第10章:恋人は巫女
【SIDE:柊元雪】
俺は朝、目覚めたベッドの上で昨日の出来事を思い出す。
「椎名、和歌か……」
初めて好きな女の子ができた。
俺は和歌が好きなんだだ。
「こんな気持ちを女の子に抱く事になるなんてね」
誰かを強く意識するのも、誰かをこんなにも愛しく思うのも初めての経験だ。
自分のことながら、どこか運命的な物を感じてしまう。
俺たちは再会して、結婚を前提に付き合う事になった。
目に見えない特別な何かが結び付けてくれたように。
「……しかも、同じ学校だったなんて驚いたよ」
昨夜に電話で連絡をとると、なんと和歌と俺は同じ地元の高校に通っていたらしい。
彼女は高校1年生だから、これまで会う接点はなかったからな。
けれど、同じ学校と言うのはこれからも会う時間を増やせる意味ではすごくいい。
恋人になるまでは一気に加速するように決めてしまった。
でも、後悔はしていない。
和歌との関係はこれからもっと深めていけたらいいな。
「……と、あんまりのんびりもしていられないか」
和歌の事を考えてると、いつもの朝食を食べる時間を少しすぎていた。
俺は急いで制服に着替えると、リビングに向かう事にした。
「おはよー」
リビングには母さんと麻尋さんが仲良く朝食を食べている。
「元雪、遅いわよ。はやく朝ごはんを食べちゃいなさい」
「悪い。ボーっとしてた。あ、麻尋さん。おはよう」
「おはよう、ユキ君」
朝食の準備は既に終わり、親父と兄貴は仕事場である工場へ行ってしまっていたようだ。
現在時刻は朝の7時前。
うちの家族の朝はちょっと早い。
7時には親父、母さん、兄貴は工場の方へ出勤してしまうからだ。
家に残るのは兄貴と結婚して仕事をやめた麻尋さんだけだ。
「それじゃ、私も行ってくるから」
「うん。いってらっしゃい」
「麻尋。いつも大変だと思うけど、あとはよろしくね」
「はい。お任せください」
俺と麻尋さんが笑顔で母さんを見送る。
「なんて言うか、麻尋さんも大変だよね?」
「そう?って何が?」
「忙しい母さんの代わりに家事全般を担当するとか。兄貴のお嫁にきて毎日大変だ」
うちの家事はほとんど麻尋さんがしてくれているのだ。
炊事洗濯、掃除やら……それが嫁に来ると言う事の大変さなんだろう。
うちは家族経営の工場なので、母さんも朝食以外はほとんど家事をする時間がないし。
そう言う意味では麻尋さんの存在はすごく助かっている。
「んー。お掃除も料理も私は大好きだから別に苦ではないわ。ユキ君、それくらいは結婚したら普通のことだし、世の中には、姑問題で悩む人も大勢いるみたい。私の友達もそうだもの。でも、うちのお義母さんはすごく優しい人じゃない」
「まぁ、そうなのかな?麻尋さんを気にいってるのもあると思うけどね」
「私はあまり実家と仲が良くない分、こういうのが家族なんだなぁって思えるの。誠也さんと結婚してホントによかったって思っているわ。可愛い弟もできたしね」
「……あはは」
俺も綺麗なお姉さんができて嬉しいです、とは面を向かって恥ずかしくて言えないが。
ホントに麻尋さんがきて、我が家の雰囲気もよくなったと思う。
「それにしても、ユキ君も結婚を決めるなんて早いわよねぇ。まだ高校生でしょ?」
「あー、うん。俺の場合はちょっと事情が違うし」
和歌の実家である神社を継ぐのが結婚条件だから仕方ない。
「親父たちの話だと、俺たちもすぐに結婚するわけじゃないから」
「そうなの?」
「俺はまだ16歳で、全然結婚できる歳じゃない上に、俺が正式に神社を継げるようになってからだから、まだ当分先だよ」
まぁ、婚約と言う形にはなると思うけどな。
俺もまだまだ結婚なんて言葉は実感がわいてこないのだ。
「神職の大学を卒業してからってことかしら?」
「そーいうこと。だから、今は気楽に恋人気分を楽しめるってわけ」
「よかったじゃない。その子、可愛い子なんでしょ?美少女とお付き合いできて、自慢できるんじゃないの、ユキ君?」
麻尋さんにからかわれながら俺は照れくさくなる。
そう言う意味では俺も美少女な恋人ができたんだよな。
「その女の子、いつ家に連れてくるの?」
「母さんの事もあるから、今週末くらいにはって思ってる」
「そっかぁ。私も会えるのを楽しみにしてるわね」
「実際に和歌と会って、気にいってくれると良いんだけど」
今の俺の悩みと言えば、和歌との結婚を反対する母さんのことだ。
あの人を説得するのが大変だ。
そして、その事を和歌に伝えなくてはいけない事が今の俺には悩みだった。
「何事も、スムーズにすすんじゃ話が面白くないじゃない」
「いやいや、そこはスムーズに通って欲しい所だよ」
「くすっ。それも愛の試練だって思って頑張ればいいじゃない。頑張れ、ユキ君っ」
麻尋さんに応援されて、俺は苦笑いを浮かべる。
ここは頑張るしかないんだよな。
俺はそのまま、朝食を終えると自転車に乗って家を出た。
いつも学校に行くために使う道とは少し別のルートを通り、和歌のいる神社へと向かう。
この神社によっても、さほど学校に到着する時間には変わりはないはずだ。
ただいまの時刻は7時半。
神社に到着した俺は和歌を迎えにきた。
『できれば、一緒に登校したいです』
電話で話した時に、一緒に登校しようと和歌と約束したのだ。
「この階段を登ればいいんだよな」
さすがにこの神社もこんな朝早くからは人通りもない。
俺は階段を登り始める事にした。
周囲を森に囲まれた神社では爽やかな朝の空気を感じられる。
「和歌の家にまで行った方がいいのかな」
そう思って、境内に入った俺は真っ先に目に入ったのは白い上衣と緋袴。
いわゆる巫女装束を着ている和歌が掃除をしていた。
可愛いとは分かっていたが、ものすごく巫女服が似合っている。
清楚っぽい大和撫子を絵に描いたような和歌にぴったりだ。
彼女に見惚れていると、和歌が俺の姿に気付く。
「……元雪様!?」
「うん。おはよう、和歌。掃除中だったんだな」
「おはようございます、元雪様っ。お早いんですね」
「ほら、時間も決めてなかったし、和歌の事情も分からないからさ。早めにきただけだ」
巫女をしているとは聞いてたので、掃除をしたりするんだろうとは思っていた。
「掃除をしていたのか?」
「えぇ。これから本当の巫女さんがやってきて掃除をするんですけども、私は学校がありますから。この境内の掃除だけをさせてもらっています」
「境内だけでも大変だろうに」
「いいえ。他の場所の方が大変です。木の葉っぱなんて掃除してもしきれませんから。紅葉の時期とかはすごく大変ですよ」
「そうなんだ」
「あ、すみません。急いで支度をしますね」
巫女装束のままの和歌は慌てて家に戻ろうとする。
その様子だとまだ朝食も食べていないのではないか。
俺も早くきすぎたかな。
「いいよ、慌てなくても。まだ時間はあるんだからさ。和歌、ゆっくり準備しておいで。俺が早く気すぎたんだ。ご飯も食べてないんだろ?俺はその辺を歩いているからさ」
「……元雪様。ありがとうございます。好意に甘えさせてもらいますね」
嬉しそうに微笑する和歌。
俺は掃除を終えて立ち去る彼女を見送る。
「……巫女姿が可愛くて良いな」
彼女がいなくなりポツリと俺は呟いた。
恋人が巫女属性の男はこの日本にどれだけいるだろうか。
俺ってば勝ち組、勝ち組?
和歌の可愛い魅力をまたひとつ発見した気がする。
「さて、待ってる間に散歩でもするか」
俺は適当に森の方へと歩いてみる。
この間、気になった石碑の所にでも行ってみるか。
「えっと、確か……鎮守の森だっけ」
鎮守の森に入ると樹齢数百年の桜のご神木がある。
その横には小さな古びた社と石碑があった。
「以前、ここに来た事がある気がするんだよな。なぜか分からないんだけど」
俺はこの場所を知っている気がする。
昔、椎名神社に来た時の事を身体が覚えているんだろうか。
よく見ると石碑には何か文字が刻まれている。
古い石碑なので読みづらいが『紫姫』と書かれていた。
「えっと、なんて読むんだ?……むらさき、姫?」
「……違う。紫と書いて、“ゆかり”と読むのだ。以前にも教えたはずだがな」
「あ、そうなんだ。紫姫(ゆかりひめ)って書いてるんだな……え?」
俺は誰かの声に驚いて背後を振り向くと、少女がそこに立っていた。
どこか不思議な魅力を感じさせる、和服を着た美少女。
「――久しいな、柊元雪。まさか、またここに来るとは思わなかったが」
「キミは一体……?どうして、俺の名前を?」
初対面のはずの女の子がなぜ、俺の名前を知っているんだろう?