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恋月桜花 ~巫女と花嫁と大和撫子~  作者: 南条仁
恋月桜花4 ~恋は戦い~
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第109章:愛の責任

【SIDE:椎名和歌】


 最近の元雪様はどこか変わった気がする。

 どこが、と言うとどこがと答えられないけども。

 私にも分からない、何かが変わっている気がするの。

 夏の終わりが近づくある日。

 私は朝から巫女舞の稽古をしていた。

 扇子を振りながら舞を舞い続けていると、見慣れた茶色の髪が視界に入る。

 稽古をしている舞台、神楽殿に現れたのは予想通り、唯羽お姉様だった。

 

「おはよう、ヒメちゃん。朝から頑張ってるじゃん」

 

「はい。おはようございます、お姉様。こちらに来るのは珍しいですね」

 

 今の時間帯ならば、お姉様は社務所で雑務をしている時間のはず。

 そもそも、巫女舞の稽古をしている舞台の方に来ることはほとんどない。

 

「雑用はお終い。夏休みは学生の巫女のバイトもいるから楽もできるし」

 

「椎名神社は観光客も多いですから。賑わっているのは良いことです」

 

「そうだよねぇ。縁結びの神様だもんね」

 

「……そうだ、お姉様。ご神木の付近を立ち入り禁止にしたんですよね?」

 

 昨日の夜、お父様からしばらくの間、ご神木付近の立ち入り禁止にしたと聞かされた。

 こんな事は10年前の社の火災事故以来なかったのに。

 ご神木への入り口付近から立ち入り禁止になっていた。

 

「そう。前から説得していたんだけど、おじさんがようやく認めてくれたの。本当なら、もう少し早くにそうしておくべきだった。ヒメちゃんはあの場所が好きだから、よく行くけども、しばらくの間は我慢してね」

 

「何があるんですか?私は何も感じませんけど?」

 

「そりゃ、紫姫の魂を受け継ぐヒメちゃんには悪影響はほとんどないよ。でも、私や元雪は違うの。あの場所には辛い想いや記憶がありすぎて、すごく不安定な場所になっている。一般人にも影響が及ぶ前にしばらくは立ち入り禁止にしたんだ」

 

 お姉様は「桜の季節になれば、解放するよ」と付け加える。

 

「……それほどまでに悪い場所なんですか?」

 

「霊的な意味では前から危ない場所なんだよ。最近は最悪になってる。負のオーラが漂いすぎてるのは、椿姫の呪いの影響。あの怨霊は、さっさと何とかしないとダメだなぁ」

 

 そう言えば、お姉様は以前から元雪様があの場所に近付くのを遠ざけていた。

 本当に彼女は元雪様の事を考えて、彼を守るための行動をしている。

 何もできない私と違う、それが少し悔しくもある。

 

「まぁ、とりあえずは危険だから近付かないでってこと。それよりも、巫女舞の練習してたんでしょ?もうすぐ秋の神事だもんね」

 

「巫女舞は去年より少し変えているので、その辺りの練習です。神事の本番まで時間もあまりありませんから。そう言えば、お姉様は巫女舞をしませんよね?」

 

「私の実家も神社だけど、ここほど規模も大きくなし、巫女舞はしないじゃない。そういうのって私には縁がないんだよねぇ」

 

 私の場合はお母様が巫女だったこともあり、小さな頃から巫女舞を自然に覚えていた。

 巫女舞を踊る、神楽を舞うことは私の使命みたいなものだったから。

 

「来年は一緒にやりませんか?きっと素晴らしい舞を踊れると思いますよ」

 

「無理~。それは、ヒメちゃんの役目なんだから頑張って。私に神楽は踊れないよ」

 

 明るい口調ながらも否定されると少し哀しい。

 お姉様ならすぐに巫女舞を覚えて踊れるようになるはずなのに。

 それを拒む理由を、以前の人格の彼女に聞いたのを思い出した。

 

『いいかい、ヒメ。巫女舞というのはその神社に祭られている神様のために踊る舞いなんだ。あいにくと、私はこの椎名神社には“因縁”があってね。私はここの神のために巫女舞を踊るような立場ではないんだよ』

 

 あの頃は今のような状況ではなかったので何も事情が分からず。

 すっかり忘れていたけども、今なら分かる。

 この椎名神社は椿姫様が非業の最期を迎えた場所なんだ。

 だその魂を受け継ぐお姉様には、椎名神社の神様に巫女舞を舞う事はできない。

 

「思い出しました。前に、そんな事を言ってましたね」

 

「そーいうわけだから、私に巫女舞は無理ってことだよ」

 

「残念です。話は変わりますが、お姉様。最近の元雪様は変わったと思いませんか?」

 

 雰囲気が変わった、そう感じてしまう。

 

「私にも普通に好きって言ってくれるようにはなったよね。前は少しだけ抵抗があった感じなのに。ヒメちゃんはどこが変わったと思う?」

 

「元雪様は以前から優しい人ではありましたけども、その、優柔不断な所がありました。優しいゆえに迷う、そこが嫌だと思う時もありました。けれど、今はそれがないんです。中途半端なふるまいを見せなくなった気がしますよね」

 

 私の前でも平然とお姉様に抱きついたり、頬にキスしたり。

 以前なら絶対にしなかった事を、普通にしている。

 もちろん、私の事も変わらずに愛してくれていて。

 良い意味でも悪い意味でも中途半端さがなくなってしまった。

 

「……ふたりの恋人。その覚悟を決めたんだよ。きっと、元雪は愛の責任を取ろうとしているんだ。人を愛する事の意味を元雪は見つけようとしてるんだよ」

 

 愛の責任、彼の心境の変化が嬉しいような、怖いような気がしていたの。

 

 

 

 

 その夜は花火大会、この町では夏の終わりの定番となっていた。

 花火大会が行われる河原は人々が賑わう。

 

「ふたりとも足元が暗いから大丈夫か?」

 

「うんっ。元雪に抱きつけば問題ないよ」

 

 浴衣姿のお姉様は元雪様の腕に抱きついて甘える。

 

「……お姉様だけずるいです」

 

「和歌も一緒に歩こう。せっかくの花火なんだ、楽しもう」

 

 そっと私の手を握り締めて、歩き出す元雪様。

 夜道を照らす屋台の明かりの中を歩く。

 

「こんな風に可愛い女の子ふたりと一緒に花火を見られるなんて、少し前まで想像もできていなかったな。今の俺は幸せだ」

 

 私達に囲まれながら楽しそうに笑う彼。

 どこか照れくさそうに笑うのがいつもと違う所。

 

「ちょっと前まで恋人が欲しくてさ。デートするのも楽しみにしていた。浴衣姿の女の子と一緒に花火を見たりするのも夢みたいなものだったな」

 

「元雪って全然モテなかったの?意外だよね、容姿もいいのに」

 

「縁がまったくなかったからな。クラスメイトの女子とも知り合いもいないし。誰か好きになって告白する勇気もなかった」

 

 元雪様は優しくて、カッコよくて、女の子の誰からも好かれるように思う。

 私なんて一目見ただけで心を惹かれてしまったくらいだ。

 

「それは運命のせいだね。私達に出会うために、元雪には恋人ができなかったの」

 

「そうかもな。こうして、大好きな二人に出会えたわけだし」

 

 彼が変わった理由は、旅行に出かけてからだ。

 あの日、元雪様は前世である影綱様の記憶を知ったらしい。

 ひどくショックを受けたみたいで、しばらくの間は落ち込んでいた。

 けれど、今の彼は優柔不断さがなくなり、私達にも積極的に接するようになっていた。

 彼なりに考えて性格が変わったんだろうけれど、その変化は嬉しい半面、何だか私の知っている元雪様と違うのが……。

 

「和歌?ボーっとして、どうした?花火もうすぐあがるよ」

 

「あ、はい。すみません」

 

「別に謝ることじゃないさ。何か食べモノでも買うか。唯羽はリンゴ飴、和歌はかき氷のレモン味が好きだったよな?」

 

 椎名神社のお祭りの時の事を覚えてくれていた。

 

「良く覚えてるねぇ。リンゴ飴が好き~。そして、わた飴は私の天敵です」

 

「妹に髪にベタベタつけられた苦い記憶があるんだっけ」

 

 元雪様は私達にそれぞれ好きな物を買ってくれる。

 自分はタコ焼きを買うと少し離れた場所の河原に座り、花火が打ち上がるのを待つ。

 

「ここのタコ焼き、美味しいな。夜店のやつって当たり外れが多いからなぁ」

 

「このかき氷も美味しいですよ。さっぱりとしてる味が好きです」

 

 かき氷を食べていると、元雪様がさりげなく私の手に触れる。

 私は今しかないと思い、聞いてみることにした。

 

「……あ、あの、最近の元雪様、変わられましたよね?」

 

 彼の心変わりの理由が知りたかったの。

 元雪様はそっと私の髪を優しく撫でる。

 

「和歌の言う通り、変わったと思うよ。考え方を変えたんだ。今までの俺は唯羽と和歌、2人が好きだけど、どちらを愛せばいいのか分らなかった。優柔不断に迷っていたんだ。けれど、その結末は最悪なものになるっていうのを知った」

 

「影綱様の記憶に触れたからですか?」

 

「あぁ。影綱は椿姫も、紫姫も同じように愛していた。けれど、彼は椿姫を見捨てた、切り捨てたんだ。日に日に命が消えていくのが辛くて、逃げるように紫姫に惹かれた。俺は影綱みたいにはなりたくないんだ」

 

 元雪様は真面目な顔をして私達に言う。

 

「俺は唯羽も和歌も大好きだ。和歌は運命の出会いと思うほどに一目惚れで惹かれた。唯羽はずっと俺を守ってくれた。どちらも、大好きで、どちらかが一番なんて言えない。だから……どちらも愛そうと決めた。本気で愛そうと決めたんだ」

 

 彼は本気だ、と強い想いが私達に伝わる。

 

「普通なら、二股なんて堂々と宣言するバカはいないと思う。けれども、それを認めてくれるふたりがいるのなら、俺もその気持ちに応えたい」

 

「私は別にいいよ。ヒメちゃんと共有する恋人でも十分だもん」

 

 私は本音で言えば独占できないことの嫌な気持ちもある。

 それでも、色んな状況を考えて、この関係は最良なんだと思えた。

 

「私も元雪様もお姉様も好きですから今の関係も悪くはありません」

 

「そうか。和歌が認めてくれるなら嬉しいよ。どちらかをないがしろにするつもりはない、俺は俺のやり方で人を愛するって決めたんだ。俺は影綱と違う。違う生き方をして見せるってな」

 

 やがて、夜空に打ち上がる彩り豊かな花火達。

 綺麗な光に魅入られて、私達は夜空を見上げた。

 大きな花火の音が河原に響く中で、元雪様は私達に言ったんだ。

 

「来年も3人で花火を見よう。楽しい思い出を作っていこう」

 

 その横顔に秘められたものに気付かずに、花火の輝きが夏の夜空を明るく照らす。

 ……そう、元雪様はこの時すでに“ある決意”をしていたのだと後に知る。

 私達の長い夏が終わりを迎えて。

 そして、残酷な“運命”が私達に牙をむく秋が始まる――。

 

【 4 SEASON END 】

 

第4部終了です。物語はついに最終部へ。元雪、和歌、唯羽。3人の運命を翻弄する前世。様々な障害を乗り越えて、椿姫の呪いを解除できるのか?

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