で帰っていた。
「和歌は毎日、忙しいそうだな」
「この時期になるとしょーがないよ。秋の神事はいわば椎名神社にとってはメインなんだから。巫女舞の練習に忙しいのを邪魔したらダメ」
「邪魔なんてしないさ。ただ、こうも会えない日々が続くのは寂しい」
ここ数日、俺は和歌に会えていない。
和歌いわく、神事の方に集中したいからと、俺に会うのも我慢だそうだ。
「ヒメちゃんも妙に頑固な所があるよね。元雪とお昼も一緒に過ごすのもやめて、集中したいなんて……。私としては独り占めできて嬉しいけどね」
「……恋に浮かれてる場合じゃないってか。和歌は巫女としてすごいな」
「毎年、この時期になると気合いの入れ方が違うの。ヒメちゃんにとっての秋の神事は年に一度の大切な日でもあるから」
秋の神事ってそんなに大切なものなんだろうか。
俺はまだ神社の事についてほとんど知らないからな。
将来の事を考えて、勉強しておかねばなるまい。
「そうだ、元雪。今日は私の家に来てくれない?」
「唯羽の家?それって実家ということか?」
「うん。元雪に見せておきたいものがあるの」
唯羽も現在は椎名家の居候をやめて、実家に戻っている。
本来の心が戻り、家族との溝も多少は埋まったこともあり、戻ることにしたらしい。
姉妹たちともそれなりに仲良くやれているようだ。
「……唯羽の家も神社だったよな?和歌の家みたいな感じか?」
「んー、規模が全然違うから。椎名神社と一緒にされては困るかな。こっちだよ」
俺は唯羽の後を追い彼女の家へと向かうことにした。
住宅街の一角にそこだけ森が残されている場所がある。
これも鎮守の森ってやつなんだな。
小規模な神社ながらも立派な社が建っている。
「まさか、ここが唯羽の実家だったとはな」
実は俺はここを良く知っている。
なぜなら、年に一度は必ず訪れている場所だからだ。
俺の初もうでは少し離れた椎名神社ではなく、家から近い方のこの神社で済ませていた。
「初詣の時によく来てたんだ」
「そうなの?」
「……地区が違うから学校は違ったけど、ホントに近い所に住んでたんだな」
俺が10年前の事を忘れていたもそうだが、この年になるまで再会することもなかったというのは、人の出会いっての難しいと感じさせられる。
「しょーがないよ。そう言う運命だもの。それより、家の方はこっちだから」
唯羽の家は神社の隣にある綺麗な家だった。
「今日は妹達がいないから、誘ったの。あの子達がいるとうるさいからね」
「妹とは仲直りしてるのか?」
「……どうだろ?仲直りっていうほど前から仲がよかったわけでもないよ。いがみあってたわけでもない。ただ、私が妹達に興味をせなかっただけ」
感情を失っていたせいで、姉妹に溝ができていた。
今は少しずつ、溝を埋めている最中らしい。
家の中を案内されると部屋中にぬいぐるみの置かれている部屋があった。
ここが唯羽の部屋か、ぬいぐるみ好きって噂は本当だったようだな。
俺はパソコンが置いてあるのに気づく。
「まだネトゲもしてるのか?」
「ライフワークだからねぇ。昔ほどじゃなくても、楽しんで続けてるよ。元雪も一緒にしない?今ね、面白いオンラインゲームがあって……って、そうじゃなかった」
彼女が俺を家に誘ったのは何か用があるようだ。
「元雪に見せたいものがあるの。これだよ、これが何か分かる?」
「……なんだ、これ?」
唯羽から手渡されたのは紙に包まれた木の物体。
何か花のようなものが彫刻されている綺麗なものだ。
だけど、俺にとっては胸の奥に不愉快な物を感じる。
「なんだろう、見てると気持ちが悪い……」
「何か感じたんだね?実は、これは椿姫の遺品だったものらしいの」
「椿姫の遺品?そんなものが残っていたのか?」
唯羽の話によると兄貴の先輩、佐山さんが届けてくれたものだそうだ。
今も彼は俺達のためにいろいろと椿姫について調べてくれている。
佐山さんの本業は考古学の専門、こういうのもどこかで調べて手に入れたのだろう。
「これはなんだ?」
「それは櫛(くし)だよ。かんざしって言えば分かりやすいかな?」
「かんざし?えっと、昔の女の人が髪につけてたやつだよな」
「そうだよ。当時の女性のおしゃれ品。くしってね、縁起が悪い語呂じゃない。苦しんで死ぬ、苦死って意味で贈り物に使われる時はかんざしって呼んだりしてる。だから、人から贈られる時は別れを意味したりして不吉な意味も強いんだよ」
この櫛を見てると気持ち悪く感じるのは椿姫の所有物だったからなのか。
「ちなみに、その花が何か分かる?」
「えっと、赤い花だな。花びらが5枚……まさか、桜なのか?」
「うん。桜が好きだった人らしいから気に入ってたんだろうね」
「なるほどな。椿姫の遺品か」
人の持つものには思いがこもるって聞く。
この心臓を掴まれているような苦しい感覚は本物だって証拠なんだろう。
俺は唯羽にそのくしを返すと、彼女は本題に入り始めた。
「人の念のこもったものには何かを感じる。例の呪いをかけた媒体の話を覚えてる?」
「佐山さんが言ってたやつだな。椿姫の呪い、それは何か媒体がある。呪いの人形とかが残ってるんじゃないかって……。それを見つけるってことか?」
「椿姫と決着をつけなくちゃいけない。ねぇ、椎名神社で何か変わったものを見たり、感じたりした覚えはない?」
唯羽の問いに俺は考えるけども、この数ヶ月、いろんなことが起きすぎた。
何かを感じたとしても、覚えていない。
「悪い、あんまり覚えてない。いろいろとありすぎて……」
「……そっか、しょうがないよね。400年前の恋月桜花、10年前の事件、思い出せば苦しい事もたくさんあったもの。元雪が覚えてくれていれば話が早かったんだけど」
「つまりは、そのくしのように俺が異変を感じたものを探せってことだな?」
「うん。それは椎名神社のどこかにあると思うの。もしかしたら、10年前の火災で燃えた、あの社にあったかもしれないし、確実な事は言えないけども。媒体を探そうよ。椿姫の呪いをぶち壊すために」
呪いの媒体となるモノを破壊する、それが呪いを解除する方法。
常に後手に回り続けてる今の俺達にできるのはそれくらいだ。
俺達の運命を狂わしている椿姫、運命に負けたりしない。